| ○○鼻歌について◯◯8/8 |
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阿久悠氏が亡くなった。私が阿久悠と言う作詞家の偉業を 知ったのは、インターネットをやり始めてからだ。実名を 出し、芸能界ぐるみの大規模な盗作に遭ったと言う人が いたからだ。その中に阿久悠もいた。 しかも、いまだにその人物のホームページが存在する。 竹林さんは、中学時代に当時高校生だった笑福亭 鶴瓶に脅されて、鼻歌みたいなものを歌わされるの を強要されたという。 その鼻歌を聴いた鶴瓶が驚異的な記憶力で何年も メロディラインと詞の一字一句をそっくりそのまま 7,8年保持し続け、作詞者、作曲者に著作権を 譲って、あらゆる歌謡曲を発表させたと言っている。 また、電車でアリスのメンバーと会って初対面にも かかわらず、鼻歌みたいなものを歌って聞かせたという。 そしてその鼻歌みたいなものを記憶して、数年後 にそっくりそのまま発表されたというのである。 そして、盗作の事実を証明するための材料は 「鶴瓶、上岡パペポテレビ」や「スター誕生」であると いう。これらの番組で彼について鶴瓶が喋っていたという。 また、あらゆるテレビ番組内で、トークのかみ合わせが 悪かったときは、ほとんど彼を隠喩しているのだという。 また、都合よく彼を隠喩した内容のテレビ番組 を、彼のメールマガジンの読者が見つけてくる。 メールマガジンの読者に。阿久悠のホームページに 抗議文を送ってくれと頼んだりした。竹林さん自身は 阿久悠や井上陽水に内容証明郵便を送ったりした。 更新は1998年で停止しているが、この理由は告訴されて 家宅捜索をうけ、パソコンを押収されたからだという。 自分が中学時代に歌った鼻歌のMP3をインターネット 上で売買して著作権法違反になったという。その後、 音沙汰はない。 彼は一体今なにをやっているのか。阿久悠は、 尿道ガンで亡くなった。盗作をされたと される人物の一人である吉田拓郎もガンを患った。 そして、裁判をするときに参考人として法廷に立って もらおうと思っていた立川談志もガンを患った。 インターネット上の告発をやめて、10年たとうと している。告発以上に効果的な方法を見つけ、 実行しているのだろうか。 |
| ○○心について◯◯8/12 |
なぜ、マスコミは朝青龍を林マスミみたいな 状態にして引退させようとしているのかがわからない。 嘘をついて巡業を休んだことは、出場停止および 謹慎処分を受け入れたことで罪を償っている。 処分の最中に精神疾患を患ったら、治すしか ないんじゃないだろうか。専門家がモンゴルに 帰った方が良いというなら帰しても良いんじゃ ないかと思う。相撲を純然たるスポーツとして 見た場合はこの措置が当然だ。 精神疾患が心技体の「心」が不足していると 言う解釈なら引退勧告もやむを得ない。しかし、 「心」の部分を今までほとんど全く要求していな かったのに、急に要求するのはおかしい。 そもそも心技体の「心」が不足しているというなら 嘘をついた時点で引退勧告をする必要が あるし、その前に旭鷲山のドアミラーをたたき 壊した時点で「心」が足りていないのは自明だ。 そこで引退させなかったのに、急に引退をさせると 言うことになれば相撲協会は今までの朝青龍に 「心」がなかったのにあったと嘘を言って相撲を 取らせていたということになり相撲協会の 「心」が足りていないということになる。 そうなれば、日本政府が日本相撲協会に相撲協会の 引退勧告をする必要がある。 しかし、「心」の部分を今までほとんど全く 要求していなかったのに、急に要求するのはおかしい。 そもそも相撲の起源は日本の民俗信仰である神道に 起因する国技であるにもかかわらず、外国人力士を 容認した時点で引退勧告をする必要があるし、 その前にテレビ放送のために古来からの仕切りの 方法を変更したり、ふさの下にある柱を取り去った 時点で「心」が足りていないのは自明だ。 そこで引退させなかったのに、急に引退をさせると 言うことになれば日本政府は今までの日本相撲協会に 「心」がなかったのにあったと嘘を言って相撲協会を 認可していたということになり日本政府の 「心」が足りていないということになる。 そうなれば、アメリカ政府が日本政府に国家の引退 勧告する必要がある。そうなったら困るので朝青龍は モンゴルで療養すべきだと思う。 |
| ○○自己表現について◯◯8/27 |
世界陸上開幕中継を見ていると、なぜか 陸上を見ているのか織田裕二を見ているのか 分からなくなるのは私だけだろうか。 司会進行とは全く関係のない部分で自己表現を してくるのでそう思えてしまうのだろう。 彼は、進行役でありながら自己表現を欠かせない人物 である。いや、普通に振る舞っていてもそれが表現に なってしまう人物とも言える。 服装の違和感にすでに表現力を感じる。ボタンを 2つあけている。そして2つ開けていながらも なぜか窮屈なシャツを着ている。これでは 蒸れてしまうのではないか。暑いのであれば、 もう少しゆったりした、風通しの良さそうな服 を選んでも良いんじゃないかと思う。 この非合理の理由を考えると何かを表現している のではないかと思わずにはいられない。 違和感は競技の合間のコメントにも見られる。 為末の予選落ちの時の 「為末なにやってんだよ〜」 というのは、もう関根勤のモノマネでもおなじみの いつもの織田節が出たわけだが、よく考えればこれも 意味が全くないコメントだ。なぜならなにをやったかを ほとんどの人は直前に目の当たりにしている。 言ったことに意味を見いだそうとすれば、自己表現 なのだろうと推測せざるを得ない。 織田自身のなにを表現しようとしているのか。よく 分からないが、「為末なにやってんだよ〜」以外にも 進行などに全く関係のないコメントを 今大会でも既に2,3聞くことができた。 「頭がどうにかなっちゃってるのかと思っていた。」 これは、マラソン男子日本代表3選手インタビューの後 発した織田裕二のコメントである。マラソンを走った 直後にはっきりした受け答えをした選手に対して 感想を述べたのだが、よく考えると違和感がある。 織田はマラソンの直後に、頭がどうにもなっていない 事を知っているはずなのだ。彼は何度も世界陸上の 進行役を請け負っているので、男子マラソン選手 のインタビューもその都度聞いているはずなのである。 アテネやセビリヤなど気温の高い大会でも頭がどうにか なっている選手を見ていないはずなのでそうなるはず がない。なのになぜそのようなコメントをしたのか。 全くもって謎だ。何かを暗示した表現なのか。 「さんじゅうよ・・・うん・・・34歳」 女子3000m障害の早狩選手の紹介をしようとしたとき 年齢を言っちゃダメなんだろうけど、と但して おいてのこのコメントである。さんじゅううんさい と言おうとして、「よ」と言ってしまい、 「よ・・・うん」では4だと分かるだろうと思って、 言い直している。 このコメントは無意味のオンパレードである。 特に年齢を言う必要もない上に、年齢を隠して 言おうとしてこれを失敗する。なにを意味して いるのかが全く見えてこない。 陸上を見る合間に織田裕二の自己表現の意味を 考えると言う見方が中継の正しい見方なのだと 思う。少し考えただけでは意味が全く分からない だけに何度見ても織田裕二の司会進行に飽きが来ない。 次の日にはまた意味の分からない表現をしだすので 意味が分からないまま考えることをやめて 何年も新鮮な印象の状態が続くのだろうと思う。 |