BBS "D"aiki.ueno
過去ログ 2003年_4月後半


0433 俺の塩

 っって、そーじゃないんだよね。「俺の塩」はカップ焼きそばなんだけど、今回はなんと、あの「金ちゃん」の塩味バージョンを、ついに市内で発見したってことなんだよね。だったらタイトルにそう書けって?しかしこのBBSで、タイトルと内容が一致する意味がありますかねぇ?

 というわけで、ノーマルの金ちゃんは南郷村の販売撤退により、市内はよこまちストアでしか買えないという状況が続いていたんだけど。そんならよこまちで買えばぁって、普通の人は思うだろうけど、ワタシのようにそれしか買わない人間は、金ちゃんヌードルだけカゴに入れてレジに出したら、レジ打ってるすましたねーちゃんの心の中の嘲笑が聞こえてきて、居てもたっても居られなくなるんだよっ!!

 そういう、他人が笑っているという妄想にさいなまれるワタシとしては、金ちゃんを買う場合はあくまでそこらのコ汚い店で、当然店番はばーちゃんで、一緒にエロ本とか買っても全然気にしなくて、心の声も「若けぇモンはええのぉ」くらいしか聞こえてこない、そういう状況でないとダメなんでして。いやホント、マジで聞こえるんだってばさ。だから南郷村の商店がよかったんだけどねぇ…

 ともかく、だからなかなかノーマル金ちゃんにすらありつけないんだけど、さらに塩バージョンは三沢で一度見かけたきり、その存在すら危ぶまれていたってワケ。

 さて、では今回塩バージョンを発見した店はと言うと、これがもう、店構えバッチリ。何十年か前にタイムスリップしたような店内で、エロ本から日用品から食料品から、子どものおもちゃからハエ取り紙まで、何でもかんでも置いてあるというお店。店番はおねーちゃんだったりするけど、こういう店だと、心の声も、わたしらコ汚い男に対して非常に優しいのだね。同じ底辺の人間っていう連帯感っての?え?同じにされちゃ迷惑?あーそーですかぁ…

 店の正式名称は不明だが、館鼻岸壁にある水産公社の売店、そう、あのイワシソバで有名なそば屋の隣り。あそこって、なぜかワタシのような人間は落ち着くんだよねぇ。ある意味、癒し系?もちろん、コジャレたねーちゃんたちの心の嘲笑が聞こえる人にとっての、だけどさ。

 あぁ、なんか店のこと書いてたら長くなったんで、お味の方のインプレッションは次回ね。っっっって、インプレッションってほどのことじゃねーけどさ。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/16(水) 22:51


0434 re(1):俺の塩

>、レジ打ってるすましたねーちゃんの心の中の嘲笑が聞こえてきて、居てもたっても居られなくなるんだよっ!!

てぇことは、レンタルビデオ店でエロビデオを借りる時に、若いねえちゃんがレジに居ると借りられないと云うタイプですか?
借りる時に、普通の映画のビデオを上にして下にエロビデオを隠すんですか?
あれは止めた方が良いですわ。バーコードを打つ「ピー」で直ぐバレル。

私は全然平気ですわ。私の場合は若い綺麗なねえちゃんでしたが
「これとこれのどっちがいいかなぁ?」等と聞いたりしますわ。これをセクハラと云うんでしたら、
「こんなバイトはするな!」てぇことですわ。

私の友人で石田さんと云うムッツリスケベが居ます。
ビデオレンタル屋で横目でパッケージを見るだけで借りたくても我慢して借りた事が無いと云う、
人生を非常に大損している自意識過剰な男が居ますわ。
私は、ネットで裏をダウンロードして200枚以上をCDにコピーして持って居りますが、
この石田さん、コピーしてくれ〜!と、うるさいんですわ。
ちなみに、一部を大将がコピーしたけどね。
大将!さらにすんごいのが一杯あるど〜。

●記録者 綾小路伯爵
●記録日 2003/4/17(木) 00:30


0435 re:アタシの潮

 そう、エロビデオなんてとても借りられません!っつーか、ビデオ屋自体全然行かなくて、会員カード作っても次回に借りようと思う時にはいつも期限が切れているので、借りなくなっちゃいました。

 でも、南郷村あたりで、ばーちゃんが店番やってるアダルトビデオ専門店とか、作りませんかねぇ。ばーちゃんたちもソバばっかり打ってないでさ!そうすれば私も借りられるし、コレとコレどっちがいいですか、なんて聞けるし…、

