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過去ログ 2002年_9月


0169 ウンコ考

 さて、一体、森高千里はウンコをするのでしょうか?ここに原初的な疑問があります。私の科学知識の全てを動員して愚考致しましても彼女がウンコするとは考えられず、この世にはウンコをしない人が存在するということを肯定せざるを得ないのです。これは全ての読者の皆様にご賛同いただけることかと思います。

 〜〜それはさておき〜〜

 私は彼女のような聖人ではないから、ウンコがしたいという生理的欲求には抗しがたい。しかもそれは腹痛を伴いながら突然訪れる。頭のエンジンもようやくかかってきたかと思える午前10時頃、さぁ本格的に仕事でもするかなと思うと、待ちかまえていたようにソレはやってくる。ウ〜ム…これは時間の無駄だが仕方がない便所に行くか…しかし…

 現場事務所にあるのは、ボッタン肥溜式前の奴の腹の調子がわかるゼ系の便所であるために、入るのを躊躇してしまうのであった。ウ〜ム…どうするか…ここは意を決して、15分ほど我慢してわが家の快適温水噴射最強にすると殆ど浣腸だゼ系のトイレットを使用すべきか…。迷っていても事態は好転しない。自分の腹の調子と相談し、さほどせっぱ詰まっていなければ家に戻ることにする。

 家に戻ると妻が居ることもある。さっき出社したばかりで、またすぐに顔を合わすのも都合が悪く、しようがないので私はウンコガマンしてるよ踊りを踊ってみる。妻は人の腹のウチが読めるらしく、「さっさとしてきなさいよっ!」という冷ややかな態度。その後ようやく私は逆噴射熱ケツ怪ケツ気持ち良いトイレにこもるのである。

 ※この文は、97年に書いたものを転載

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/4(水) 21:16


0170 ウコン考

 沖縄に行く少し前から、ウコン粒を飲むようになった。沖縄旅行の前からだから、沖縄で買った物ではないが、沖縄の秋ウコンの粒である。しばらく前から肝臓のγ−GTPだか、そんなものの数値が規定値をオーバーするようになり、献血が出来なくなっていたので、ウコンなるものを気にはしていたのである。

 私はその手の健康食品なる物には懐疑的で、効くということを実際飲んだ人に、それも複数の人から聞かなければ信用しないことにしている。ウコンの場合は非常に推している人が一人いたわけだが、勧める人がまだ一人だったので買うのをためらっていたのであった。

 しかし、スーパーの中の薬局でみつけて能書きを読んでいたら、妻が買うかどうか聞くのでつい買ってしまったのだった。もちろん、単にGTP云々ではなくて、沖縄旅行の際二日酔いせずに毎日たらふく飲むためでもある。宿酔いしないということは沖縄を紹介している本などにも載っているので、どれほど効果があるのか試してみたいという気持ちも大きかった。

 さて、用法通り飲んでみると、確かに次の日の状態に差があるようである。かなり過ごしても、次の朝だるかったり頭が痛いということはほとんど無くなった。もちろんアルコールで胃がやられたりすれば、その気持ち悪さは残ってしまうのだが、これは元々ウコンの効果の範囲外のことである。

 というわけで私ののんべライフもだいぶ快適になってきたわけだが、飲み続けていると確かに宿酔いはしないのだが、さらに飲んでいる時もあまり酔わなくなっているようなのである。そして、酔いが浅いものだから、胃の調子が悪くなっていくのがはっきりわかるようになってしまった。

 つまり、今までは胃の調子が悪くとも全く自覚症状が無い、というかアルコールのせいでそのあたりが麻痺していて気がつかなかったということらしい。だから次の日、アルコールが切れ始めるとともに胃の具合が悪くなってむちゃくちゃ気持ち悪くなっていたのだ。それが、ウコンのおかげで麻痺が少なくなってしまい、飲んでいるうちに胃が痛み出してしまうのである。

 なんだか複雑な心境だが、とりあえず体にはいいに違いない。あまり酔わないうちに胃が痛くなって飲めなくなってしまうので、酒量がだいぶ減った。ただ、酔いが浅いため、飲んでも前ほど盛り上がらないという難点はある。盛り上がらないので酔いにまかせたハシゴ酒も少なくなり、サイフのためにもよいかもしれない。

 酒をガンガン飲むためにウコンを飲み始めたのに、結果として酒量が減ってしまったのは思いがけなかったが、自分の胃がかなり弱いのだと気がついたし、40過ぎてからの体のためには良かったとしておこう。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/4(水) 21:16


