BBS "D"aiki.ueno
過去ログ 2004年_9月


1010 投資家

先日書いた”ガイアの夜明け”を観たが、別に観る必要も無かったと云うのが感想です。28歳のデイトレーダー(300万を1年で1億6千万に増やした)は、優れた売買技術では無く、運が良かっただけの話であった。

それよりも伝説の投資家、ジョージ・ソロスとの出会いで世界で3本指に入る投資家になった、ビル・ロジャースのエピソードを載せる。


ジムは1942年に、どこまでも荒野の続くアラバマのデモポリスという小さな町で生まれた。
「いつもこの田舎町を飛び出して、世界を見て回ろうと思ってたんです。」
ウォール街でのアルバイトで国際金融の世界に魅せられた彼は、アナリストとしてデビューする。
「あまり社交的な人間ではないんでね。机に向かって本を読んで考え事をする方が向いてるんですよ。」
やがて彼は小さながらも企業や富裕個人投資家相手の資産運用に定評のあるアンホールド アンド エス・ブライシュローダー社という証券会社でジョージ・ソロスと出会う。

1969年彼はソロスの最初のパートナーとして、400万$でソロス・ファンド(後のクォンタム)の設立に参加した。この名コンビは10年間休みもとらず、チャンスがあればどんな取引にも手を出して、70年代の国際金融市場で暴れまわった。ターゲットはジムが選び、トレーディングはソロスが行う。
72年の金融不況、石油ショック、食糧危機、防衛産業復活等を利用して彼等は勝ち星を積み上げていく。ジムの戦略はトップダウン・アプローチである。物の価格は結局は需要と供給が決定することであり、誰にも管理出来ないものだ。ジムは目先の情報に踊らされず、いつも長期的、構造的な変化に注目する。
「我々の身の回りはいつもチャンスに溢れています。皆さんそれを知らないだけですよ。マクドナルドがチキンのメニューを始めるだけでも、鶏肉業界では100年に1度しか起こらないビッグチェンジなんです。」
ジムは5カ国の新聞、40の一般雑誌、80の業界誌に目を通し、数百社のレポートを読んだ。需給関係の徹底的な分析をして、巧みにショート・ ポジションを使いこなし、高いものは売って安いものを買う。
他のヘッジ・ファンドがアメリカ株にしか興味を持っていなかった時に、彼は世界中の株式、債券、通貨、商品相場を追いかけていた。

彼にもいくつかの失敗はある。中でもユニバーシティ・コンピューター社の1件では相当痛い目に会っている。1970年ジムは、株価が80$から40$に下落した時、50$で空売りを開始した。
借りた株を売って、下がった所で買い戻せば、下降する市場の中で大儲けが出来る。ただしこの取引のリスクは大きい。50$で買った株が0になっても損失は50$である。しかし、50$で売った株が上昇を続ければ、損失は青天井で増加していくこととなる。同社の株価は2$になる前に96$の高値を付けた。彼は有り金の総てを失うというこの敗北で貴重な教訓を得た。マーケットは期待通りには動かないし、期待通りのタイミングでも動かない。
「投資の世界では正しいことを行うだけでは成功しません。つまり正しいことを正しい時に行わなければならないんですよ。」