 「ハイハイ、アンタも好きだねぇ。どれどれ、企画モノにロリコン?あー、ロリはだめだよ、ロリは。ばぁちゃんにも今度中学校に入る孫が居てねぇ、なんかこんなの見てると孫の顔とだぶっちゃうんだよねぇ、ハァ。」っって、ばーちゃん、見てんのか、それ。

 「いや、わかりました。ぢゃ企画モノにします。この、『ブルセラ屋外露出』、コレお願いします。」

 「ハイハイ、アンタも好きだねぇ。どれどれ、ブルセラ…?あー、だめだめ、これって女子校生(※)だろ?ばぁちゃんにも高校生の孫が…」っっって、またそれかい!!

 う〜ん、南郷村ばぁちゃんAV店企画は失敗に終わりそうだな。レンタル品目に偏りが出てしまうのはイケナイ。どんな性癖の男にも対応しなければ。あの店、店番がばーちゃんなのはいいんだけど、熟女モノしか貸してくんねー、なんて。

 ま、そんなこんなでAVなど借りたことありませんが(激マジ)、なぜかビデオにしろエロ画像にしろ、妙に集まってくるもので御座いまして。別に欲しいとか言ってるわけじゃないのに、私ってその手のオーラでも出てるんでしょうか。アイコラ、ヘア、無修正、ジャンルは私の好みとは関係なくイロイロですが、なんだかんだで結構集まるもので御座います。

 (※) 「高」ぢゃないトコがミソね

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/17(木) 09:25


0436 re:(1)アタシの潮汁

 前のやつを書いていて思ったのだが、カップラーメンを買うにしろアダルトビデオを借りるにしろ、今、ばーちゃんが必要とされているということなのだ。これまでばーちゃんと言えば、炎天下でゲートボールやって干涸らびているとか、リューマチの体を押してソバ打っているとか、そんなイメージしかなかったが、これからは違うっっ!!

 これからは、バーチャン・ネット・アイドルの時代であろう。早急にキャラクターを考えねばならない。フクヱ・マツヱ・ソヨ・トミサ・トミヱ・ちゑ・まつ・セツ・ハル・タケ・タミ・ハツヨ…う〜ん、なんか旧カナがキュートで「ちゑ」とか捨てがたいけど、やっぱネットアイドルとしては「ハル」かなぁ…「ワタシはハル」だもんね。

 ちなみに上のばーちゃんの名前は、某D紙のおくやみ欄からいただいたものだが、時々あの死亡広告を見ていると、どう考えても訛っているとしか思えない名前があったりする。今ちょっと思い出せないが、これは本物中の本物であろう。普通、文章を書いても訛ってしまう状態で本物と判断されるのだが、名前まで訛っているというのは筋金入りである。

 というわけで、バーチャン・ネット・アイドルであるハルばぁさんも、筋金入りのババァをめざして、現在、鋭意キャラクター育成作業中である。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/18(金) 00:24


0437 re(1):re:(1)アタシの潮汁

しびれた!まいりました。。。

●記録者 綾小路伯爵
●記録日 2003/4/18(金) 00:41


0438 re:アタシの汁

 どもども。しびれて、まいってくれるのは綾小路氏だけです。「参照」数も低迷し、オフミも不調に終わった今、この一言の声援だけがこのBBS存続の原動力となっておるので御座います(T_T)

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/18(金) 20:47


0439 恐怖!自己中男

 今回は仮面ライダーのタイトル風にしてみたが、怪人のハナシではない。何処にでも普遍的に存在する人たちの話である。しかしまた、最近よく言われている「自己中」のように、公衆道徳がなっていない人たちとも少し違うのである。

 これは、6年以上前になるが、スコット・ペックという人が書いた「平気でうそをつく人たち」という本で紹介されている。著者に言わせれば症例みたいなものなのだが、世の中には‘邪悪な人間’が居るということなのである。邪悪と言えばバーベルを持ち上げそうだが、そんな健全なものではない。私はこの人たちが、自己中の究極体現者であるように思えるのだ。

