| ◯◯追悼について◯◯4/3
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ローマ法王薨去。冥福祈る。
世界中に赴き、平和を訴える活動した功績
は世界一だといっても過言ではないと思う。
また、風貌の無邪気さも世界一だと思う。
この写真で、法王はなぜか赤ん坊に
かぶりついているが、風貌が無邪気なので
後ろの人はみなニコニコしている。
何をしていても法王の風貌から何か和やかな
雰囲気にさせてくれるような人物だったと思う。
時期の法王を決める方法は、「コンクラーベ」
と言うらしい。ラーベと伸ばすのは外国人特有の
アクセントのつけ方だと考えると根くらべをして
法王を決めると言うのは容易に予想がつくが、
どのような根くらべが行われるのかよくわからない。
根くらべをして法王を決める様を誰か写していないかと
思い検索してみたら、

このようなイラストが出てきた。
確かにラジコンブームが去り、田宮RCカーグランプリ
も放送しなくなった今、なおラジコンカーを
運転操作すると言うのは根気がよい証拠だ。
しかし、悩んでいるウサギみたいな犬みたいな動物
は何なのか。何なのかはさておき、悩んでいる理由と
言うのはよくわかる。ラジコンカーを今運転していると
言うだけでは根くらべにはならないのではないかと
悩んでいるのだと思う。
今、ラジコンカーをやっている人は全員根気の
良い人なのでその根気のよい人の中からどの人が
最も根気がよいか選ぶのは難しい。だから悩むのも
無理はない。結局どのような根くらべかは
よくわからないままだった。
追悼で思い出したが、報道ステーションで古館などの
後ろに扱う事件、特集に関係のある人の顔写真が
掲げてあるが、アレはつい、追悼番組と間違えてしまう
くせがあるので困る。堀江社長などのときは死んでは
いないだろうと思うが、堤前会長などの写真があると
もしやと思ってしまい少し紛らわしい。
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| ◯◯ダジャレについて◯◯4/10
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ネット漫才日本一の大会があって、それに投稿したネタ
見直す機会があった。第4回の審査結果を見たら
私の投稿はダジャレが多すぎて、それが審査員に
不評だったもよう。
短期間で考えた文章のネタにダジャレが入っているのは当然と
言えば当然だ。ダジャレは言葉のみで考えたネタだ。
一度絵で考えたものを文章に表すのと比べると考える時間は
短くてすむ。
考えていないので評価が低いのか、面白くないので
評価が低いのかはよくわからない。思いついたものが
そのまま面白いものより、思いついたものが言葉で
表しにくいものであり、それを言葉で表すようなものの方が
面白いとする傾向があるのは確かだ。
そのような傾向があるといっても、どうとも思わないが、
ダジャレが短慮の証拠であるとすれば、愛・地球博と言う
ネーミングはダジャレなので短慮だ。また、大相撲万博場所
も短慮だ。子供と相撲をとるという場面が見られ、
わんぱく場所の様相を呈しているためだ。
万博と言う世界的な見世物の祭典も思いつきで
切り抜けようとするところに愛知の県民性が現れている。
思いつきから始まった万博が弁当をアレするなどして
対策を講じたとしても、所詮思いつきが上塗ぬり
されていくだけの事であり、評価は得られにくい。
無論思いつきの全てが面白くないという仮定の上での話。 |
| ◯◯どこを押さえているかについて◯◯4/17
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チキンラーメンのCMに仲間由紀恵などがでて
なぜか仲間がフリーキックの壁になっている場面があった。
「奇妙だ」見たいな事をTOKIOの国分君が言うが、
この奇妙みたいな事って言うのはテレビ中継になるような試合に
仲間が出ているので奇妙だみたいな意味だと思う。
奇妙なことあるか!と思った。仲間はタレントなので
そういうこともあるだろうと思う。なんかモーニング娘。
がサッカーの試合をしているのを中継していたのを
見たことがある気がするただ、外人と仲間が仲間である
という点においては若干奇妙であり、「仲間と仲間」
という語感の奇妙さもある。
仲間の仲間の奇妙さよりも仲間はどこを押さえているのかと
いう所に奇妙さがある。フリーキックの壁になったときに
押さえている場所として思いつくのは股間である。
が、仲間も、仲間の仲間も股間を抑えていない。
中途半端な位置でコーラスなどを歌うようなかっこうを
している。
