「死ぬのは怖くないが、ただ、無念だ」
とか何とか言う言葉が『白い巨塔』で
もっとも印象に残った言葉だ。
「無念」と言う言葉が痛ましい。
死が確実に近くなってしまったので過ちを
取り返すことができないという状態を悟ってしまったため
出てきた言葉が「無念」。
そのような無念を体感するためには、大望を持ち、
かつ死期を知らねばならないので共感はできないが、
その状況を想像しただけでもぞっとするものがある。
もう少し共感しやすい「無念」がワープロ機能の
妙により出現したことを報告しておく。
村上ショージ氏の
「ウェルカム腕噛むどこ噛むねん!」
と言うギャグを変換したところ
「ウェルカム腕かむどこか無念」
と出た。
これは論理的整合性の点からしても頷けるものがある。
「ウェルカム腕噛むどこ噛むねん!」と言うギャグが
どこか無念なのである。
詳しく言えば、ウェルカムという言葉はいらっしゃいませと
言うような意味なので、使われる場面がかなり限られてきて
しまうと言う点、また「腕噛む」が暴力的表現と取られる
おそれがある上に、「噛みつき」をテレビで放映し、
ショック死した人がいるという歴史があるため、
それを連想するようなギャグをテレビ局側で自粛する可能性も
あるという点がどこか無念だ。
この無念はまだ共感しやすい気もするが、それも
白い巨塔のそれと比較したためそういえるに過ぎない。
容易に無念が共感できないことが無念だと言ってお茶を濁す。 |