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過去ログ 2003年_1月
0307 めでたさも中位
おめでとうございます、と言っても、年々めでたさが落ち着いてきているというか、年があけるゾっという盛り上がりに欠けるようになってきましたね。子供たちはお年玉など貰うのでそれなりに浮かれているようですが。
こうして正月早々パソコン(シグマリオンだけど)に向かっていると、なんだかこのまま仕事してもいいような雰囲気で…ここに書き込みする以外これといってする事も無いしね。
そうは言ってもあまり正月らしくないのも何なので、トップページにおめでたい画像リンクをアップしました。「年始のご挨拶」だったかな、なんかそんな文句のところをクリックしていただけると、お年始画像が見られます。
というわけで、本年もよろしくお願いします。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/1(水) 11:01
0308 re(1):ガス会社の通報装置について
どもども、なるほど無料でADSL対応にしてくれる、と…。どんな対応をしてくれるのか、事前に知りたいですね。もしかして屋外スプリッタを付けてくれるとか?単に分岐してガス側にフィルタを付けるだけなのか…
高周波を使っている回線は、出来るだけ分岐や継ぎ目が少ない方が減衰が抑えられます。昔はやっていたパーソナル無線など、アンテナと無線機を出来るだけ離さず設置するのが、電波をより遠くへ飛ばすコツでした。接続の同軸ケーブルもなるべく太いのを使うわけです。
パーソナルは800MHz帯ですが、それより低いVHSなどでも、ケーブルに繋ぎ目を作ると、そこで電波が反射して効率が落ちるわけです。だからADSLの場合も、やはり屋外スプリッタ&ルータというのが、一番効率がいいのかなって感じですね。
屋外のルータというかモデムだけでもいいですけど、とにかく自分のいじれる範囲の一番外側でAD変換をしてしまえばバッチグーで、ガスの通報装置なんかもスプリッタの後であれば何の問題も無いんだよねぇ。
今年最初の目標は、このあたりの解決でしょうかね。屋外に防水ケースでも取り付けて、スプリッタとモデムを入れてLANケーブルを屋内に引き込む、と、文章で書けば簡単なんだけど。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/1(水) 11:52
0309 re(2):ガス会社の通報装置について
装置そのものの交換、という対応のようです。
●記録者
じゅ
●記録日
2003/1/1(水) 12:47
0310 re(3):ガス会社の通報装置について
なるほど、装置の交換かぁ。配線はそのままなんだろうかね。
前にも書いたとおり、あの通報装置って回線を分岐しているんじゃなくて、回線に割り込んでつけられてるんで、電話線を通る信号は必ずあの装置を経由しちゃうんだよねぇ。ま、それでも現状より信号の減衰が抑えられるってことなのかな。
あまりいじりたくない向きにはいいかもしれない。私の場合は何とかスプリッタの位置で解決して、ガスの方をそのまんまにする方向で考えます。我が家のスプリッタは、今は単なるフィルターとしてしか使っていないので、スプリッタ機能の方も使わせてあげましょう。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/1(水) 16:36
0311 風の道トンネル/軽車両
先日ふと、風の道トンネルは自転車は走れないという話が出た。実は私は現地で確認していたわけではないのだが、塩町トンネルも軽車両通行止めの標識が出ているし、普通そうだろうということで話に調子を合わせていたのだった。
ちなみに軽車両通行止めの標識は、大八車の絵に赤丸赤斜線であり、塩町トンネルの場合はさらにこれに歩行者の絵もついていたような気がする。軽車両の絵は大八車だが、軽車両のくくりとして自転車や馬などを含んでいるはずだ。
で、風の道トンネルの方はというと、通る機会が少なく実際に見た記憶が無かったので、その話が出た後に確認してみた。通ってみると、トンネルの前後に標識らしいものは全く存在しない。四本松側の入り口に、工事看板などで使う立て看板があり、そこに自転車は通行出来ない旨の文章が書かれているが、これは法的な効力は無いはずである。
