◯◯バカについて◯◯11/3
イラクで人質事件が起きたが、残念な結果に
なってしまった。被害者の冥福を祈る。
被害者はなぜ拉致されてしまったのだろうかと考えると
「バカだったら」
「バカさが足りなかったから」
と言う相反する2つの理由が考えられる。
このどちらかが真の理由だろう。

前者が真であれば何の言及もできない。
バカだったからうっかりイラクに行ってしまい
うっかり捕まってしまったわけだから
しょうがないと言う結論になる。

後者ならば、もう少しバカであれば
「この人は首を斬るに値しないほどのバカである」
と言う結論にいたり、捕まらない上に
イラクをうろつく事ができる。流れ弾に当たるなど
しない限りイラクで死なないのではないか。

イラクに行く人達をバカだと断じて、
イラクで困っている人を見殺しにするよりも、
バカを演じ切る事でイラクに行って殺されずに済む
方法を考えた方が有意義だと思う。

真っ先に思い付くバカはスッポンポンでいることだ。
衣食住のどれかが欠けていると生活に支障をきたす
ものだが、欠けた状態で生活をしていて、何とも
思わないのはかなりのバカだろう。住が欠けているのは
わかりにくいし、食が欠けていれば死ぬ。となれば
衣がかけている状態が最も分かりやすいバカだ。

が、これはイラク人の信仰に反する事であり
「いかにバカでもこれを殺さないと、殺さずに
いる我々の方がもっとバカである」と思い、
殺してしまう。

常に肉をほおばっているというのもなかなかの
バカである。大食らいというアピールであり、
時間をかけて長く物を食べているというアピールでもある。

これはお金や時間を他の知的なものにかける余裕がないと
いう印象を与えて、バカであると見える。
このとき、食べる肉は純然たる肉であればあるほど
バカさの度合いは増すだろう。

だがこれもイラク人の信仰に反する事になる可能性が高い。
豚肉食を禁じている上に、断食月などがある。
これでは犯罪者の神経を逆なでしてしまう。

このようにイスラム圏では、過剰なバカが信仰に
反する存在になることが多く、首を切るに値しないバカが
イラクを闊歩することは、非常に困難だ。
信仰に反しない過剰なバカを考え出すことが
イラクの平和につながる近道ではないかと思う。

あらかじめ首を切っておいてイラクに入ってみる
のはどうだろうか。首が切れるとうろつけない
という欠点があるので誰もやりたがらないのが残念だ。

◯◯ワンワンワン◯◯11/6
ちょっと前にものすごい量の
放し飼いの犬を路上で見た。車道を行き来する
ので非常に危険である。5匹ぐらいだった。
何かの前兆なのか。

と、おもっていたら11月1日が犬の記念日だという。
大体その時期に犬の放し飼いを見たので
それを報せるための犬の闊歩だったのだろう。

びわ湖わんわん王国が閉鎖と言うネガティブな
ワンワン関連の事件もあった。
いくら1がたくさん付く時期だからと言って、ワンワン関連の
事件を何でもかんでも起こせばいいというものでもないだろう。
いくらワンちゃんだと言っても節操がないにもほどがある。

その点、もう一方のワンちゃんである王選手は
心得ていると言って良いだろう。11月に何かしらの記録を
打ち立てるという事は選手時代に一度もなかった。

新聞紙にワンが載るのは日付欄だけで十分であるという配慮
だろう。メディアへの気配りもホームラン王だったということか。
◯◯兀突骨と刑道栄◯◯11/7
今中マサムネさんのサイトに時折出入りをするが、
トップに魏延という三国志の武将の絵があった。
これはと思って掲示板に入れば
「兀突骨と刑道栄はどちらが強いか」
と言う話になっていたので面白かったが、
話はあまり膨らまなかったので面白くない。

