○○日本直販ついて◯◯11/3
何ヶ月か前に、折りたたみ式ベットを日本直販で
買ったのでカタログが来た。このカタログが面白かった。
私が今まで手にした事がある通販カタログはおしゃれと
合理性以外の要素が含まれていることがあまりない。
だが、日本直販のカタログは、そのような凡百のカタログとは
一線を画した存在に仕上がっている。

表紙には「ロデオで恋したジュリエット」とあった。
もうこの時点で既存の通販カタログとは一線を画したにおいがする。
お笑い芸人を特集した雑誌「ZOOM」の表紙にすら
いきなりダジャレを持ってくるということはないのに、一冊子が
このアグレッシブさである。このような、笑いを追及する貪欲さが
日本直販のカタログに随所に見られるわけだ。

神田川俊郎の牛丼やカニといった食い物のページがあり、
次に来たのがオバハン向けの靴のページだ。
この脈絡のなさもポイントが高い。そのコーナーに
なぜか4コママンガが掲載されていて、青木さやかの
「どこみてんのよ!」というギャグが入る。
なぜこうまでアグレッシブなのか。

序盤の数ページはまだ笑いに対してアグレッシブな要素
が隔離されているのでわかりやすい。品物は品物でその良さを
アピールしている。中盤以降は品物と笑いの姿勢が渾然と
してくる。アパレルを通り越し、日用品のコーナーにはいると
それが如実な形で現れる。

なんかページに人が多い。確かに服などのカタログであれば
人が着用する様を参考にして購入を検討するという
手順は大いにうなづける。しかし、それを家具、カーペット
寝具などあらゆる品物に当てはめてどうするのか。
これは笑いを誘っているものではないかと思わせるものもある。

カーペットに頬ずりするモデル、枕で寝ているモデル、
めちゃかけラウンドハンガーの横に立っているモデル、
ふたを開けるモデル、目玉に器具を押し当てるモデル、
鼻吸入器に鼻を押し当てるモデルなどこれらのモデル
のほとんどががそれなりにきれいなのも笑える。

カタログも終盤に差し掛かると渾然としていたコンセプトの
ベクトルが明らかに笑いのみに向かっていく。笑いを重視し、
商品の売れ具合を度外視しているのではないかと思わせる
商品が顔を見せ始める。

カツラ、金の狸、観音像などだ。非常につぶしが
効かない商品である上に高価だ。パーティーグッズにしては
値が張りすぎる気がする。また、カツラの既製品と
いうのがすごい。男性用のものが明らかに神田川俊郎の
頭にあるものと酷似している様に見えるのは気のせいか。

最後のページにはドラムなどの楽器が載っていたが、
なぜか「羽ばたけ息子よ!世界に向けて打て!
マネージメントはパパがやる」
などというちょっとした物語的ポエムが付記されている。

これは水着グラビアの横に書かれているポエムのような
ものだとは思うが、最後の楽器のコーナーにのみ
このポエムを載せるという構成は何なのか。
一部のエロティック雑誌のようなこの冊子で一番の目玉
という意味での掲載なのか。独特だ。

日本直販はホームページでも通販をしている。
そちらを見てみると冊子ほどの爆発力はないものの
その笑いの姿勢の一片を垣間見られる品揃えではあると思う。
「由美かおるのダイエット呼吸法」「エマニエル」
など唯一無二の品揃えに仰天する。売れているのかは
わからないがこの方針を続けてほしいと思う。
○○鍋について◯◯11/6
鍋の季節ということで外食屋にも鍋物を始めた云々
という旗を見かける。と、奇妙な鍋の旗を見つける。
「とけい鍋」
と殴り書きをしている。これはひねりすぎて損をしていると思う。

とけい鍋というものを作ったならば、普通に表記すれば
いいのではないか。殴り書きをする必要性を感じないのである。
普通のお品書きを殴り書きにしてあれば面白い。殴り書きで
「ご飯」殴り書きで「麦茶」これは面白い。とけい鍋
というものならば、それ自体面白いので面白さが分散されてしまう。