つまり、風の道トンネルは軽車両通行止めでは無いのである。法的に通行止めならきちんと標識があるはずで、それが無くてわざわざ看板を置いたというのは、通行止めでは無いけど通ると危ないから通らせないようにという、誰か知らないが民間人が老婆心で設置したと考えざるを得ない。
であるからして、湊高台方面の子供たちが高橋うどんを食べに自転車で行く際、あの便利なトンネルをどしどし利用すべきであろう。行政側も何でも通行止めにするのでなく、自転車や歩行者の便を考え、最初から歩道を設置すべきだったのだ。いずれにせよ風の道トンネルの場合は、措置が中途半端なのだ。
オーストラリアの高速道路など、自転車の通行が可能である。日本でも、まじめにCO2の排出量を減らそうと思うのならば、そのような規制緩和が必要なのである。一度自転車に乗ってみれば分かるが、全く今の道路事情は車のことしか考えていない。自転車が走りにくいのだから車椅子などは更に通りにくい。
環境を考えて自転車の利用を促進し、また障害者にも優しい街にしようというのなら、車のことはある程度犠牲にするか、最初からきちんと共存を考えた設計をすべきなのである。っって、今回はただ子供がうどんを食べに行くハナシだったんだけどネ。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/2(木) 12:59
0312 BIANCHI
現在我が家のステップワゴンには、臼と自転車が搭載されている。臼は今回はどうでもいいのだが、燃費の点でかなり悪影響を与えているに違いない。時々は車の代わりに自転車を使ったところで、燃料を無駄遣いしているのではCo2の排出は減らないだろう。
というわけで自転車のハナシ。BIANCHIというからにはイタ車である。外車だが左ハンドルというわけではない。通常の二輪車はハンドルは真ん中にあるものだ。では、通常でない二輪車とは?つまり側車付きの場合は、右側通行の国では右側に側車が付くので、ハンドルは左側にあることになる。ただ、側車付きの自転車があるかどうか私は知らないが。
それはさておき私のビアンキ。もう十数年も前に友人から中古で買った、とても安価なものなのだが、腐っても外車なので大事にしている。友人も安く組んだのか、ビアンキのフレームに、様々なメーカーのパーツがばらばらに付いていた。パーツはカンパニョーロなど、やはりイタリア製が多いようだったが、なぜかリアディレーラーだけが日本の誇るシマノのデュラエースが付いていたのだった。
無論カンパもいいのだが、高校時代になんとなくあこがれていたデュラエースが、たとえ1箇所でも付いているのが何となく嬉しかった。そのデュラもちょっと古いモデルだったりして、ユーラシアで十和田湖などへツーリングしていた頃を思い出させる。
だから当初はあまりいじり廻すことなく、黒い皮のバーテープなど巻いて少しカッコつけるだけで乗っていたのだ。だが最近、PTAで自転車マニアの方と知り合いになり、私の自転車を調整などして貰っているうちに余っているパーツを付けてくれるということになった。
私は別に現状でも不満は無かったのだが、デュラのパーツなら欲しいと言ったところ、あれば付けてくれるということだった。無論、デュラがそうそう余っているわけは無いが、その方の場合はアチコチから自転車の整備など頼まれているようで、パーツの取り替えなども頻繁に行い、フレームさえあればすぐにも2・3台自転車が出来そうなほどであるので、ポツリポツリながらデュラの部品も手に入るようである。
そんなこんなで私のビアンキも、少しずつ進化し始めたのである。勿論進化と言っても、流行に対しては時間差攻撃をしている私のことであるし、新しい物を買うわけでも無いから、単にデュラエースの部分が増えていくということなのであるが。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/8(水) 00:07
0313 餅つき
前回、車に臼と杵を積んでいるということを書いたが、メインは自転車の方だったのでそれだけで終わっていた。しかし未だ車に積みっぱなしになってもいることだから、下ろしてしまう前に一度臼と杵の事も書いておこうと思う。