だったらこっちで膨らませてみようと思い
横山光輝三国志を読んでみた。
文庫版の14巻24巻だけ、この辺に刑道栄
と兀突骨が出てくると思って購入して読んでみたが
中途半端に出てきた。兀突骨の場面は途中で
とぎれてしまっていた。

どちらもやられ役なのでそのやられ方の立派か
立派でないかを比較しなければ結論は出ないだろうと
思うので、今回はあまり論じない事にした。
文庫25巻を読んでみて改めて論じる。

と書くと、この文章の意味は全くないと思ったので
横山光輝のイメージしている刑道栄と兀突骨から
イメージした私の絵を載せようと思う。
刑道栄は大まさかりを持っているのに それを全く生かし切れていない点が特徴的だ 兀突骨は大蛇を丸焼きにして美味しそうに 食べているし、なぜか柔道着を着ているなど 三国志とはかけ離れている点が特徴的だった。
◯◯東洋陶器◯◯11/13
紳助の復帰が無期延期になってしまったが、もしかすると
出ているかもしれないと言う淡い期待からなんでも鑑定団
をみていた。が、紳助は出ていなかった。東洋陶器の
コーヒーカップが出ていた。

東洋陶器とは、便器メーカーTOTOの前身である。
と言うような解説が平然とされていたが、
平然とはしていられないような代物だと私は思う。
そのコーヒーカップに注いだ液体が便器に注ぐべき
液体に見えてしまうではないか。

そのカップでコーヒーを飲むと、どうも、下痢をしたとき
の水状の便のような気がする。お茶であれば尿を連想してしまう。
水であっても水を飲みすぎた尿を連想する。紅茶であっても
非常に疲れたときや、風邪の時の尿のように見えてしまう。

普段コーヒーカップで飲むような液体はことごとく
連想されてしまうので普段カップで飲まないような液体
を考えるしかない。だが、これも連想してしまう液体が多い。

トマトジュースでは血尿、ワインでも血尿を連想する。
前者は外傷性のもの、後者は病的要因のもの。
ではコーラは良いだろうかと思えば、中島らも
『今夜、すべてのバーで』によればアルコールで
肝臓をやられるとコーラのような尿が出るという。

あらゆる液が尿に見えてしまうのでこのコーヒーカップで
飲む事ができる液はといえば「青汁」と
「明治屋の青や緑のシロップ」ぐらいしかない。
なんと潰しのきかない陶器だろう。
◯○命をかける◯◯11/16
人はどれだけバカなものに命をかけられるのだろうと思い、
調べてみた。

カブトムシ取りと基地作りに命をかける
カブトムシ取りは子供だからしょうがないとしても基地を
作るってのはいかがなものか。厚木基地などを作るのだろうか。

朝のラジオ体操に命をかける
もう少し他のものに命をかけてほしいものだ。しかも、そういう人が
専務まで昇進してしまっている。ラジオ体操の会社ならまだしも、
外車ディーラーがそうなのだから始末が悪い。

鯛がじゃこに命をかける
と言うたとえなんですが、そりゃ鯛はじゃこを
食べて泳いだりしているわけだからじゃこに命をかけている
と思いますけども。瀬戸内だから鯛が出てくるのか。
せやけど寂聴やで。海とは関係ないのに・・・。

おとり捜査に命をかける若い刑事
一見普通に見えますが、捜査に命をかけているわけで、
逮捕は二の次という若さゆえの
過ちに気付いてほしい。また、おとりになるばかりが
捜査でもないと思うが、なぜこだわるのか。

料金所通過に命をかけるのは馬鹿げている
確かにそうですけど、命をかけているってのがわかってれば
料金所を通過しないと思うのです。ここだけ見ると料金所に命を
かける馬鹿がいるようでわくわくさせられる。

菓子に命をかけるのはただのバカヤロー
これもそんなバカヤローがいるような気にさせられるので
わくわくしたが取り寄せおやつに命をかけている人がいたので、
逆にがっかりした。菓子という括りより狭い範囲のことに
命をかけている。わくわくした存在以上の馬鹿がいるわけだ。