とけい鍋とはまた面妖なものを考えたものだと思ったが、
納得する部分も全くないとは言えない。無人島に放り
出され、食うものがない。そんなときは皮製のベルトや靴を
煮て、そのにこごりを食うというようなサバイバル術があるらしい。

となれば、時計のベルトを出汁にしていろいろなものを
ぶち込むとけい鍋というものがあってもおかしくはないだろう。
あるいは他の意味の「とけい」があるのかと思って
その外食屋に入ろうかと思ったが、やめた。

旗が「とけい鍋」ではない事に気づいた。「旨い鍋」と
書かれていただけだった。殴り書きだったためヒの部分を
「と」、日の部分を「け」と見間違えたのである。

このような見間違いを誘発させるために「旨い鍋」
と殴り書きにしたならば、その意図にまんまとだまされる
ところだった。間一髪助かった。
○○そっくりについて◯◯11/8
「そっくり」という擬態語が解せないが、今回はそれに目をつむる。
木村カエラが主演する映画「カスタムメイド10.30」に興味を持った。
というのも、このリンク先のオフィシャルページにのっている
木村カエラは、先ごろ手記を出版したジェンキンスさんにそっくりだと
思ったからである。出版物に載っているジェンキンスはやや
ぽっちゃりしてしまったので、帰国直後のジェンキンスさんにそっくり
というべきか。

奥田民生が云々している映画で、ジェンキンス似はなかろうと思い
木村カエラについて調べると、他のページの写真はそんなに
ジェンキンスさんに似ていない。ということは、
この映画の役作りのためにジェンキンスに似せているといった方が
適切だろう。ジェンキンスの役でもないのになぜジェンキンスに
似せる必要性があったか。

有名人に顔を似せるという事はその役に有名人の属性が含まれているの
だろうと考えるのが自然だ。例えば、チャプリン主演の「独裁者」で、
主人公の名前がヒトラーという名前ではないのにヒトラーに顔を
似せているのは、主人公がヒトラーの要素を含んだ人物だからだ。
だから木村カエラはジェンキンスの要素を含んだ人物を演じていると
考えるのが普通だ。では、どのような要素なのか。

「北朝鮮に住んでいた」という要素ではないと思う。ジェンキンスは
曽我ひとみさんと娘の美香さん、ブリンダさんと住んでいたわけだから
木村の年齢を考えれば娘に似せるだろう。だが、娘には似ていない。
曽我ひとみさんとも似ていない。ジェンキンスさんにのみ似ている。

となればジェンキンスさんのみが関わったエピソードから木村カエラの
演じる演じる役のジェンキンス的要素を考える必要がある。そういった
エピソードは2つある。「飛行機から降りてきたとたんにキスされる」
「免許を取る」の2つだ。後者についてはすでに舘ひろし主演の
名作「免許がない」があるのでその要素を含んでいるとは
思えない。となれば、木村カエラは飛行機を
降りたとたんにキスされるのだろうと言う結論に至る。

ここまでの連想を数秒で思い浮かべたためこの映画を見に行くのは
よそうと思った。映画館で見ると寝るタイプのジャンルっぽいためだ。
○○そっくりについて◯◯11/8
ゴミ屋敷があるなどといってマスコミが、袋や
さび付いたものなどをためている家屋に取材に行き、
そこの住人に「なぜゴミをためているか」
などと問うていたりする。マスコミの取材力の高さに
驚かされる。

マスコミはその家屋に堆積したものをゴミと判断して
「ゴミを云々」とその住人に問うているので取材力が
高いと思う。普通、人の家に行き、ゴミを見たとしても
ゴミかどうか確信しなければそれをゴミと呼ばない。

ゴミでないときに非常に気まずいからだ。
例えば、
「そのゴミちょっとどけてくれる。」
とたずねて
「それ、着替えなんだけど」
「それ、ごはんなんだけど」
「それ、ウチの猫のえさなんだけど」
「それ、おじいちゃんなんだけど」
「それ、誕生日のプレゼントなんだけど」