 それはどんな人かというと…

・どんな町にも住んでいる、ごく普通の人。
・自分には欠点がないと思いこんでいる。
・異常に意志が強い。
・罪悪感や自責の念に耐えることを絶対的に拒否する。
・他者をスケープゴートにして、責任を転嫁する。
・体面や世間体のためには人並み以上に努力する。
・他人に善人だと思われることを強く望む。

 これは本の広告からの抜粋だが、本を読むと、こういう人たちが本当に邪悪だと納得させられる。時には自分の体面や体裁を繕うため、自らの子どもをスケープゴートにしてしまうのである。それがまた、無意識にそうしているらしいのが恐ろしい。

 つまり、実際にその邪悪な人間がこれを読んでも、自分には全く当てはまらないと判断してしまうのだ。そう、自分には欠点は無いのだから…

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/19(土) 23:15


0440 re(1):恐怖!自己中男

グルジェフという人が書いた『奇跡の人』という本の中で、機械人間というのが紹介されています。べつにキカイダーの話しではありませんが、、、
その中で人間は外界の刺激に反応するだけの、つまり機械のような存在だと書かれています。お釈迦様も人間は関係の中でしか存在できないといっていますから、同じようなことだろうと思います。

彼らは外(第三者)からスイッチを押され、怒ったり、笑ったり、悲しんだりします。スイッチは自分以外の誰かが押すので、全部その人が悪いに決まっているのです。彼らは反応の仕方を選べるのだということを知りません。( ̄△ ̄;)

笑わせて貰った、楽しませて貰った、それはおまえのせいだ。と言わない変わりに、あいつのせいで落ち着く暇がないと言うのが口癖です。彼らの思考ルートはプログラム化され決まった答えしか出せません。そのプログラムだって当然外から入力されたものだから、自分の内側を考えることが出来ないのです。

あっ!? Dさんの話につい反応してしまった。きっと私も機械人間に違いない。( ̄ ̄;)

●記録者 くも
●記録日 2003/4/20(日) 00:09


0441 チェンジ!キカイダー!

 なるほど、機械人間ですか。つまり人間はその程度の差こそあれ、皆決まった反応しか出来ないのかもしれません。「人間は関係の中でしか存在出来ない」というのはそういうことでしょう。逆に、関係性を持ちながら個々に存在する者として人間が作られているという気もします。

 通常は様々な状況判断をしてから結論を出すので、結構反応もシチュエーションによっていろいろですが、酔っぱらっている時なんか、いつも同じ反応してるかも。自分の「枠」ってものが、意外に強固なものだなと感じるわけです。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/21(月) 23:54


0442 re(1):恐怖!自己中男

Dさんのおっしゃる通り関係性、人間の相対性原理ということですね。自分の周囲に何もなければ、つまり「無」なら、私たちは存在のしようがないと言うことです。このことを考えただけでも、自分の周りにいる人たち、存在する全てのものがいかに大切かと言うことがわかります。私たちは、周囲にあるもの全てを存在させていると同時に、周囲にあるもの全てから存在させて貰っているわけですから、ありがたいことです。

でも、このことを逆にとらえると、存在するためには如何に周囲の注意を引きつけるかと言うことがとても重要になります。注目されると、それだけ存在エネルギーが増すことになりますから。

それで人は、どうやって注目を引くかという、その人なりのシステムを作り出します。横暴な態度にでたり、逆に自虐的になったりするのも、根本に注目を集めようとする無意識の働きがあるからです。存在させられているとしか思えない(自覚はないと思いますが)人は、このような行動パターンにでます。

存在させられていると同時に、自分が周囲を存在させているということも解っている人は、注目されようとするよりも、周囲に注目を向けようとします。つまり、全てが関連性の中にあると理解しているので、周りを存在させようとします。言葉を変えれば、これを「愛」と言っていますよね。

となると、人は大きく三つパターンを形成します。
1.自己の完全性、強さを強調することで注目されようとするパターン。
2.自己の不完全性、弱さを強調することで、憐れみを引き出して注目されようとするパターン。
3.注目という愛を注ごうとするパターン。

この三つが時に触れ、折りに応じて入り交じって、その人の個性を作り上げてゆきます。1の人も、より強い人に巡り会うと、2のパターンを取ります。逆に2の人も、より弱い人に出会うと1の態度を取ります。ただ、3の人だけは1の態度も2の態度も取りません。不思議なことに、1と2を脱却し始め、3に近づくにつれて、無意識的なパターンから解放される人が多いようです。