この臼と杵は、親戚の三戸の農家から借りてきたものである。農家では電動の餅つき機を使っており、臼と杵はもう20年近く使っていないという。これを引っぱり出して貰ってよく洗い、ついでに餅米も貰って妻の実家で餅つきをしてみることにした。
米はとりあえず1升、軽く研いで水にうるかしておき、蒸し器で蒸す。蒸し上がるまで臼と杵はお湯で暖めておく(dash村でそうしていたらしい)。蒸した米を臼に入れたら、最初はつっつく程度について、粘りが出てきたら大きくつく。
どうなることかと思ったが、比較的簡単に餅になった。とても良くのびる、餅らしい餅である。どんどんちぎって食べて、余ったのは適当に丸めて保存した。板に延ばして切ってもいいが、大きな台や打ち粉や麺棒など必要なので、ちぎって丸めるのが手軽だろう。家でやる場合は、食べられる分だけにした方がいいかもしれない。
そんなこんなで、意外に簡単なお餅つき、うちでもやりたい!という方がいらっしゃいましたら、臼と杵を貸し出します。取りに来て下さい。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/9(木) 23:36
0314 re(1):餅つき
うーん。やっぱり臼でついた餅は最高に美味い!こしはやはり電動餅つき機でそれもついたのでは無くこねたものとは大違い。びっくりしたのが、時間が経ってもそんなに硬くならないのにびっくり。
臼で餅をつく時はやはり2升から3升が妥当らしい。面白いのが、初めのつき始めは杵にべたべたくっつくのに、ある程度つきあがると、テレビなどでやってるような美しい餅つきにの姿になる。
実は最近食べた餅は本当に久しぶりに食べた気がする。別に嫌いな訳ではなく、どちらかというと好きなほうだ。それでいてなぜに食べない?・・・・それは餅と言うと正月が付き物で、その正月はどうしても飲む方に専念してしまうので、餅を口にする機会を失ってしまう。それでもって餅が無性に食べたくなった時は既に遅しで、餅が残ってないのである。そんな訳で何年も餅を口にしていなかった。
お供えの餅を食べるといいと思うが、結構食べる頃にはカビが生えている。最近便利な、亀田製菓などで出してる真空パックの餅があるが、どうも食べる気にならない。本当にもち米をついたのだろうか。まずおいしくない。糊をパックに詰めたようだし、パックのビニール臭さも出る。(最近のはおいしいのだろうか)そんなもんだで食べてないのだ。
ところで、餅の保存方法で、米びつに入れておくといいらしい。でも我が家は餅の保存に向いてない。なぜなら、我が家の米は農家から直接買ってくる米で、そして米びつを置いてる環境も暖かい場所なので米虫がついてしまうのだ。
取り留めの無い話になったが、餅は何で食べればおいしいだろう?私はやっぱりごまですな。または砂糖醤油を付けて焼いて、海苔で巻いた磯辺焼き。せっかくですので、変り種の食べ方をする方がいなしたら、紹介下さい。
●記録者
中村 勇
●記録日
2003/1/10(金) 23:59
0315 re(2):餅つき
そう、やはり酒飲みってのはなかなか餅など食べる機会がありませんな。米の飯ですら、飲んだくれている時には全然口にしないくらいですから。腹減ると変な時間にソバ食ったりして、どうも健康にもよろしくない。
お供え餅の食べ方は、三浦哲郎が何かに書いてたなぁ。鬼の骨とか言って、お供えを水につけて野外に晒して、凍って乾いてガリガリになったようなのを割って食べるというのだった。氏の文章を読むとうまそうなんだけど、私が書くと激マズって感じ?カビの方は表面だけだから、削れば大丈夫でしょう。カビだらけのチーズも食べてるくらいだし。だいたい酒を造る麹はカビだし、鰹節だってカビで作るんだし…っって別に今回はカビの話ぢゃないな。
パックの切り餅は、ウチの娘はよく食べてます。レンジでチン…いや、チンでなくてマン…でもなくて、最近のレンジは電子音がピーッと鳴りますが、さらにはメロディーが鳴ったりしてついつい携帯電話を探しちゃったりして、かといって人の声で喋られるのも気味が悪いし、料理が温まりましたなんて言われても余計なお世話だし、とにかくパックの餅はレンジでちょっと加熱すると餅らしくなって、砂糖醤油で食べております。私は食べたことないので味は不明ですが、結構味にうるさい娘が喜んで食っているので、意外においしいのかも。