と、どの回答が来ても気まずく相手もそれを
ゴミと認めて、「あ、ごめんかたづけるわ」
という回答が帰ってこない限り、結局
「あ、そうなんだごめん」という事になる。

どちらかが謝る状態になる。言い出した
方は自分が謝るものとは思っていないだろうから
相手に謝らせるために「ゴミ云々」と
問うている。という事はそこにあるものが
全てゴミだとマスコミは確認できている。

話は変わるが、私は読んでいない本を誤って
捨ててしまったことがある。その誤って
捨てた本はゴミではないと思う。
まだ読めるからだ。

また、中学校のころ進路希望の紙を誤って
捨てたこともある。ゴミ箱の中で見つけたが
そのくしゃくしゃの紙に進路希望を書いて出した。
その紙はゴミではないだろう。ゴミ箱に
入っていたとしてもゴミでないものもあると
いう例だ。

そういったものが全くないと確信した上で、
マスコミは住人に「ゴミ云々」と問うている。
そのゴミと呼んだもの一つ一つを利用価値が
全くないものと客観的に断定できる材料を
そろえたからこそ「ゴミ云々」と問うている。

もちろん無断でその屋敷に侵入すれば違法
行為なのでそれを公道などから覗き見るだけで
断定できる材料をそろえられる能力があるの
だろう。その取材力に驚く。どんなスコープと
データベースを持っているのだろう。

また、時間のかけようも半端なもの
ではないだろう。ゴミ屋敷と呼んで住人を怒らせ
る様を見せるなどというつまらぬことをするよりも
そこにある全てのものをどうゴミなのかと判断
する様を克明に記したドキュメンタリーを見てたい。
○○アラモードについて◯◯11/18
不二家のルックアラモードは100円のくせして
4つの味を楽しめるという非常にコストパフォーマンス
の良いチョコレートだ。しかも1つの味あたり3粒ある
ので食べる順番を変える事で様々な味のハーモニーを
体験することができる。

ルックアラモードは現在パイナップル、メロン、イチゴ
バナナとある。最初の3つを食べる順番でさえ
4通りが3順あるわけだから4の3乗で96通りある。

そういう風に考えていくと12個を食べるパターンは
少なくとも13824通りはあるだろう。だが、
これは概算だ。数学のできる人が正確に計算すればいい
と思う。ここではルックアラモードを食べるパターンが
無数にあるということをしめせればそれで良い。
ダースならば同じ12粒でも味わい方は1通りしかない。

これだけのハーモニーのパターンを提供しているのに
不二家は味の探求心を忘れない。ルックアラモードは
以前、4つの味のうちひとつがメロンではなく
アーモンドだった。私はアーモンドのほうが
4つの味のバランスが取れていると思ったがそれを
あえて崩した。

バナナ、イチゴという対立軸にバナナにはアーモンド
イチゴにはパイナップルという援軍がついた陣容だ。
バナナ側はホコホコ感、イチゴ側はシャキシャキ感
バナナ側にはしっかりした質感、イチゴ側は
みずみずしさという対比ができていた。

イチゴに酸味をくわえたパイナップル、
バナナ独特の甘みを押さえ、渋味、苦味を加えた
アーモンドという脇役の存在感も十分だった。

それを崩した理由はいかんせんアーモンドが
地味すぎるし、ただのビターチョコレートと区別が
つきにくかったためだろう。確かにメロンという
味はアーモンドより派手だ。インパクトもある。
だが、それはメロン単品で見た場合の話だ。

ルックアラモード全体で見るとパイナップルと
イチゴの中間の味という印象を受けてしまう。
シャキシャキ陣営についたという事でバナナ
以外の3つの味が際立ちにくい布陣になったのは残念だ。

残念だが、これは新たな進化を遂げるための
一歩と考えたい。アーモンドはお世辞にもひとつの味
として自立できていなかった。アーモンドのみの
ルックがあったとしたら買おうと思わない。
現在は4つとも自立できるだけのキャラクターがある。

ただ、ルックアラモードを現在のような
チョコレートのスタンダードにまでのし上がれたのは
アーモンドという目立たない存在による絶妙な
バランスが成立していたためだと言う事を
忘れてはいけない。