ファンドは80年には2億5000千万$、11年で3365%という驚異の成長を遂げた。80年の絶頂期に、彼は自分の分け前1400万$を受取り、舞台を降りる。
あまりに巨大になったファンドは投資対象が限定された。根っからの自由主義者のジムはそのことが気に入らなかった。「もう金のための仕事はやめようと思ったんです。」
37才で引退して以来、彼は定職を持たない。
そして失われた時間を取り戻すため、彼は冒険の旅に出る。
86年と88年の実験的な中国旅行の後、90年にバイクの旅は始まる。
3月にニューヨークからアイルランドに向けて出発。ヨーロッパを横切ってトルコからシルクロードを走破し、5月に当時のソ連に入り共産主義の崩壊を目の当たりにする。「20世紀の100年にわたる壮大な実験の結果、政府は繁栄や富を創出することが苦手だ、とはっきりしたんですよ。
政府は消防、警察、外交等最小限の機能に徹するべきですね。」
中国を経由して6月に来日。「規制が多過ぎますね。規制を撤廃していくと賢い人達が自分の利益を拡大するために、あらゆる能力を駆使して商売を広げていきます。自由に店を持てたり、価格設定できたりすることが重要で、公共投資で景気が良くなることはありません。」
冬将軍を避けるため、8月の間にシベリアを横断。10月から翌年4月にかけてはアフリカ大陸を縦断する。
「皆忘れているけど1960年当時、共に農業国だったガーナはタイより裕福だったんです。その後のガーナは外国資本を接収して国営化を進めたけれど、最後には援助を求め最貧国となりました。国境と通貨を開放し、海外の資本と技術を受け入れたタイは経済成長を続けてます。」
湿気の高いザイールでは平和部隊のボランティアが無意味な井戸をせっせと掘っていた。「援助は役に立ちません。無意味ですね。給与の保証された世界銀行の人間の作る開発プランと自分の金を投資する資本家とでは真剣さが違います。結局市場を解放して、競争力のある、産業を育成するしかないんです。繁栄するビジネスなしに国が栄えるわけがありません。」
南アフリカはダイヤモンドを発見したセシル・ローズが整備した交通インフラにより、アフリカ大陸の経済の中心地となっていた。富の増大のために資本、時間、エネルギーを投入しリスクをとるガッツのある企業家が必要なのだ、とジムは言う。雇用確保を先行投資より優先させ羊毛の価格維持を行い、国家財政を破綻させたニュージーランドは再建の最中だった。
「政治家はいつも目先の票集めのために国の運命を売り渡してしまうんです。」
6月にアルゼンチンに到着。1900年にはアメリカよりも豊かだったアルゼンチンは、その膨大な資源を外国に売って宴を楽しんだ。一方その間、アメリカはこつこつと工場を建設していた。彼我の実力差が逆転した時、アルゼンチンは保護関税、規制、為替管理で辻褄を合わせようとして、空前のインフレに苦しむことになった。ジムはアメリカ大陸を北上し、11月にNYに帰還。その後も92年の夏にはカナダ、アラスカ等彼は6大陸を駆け回った。6万マイルに及び、この旅はギネスブックにも記録されている。勿論行く先々でも投資することは忘れない。中国西域では開発の進展を目にし、遊牧民の減少によるカシミア価格の高騰を予測し、ボツワナでは通貨交換の自由さにその国の将来を確認し、出来たばかりの株式市場で全銘柄(といっても7つ)に投資。エクアドルは買い。パナマは売り。
バフェットが企業を丸ごと買う男ならば、ジムは国ごと投資対象にする。

マンハッタン島アッパーウェストサイドのハドソン河に面した豪邸が彼の本拠地である。サウナ、4つのキッチン、ジャグジー、バーベキュー・ガーデン、ゲストルーム。「友達はNYに来ると必ずこの家に泊まるんだ。何しろ部屋がいっぱいあるからね。」普段のジムは、自分の資産を運用する傍ら、マネー・コンサルタントとしても活躍している。人前に出る時のトレードマークは蝶ネクタイである。
「投資の王道は1年で倍になる株を買うことです。」
「買ったら売らないで、何時まででも持ってるんです。だから途中で上がろうが下がろうが関係ないですね。」
「投資の原点は金を失わないことです。複利こそが力であり、浮き沈みの激しさよりも着実に資金を増やすべきです。」
「保有銘柄は極力少なくすべきだね。どれが上がるかわからないからみんな買うという考え方はすべきじゃありません。徹底的に調査して上がるものを買い、下がるものを売ればいいんですよ。」
コロンビア大学のビジネス・スクールで証券分析の教鞭をとるくせに生徒達に言う言葉はこうだ。
「ビジネス・スクールなんかに来てはいけません。世界を旅し、そして自らビジネスを始める、それ以上に勉強になることはありません。」