餅を米びつに入れて保存するというのは初耳でした。しかし我が家の米も農家直なので(出所は同じ?(^^))、やはり虫がわきます。だから夏場に米を研ぐときは、最初は水をたっぷり入れてよくかき混ぜ、虫を分離するようにしています。ポストスクリプト…ぢゃないや、なんだっけ?ポスト…ハーベスト農薬、か、そんな心配のない安全な米なのでした。
餅の食い方ですなぁ…元々食べてないから食い方も何も無いんだけど、食べてみたいのは先に書いた「鬼の骨」と、クッキングパパに載っていた、餅を平らに伸ばしてピザの具を乗せて焼いたやつ。で、やはしピザの具で忘れてならないのはアンチョビでしょう。って餅とは関係ないけど。
●記録者
”D”
●記録日
2003/1/11(土) 10:57
0316 re(3):餅つき
私、2000年の暮れに、初めて餅つきを体験したんです。未経験ながら、娘が通う幼稚園の行事の手伝いにかり出された訳なのですが、幸いなことにその時居合わせた父兄の方で、子供の頃から餅つきをされている方がいらっしゃって、その方から杵の使い方を伝授してもらい、初めての割にはうまくいったとうぬぼれていた次第でありました。
で、1年後の2001年の暮れ、またもや幼稚園の餅つきにかり出されたのですが、私の餅つきの師匠はすでにおらず(子供さんがご卒業された為)、1年のブランクと、そもそも私の餅つき自体の経験不足も相まって、なんだか思い通りに行かなかったように記憶しております。それがちょっと悔しくて、2002年中は、ツルハシを使う機会がある度、餅つきを想定してツルハシをふるい、その年の暮れに向け地道に努力(というほどのものではないのですが)していたんです。
が、2002年の暮れ、なぜか幼稚園から餅つきのオファーはかからず、なんだかちょっと物足りなさを感じながら2003年をむかえた私なのでした。
そんなときこの掲示板でちょうど餅つきの話題が上っていたので、個人的にタイムリーな気がしてカキコさせてもらいました。内容はあまり無いですね(^^ゞ 報告してるだけって感じになっちゃいました(^_^;) 失礼しました<(_ _)>
●記録者
じゅ
●記録日
2003/1/12(日) 23:09
0317 re(4):餅つき
なるほど、幼稚園で餅つきをしてたんだ。しかもきちんと暮れにするあたりが、恒例のイベントという感じですね。小学校の方は単なる思いつきでいきなりやることになったので、時期は冬休み中といういいかげんなものなのでした。
貴方の幼稚園ではそこまで恒例化しておきながら昨年は行われなかったということは、理由はなんだったのでしょうか?ツルハシによる餅つき養成ギプス効果が試せなかったのは残念というほかありません。園では単に臼と杵が用意できなかったのか?しかしおそらく幼稚園で持っているのだと思いますので、年末の忙しい時期ですから予定が立たなかっただけなのかもしれません。餅つきは本来年末にやるもんですけど、幼稚園や学校のイベントしては正月になってから行う方が時間がとれそうです。
それにしても餅つきって流行っているのでしょうか。臼と杵さえあれば、簡単な割に盛り上がるからいいのかな。私としては、こういう昔ながらのイベントが流行するというのは、21世紀ならではの現象なのではないかと愚考しちゃったりしてます。
だいたい臼と杵を持っている農家ですら、電動餅つき機を使用しているわけです。今はもう何でも電動で、電気が無ければ1日も生活が成り立たず、生活必需品どころかコケシの果てまで電動にしちゃって、人間の根元的な行動まで電気なしでは不可能になりつつあるという危機感が、電動便利社会に対する無意識なアンチテーゼとして滲み出てきているわけですな。
内容が無いと気にすることはありません。私の文章ほど、結局のところ無意味なものはありませんので。たいして意味の無いことを大仰に書いてみるのが、こういった掲示板の楽しみであろうと勝手に考えております。
●記録者
”D”
●記録日
2003/1/13(月) 12:20
0318 re(1):風の道トンネル/軽車両
直接確認しました。確かにトンネルの入り口には法的な標識がありません。D様が言われるように工事標識の看板に親切に通れない旨を記してある。春になったら自転車で走ってみようと思う。もし警察に見られても注意くらいで済むだろうし、キップを切られる事も無いだろう。やはり人力で有るが故に四本松方面から攻めるのが妥当であろう。車とさほど変わらぬスピードで駆け抜けてやる!
