◯◯筋肉について◯◯2005/12/2
今年、芸歴30年を迎えた漫才師オール巨人の言葉に
「笑いは筋肉」という文言があるが、真意がわからない。
だが、今年ほど、この言葉の意味について考えた年はない。

レイザーラモンHG、なかやまきんに君、マイケル、
パッション屋良などの筋肉を売り物にした芸人をよく
見かけた。HGは持ちギャグが流行語大賞に
ノミネートされるほどの人気を集めた。

この種の芸人はただ奇抜なかっこうをして、大声を
上げるだけだ。あまり笑いがないように思える。
それも当然だろう。筋肉を過剰につけている人は発想と
表現を鍛える時間を使って筋肉を鍛えている。

巨人はその種の人々のほうが笑いを提供しているとして
「笑いは筋肉」と発言したのか。そうともとれるが、
なぜ筋肉芸人が現れ、存在し、人気を得るのかが
笑いの発想に酷似しているという事も見逃せない。

お笑い芸人という職業は頭脳労働であり、今まで
第一線で活躍した人は全て頭脳の明晰さか、愚鈍さ
を売り物にした人ばかりだった。ゆえに、現在の
若いお笑い芸人のほぼ全てもそれに倣っている。

が、頭脳で勝負している中で頭脳を売り物にすると
いうのはあまりにも前例に従順すぎるのではないか。
裏切りがない。ネタ自体は面白いかもしれない。
だが、存在自体は面白くない。

その対極にいるのが筋肉過剰芸人の存在だ。ネタは面白く
ないが、あるべきお笑い芸人像に対する裏切りがある。
お笑い芸人という職種の中で異質な存在である
という事が面白い。

力持ちだが、ネタが面白くないという筋肉芸人の存在は
あるものの価値以外のところで価値を持ち、そのもの
本来の価値を失った状態といえる。これはコントの発想
そのものではないか。

たとえば、威勢の良い風呂屋というのは接客の仕方の
一つとしてはすがすがしいものがあり、それはそれで
価値があるかもしれない。実際、居酒屋やすし屋チェーン
などではそのような接客態度のところもある。
しかし、それは挨拶や態度において価値を持つものに
すぎず、それを背中を流すときにまで流用しては価値を
失う。それを笑っている。

そのような事を現実にやってのけているのが筋肉芸人で
あり、ネタが面白くないとクレームをつけるのはお門違い
だろう。

お笑い芸人という業界内での筋肉芸人の存在のような発想が
笑いであると巨人は発言したのではないかと推測する。

巨人自身が筋力トレーニングをして筋肉芸人に近づこうと
しているのは気のせいである。阪神巨人のような正統派の
漫才があるからこそ筋肉芸人が際立つのだから、
トレーニングに力を注ぐとは考えにくい。

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