0171 あのねのね

 なるほど、ウコンは二日酔いに効きますかー?今度私も試してみようかな。
 スーパーかどこかでウンコ茶なる商品を始めて目にしたときは我が目を疑いました。
 ただ私が読み違えていただけなのですが、それ以来ウンコは手にとって見ることもなく、何に効くものやら
分からずに、確認もせずに過ごして来た次第です。

 話題は変りますが「あのねのね」です。あの、コミックフォーク?の「あのねのね」です。
 子供の頃、土曜深夜のオールナイトニッポンをやっていた「あのねのね」です。

 先日飲みに行った際、そこのお姉ちゃんに「魚屋のオッサンが屁をこいた。ブリッ!」なんて言ったら大ウケでした。
 今の若い奴等は知らないのですね。

空飛ぶ円盤の歌
 「空飛ぶ円盤が、チーンチーンと飛んできた、ポコポコ歩いていたオッサンが、・・・
  空飛ぶ円盤が、キーンキーンと飛んできた、タマタマ歩いていたオッサンが、・・・」

片思い
 「真っ赤な太陽の砂浜で、彼女おんぶしたら、肩重い」

(タイトル不明)
 「まぁイヤラシイわ 男が二人、腰に手を当て頬寄せて裸で抱き合っているわ、『出るわ』『出るわ』・・・『貴乃花の勝ち!』」

 なんて楽しい歌が沢山ありました。「大きな栗とリスの歌」なんてのもあったなぁ。
 んでインターネット使ってその当時の歌詞を検索できないものかと探してみたのですが、見付けられませんでした。
 どこかの有料サイトで曲そのものは配信されていましたが、歌詞を無料で掲載しているページは見付けられませんでした。

 どなたか、当時のあのねのねの歌詞を検索できるサイトをご存知でしたら、ご一報頂ければ幸いです。

 なんて、そんなのあるわけないよねぇ。
 TSUTAYA行ったら何か置いてあるかなぁ。
 きっとないよなぁ。
 ないと思うと、益々恋しくなるよなぁ。

●記録者 おと
●記録日 2002/9/5(木) 15:31


0172 re(1):あのねのね

 ふむふむ、あのねのねは不滅ですな。そういえば昨年でしたか、プータロ村でフォークジャンボリーなるものがあって、そこに清水国明氏が出ておりました。

 私があのねのねの話題で最近使ったのは、やはし「大きなクリとリスの歌」ですなぁ。(ま、お下劣!)ライブで最初は「大きなクリと、リスの歌〜」と歌っているのが、だんだん「大きな、クリとリスの歌〜」になって、それでも気づかない人がいるという面白さなわけですが。

 それはさておき、歌詞のサイトはどうでしょうかねぇ。歌詞って著作権もあるから、調べても意外に出てきませんよね。やっぱ、中古レコード店で古いLPを見つけて買うというのが確実かもしれません。

 ちなみに我が家にあるフォーク系LPは、

  かぐや姫・グレープ・ねこ・森田童子・南こうせつ・さだまさし

など。MP3にしようとして、まだやってない。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/6(金) 20:42


0173 アルカリ乾電池充電器

 表題のようなものを買った。よく、通販などでみかけるもので普通の乾電池を充電して使いましょうというのがあるが、それがアルカリ乾電池に限定されているものである。もちろん充電式の電池も、充電可能である。

 さて、やはりこのようなものは誰も半信半疑だと思うのだが、ずっと通販のカタログを見ていて、長期に渡って掲載されている商品というのは人気があるに違いない。もちろん、メーカーが在庫の処分に困って必死に売ろうとしている場合もあるだろうが、こういう場合は好意的に考えてやろう。

 で、とにかく買ってしまったわけだが、これは予想外によく考えられた製品のようで、アルカリ乾電池の特性をうまく利用しているものであった。取説を読んでみると、アルカリ乾電池は使い切ってしまうと充電できなくなるものらしい。つまり逆に、ちょっと使っただけなら充電が可能ということで、使ったらこまめに充電すれば、電池の寿命がかなりのびるのである。