以前多角形トンネルのお題で話がありましたが、トンネルを抜けて市民病院方面へ向かうと、しかし道路が曲がっている。右折帯の曲がりではなく道路自体が右へ左へ曲がってる。まっすぐな道は出来なかったのだろうか。ハンドルを切らずに走って行くと縁戚にぶつかりそうになる。どうせ作るのならまっすぐの方がきれいでは?何か理由でも有るのだろうか。重地から旭ヶ丘へ抜ける道(松山の坂と呼んでいる)で調度トンネルの入り口の真上を通る場所がある。そこから眺めれば一目瞭然である。
視覚とは面白いもので、トンネルが開通する前から、パチンコ21世紀の前などは通行していましたが、今回トンネルの開通で四本松よりトンネルをくぐり抜けた瞬間に景色が開けて、今までに見た事の無い光景を感じる。初めて通る広い道を進んでる感覚になります。私の家に帰るにはトンネルを抜けすぐ左へ曲がらなければならないのだが、うっかり通りすぎてしまう時がある。都会の郊外の道を走ってる感覚になるのだ。私だけですかこう思うのは??
●記録者
中村
●記録日
2003/1/14(火) 11:45
0319 re(2):風の道トンネル/軽車両
おそらく自転車ならば、法的に規制があったとしても反則キップは切られないのではないかと思います。ビンボな私は、飲んだ後タクシーに乗る金が無いので、自転車でのみに出かけたりしますが、自転車でも飲酒運転をすると捕まるということをよく聞きます。しかし、捕まったからって何だというんでしょう。
そもそも免許が要らないのだから、運転者が法律を知る機会も無いわけで、そうならば飲酒運転禁止とか、その他道交法によって様々な禁止事項があろうが無かろうが関係無いはずですよねぇ。車の免許の点数にひびくはずもありません。
しかしまた逆に考えてみると、法治国家の民として我々が法律を熟知しているかと言えばそんなことはなくて、様々なメディアのニュースでは罪を犯して裁かれている人々が入れ替わり出てきますけど、具体的にどんな法律のどの条項に抵触しているのかなんて、よくわかりません。私も六法全書など読んだことは無く、「殺人ハ、コレヲ禁止スル」なんて、書かれているのかどうなのか。
つまり、知らなくても裁かれるということは、知らない方が悪いのよってことですね。そうなると明らかに自転車の飲酒運転は違法…いや、違法かどうかわからないのか。あと、二人乗りとか無灯火とか、条文ではどうなっているんでしょう。
まぁ今回のケースは、標識がないのだからもともと違法では無いので問題ないんですけどね。道交法は免許取得の時点で少しばかり勉強するからいいけれど、普通の法律って結構知らないことも多いんじゃないのかなぁ…
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/20(月) 22:59
0320 お受験
世の中ではセンター試験というのをやったらしい。ちょうど私が受験の時に共通一次試験というものが始まったのだが、具体的に何が変わったのかもはや全く受験に関係のない私にはよく分からない。ただ、一部私立でもセンター試験が関係しているとかで、私の時にはそんなものが無くて本当に良かったと思っている。
私が受験の年に、それまでの国立一期二期というのが無くなって、一次試験で振り分けて学校別の二次試験に臨むという方式に変わったワケだが、私など数学と物理しか分からないし他の勉強もしていないので、受験科目の多い国立などハナから諦めていたわけで、全く自分には無関係だと思っていた。
そんなこんなで、共通一次の時には雪が降って大変だったんだけれど(センター試験の時も必ず悪天候だという)、その時私はコタツでヌクヌクしながら悪友たちと麻雀などやっていた。私立は大体2月が受験シーズンなので余裕ぶっこいていたワケである。勿論、2月は私も大変だった。高校の先生には、お前の偏差値ではどこも受からないからランクを下げろと言われつつ、これより下は名前を知っている大学が無いからイヤだとつっぱね、確かに偏差値レベルでは受かりそうもない大学を4大学で7学部も選び、数打ちゃ当たるだろうというお気楽ながら手数のかかる計画で臨んだ。当時の私立理科系の受験科目は、数学・理科・英語の3科目。理科は化学か物理の選択だがこれは当然物理。そしてどうせ出来る筈もない英語の試験の時間には、睡眠をとって英気を養うという綿密な作戦をたてた。