このバランスを取り戻しながら個々のインパクトを
殺さない組み合わせを考えれば、ルックアラモードの
存在は今以上に磐石なものとなるだろう。

和ラモードなどという下らぬダジャレを考える暇があったら
アラモードの完成度を高めるべきだと思う。
○○日本直販ついて◯◯11/3
このサイトは5周年を迎えた。これもひとえに
私の笑いに対する執念の賜物だと思う。だが、
秀念さんの顔は頭に凹みがあるだけではなく、
あごが長いという2つの特徴があるように、
参加者、閲覧者のご愛顧というもうひとつの
要因もあると思う。だからありがたいと思った。

お写真が200回を迎えたときに以下のように
振り返った。笑点大喜利的雰囲気を
目指していたらウィンウィンという事になり、
長続きという副産物を得た。よく考えるとこの
テキストも長続きをしている。

表現力を鍛えるという目的があり、
何かしら他愛のないことを書いていた。
ある程度アクセスが減らないでいるわけ
だから、ある程度の表現力は
できているのだろうと勝手に思っている。

あと、誰も思いつかないだろうことを
思いついたら書いて置けるので良い。
書いておくと意外と覚えている場合があり
ちょっとしたときに便利だ。

が、そのちょっとしたときもないような
他愛のないことを書いているので
思い出す機会すらない。チンポみこしや
頬杖、ピクニック、ウグイス嬢の発音
など、いつ思い出すのか。

チンポみこしを思い出して、いつか
修羅場を潜り抜けたい。そのときは
何年も前からこの状況を予知していたと
このhpで報告しようと思う。
あと、笑いで有珠山を救いたい。
○○咳について◯◯11/23
子供が泣きながら咳をしているので、大人はそういうことは
ないと思ったので面白かった。泣いてから、咳をしている。咳をして
泣いているわけではなく、泣いているとなぜかどうしても咳が出ると
いう順序づけがある。これはなぜなのか。

一時的に免疫が弱まっているのではないか。病は気からという
ことわざの通り、気持ちが弱々しくなっているのでちょっとした
細菌で風邪にかかる。が、風邪の症状もごく弱いものなので
泣き止むとそんなに咳をしない。

免疫が弱っているだけでなく、泣くことによって心肺に負担が
かかっているということもある。子供は声をあげて泣く。
泣き声は「ウェーン」である。これは一時的に故・鳳啓介(画像左)
のモノマネをしている状態に近い。

「エ、ポテチン」というのが鳳啓介のモノマネをする際の
決まり文句だが、この「エ、」の部分が「ウェーン」の「ェ」
部分と同じ発音法だ。「エ、ポテチン」の「エ、」は歌唱の
技法のひとつであるホーミーの練習法としても有用だという。

ホーミーの練習法を公開しているページを見ると、
ホーミーの本場モンゴルではホーミーの歌い手は早死にすると
いう風説がある。また、このページの著者もホーミーの練習後に

 暫くの間普通の呼吸も出来なくなりました。この為4−5日
 寝込んでいまいましたが、約10日でほぼ回復しました。

と記している。声をあげて泣くことは早死ににつながる。
つながらないにしても非常に心肺に負担がかかっている
ことは間違いない。ゆえに子供は咳をしている。

大人が泣いても咳をしなくなるのは、泣いて咳をする子供
が死んでいくのを見て、死にたくないという本能が自然に
早死にしない発音法で泣く事を体得させるのだと思った。
○○本屋に行くとトイレに行きたくなることについて◯◯11/23
トイレと書いたが、これは汚らしい言葉を避けるために
用いたに過ぎず、真意は、大便をしたくなるという意味だ。
エロ本を見ると股間が膨らむのはなぜかと疑問に思い
エロ本に使われているインクに催淫作用があり、性器に
影響を及ぼすと結論した人間はいない。それと同じだ。

この掲示板の40番あたりで言われているような
インクに排便作用があり、それが肛門括約筋に影響を及ぼす。
ゆえに本屋に行くと排便をしたいという論理は間違いだろう。

今日私が購入した「随筆 本が崩れる」に面白い写真があった。
今にも本が崩れそうにうず高く積まれている写真だ。
写真に写っている本のみを数えてもざっと1000冊は軽くある。
部屋の広さも広く見ても6畳だろう。