女子サッカーのルールではそんなコーラスをやるような
ところに手をやるのがルールなのかと思い、
少し調べてみたが、女子サッカーのフリーキックの壁
で股間に手を当てずにどこに手を当てるかなどという
疑問を持つ人間はほとんどいないようで、よくわからない。
ただひとり自称引きこもりの人が女子サッカーの
フリーキックに興味を持っていた。どこにも手を当てない
というのが正解らしい。では、仲間や仲間の仲間の手の
あてどころは何なのか。
当てないと何をやっているはよくわからない。
かと言って仲間の手を仲間の股間に当てさせるわけには行かぬ
という事でコーラス風になったのだと思う。
股間に当てずにフリーキックとわからせるため、
ルールを捻じ曲げるのが奇妙だと感じるのだと思う。 |
| ◯◯リベラルについて◯◯4/23
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ナゴヤドームで読売対中日を見たが、中日でも読売でもない
どこの新聞にも属さない非常にリベラル、悪く言えばノンポリ
のヘルメット集団が球場内に鎮座しているのである。
その数ざっと4,5人ほど。3チーム打ち野球なのかと思ったが
そうであるならそのノンポリ集団は非常に不利だ。
普通の野球のルールだったので、その4,5人は試合に参加せずに
競技場の隅っこでずーっと椅子に座っている。
熱狂的なファンなのかとも思ったがタニシゲがタイムリーを打っても
ワーともキャーとも言わないし、清原が出てきてもウォーウォー
言わないので違う。ビールも飲まずに集団はただじっとしていた。
結局、集団が動いたのはバットが折れたときと
ボールが座っているところの近くに転がってきたときだけだった。
ボールが転がってきた時には手ぶらであれば
誰でも当然それを拾うので仕事とはいえない。
となると、その集団はバットが折れたときに拾いに
行くのが仕事の人々なのだ。
集団は砕けたバットを先を争って拾いに行っていた。
バットの破片拾い競争の様相だった。野球という勝ち負け
の争いの中にバットの破片を拾うという小規模な勝ち負けの
争いがあるが、誰もそれには興味を持たない。
その証拠に拾っている人たちに向かって誰も声援をあげない。
プロ野球改革元年などという。このような細かい所を
まず改革していくべきだと思う。座っているだけなら
野球拳ガールを座らせればいいのではないか。
審判がアウトかセーフかの判定に迷ったら、すかさず
両脇からガールが出てきて野球拳。勝ったガール側の
チームに有利な判定が下される。
これによって納得のいかない判定があっても、
じゃんけんで決めたのでと、しぶしぶ納得するので橘高審判
も骨折せずにすむ。その上、目の保養になる。
野球拳をさせたいがためにきわどいプレーを連発
するようなプレイスタイルが出来上がる。メジャーリーグ
のパワー野球とは一線を画した境地に達する事間違いなし
である。 |
| ◯◯漢字の成り立ちについて◯◯4/27
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白川静の漢字百話 を読んだ。漢字の成り立ちを紹介する事で
漢字の特殊性を知る事のできる本だった。著者は多分
それを広くしらせることで、漢字を使わずに済ませるような風潮
を打破したいと思っているのだろう。
まえがきと最終章、あとがきに以上のような
メッセージ性はあるが、他の部分ではただひたすら
漢字の成り立ちについて説明し続けるという構成に
なっている。その部分についてはこちらとしても
ただひたすら「ふーん」という感想しかもてなかった。
その中で最も印象深い漢字の成り立ちは
「且」である。この字は象形文字で、チンポの
そそり立つ形から「且」となったという説があるという。
しかもそれ以外の説を紹介していないので、もはや
この字が出るとチンポを連想するという回路が
出来上がってしまった。
この回路によって森且行という名前は
ちょっといかがなものかと思うようになった。
且の成り立ちに気づいたので彼は博打の世界に
消えたのではないか。アイドルの名前に
シンボルがくっついていてはあまりにも露骨すぎる
と考え、身を引いた。知りすぎることは悲しい。
且来八幡神社という神社がある。この際なので
「旦」は「且」の転じたものと考えると
チンポの来る神社ということになる。
この写真のようにチンポみこしを担ぐのか
と思ったら意外と普通の神社だった。
上の写真のチンポみこしは昔のものなので
どこか忘れたが、真っ赤なご神体のみこしもある
チンポ祭りというのは田懸神社という小牧市の神社
で催されているという。懸の字にも「且」っぽい部分が
あるので、成り立ちはあながち間違っていないのだなぁと
思った。 |