ジムのメッセージは簡潔にして明快である。
「人生は短い。遠くまで行け。そして深く考えよ。」


●記録者 綾小路伯爵
●記録日 2004/9/1(水) 00:20


1011 TV番組

 なるほど、TV東京の番組はこちらでは観られないので、どうなったかと思っておりましたが、ちょっと安心しました。もちろん我が家では衛星放送も観られません。本当は地上波も観ないようにしたいのですが、妻と娘がガッチリ観ておりますので、TVを無くすわけにはいかないようです。自分としてはTV無しで暮らしたいと思うのですが。

 TV番組というものは、特に民放の場合はスポンサーに番組をアピールするために、視聴率というものに縛られておりますので、どうしても「みせる」努力が必要になります。そこで工夫を凝らした結果、それがヤラセということになるわけですが、皆さんそれを承知でご覧になっていると思われます。まぁ、それもあまり程度がひどいと問題になってしまうようですが。

 そんなところから、TVの番組というのは嘘も真実もごちゃ混ぜになっていると判断し、観ない方がよろしいと思うわけです。NHKの科学的な番組などは、とりあえず真実の部分が大きいのかもしれませんが、番組の進行が妙に冗長な上に説明が通り一遍で、しかもゲストの感情移入が激しすぎて観るに耐えません。こうなるとまともなものは教育番組しか無くなりますが、しかし教育番組で学問をするくらいなら、ただ本を読んだ方がマシです。

 こういうわけで、TVが実生活に不要であることはご理解いただけたかと思います。今回の場合も「株式投資」をテーマにしている番組であるわけですが、それを午後10時とはいえお茶の間に流すわけですから、難しい理論などこねくり回したらチャンネルを変えられてしまうのは必至。となれば、運良く成功したというような、アメリカンドリームストーリーの方がウケがいいに決まってますものね。

 では、TVではなく本でも読めば真実が得られるかと言えばそうでもありません。全く相反することが書かれている本が、山ほどありますから。しかし、書籍の場合はこちらのペースで情報を取捨選択できるというメリットがあります。TVのように、目と耳を塞がれて完全に洗脳されてしまうということが無い分、安心できると思っております。

 同じ理由でインターネットも、あくまで情報取得はこちらのペースですので、今後とも、出版物やネットワークを上手に利用して情報過多社会を生き抜いて参りましょう。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/1(水) 21:46


1012 過去の遺物になるフロッピー

 確かに、ネットワーク環境下では使うことも無いので、既に過去の遺物になったと言ってもいいのかもしれない。しかし、ネットにも繋がらずCDも無いなんていうPCもあるので、遺物とはいえまだしばらく無くなってしまうと言うことはないだろう。だいたい、今現在私の机の上に数枚のフロッピーディスクが乗っているのだ。

 さて、私が初めてフロッピーディスクを使ったのは、昭和60年、1985年に仕事が内勤に移ってからのこと。当時はまだ、8インチのディスクも普通に使っていた。個人ではポケコンしか持っていなかったからフロッピーすら無く、記憶媒体はカセットテープだったし、PC雑誌の付録にはソノシートが付いていた。ソノシートは、カセットに録音してからロードするものであった。

 その頃、普段の足としてバイクに乗っていたが、当時のマシンの性能は現在でも十分に通用するし、同じ系列のエンジンで、最大馬力では昔の方が大きかったケースもある。しかし、コンピュータの場合は、当時のもので使える物はほとんど無い。そう考えると、フロッピーディスクは比較的長寿命なシステムだったと言えよう。

 調べてみるとフロッピーディスクが世に出たのが、1970年のことらしい。この年は大阪の万博であった。どこの展示か忘れたが、コンピュータの画面にタッチペンで触れて物語を自分で選択するというものがあったのを思い出した。もちろん展示では記録媒体は使われていなかったが。とにかくそれから34年、フロッピーディスクはまだ一応現役で使われているのだ。

 それはともかく、どこのサイトを見ても「フロッピー」の意味は「柔らかい・ペラペラな」というふうに紹介されている。そうだったのか!確かに、あのディスクはかなり薄くてペラペラな材質で出来ている。8インチや5インチのものは、乱暴に扱うとケースごとぐんにゃり曲げてしまうこともあり、注意が必要であった。それにしても、そのフニャフニャさが名前の由来であったとは。