あっ、ところでミスでした。レスの書物は「奇跡の人」ではなくて「奇跡を求めて」でした。ごめんなさ〜い。

●記録者 くも
●記録日 2003/4/23(水) 04:14


0443 re(2):恐怖!自己中男

 自分の周囲が「無」である場合、つまり宇宙の中に自分だけという状況は、実は私達はあきあきするほど経験してきているのです。それで、集団の中に「個」というものがある状況、今の我々が存在しているのではないかと思うわけです。

 前にも書きましたが、SimEarthですね。だから関係性の中でしか生きられないということは、私達にとって必然なのであろうと。

 で、くもさんのおっしゃる3つのパターンも必要になってくるわけです。先にあげた自己中男も、どうも必ず何割か存在するようになっているようですし、きっと注目に対する性格も、その比率が決まっているのかもしれません。

 アリの集団の中には、必ず働き者と怠け者が存在して、その中の怠け者を排除しても、結局残りの働き者だけの筈の集団には、最初と同じ比率の怠け者が出てくるというのを聞いたことがあります。もしかしたら人間の性質もそうなのかもしれません。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/24(木) 17:18


0444 普通人への散歩道

 今日は朝4時前に目が覚め、そのまま眠れなくなってしまった。妻が5時過ぎに帰宅して、私が眠れないでいるのをみて桜を見に行こうと言うので、天気もいいので出かけることにした。

 新井田川の土手沿いに、うちの近所から諏訪神社のあたりまでずっと桜並木が続いている。ここの桜が咲くのは市内でも早いほうで、もう葉が出始めているが、気温が下がったせいか花はほとんど散っていないので、なかなかきれいである。

 ずっと土手の上を歩いていると、朝の散歩をしている人たちとすれ違い、挨拶などしたりする。そんなことをしていたら、自分が普通の人間になったような気がしてきた。愚妻は、こんなことは滅多に無いというが、確かにいつもなら起きられるはずもない。

 もし、自分が外で仕事をしなくても済むようになれば、きっと仕事はどんどん深夜から未明にずれ込み、しまいには家族と一緒に朝食を摂り、家族はそれぞれ出かけ、私はそこから寝酒でも飲んで寝るという習慣になりそうで、そうなれば早朝の散歩などもできるようになるのだが。

 しかし、夜酒を飲めばそうもならないわけで、いずれにせよ普通人へのハードルは高いようである。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/24(木) 23:47


0445 re(1):恐怖!自己中男

働き者のアリさんだけを集めても、結局怠け者が出てくるというのは面白いですね。
虫の世界では筋トレというのが無いのですが、その代わり強くするためにどうするかというと、イメージトレーニングをさせるんですよ。カブトムシ相撲で擬似カブトムシと取り組みをさせ、常に擬似カブトムシを負けさせる。そうすると、そのカブトムシは自分が強いと思いこみ本当に強くなります。

カブト虫の脳にイメージ脳があるのでしょうか?その辺は解りませんが、何故か強くなる。私は無意識的な原型というのは細胞の一つ一つに組み込まれた印象ではないかと考えているんですが、もしかしたらカブト虫が証明してくれているかもしれません。

たぶんアリさんも、働き者ばかりでは仕事を取られるものも出てきて、いつの間にか、仕事をするイメージが無くなってしまうのかもしれませんね。でも、その話を聞くと、生き物の世界にもエントロピーがあるのかもしれないな〜と思ってしまいます。まあ、あっても当然なのですが。

一つご教授下さい。Dさん、私たちが「宇宙の中に自分だけ」を日常的に経験しているというのはどのようなことですか?他の人達のことを考えないということかな?教えて下さ〜い。

ところで、ぼちぼち外に行きませんか?近頃の陽気にむずむずしてるんですが。(^^ゞ

●記録者 くも
●記録日 2003/4/25(金) 03:08


0446 re(2):恐怖!自己中男

 つまり、アリには「個」というものはないのです。働き者・怠け者という個性は、実は集団の中の割合として決まっているものであり、個々の性質ではないということになるわけです。集団で飛ぶ鳥や泳ぐ魚の群が一斉に向きを変えることができるのは、リーダーが号令を発しているのではなく、集団としての意識があるということです。