 というわけで、家中のアルカリ乾電池を電気機器から抜いてきて充電してみる。電池のサイズは単4から単1まで使えるようになっており、1本セットしたらサイズを設定すると、電池の解析が始まって、使った量に合わせた充電時間が表示されて充電が開始される。1本づつセットし、1度に4本まで充電が可能である。残容量の少ない電池は充電できないメッセージが出るので、これは廃棄するしかない。廃棄しないまでも、時計などの比較的低電流で動くものに入れて寿命を全うさせる。

 さて、このように我が家の乾電池ライフは非常に長寿命でエコノミーなものになったはずである。「はず」というのは、まだ一通り充電しただけで、その後の寿命を確認していないからである。実際の効果を体感するには、いましばらくの時間が必要であろう。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/7(土) 22:34


0174 ミョウガ

 携帯掲示板にも書いたとおり南郷のジャズの館でざるそばを食べたのだが、その付け合わせにミョウガをモロミ味噌で和えたのが付いていた。それを食べながら、小学校4年生の娘が「ミョウガを食べると物忘れする」ということを言ったのを思い出した。

 娘が話したのは家での夕食にミョウガが出ていた時だと思うが、私はびっくりして何でそんなこと知っているのか聞いたのだった。だいたいミョウガで物忘れするというのは、中学校あたりの古文の教科書に出てくるもので、まさか小学生がそんな古典的ギャグを知っている筈は無いと考えたわけだ。

 結局タネは簡単で、我が家には漫画の古典物語なるものがあって、その中に例の客にミョウガを食べさせて忘れ物をさせる筈が宿代を取りはぐれる夫婦の話が載っているらしい。しかし、その話がだいたい古典のどの作品に入っていたのか忘れてしまったので、どうも見つけられないでいるのだが、なんだったっけ?

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/10(火) 22:13


0175 携帯電話待受画面

 電話に画面があるということは、一昔前では考えられなかった、というか技術的には可能でもあまりに高額になって普及するようなものでは無かったのであるが、昨今はコンピュータやメモリなど性能の向上に反比例して値段は下がり、携帯電話はもはや携帯端末に近い状態にまでなって、それを中学生までもが普通に使っている時代である。

 さらに電話のくせに多機能化していて、インターネットにも接続し、プログラムが動くという、まさに小型PDAと言っても遜色はない。カメラまでついて、画像を送ったり、動画まで扱えるものもあるようである。しかし、そこまで出来ていてもTV電話というものが普及しないのは、携帯電話がいつでもどこでも使えるからなのか。

 たとえば便所でふんばっていても通話出来るわけであり、そんな時にTV電話だったらちと都合が悪い。恋人から電話が来て、他の女とHの最中だったらなお都合が悪い。考えてみれば携帯電話のカメラは背面についているわけだから、相手に送られる画像は送信者の真横の景色で、ベッドにいれば隣の女の画像を送ってしまうわけだ。まぁ相手が携帯を耳に当てていれば、その画像を見られる心配は無いわけだが。

 とにかくいらざる心配が必要なほど機能が日進月歩なのだが、何にしても普及してしまえば珍しくも無いもので、携帯電話に画面があるのは当たり前であるから、当然興味はハードウェアよりもソフトウェア、つまり画面の内容そのものにうつっていくことになるのは当然の帰結である。

 さて、携帯の待ち受け画面というものは最初から数種類用意されているのが普通だが、あまり使いたい気持ちにさせてくれるものはない。画面をアナログ時計にするものもあって、腕時計を持ち歩かない私には便利なような気もするがインパクトに欠ける。

 しかりしこうして、オリジナルの画面を作ることになる。オリジナルと言っても自分で描くのではなく、どこからか持ってきた画像を多少加工して使う程度で、お手軽なものである。写真などをそのまま使う場合もあるわけだ。

 さて、ここから本題に入るわけだが、なんだか前段が長すぎて疲れ切ったので今回はこれまで。もしリクエストがあったら続きを書きます。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/13(金) 21:52


0176 マウスの恥

 ポインティングデバイスのうち、最も普及しているのがマウスなのであるが、これはマウスの下面にあるボールの転がりを感知しカウントして、その動きに比例するように画面上の矢印を動かすようになっている。最近はオプティカルマウスなどという光学式のものもあり、これにはボールはない。

 なぜ新式のものはボールを排除しようとするのかと言えば、ボール式のものは長期間使用していると動きが渋くなってしまうからである。それで寿命が来たと思って取り替える向きもあるようだが、実はそれは非常にもったいないことなのだ。