学部の選び方としては、最も受けたいのが機械科で、次が建築であるので、6学部のうち3つずつを機械科と建築科にした。残りの一つは、親が土建業であるので、授業料並びに生活費を出してくれる親にゴマをする意味で土木科を選んだ。無論、その土木科のある大学は、私が逆立ちしても入れる筈のないレベルの大学であり、「土木も受けたが失敗して機械に行くことになった」と親に言い訳する為の大切な布石である。このように一分の隙もないプランであったが、これが共通一次試験のせいでもろくも崩れるとは当時純真無垢な18歳であった私には予想も出来ないことだったのである。
とりあえずこのような計画のもと、2月の上旬頃であったと思うが、単身上京し、7学科の試験をほぼ十日間ほどの日程でこなしたのだった。東京では朝の3時頃までTVをやっており、珍しいものだからついついそれを見てしまうわけだが、英語の試験時間に睡眠を取るという作戦は大当たりで、多少の睡眠不足でも数学と物理では自分の力を存分に発揮出来たのであった。試験後、自分の感触としては悪くても2つは受かっているだろうということで、意気揚々と帰省したのは言うまでもない。
その後徐々に試験結果の通知が届き始め、受かってはならない土木科は勿論落ち、その他はなんと4学科に合格するという、何もかも思い通りな見事な結果であった。私としては綿密な計画をしていたわけであるからあまり感動もなく、もう少し上も狙えたかなどと不遜な気持ちも抱きつつ、千葉の習志野にあるN本大学生産工学部機械工学科に進学を決め、4月には無事入学してアパートなど決め、新しい生活のスタートにワクワクしていたのだったが…
好事魔多し、というか何というか。大学生活の一人暮らしでルンルンしていた私の元に、実家から連絡があったのである。なんと件の土木科から、補欠合格の通知が来たというのだ。その大学は比較的ランクが高く、国立と併願する者が多い。その年、共通一次試験が始まったせいで国立には二期大学というものが無くなり、国立志望者は冒険が出来なくなったらしく、その結果として無難な受験をしたがために国立を落ちる数が減ったのだ。そのあおりで、国立と併願される私立大学では、合格者の中で国立に入る数が例年より増えることとなり、例年通りの合格者数では学生が足りなくなってしまったのである。そして、特に人気のない土木科でそれが顕著だったのであろう。
受験中、英語の時間に寝ていた私には、そのランクの大学に受かったことは驚きだったが、とにかく大学はランクで選ぶものではなく、あくまでも好きな科でなければと思っているわけで、金も無駄だし行く気は無いと断った。当然N大には前期分の学費を納めてしまっていたし、なにせ入りたいと思っていた機械科なのである。しかし親はどうしても土木の道に進ませたいらしく、金は気にするなと言うし、しかも同じく土木関係の叔父まで出てきて土木の大学へいけというのである。
結局金を出す親の意見には逆らえず、私は習志野に住んだままその世田谷のM工業大学に行くことになってしまった。もしあの年に共通一次試験が始まっていなかったら、今の私は無かったであろう。また、もしあの年にセンター試験が始まっていたら、私立ながらセンター試験を採用しているM工業大学など受けもしなかっただろう。人生、調子に乗っている時ほど落とし穴があるものである。人間万事塞翁が馬。まぁ、好きな機械科には行けなかったわけだが、今の人生、さほど悪いというワケでもないが。
●記録者
上野大樹
●記録日
2003/1/26(日) 00:24
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