命をかける人を捜すのに命をかけるのもばかばかしい事だと
思ったのでこれ以上は調べない。
◯○アラファトの死因◯◯11/18
PLO議長アラファト死す。死んだが死因はわからないと言う。
多分、心臓が止まったのが原因だと私は思うのだが、
意外に違う死に方もあるのかと思い、ちょっと調べてみる。

と、面白い文章を見つけた。それによれば、
アラファトのここ数年の映像を見ると
くちびるがいかりや長介をマンガで描いたときの
ような状態になっている。これが原因を導き出す
鍵となっているではないかというのである。

この状態は歯を削ったり抜こうとするときの
唇の状態なのであると推測できる。
そしてアラファト議長はここ数年イスラエル軍に
包囲された状態で生活していたという。

ちょうど歯を抜こうと(もしくは削ろうと)
したときにイスラエル軍が包囲し、歯科医は
死ぬか逃げるかした。そしてアラファトは麻酔を
した状態で軟禁生活を続ける羽目になった。

歯医者の治療の途中で軟禁されたアラファトは、
幸い軟禁された場所に麻酔があったのでそれを
常用し、歯の痛みを忘れる事にしたのだろう。
だがそれでは根本的な解決になっていないので、
常に歯を気にしていたのだろう。

「もうこれ辛抱たまらん」ということになり
素人の手で歯を治療するという暴挙に出て
あまりの痛みにより絶命したと推測できる。
あるいは麻酔の手持ちが尽きてしまい、補充も
できないと言う状態に陥り、
あえなく激痛死とも考えられる。

アラファトのくちびるが歯医者で麻酔を
打たれたときのものだと断じていた文章は
2002年4月3日の私の文章だった。
巧妙なイスラエル軍は、この後2年6ヶ月間歯科医を
シャットアウトし、アラファトを死に至らしめた。

私はその間にただくだらない文章を書き連ね続け
自らの精神に異常を来たらしめたのである。
◯○投票制◯◯11/27
投票制というのは人々の意思をより多く汲み取れる
すばらしいシステムであるなぁとつくづく思う。
エイリアンとプレデター、どっちが勝つのかを
投票しているサイトがあった。

どちらが勝とうが結局人類が滅亡するという事なので
どちらでもよいと投票してもよさそうなものだが、
プレデターのほうが4000票程度多い。両者のプロフィール
を見るとプレデターのほうが複雑な構造をしている。

同じ滅亡させられるならより複雑な存在に滅亡
させられたいのだという考えは、同じ笑わせられるなら
スッポンポンで踊っているよりもスッポンポンで
哲学論議をしている方がより面白そうという考えに似ている。

無意味に複雑にさせることが投票を集めるコツだと思った。
ここで留意しておきたいのは、プレデターの場合、
複雑であっても「人類を滅亡させる」というように目的が
はっきりしているので集めているということだ。
エイリアンもはっきりしているので差のつけようがない。
であるので複雑なほうに票が動くのだろう。

たとえばプレデターが「歌で世界中を感動させたい」
という目的があるならばエイリアンが勝つほうに投票する人が
多くなるだろう。プレデターらしい例を挙げれば
「カメレオン的能力をより高めたい」
という目的が、複雑であるゆえに出てきても仕方ないと思う。

で、その能力を高めていった結果、戦う能力が
落ちてしまうというような落とし穴が往々にしてある。
そういった欠点を克服して人類を滅亡一歩手前
にまで追い込んだプレデターの意志の強さが票を集めている
といって良い。

スッポンポンで哲学論議をした結果、論議に熱が
入ってしまいスッポンポンの状態では言行不一致である
と気づき、服を着だすとたちまち面白くなくなってしまう。
そうなる可能性がエイリアンには極めて少ない。
スッポンポンで踊るということで服を着だすことに
つながることはないのと同じだろう。

戻ります。すいません