ゴミ屋敷があるなどといってマスコミが、袋や
さび付いたものなどをためている家屋に取材に行き、
そこの住人に「なぜゴミをためているか」
などと問うていたりする。マスコミの取材力の高さに
驚かされる。
マスコミはその家屋に堆積したものをゴミと判断して
「ゴミを云々」とその住人に問うているので取材力が
高いと思う。普通、人の家に行き、ゴミを見たとしても
ゴミかどうか確信しなければそれをゴミと呼ばない。
ゴミでないときに非常に気まずいからだ。
例えば、
「そのゴミちょっとどけてくれる。」
とたずねて
「それ、着替えなんだけど」
「それ、ごはんなんだけど」
「それ、ウチの猫のえさなんだけど」
「それ、おじいちゃんなんだけど」
「それ、誕生日のプレゼントなんだけど」
と、どの回答が来ても気まずく相手もそれを
ゴミと認めて、「あ、ごめんかたづけるわ」
という回答が帰ってこない限り、結局
「あ、そうなんだごめん」という事になる。
どちらかが謝る状態になる。言い出した
方は自分が謝るものとは思っていないだろうから
相手に謝らせるために「ゴミ云々」と
問うている。という事はそこにあるものが
全てゴミだとマスコミは確認できている。
話は変わるが、私は読んでいない本を誤って
捨ててしまったことがある。その誤って
捨てた本はゴミではないと思う。
まだ読めるからだ。
また、中学校のころ進路希望の紙を誤って
捨てたこともある。ゴミ箱の中で見つけたが
そのくしゃくしゃの紙に進路希望を書いて出した。
その紙はゴミではないだろう。ゴミ箱に
入っていたとしてもゴミでないものもあると
いう例だ。
そういったものが全くないと確信した上で、
マスコミは住人に「ゴミ云々」と問うている。
そのゴミと呼んだもの一つ一つを利用価値が
全くないものと客観的に断定できる材料を
そろえたからこそ「ゴミ云々」と問うている。
もちろん無断でその屋敷に侵入すれば違法
行為なのでそれを公道などから覗き見るだけで
断定できる材料をそろえられる能力があるの
だろう。その取材力に驚く。どんなスコープと
データベースを持っているのだろう。
また、時間のかけようも半端なもの
ではないだろう。ゴミ屋敷と呼んで住人を怒らせ
る様を見せるなどというつまらぬことをするよりも
そこにある全てのものをどうゴミなのかと判断
する様を克明に記したドキュメンタリーを見てたい。 |