 意識がつながっている、というかそれぞれの集団全体を統括する意識が存在しているわけですが、この意識が実は宇宙全体を統括しているものと同じなのです。ただ意識のレベルの違いを作り出すために、宇宙意識からは切り離されている状態になっています。

 私達の意識もその通りで、「個」を作り出すためにわざわざ切り離されているのです。ですから、瞑想などで深い意識レベルに到達出来れば、つながっている意識、宇宙全体の意識を感じることが出来るわけです。宇宙飛行士が感じるという、「私は、実は我々である」という意識も同じでしょう。賢治の言う「銀河を感ずる」ということもそうだと思います。

 私達の脳は、そうした宇宙的意識を取り込んで凝集し、増幅し、そして個別の意識として働かせる器官なのではないでしょうか。人間はそのように作られているとしか思えないのです。しかし元々は集団的意識なので、集団の中には必ず先に書いた邪悪な存在が決まった割合で存在するわけです。機械人間というのもその通りかもしれません。

 さて、そこで宇宙の意識に到達することができたとして、それは確かに最初は「我々」というように感ずるかもしれませんが、より深いところへ到達すれば、意識はたった一つであることがわかると思われます。これがおそらく、チベット死者の書などで書かれている最初に現れる光の正体なのでしょう。そこに同化出来れば、再び同じ意識で肉体に戻ることはない、つまり解脱できるということになるわけです。

 「宇宙の中に自分だけ」というのは、その状態のことです。その自分というものがどんなものか確かめるために宇宙が創りあげたのが、銀河であり太陽系であり地球であり人間であるということですね。いわゆる「人間原理」というものは、だから逆から見れば「宇宙原理」と同じ事だと言えると思います。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/26(土) 15:05


0447 新記録がで〜た〜

 2時間35分。いや、時間のことではない。常時接続がポピュラーになった昨今、長電話や長チャットは全く話題性が無くなってしまった。

 今回の新記録は、実はもっとネガティブなもの。ここBBS”D”のフリー掲示板では、アーティクルを新しい方から順に15個表示するようにしてある。そしてそれぞれのアーティクルには「参照」という欄があって、読まれた数を示している。

 この参照数というのが意外にクセ者で、どうも一定した数値にならない。私は自分自身の書き込みは読む必要が無く、また私がコメントを付ける文章は2度アクセスすることになるので、私の文章のアクセス数が若干少ないのは理解出来るのだが、その差が尋常ではない。どういう基準で読まれたり読まれなかったりするのか不明なのだ。

 まぁそれはいいとして、今回の新記録は私の書いた文章の参照数「2」である。今までの最低は「4」であったが、一気に2つ減らして新記録樹立である。一応記録としては、掲示板の最初の画面に表示されなくなった時点での参照数ということにする。つまりそのアーティクル以降、15個の書き込みがあった時の参照数を記録とする。もちろんその後も読むことは出来るので、参照数が増える可能性もあるのだが。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/26(土) 15:18


0448 re(3):恐怖!自己中男

 Dさんの仰っていることは、意識をひも解く上で非常に重要な視点だと思います。私も同じように考えています。ただ、「宇宙の中に自分だけ」という状態が、日常的に起こっているという言葉に妙な刺激を受けたのです。ある特定の条件?がそろった時に起こる。ないしは、無意識の深い領域で起こっているというのは私の推測と一致するのですが、日常的と言われたときに、私はそのような状況を見過ごしていたのだろうかとギクリとしました(^_^;)。了解です。

 けれど、私は邪悪(文字通りに解釈すれば)な存在ということは想定していないのです。色んな人がおりますが、彼らはいずれも、その人「なり」の『最善』を行っていると考えています。この「なりの」というところが曲者なのですが、これは、当人の認識の広さによって変わってきます。それを除けば、人間は誰でも、正しいと信じていることをしているのではないでしょうか。マズローなんかが指摘しているような理由によって、それだけ、生存のレベルが低いということにもつながります。

 精神的な認識の幅を広げた人間には、邪悪と見えることもあるでしょうが、生存という基本的な目的の中ではそれらも正当なものであろうと思うのです。余談ですが、正当な進化の過程で現在に至ったのであれば、ちょっとおかしいのではないかとは思います。

 究極の意識レベルで全一的なものであるという点も、私も同様に考えます。ですが、そうすると、邪悪性が一定比率で存在するということになると、二元論的になって全一性を否定することになりはしませんか?もっともDさんの文脈からすると、それ自体がある種の役目のようなものだとも読めるので、それだと有り得るのではないかと思いますが。