 マウスのボールは簡単に外せるようになっていて、外すと縦横と斜めの3方向にローラーがついている。このうち縦横のものにセンサーがついていて、ボールの回転をカウントする仕組みなのだが、動きが渋くなるのは、このローラーに恥垢が溜まっているせいなのである。

 よってこの恥垢を取り除けば、また以前のようにサクサク動くようになる。で、取り除く方法であるが、取説にはアルコールをつけた綿棒などでこするなどと書いてある。しかし、長年凝り固まった恥垢はなかなかガンコなものであるので、私はカッターなどで削り落としている。古いものはローラーが金属だったが、プラスチックのローラーの場合は注意が必要である。

 今は私もオプティカルを使用しているが、私のはスクロールボタンがボールになっていて、縦横にスクロールできるようになっており、やはりこのボールの感知部に恥垢が溜まってしまい、動きが渋くなったのだった。むろん、愛用の肥後の守でローラーをゴリゴリ削ったのは言うまでもない。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/15(日) 20:14


0177 でん恥垢

 いや、電池考である。
 先日我が家の壁掛け時計が止った。電池の寿命である。
 この時計を買って9年半、一度も止らず動き続けてきた。
 買った当時「電池寿命10年」と書かれたシールが貼られてあった。「ホントかいな?」と半信半疑ながら、
まるっきりウソと言うこともあるまいと思い買った。
 9年半働き続けたのだから、宣伝に偽りはなかったわけで嬉しい限りである。

 そしてふと思った。この電池は一体いくらするんだろう?
 サイズは500円玉大のコイン型電池である。10年も働き続けるのだからさぞ高かろうと思ったが、
なんとたったの300円。なんだか拍子抜けしそうな価格である。
 みると「電池寿命10年」を謳った壁掛け時計は、最近沢山出ている。
 今はもう、当たり前の性能になりつつあるようだ。

 しかも、電波時計も大分普及してきているし、電池10年&電波時計なんてのがあるか分からないけど、
あったとすれば、狂いの心配もない訳で、世話いらずの孝行時計ということになろうか。

 そう言えば、最近は夜寝る時計がある。
 暗くなるとセンサーが感知して秒針を止めてしまうのだ。
 省エネと省音を兼ね備えた時計ということらしい。
 時計自体の性能は、もう行き着くところまで行ってしまっているだろうから、こうした付加価値によって
消費者の購買欲を訴求している訳だろう。

●記録者 おと
●記録日 2002/9/18(水) 15:34


0178 カップ麺考

 以前から金ちゃんヌードルのことを書いているが、もしかしたらこの掲示板では初めてだったかな?(調べる気力ナシ)それはともかく、私はこの金ちゃんヌードルを、いつも南郷の商店で買い求めていた。南郷ではコンビニなどを除き、古くさい商店ではほとんど金ちゃんを置いていたのである。

 それが、いつの頃からか急にどこの店も置かなくなってしまった。役場前の壬生商店はローソンになってしまってから無くなったのだが、その後他の店も一斉に無くなったところをみると、南郷の商店は仕入れルートが同じだったのかもしれない。

 結局金ちゃんを手に入れられるのは、よこまちストアしかなくなってしまったのだった。だから欲しければ簡単に手には入るのだが、私としては小ぎれいなスーパーよりもコきたない商店の方が性にあっているので、寂しい限りなのである。7月に沖縄に行った際には、あちらのおばぁがやっている小さい汚い店にはことごとく金ちゃんが置いてあり、私は買いたい欲求を抑えるのに必死であった。

 さて、買う場所はともかくとして今度は食べ方なのである。カップ麺の食べ方なんぞ、かやく入れてスープ入れてお湯入れて3分だと、安易に考えている向きもあるかもしれないが、しかしあの味は万人向けに作られているせいかちょっと濃すぎるようである。あの濃い化学調味料味が秘訣なのかもしれないが、事務所などではスープを全部飲んでしまわないと捨てるところがなかったりするので、塩分の取りすぎになってしまう。

 だから、簡単に言えば粉のスープを減らせばよいのである。試しに半分にしてみたら、薄いかと思いきやかなりおいしく食べられた。他のカップうどんなどでも半分でやってみているが、どれも充分おいしいのである。つまり、ついてくるスープはかなり濃いめになっていて、好みで調節する方が本当なのかもしれない。半分でスタートして、薄かったら足せばいいだろう。しかし、ほとんどの人が半分でピッタリだと思う。

