本サイトの開設の目標のひとつとして挙げられるのは
ネット上において、笑点大喜利的雰囲気を生み出す事にある。
大喜利の理想型が笑点にある。長く続くと言う事は飽きの来ない楽しみが
あるということで、それは目標とするに値するものだと思う。
その目標に向かってまい進しているつもりでいて挫折、妥協を
繰り返し、行き着いたのは写真で一言である。それが200回を
達成した。写真で一言だけは長く続けられたのはなぜなのか。
管理する側の立場にも、新しい発見があると言う点がある。
普通の大喜利のお題を作る際には、ある程度の回答のパターンを
頭のどこかで想定している。写真の場合は、どこかのサイトで
拝借しているので、あまり想定をしていない。その想定していない
ところに様々な一言が送られ、管理する側はそれを新鮮に感じる。
また、「例」を出している事により、参加者が送ってきそうな
ありがちな発想を封じる役目も果たせている。ありがちが続けば
管理する側も億劫になるばかりであり、すぐさま閉鎖したくなる
だろう。
こちらの想定した一言が「例」として出ているのでそれを参考に、
例からかけ離れている発想をした一言を送れば座布団を獲得する
可能性が高い。管理者としても見ていて新鮮味を感じ、すがすがしい。
このような参加者と管理者のウィンウィンの関係が出来上がっている
ので長続きしたものと思われる。ウィンウィンは非常に気持ちが
良いのである。
このように大喜利とはかけ離れたウィンウィンをしてしまったが
ゆえ、笑点とは別の、独特な雰囲気を生み出した。
笑点を目指しながら、かけ離れていったと言う罪に対する代償は
意外に大きなものだった。円楽、こん平の病臥である。
奇しくも、この2人は我がサイトにおいて、写真と関係している
笑点メンバーだ。写真の背景はこん平の着物の色をイメージ
したものだ。そして、写真の結果の管理者コメント欄には「\楽」とある。
これは円楽のコメントをイメージしたものだ。当たり障りがなく
ときに笑いを補完するような役割が果たせればよいと言う願いを
込めて、コメント欄をこのように名づけた。
当初の目標とかけ離れたと言う理由で処されるならば、本来
私が受けるべき罰をなぜか笑点メンバーが疾病と言う形で受ける
のは気の毒としか言いようがない。2人のためにももう少し
このコンテンツは続けたいと思う。が、更新は不定期だ |