 余談ですが、Dさんとこのテーマ(勝手にテーマ化していますが(;゜゜))の話をしていて、私もDさんも心理学者でも、科学者でもないので、結局目に見えること(経験的なこと)から推測される話をしているわけですよね。それで、ふと、先の話にあった古代文明も、その様な視点から作られた文明ではなかろうかと思いました。ミクロ的な現代科学とは違って、マクロ的な視点から研究科学された文明ということですね。

 西洋の四大エレメントの分類や東洋の五行分類、易経の八分類なんかも、その様な視点から考え出された必然だったのではないかと感じたのです。易経では太極⇒両義⇒四象⇒八卦と進んでゆきます。つまり2進数的に発展するのですが、これがDNAの塩基配列と妙に一致するという研究もあります。形而下のものを見て形而上的な方面まで解明していったような、その様な文明ではなかったかと。もっとも、その手法自体は現代でも変わりがないとは思いますが。

ところで、10〜11日に外に行こうかと予定しています。Dさんも、予定が合えばいかがですか。場所はまだ未定ですが。。。

●記録者 くも
●記録日 2003/4/28(月) 01:21


0449 人間原理

 昨年11月から12月にかけてもこのテーマが出ましたが、私としてはどのテーマも統一した理論として考えられるのではないかと思っております。占星術にしても、宇宙が意識を持って論理的に構成されたものであるが故に成り立つものと思います。四大エレメントなども、単なる昔の非科学的な哲学とはあなどれません。今の最先端の実験物理学でも素粒子の種類がいくつかわかってきており、思索のみでたどり着いた四大エレメントとそう違わないように思えます。

 「宇宙の中に自分だけ」というのは究極の状態ですが、実感出来ないまでも理論的にそうだということですね。そこが全てのスタートであるということなのです。ですから、この状態では全く一つの状態と考えていいと思います。

 邪悪なもの、または何でもいいですが、いろいろな個性が一定比率で存在するというのは、例えば地球上に知性を作った場合に最初にインプットされたものという意味です。それが原始宇宙の意識にあるというのではありません。とにかく最初は何もない状態なので、善を作るためには悪が必要なんです。山があれば谷があるという、そのようなものとして。

 生命の進化は、ですから単純に適者生存だけで来たとは思っていません。高校時代に生物で習いましたが、獲得形質は遺伝しないのです。例えば自分自身は熱かったり寒かったりした場合に、有る程度適応した肉体を獲得するかもしれませんが、その子孫には全く関係ありません。遺伝子は変わらないのです。進化論では、完全にランダムな遺伝子の異常でできた形質の中の適者生存しか考えておらず、それだけで今の生物の巧妙なシステムが出来上がっているとはとても信じられません。異常が起こる確率もかなり低そうですからね。

 というわけで、私は動物や人間の進化にも古代文明にも、その「宇宙意志」が関わっていると思っています。それがある人に言わせれば地球外生命という認識になるのだろうと思いますし、確かにそれも同じ事でしょう。たまたま知性を持った人間が生まれたのではなく、知性を持つ存在を作るために宇宙が構成されているわけです。

 アウトドア、10・11…ですね。11日、ちょっと厳しいかもしれません。予定を調整してみます。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/29(火) 00:08


0450 re(1):恐怖!自己中男

 善悪二元対立ではなくて役割的な必然性だということですね。了解です。でも困りました。なんか、話せば話すほど相違点がないような気がして、何処をどう突っ込めばいいのか解らなくなります。私はこのような話をすることはなかなかないので、Dさんと意見が同じなのは非常に嬉しいのですが、私的には、どこかで違いがあった方が面白いかな〜と思う部分もあるのです。どうしましょ。無理に相違点を探そうとすれば論理が壊れそうだし、、、かといって「そうだそうだ、そう思う」だけでは、この会話を楽しめないし、、、(⌒_⌒;

 宇宙が一なるものという視点が同じなので、相違点を探すこと自体に無理があるのでしょうが、そのあたりで私の知能はパニクッテおります。邪悪性を一つの役割と見ておられるので、その点でも相違ありませんし、、、

