サザエさんの存在意義とは何か。
昭和の一時期を振り返り、ノスタルジーを
湧き起させるための装置としてのアニメーションなのではないか。
となれば、長谷川町子が描いた世界を忠実に守るのが
長谷川町子美術館などの存在意義ではないか。
サザエさん60周年として
「サザエさん生誕60周年結婚秘話など大公開!まる子両さん
ルフィもお祝いだよアニメSP」
をやる。それはまぁ良い。しかし、CMの声をサザエさんに
するのはいかがなものか。「ルフィ」というカタカナ語を
サザエさんが発するので違和感がある。これはサザエさんの
世界観を崩すものなので、CM起用を見送ると言う選択肢は
なかったのか。
マイカーローンや1リットルミディペットボトルのCM
が、すでに世界観を崩しているので、なし崩し的に
崩れていっている状態なのだろう。その一面を今日また
見ているのである。どこまでサザエさんが崩れていくのか。
次回予告、CMで外堀からどんどん古き良き昭和の世界観を
崩しているのが現在。今後崩れていくのは本丸の本編だろう。
車を買う、携帯電話を自在に使いこなすなど誰でも
考え付くようなサザエさんの世界観の崩壊が起こっても
おかしくはない。
携帯電話のCMがつくとむやみやたらと携帯で喋るシーンを
挿入するテレビドラマがある。サザエさんにもこの手法で
広告をしようとする携帯電話会社がないという保証はない。
車に関しても同様だ。仮面ライダーを見ていたらあまり
売れていなさそうなホンダ車が出ていた。このような手法が
とられてもおかしくはない。
このように世界観の崩壊が続けば、現代版にリニューアル
されたホームドラマのサザエさんが出来上がる可能性もある。
その時点でもうかなりサザエさんではないが、さらに
起こりうる可能性としてサザエさん独特の世界観が
崩されるだろう。
「ジャムを買うようになる」だ。サザエさん独特の世界観
はご飯食にあると私は考えている。サザエさん一家の名前の
由来は魚介類から来ている。魚介によくあうのはパンよりも
ごはんだという長谷川町子の強い思い入れがあり、朝昼晩
全てご飯食をしているだと思う。
朝昼晩米飯を食べるこのような家庭はジャムを買わない。
「フネ、冷蔵庫のジャムをなめる」
と言うような題名が次回予告のサザエさんの顔面の上の3題
にあったならば、すぐさまサザエさんを見なくなるだろう。
テレビの前でじゃんけんをするのはジャポニカじゃんけんだけ
になるが、外見だけがサザエさんのまったく別のホームドラマ
には到底興味を持てそうにないので仕方がない。 |