◯◯儒教について◯◯2005/10/2
金村義明の在日魂を読んだ。非常に読みやすかった。
金村は野球解説者としてはきわめて異質な人間だと言うのが
よくわかる本だ。在日韓国人だということがその異質さのひとつだ。
だが、そうであっても野球選手として活躍したならば、
野球の話をするだろう。

金村は、この著書の中では、野球の話をほとんどしていないのだ。
金村の著書は、リンク先のとおり現在まで3冊出ている。
この3冊のなかで、初めて著した書がこの「在日魂」だ。
元中日つながりと言うことで例を挙げると、大豊泰昭は、
「大豊 王貞治に憧れて日本にやってきた裸足の台湾野球少年」
という著書を出している。彼はこの一冊のみ著しているが、
この内容は自らの野球人生について書いてある。

試合以外でのエピソードに事欠かない長嶋茂雄でも、初出
の著書は自らの野球人生を中心に書いている。にもかかわらず、
金村は、「在日魂」の中で野球の試合中の話と言うのは
ほとんどしていない。事細かに書いているのは引退試合のみだ。
練習の話を入れてもページの半分に満たない。

では野球のほかに何を書いているのかというと、酒を飲んだ話、
女、ヤクザ、ケンカ関連のヤンチャをした話、家族の話である。
なぜ、このような話の構成になるのか。彼が熱心な儒者だからでは
ないかと私は思う。というのは話の構成は三国志演義に
似ているためだ。

三国演義は蜀漢を起した劉備元徳を主人公にした物語だ。
劉備にとって最大の敵である曹操は、儒教の祖である孔子
の、一族直系の子孫である孔融を処刑している。いわば
儒教の敵である。敵の敵は味方と言う事で、劉備は
儒教の味方として描かれている。

また、三国演義を書かれたとされる明代には朱子学
陽明学などの新しい儒教の学派が確立されるほど
儒教が盛んに学ばれていた。その影響から三国演義は
儒教的な部分が多い。その構成に似ている「在日魂」
にも儒教的な印象を受ける。

三国演義は、劉備を主人公としているのに、目立った
活躍を全くしない。実際に刀を振るって戦うのは関羽や
張飛といった義弟や武将たちで、また策略、政略で
武将の見せ場を演出するのは諸葛亮などの軍師だ。

これと同じように、「在日魂」は元プロ野球選手の
金村の回顧録なのに、野球での目立った活躍が全くない。
実際の活躍の場はヤンチャ、飲酒で、それを理解し
支えているのが家族だ。

劉備としても金村の野球選手としての活躍としても
全く活躍をしていないと言うわけではない。それなのに
あえて全く何も活躍していないように描かれているので
かえってそれがインパクトのある展開を呼び起こしている
のではないかと思った。

このような手法を一プロスポーツ選手が自らの、初出の回顧録
で使う事が金村の野球人としての異質さを物語っている。
儒教的思想が染み付いているからこそ、このような回顧録が
天才的に書けるのだろう。在日とはそういう意味では
恵まれている境遇なのかもしれない。
労せずしてひとつの思考体系を体得できるのだから。

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