 もちろん、お湯を入れるだけのものでは調節のしようがない。その場合はいったんカップで作ってから、ドンブリなどにあけてお湯をつぎ足すしかないが、カップ麺の手軽さがスポイルされてしまう。また、もしこうして食べても、味が薄いからとスープを全部飲めば摂取する塩分量は同じである。つまりお手軽カップ麺といえども、やはりスープを自分で入れる式のが、中年以降のラーメンライフには適していると言えよう。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/22(日) 20:52


0179 re(1):でん恥垢

 そう、だいたい時計というものは比較的電池をくわないものですね。電池を動力に使う製品などの電池がキレて動かなくなっても、その電池は時計だとまだまだ使えたりします。だから、電池は簡単に捨てないできちんと電圧を確認して、まだ働けるようだったら時計用に保存しておくのがいいでしょう。

 それにしても10年とは気の長いハナシです。コイン型の電池で10年もつというのは液晶表示なのでしょうか。ともかく環境にはヨイ製品のようです。

 我が家の場合、先に書いたようにアルカリ乾電池の充電器を使用しているので、時計の電池の場合だとどのくらい持つのか予想出来ませんが、10年前に貰ったカシオの安い壁掛け時計は、電池を交換したのは多くても2度程度なので、充電すれば10年以上持つと期待されます。

 夜寝る時計は、居間にはいいかも。寝室だとちょっと困りますが。ウチには休む時計はありませんが、携帯電話は深夜から早朝にかけては自動OFFにしております。時計の場合も、動作する時間帯を設定できるといいかな。

 最近の流行りは、やはし電波時計でしょうね。ここのボードの最初の方に話題がありますが、とにかくあの正確さは気持ちいいもんですし、他の家電の時計を合わせる標準に使えますので、一番目立つ壁掛け時計を電波時計にしておくと便利です。

 一頃流行った、毎正時に人形が動いてメロディーが鳴るものがありますけど、あれは病院などの待合室にはいいですが、家の居間に置くにはちょっとうるさいですね。暗くなると鳴らないのもありますけど、やはり毎正時に鳴るとうるさい。これも鳴る時刻を設定出来ればいいでしょうけど。

 ちなみに青森県七戸町には、「原子時計店」という看板を出している時計屋があります。最初見た時にはビックリしましたが、別に原子時計を扱っているワケじゃなく、単に原子(はらこ)という地名を店名に使っただけなのでした。

 でん恥垢でなくて時計考になっちゃいました。それにしても時計の話題はいろいろありますね。もう少し時計について考察してもいいかも。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/23(月) 22:14


0180 シャープペンシル考

 愛用のシャープペンシルがある。別に高級品とかいうのではなく、そこらの文房具屋で必ず置いてある、500円の製図用シャープペンシルである。これを製図ではなく通常ものを書くときに使うのだが、芯は0.4mmでHBに決めている。

 図面を書くときには0.3から0.5まで使うのだが、文字を書くときには0.3では細すぎ、0.5では太すぎ、0.4がジャストサイズなのである(もちろん私の勝手な好み)。だから必ずこの0.4のものを1本携帯しなければ、何も書けなくなってしまうわけだ。

 しかし、家にいてちょっとシャープペンを使おうという場合に、カバンの中のさらにペン入れから出してこなければならないのは面倒である。また、やたらと家中にあるシャープペンは全て0.5mmのものばかり。う〜ん…と迷いつつ、結局カバンをゴソゴソするハメになっている。

 さて、この状況を打破すべく、先日意を決して500円のシャープペンシルをさらに2本買い足すことにした。同じ0.4mmのものである。この1000円の出費にも多大な決意を要するあたりが私の懐事情を如実に物語っているわけだが、そんなことは余計なお世話である。とにかく家の2ヶ所のペン立てに、常に愛用の0.4mmシャープがあるという、精神的に落ち着く環境が必要なのである。

 というわけで、どこにいてもシャーペンを使いたいと思ったときに、すぐお気に入りの0.4mmのものが使えることになったのだが、携帯する1本の状態がまだ不安定だったのだ。普通は皮のペンケース※に1本入れて持ち歩いているのだが、測量などで外に出た場合、胸ポケットに1本差すことになる。別にどうということもないようだがこれがくせ者で、上着を脱いでしまうととたんにペンが行方不明になってしまうのだった。(※注、皮のペニスケースとは違うので念のため)