前述のような肛門括約筋への影響があるとしたら
この随筆の著者である草森紳一氏はものすごい勢いで
排泄しなくてはならないという事になる。

そんな事はないだろう。と、断言できるのは写真に
写っている本が比較的汚れていないからだ。
足の踏み場のないほど本があるところで飯を食べたり
ブドウを食べたり、像を置いたりしているという事は
生活しているわけだが、だったらその部屋で頻繁に便意を
催すだろう。

また、本屋以上に本が氾濫しているので排便作用を
促す物質は濃縮されていないとおかしい。となると本屋以上に
便意を催すわけだが、アレだけ本があふれていると容易に
トイレに到達できないだろう。すると粗相をすることが
あってもおかしくない。粗相をすると即本が汚くなるが
汚くなっている本は見当たらない。

粗相をしたらそれを片付けるのが普通だが、
草森氏は曹操、永井荷風、副島種臣、デザイン、
プロパガンダなどを研究する作家なので貴重な資料も
多いだろう。となると、少し汚れても使わざる
得ないものも出てくる。それも全くないというのは
粗相をしていない証拠だ。

確かに草森氏はものを食べてもあまり消化せず排出しそうな顔
ではある。だが、それと本のインクを結びつけるのは
言語道断である。となるとまた、なぜ本屋に行くと
トイレに行きたくなるかという疑問が再浮上する。

今日、私はそのような状態になったわけだが、どうも
長くなりすぎたのでまたいつか検証しようと思う。
○○本屋に行くとトイレに行きたくなることについて◯◯11/24
本屋に行くとトイレに行きたくなるという状況を
本のためとするのは間違いではないかという事を
「随筆 本が崩れる」の写真を見て思い始めたのである。

またその本を買ったときにトイレに行きたくなっていた。
この理由は何なのか。おなかが冷えたからトイレに
行きたくなったと思う。なぜおなかが冷えたか。汗を
かいて、冷えたからだ。なぜ汗をかいたか。
歩いたからだ。なぜ冷えたか。立ち止まったからだ。

以上の理由が本屋に行くとトイレに行きたくなる
理由だ。まず本屋に行くまでに屋外にいる場合が多い。
冬場は気温が低いので厚着をする。

本屋では暖房が効いている。本屋で本を買う場合、
また立ち読みする場合もそうだが、読むに値する本を
探すため歩き回る。厚着をして、暖房の効いた
部屋で軽い運動をすれば汗ばむ。本を見つければ
立ち止まる。立ち止まり、立ち読みをすれば体が冷え
腹を壊しやすくなる。トイレに行きたくなる。

また夏場は屋外は暑いので、薄着をする。
薄着をしても自然と汗は出る。本屋に入ると冷房が
効いている。入った瞬間はひんやりと心地よい。
が、しばらくして体が冷え切り、汗が冷えると
腹を壊しやすい。トイレに行きたくなる。

以上のように夏も冬もトイレに行きたくなる環境を
本屋は作り出している。春や秋はどうかというと
暖房、冷房を欠かすことなく運転させているので
運がよければトイレに行きにくい状況で長く立ち
読みをすることが可能だ。

ブックオフなどの新古書店が書店を駆逐し
つつあるという話をどこかで聞いたことがある。
これは、冷房も暖房もあまり効かせない事によって
トイレに行きたがらせない環境をつくっている
のが一つの要因になっているのではないか。

現に、利用客向けのトイレのないブックオフ
を私は利用したことがある。これはトイレに
行かせない環境を自負しているのである。

本屋がトイレに行かせない様な環境を作るには
ブックオフのまねをしていては芸がない。
汗を流すための銭湯を併設し、常時さっぱりと
本を選べる環境があるといいと思う。

トイレに行きたくなることをあきらめてトイレを
作るのもいいが、トイレに行きたくなるということが
腹の痛みを伴う場合が多いし、切迫感を覚えるので
不快であるということを認識し、いかにトイレに
行かせないかを考えるべきだと思う。

ただ、銭湯を併設するならば、いかに湯船で
オシッコをさせないかという新たな問題も出てくる。

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