 宇宙が一なるものであるなら、それを秘すために相対的世界を創造したのだろうと思います。五官で捉えられる世界は相対性抜きには認識できませんからね。このことが人間を盲目化しているわけですが、何でそんな真似をするのかと考えると、単純に人間は盲目ではないからとしか考えられません。盲目ではないのに盲目の振りをするのは、子供がごっこ遊びをするのと同じだと思うわけです。そんなややこしい真似をするのは、全てが一なる精神だからでしょう。物質性の中にあって、精神性の中にないものは「経験・体験」だけだからです。

 もし、この考えが的を得ているとすれば、経験や体験に目を向けることで、非常に大切な何かが見つかるだろうと思います。つまるところ、何を体験し、何を経験するかは私達の深いところで選ばれているということになりますから、それが一見辛いことのように見えても、楽しむしかないということになりますね。少なくとも、私達は私たち自身の人生の創造者であることに間違いはないわけですから、良い体験を選択してゆきたいと思います。

 10〜11日は大将と話したのですが、北山崎辺りから安家渓流なのどの写真をとりながらのんびりというのはいかがでしょう。Dさんの調整がうまい具合につけられると良いのですが。

●記録者 くも
●記録日 2003/4/29(火) 02:17


0451 子供なしの旅

久々に登場致します。何か早いもんで、子供たちはすでに、親と来るやつがいなくなり、さびしいもんです。子供なしの旅に出掛けました。それは45号線を南下して、岩手県を役半周する旅でした。北山崎、浄土ケ浜、宮古市から盛岡に向かって、ぴょんぴょん舎によって、冷麺を食って、温泉に入って帰って着ました。
 これからもしばしばお邪魔しますので、よろしくお願いします。
それから、ちょこっと聞きたい事があるのですが、車の税金は、古くなると高くなるのですか、それとも、排気ガス規制の何かあるのでしょうか。何か知っている方、教えてください。
 かなりのご無沙汰でした。

●記録者 y.yamashita
●記録日 2003/4/30(水) 22:15


0452 re(2):恐怖!自己中男

 そう、基本的にはほぼ同じ考え方のようでした。だから、私としては今までのテーマがそんなに突飛なものではないと思っています。我々以外にも、同じように考えている人が多いのではないかと感じますし、人間原理などは物理学者の中でもそれを提唱している人がいるくらいですから。

 その考え方を前提にすると、我々の存在意義としては、とにかく経験することが一番にあげられます。たった一つの存在である宇宙意識では出来ないこと、相互関係の中での存在と体験をするために我々は居るんだと。そしてまた、宇宙そのものを客観的に観察出来るのも我々だけなのです。

 このように考えた時に、次に経験の内容を云々すべきかどうかということになりますが、私としては内容の是非を問うのはほぼ意味が無いと、今のところ結論しています。とりあえず生まれ、そしてなにがしかの人生を生き、そして死ねばよかろうと。もちろん生まれて間もなく亡くなる方もいるし、ご長寿の方もいる。それぞれが経験です。ただ、あまり前人と同じような経験はしても意味は無いかもしれません。まぁ完全に同じ人生というのはあり得ないでしょうが、やはり特異性は有ればあるほどいいに違いありません。

 というわけで、私の場合は等身大で生きていくというのが、今の最良の選択としております。で、時々に今のようなテーマを考察することを忘れずにいれば、死ぬ時に後悔することは無いでしょう。

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/30(水) 23:08


0453 re(1):子供なしの旅

 いいですね。今回はご夫婦でのご旅行でしょうか。子供達は今それぞれ外の世界に羽ばたきつつあるので、なかなか家庭には目を向けられないのかもしれません。しかし、大人になればまたそれなりの交流も復活するので、せっかくの夫婦水入らずの時間を大切にしてくださいませ。

 岩手半周の旅というのも、なかなかです。車もいいですが、青春18きっぷなどでのんびり旅をするのもいいかもしれません。

 ぴょんぴょん舎と言えば、先日我が家でもぴょんぴょん舎の冷麺セットを貰い、早速いただきました。で、いつもの通り辛み用のキムチを全部入れたら、辛くて食べられませんでした。以前は平気だったのに、舌が辛みを受け付けなくなったようです。

 車の税金については不明です。古いから高いというのは聞いたことありませんが、高いんですか?ディーゼルは違うとか、そういうことかな?誰か知っているかた!!教えてチョー!!

●記録者 上野大樹
●記録日 2003/4/30(水) 23:09



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