自己紹介

0410月開設、09年6月26日改訂)

ドストエフスキー関係

新出登氏の露文論文を邦訳紹介しつつ

批判する(2)

亀山郁夫を批判する(1)

「ピースピア」

09年3月

行宗一(日本被団協元代表)さんと 私たち夫婦―その生涯に想う

(2003年、草思社刊))

『日露領土紛争の根源』

創 作

唯一絶対神は有るか無いか  『ドストエーフスキイの広場』16号 08年4月

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同上書に関連して派生したサハリン残留韓国人日本人拉致, 内部問題につ
いての論考(20034

労働運動研究09年4月

書評 岡田裕之「ユートピアのマルクスと人間悪のドストエフスキー」

岡田氏の上記書評に触発されて

ペレヴェルゼフ『ドストエフスキーの創造』 長瀬隆訳


1989年、みすず書房刊) 写真と目次

右国際学会に宛て一ヶ月前に提出されていた長瀬報告(原文は 露文2として上の1に続けて掲載)。

『ドストエフスキーとは何か』 (08年7月新刊、成文社刊) 8月日本図書館協会選定

わが人生、わが文筆

 写真と小田切秀雄氏(「文学時評」)

(「早稲田・1950年・資料と証言」15号に連載

(「ドストエフスキー曼陀羅」08年2月)

ドストエフスキーとは何か』への遅れた到着

ドヴォイニーク(二重人、分身)と作中作家  『江古田文学』66号、07年秋季ドスト特集

評論「日本とロシア――出会いからの200年」(「労働運動研究」06年4月号)」

及び製作された

報告集

における右報告の改ざん的要約とその参考までの邦訳

)

社刊

写真と朝日新聞、毎日新聞の新刊紹介

1989年、晩聲

『ヒロシマまでの長い道』

上記近藤君および下原敏彦君の評に寄せて

以上3作についての包括的批評――伊藤千秋(平和事務所機関紙「ピースピア」所載)

写真と目次北海道新聞、産経、日経新聞、米原万理氏評(「週刊文春」)

京大天皇事件50周年東京フォーラム『戦争と天皇制』 02年の編集解説主張

3作について――下原敏彦作家、ドストエフスキー全作品を読む会責任者

樺太=サハリン関係

写真と北海道新聞および樺太連盟機関紙の

(1984年、西田書店刊)

「シーボルトとチェーホフに依拠 ― 日露領土問題の解決のために
                         
毎日新聞08年2月18日夕刊掲載)

 

『樺太よ遠く孤独な』

Двойник(ドヴォイニーク)は「二重人」か、「分身」か?

雑誌『みすず』   91年10月

樺太クラブ・史談会

協力者:藤井一行氏

「シーボルトとチェーホフに依拠せ

没後百年記念国際学会(2004年、メリホヴォ)で私が 

同上書におけるチェーホフ『サハリン島』の学的発見に関し,

1989年、晩聲社刊)

『微笑の沈黙』

E-mail: tarbou.nagase@nifty.com

 

50年代の学生運動」について  


書評 近藤靖宏 『(ドストエーフスキイの広場』09年4月

について

木下豊房氏への手紙―「『カラマーゾフの兄弟』再説」                                

週間金曜日 02年10月18日

わが師松尾隆(木寺黎二)―マルクス主義者=ドストエフスキー学者

実際に行なった報告

(露文1と邦文

連載

(北海道新聞200012526

映画『氷雪の門』をめぐる諸問題

平和事務所

ドストエーフスキーの会


 

001

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随筆

北海道新聞、2001年8月、 本人写真

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