 結局行方不明になるたびに家の常備用を持ち出し、次に行方不明のが出てきた場合はペン入れでダブつき、そんなことが2度ほどあってから、最後には2本行方不明となって出てこなくなり、元の木阿弥…どうもなかなか私には精神の安定が訪れないようである。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/25(水) 19:59


0181 俺の塩

 と言っても、カップ焼きそばの「俺の塩」のハナシではない。「俺の塩」は、私の同級生のコピーライターが、自分のやった仕事だからヨロシクと言っていたので一度食べたのだが、まぁそれだけのハナシだったわけだ。

 今回は、なんとあの金ちゃんに塩味バージョンがあったという話題である。みかけたのは三沢の土着コンビニ店。土着というのは、いわゆる○ーソンとか○ニストップとか○ークルKとか○ミリーマートとか○ンクスとか○レンジハートとかのチェーン店ではなく、ただ外見がコンビニ風に作ってある地元の商店なのである。

 というわけで、店の名前は失念したが、場所は水車小屋のあるウナギの寝床のような細長い公園の近く。なんとか親水公園というのだったと思う。これも名前は不明だが、すぐわかるだろう。店も公園も通り沿いにある。

 で、その時は青森へ行く途中だったので買わなかったのだが、今考えると買っておいてもよかったのかもしれない。なにしろ現在市内で金ちゃんを売っているのはよこまちストアだけだし、そこにあるとは限らないし、南郷は金ちゃん事業から撤退したし、結局のところまたぞろ三沢まで行かないと手に入らないように思われるからなのだ。

 ここのところ金ちゃんの在庫も底をついているので、そろそろ補充もしなければならず、新製品を試すには絶好のチャンスなのであった。その最初のチャンスを逃したわけで、まぁじっくりと人生を楽しんでみるのもいいかもしれない。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/27(金) 20:07


0182 三浦哲郎

 ワタシはとりあえず三浦哲郎氏のファンなのであるが、屈折したファン心理というか、私なりのファンというもののスタンスというものがあるわけで。

 まぁ大したことはないのだが、とりあえずミーハーはやめておきたい。初めて三浦哲郎を読む気になった時の、チト地元出身作家の純文学でも読んでやろうかネといった不遜な気持ちは、イケナイと思いつつ少し残しておきたいのである。むろん、最初のそんな気持ちはどこへやら、一発で衝撃を受けて氏の作品を読み漁るようになったワケだが。

 たとえば、氏のファンクラブであるとか(そんなものが存在するかどうか知らないが)、ホームページであるとか、会報であるとか、そういうものには頼りたくない。あくまで、たまたま書店で見かけて買ったというスタイルを崩したくないのである。

 だから、書店へ行くと書棚の「み」のプレートのところを必ずチェックする。そうそう新作が出るわけではないから殆どの場合空振りに終わるのだが、それがいいのである。だからこそ新作が出た時の喜びは大きいし、また、古本屋でまだ読まぬ氏の旧作などに出会った時の嬉しさは、何ものにも代え難いのだ。

 しかし今回、はからずも某地方紙の「天鐘」という欄を読んで、どうも三浦氏の新作が出たらしいことを知ってしまった。すぐ目をそらしたので詳細は不明だが、これでは書店で出会う楽しみも半減である。まぁともかく読みたいのは読みたいので、機会をみて書店を訪れることにする。

 その後ようやく時間をみつけ、八食センター近くの伊吉書院へ。ここは市内で一番大きそうだし、だいたい三日町の伊吉書院は三浦氏の生家跡だから、氏の新刊が無いはずがない。というわけで例によって書棚の「み」の欄を見に行くと、無い…。普通なら平積みしているはずが、それも無い。変だと思いつつ、新刊書を展示してあるコーナーへ行くがそこにも無い。

 結局D紙の記事は、前に出た本のことだったのかと思い直し、仕方がないのでXPの解説書と、文庫本を数冊買って、店を出ようとした、その時。

 なんと、氏の新作が全く単独のコーナーに山ほど積んである。しかもサイン入りなどというポスターまで貼ってあった。あれま!私は今回の書籍購入の予算をすっかり使い果たしていたのだが、こうなっては仕方がない、そのサイン本をレジへ持っていった。

 というわけで、現在私の家に氏の新作「いとしきものたち」がある。短編集であるが、一気に読むのはもったいないので、一日に一作づつ読み進めることにしている。

●記録者 上野大樹
●記録日 2002/9/30(月) 22:58



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