琴ノ が引退した。横綱千代の富士の土俵入り
の時も、朝青龍の土俵入りの時も、土俵入りの前に化粧まわしを
つけて土俵をぐるぐる回って手を打って万歳をした力士というのは
彼以外いないと思ったが、貴闘力もそうだったかもしれない。
ともあれ千代の富士が土俵入りをしたころにぐるぐるやっていた
最後の力士が土俵を去った。
入幕の平成2年から引退する17年九州場所まで、ある一定の法則を
15年間守り続け、それを守り続けたまま義父である親方の停年という
外的要因によって余力を残し引退する。
その様は横綱以上に相撲の芸術性の高さを感じさせ、大相撲は
他の格闘技一般とは一線を画した存在であるという証明でもある。
15年間の整然とした成績の積み重ねに神性を感じる。
下手をすれば永久に同じ成績で相撲を取り続けるのではないかと
いう恐怖すら感じるほどだ。
以下は平成3年以降の琴ノ の成績である。ちなみにこの15年間、
琴ノ は、琴の若、琴乃若、琴乃 、琴ノ と改名を繰り返したが、
琴ノ で四股名を統一している。
年 勝数 勝率
平成3年 39 52%
平成4年 44 49%
平成5年 46 51%
平成6年 41 46%
平成7年 42 47%
平成8年 39 43%
平成9年 39 43%
平成10年 49 54%
平成11年 40 44%
平成12年 39 43%
平成13年 42 47%
平成14年 33 37%
平成15年 30 33%
平成16年 41 46%
平成17年 37 41%
なお、平成2年は1場所のみで十両に一度陥落
しているので省略した。平成3年のみ幕内在籍は
5場所だ。あとは幕内で取り続けた。
上記の表でわかるように、琴ノ若は勝率4割を
引退まで維持した。平成14,15年の勝率は4割を切っている
ではないかという異論があるが、14,15,16と公傷制度
(取り組み中にけがをした場合に、休場しても1年あたり
1場所に限り番付に影響しない制度。16年で廃止になった)
で1場所ずつ全休している。
これを取り組みとしないものとして換算すれば
平成14年 44%
平成15年 40%
平成16年 55%
となり、毎年4割を超えている計算になる。しかも、
6割を超えない。勝ちすぎない上に負けすぎないという
絶妙なバランスが引退する前まで続いている。
記録としては何も残らないが、朝青龍の記録と
同じようにこの数値に琴ノ の類まれな天分を感じる。
ルールで階級こそ決められるが、いろいろな天才
がいるので階級で天才かどうかを判断することは
なかなか難しいものだと思った。 |