| ◯◯お坊さんについて◯◯6/5 |
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クールビズで思い出した。ちょっと前に ホリエモンの話を聞きに言ったのだった。 ただこちとら日本の辺境に住む者なので、堀江ごとき がちょっと話をしようと簡単に出向けない。 堀江が喋るのをモニターで映っているので それを聞くという形式だった。 話の内容は要するに起業をせれということである。 内容を詳しく書くと堀江のオマンマが食い上げになるので 書かないが、意外にもお坊さんに似たような思考が あると思った。 お坊さんは人に喜ばれるような事をせれと言うが 堀江はお金が儲かることをせれと言う。それ以外を あまり言わないのでそれ以外はするなと言うことだろう。 一点重視と言う事で似ていると私は思った。 これは、堀江を夜に見ているからだろうと思う。 よく堀江を見る時間帯を考えてみると昼か朝が多い。 近鉄の角をつけて堀江コールを受けているとき、 アダルトサイトについてあれこれ言われているとき、 ニッポン放送の筆頭株主になったとき、 フジテレビと事実上和解したとき、 北海道でスープカレーを食べているとき、 元テレビ朝日の蝶ネクタイの人と話をしているとき など、朝、昼に撮影したものがほとんどだ。 その際このように髪の毛を逆立てている場合が多かったが 私が見たときはあまり逆立ってなかった。と、いうことは 朝、昼の堀江の髪型と夜の堀江の髪型では夜の方が お坊さんに近いということになる。髪型が坊さんに 近いと言う事は立ち振る舞いもそれに近くなると 言う事かと思った。 |
| ◯◯吾輩は猫であるについて◯◯6/10 |
吾輩は猫であるというのは夏目漱石 の書いた小説っぽいものだが、他にも吾輩は猫であるっぽいものが 結構あるので面白い。 吾輩も猫である |
| ◯◯風太について◯◯6/12 |
風太が話題になっているが、レッサーパンダ以外の風太には どんな風太がいるかと思い、調べた。 蘭を愛する風太さん 絵本をかく風太さん CDのジャケットになっている昔は髪の毛が長かった風太さん 「おにいたま」に語りかける形式の小説を書く風太さん 馬の写真を撮る風太さん イラストをかく風太さん 言葉の意味的に風太の対極にあるといってもよい 雷太についてについても調べてみた。 再放送を含めるとほぼ毎日どこかの放送局でドラマ出演している雷太さん 殺陣とスキーが特技の雷太さん 営業もこなす焼酎職人の雷太さん フットボールの合宿中に亡くなった雷太さん マウンテンバイクで山頂まで上りラーメンを食べる雷太さん 「教えない教育」を実践する雷太さん 以上の風太、雷太を見ていくと、まさしく対極である。 風太はどこか理想主義であるのに対し、雷太は現実主義。 風太は空想的であるのに対し、雷太は実践的。 風太がキリギリスで雷太がアリという構図。 人間界における風太と雷太の構図を当てはめれば レッサーパンダの風太が直立するのも自明の理である。 空想を実現させたからこそあの風太は注目される。 |
| ◯◯ツーリングについて◯◯6/21 |
ツーリングをしている人たちを見た。 ツーリングというのは暴走していない暴走族 みたいなものと認識している。 その集団はものすごく蒸し暑いのに長袖を 着ていたり、妙な横文字が書かれている ジャケットを着て走っている。 中でもヘンテコな存在が地方銀行のおっさんが のっているような原付にのっている人だ。 よろしくメカドックの人が着ていそうな服を着ていて スキーのゴーグルをしてマスクをしている。 そして、その人の指図でカワサキッぽいのに 乗っている人らが道を曲がるなどしている。 どうもその地銀のおっさん、かつメカドックが リーダーらしい。私はそのような状況を見て 少年が暴走族になるのも無理はないと思った。 ツーリング軍団のいでたちを見るとそんなかっこうを しないとバイクに乗れないのか、だったら特攻服 みたいなものを着たほうがましだと思えてしまうからだ。 |
| ◯◯改良について◯◯6/27 |
新茶の季節であり、暑い時期でもあるので 新製品のペットボトルのお茶がいろいろ出ている。 が、全体的に薄くなっている気がする。 おーいお茶と、生茶が軒並み「さらにおいしくなった」 などといっていた気がするが実際飲んでみたら薄くなった だけだった。また、コカコーラの「一」はその2銘柄より さらに薄い。 これはカテキン競争が収拾したためだろう。ヘルシア緑茶の ひとり勝ちといったところか。カテキン式、まろ茶茶葉の功、 サンガリアの殴り書きで「カテキン」と書いてあるヤツなど カテキンの多さを大書してある緑茶は、ヘルシア以外は ほとんど消滅した。 カテキンを求めるならヘルシアが最適となれば、 他の緑茶にはカテキンを求めない。お茶の味を求めることになる。 カテキンブームでカテキンを入れまくった結果、 緑茶業界は濃い味だらけになっていた。その反動が 薄味化になっているものと思われる。 味にヴァリエーションが増えたのは良い事だが、 比較的緑茶に力を入れているであろう伊藤園、キリン の標準的な緑茶が薄くなったのは濃い味派の私に とっては残念な話だ。 今後の予測だが、薄い方がコストパフォーマンスが 良いであろうのでどんどん濃い味は淘汰されるであろう。 ほとんどの人は味に敏感でなく、薄いか薄くないかは考 えずに標準のものを買う。標準が薄くなったということは 薄いのが主流になるという意味だ。 業界全てがなぜか同じ方向に流れていくので、この 流れは全く止まらず、そのうちエビアンやヴォルヴィック と区別がつかなくなるのではないかと危惧する。 それでもお茶が良いといって買い求めるのが我々だ。 |