 実は私は、「フロッピー」というのは全く違う意味に考えていたのだ。コンピュータの回路の中には「フリップフロップ回路」というのがある。この回路一つで「0」か「1」かどちらかの状態を保存することが出来、つまりこれが1ビットのメモリとなるもので、コンピュータの基本中の基本となる。「フリップフロップ」とは二つの状態をいったり来たりするもの、シーソーのぎったんばっこんを考えてもらえばいい。

 ここから私は、フロッピーディスクというのは1か0かのデジタルデータの記憶媒体ということで、「フリップフロップ」から連想された言葉なのだろうと勝手に解釈していたわけだ。つまり磁気テープはアナログ方式で、フロッピーディスクになってからデジタル方式になったのだと考えていたわけである。

 ことほどさように英語というものは難しいもので、「なんとなく」解釈していると間違っていることが非常に多いため、までっこに辞書を引いたほうがヨイようである。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/8(水) 19:33


1013 参照数65?

 最近アクセスログを見ると、フリー掲示板の特定の記事だけを読んでいるという場合がある。他の掲示板に立ち寄った形跡は全く無く、その記事一つだけにアクセスしているのである。それがこのところ妙に多いのでよくよく調べると、読まれる記事はバラバラであるが、非常に頻度の高いものがあった。

 最もアクセス回数の高かったのがNo.869、「台風ニーダちゃん」という題名で台風の名前について書いたものである。今年は台風の当たり年だったようで、そのせいで台風について調べようという人が多く、検索でヒットしているのであろう。

 それにしてもこれが現在、参照数65となっている。通常の記事の参照数は20に満たないので、40回以上、全く見ず知らずの人が訪れて読んでいるということになる。それらの人は台風について知りたいわけだから二度と訪れることは無いだろうが、もしかしたら少しずつでも読者が増えるのではないかと期待してしまう。

 まぁもちろん減っていく可能性も大きいわけだが。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/9(木) 21:58


1014 re(1):参照数65?

 ググッていると、BBSのタイトルでも引っかかるわけですな。無知で申し訳ないのですが、ググる時の検索エンジンというのは、HPのタイトルとかを引っ張って来るのと認識していましたが、中の内容まで検索するものですか?
 よく、検索サイトへ登録する場合に、検索文字の登録(ここで言えば”D"、”上野大樹”、”ギター”、”畑”などと)して、それに対して検索するのだと思ってました。だから登録した検索エンジンしかヒットしないのかと思ってました。

 さてさて、このページの愛読者が増えるといいなぁと思いつつ、書き込みだけに荒れなければいいなと思う次第です。管理人さんは、常に目を見張り、馬鹿なエロ書き込みは即削除しているようですが、消える前に閲覧出来た時は、少し自己満であります。

●記録者 いさむ
●記録日 2004/9/10(金) 10:34


1015 re(2):参照数65?

 前回の文に補足です。BBSの内容にヒットするというのは、つまりHTML文書ではなく、CGIでその都度HTMLを生成している場合の、その文章にもヒットするということですね。ここの簡易掲示板の場合は作ったHTMLを保存してあって、最初はそれを読むシステムなので検索ロボットに引っかかるのはわかるんですが、フリー掲示板みたいに最初はタイトルの一覧を表示して、そこから番号を選んで表示させるタイプでもロボットは読んでいくということになります。

 さて、現状を見ますと、65ヒットどころかNo.0897の「飲酒運転ホントにダメ?」は、既に96ヒットになっておりました。これなども明らかにこのアーティクルだけが読まれているということなので、やはり検索でヒットしているとしか思えません。

 しかし、自分で検索してみると、どうもヒットしないのです。みなさん、どのようなキーワードで検索なさっていらっしゃるのでしょうか。例えば「飲酒運転」・「ダメ」で検索すると、確かに私のページが出てきますけど、それは過去の書き込みで再アップしたものですので、それが読まれているのなら参照数が上がるはずはありません。あくまでも掲示板の方で96回読まれているのです。

 ということで、結論がハッキリしなくて申し訳ありませんが、CGIで表示される掲示板のテキストファイルも、ロボットのクロールの対象になっている筈であるとしかいいようがありません。もう少し研究してみますので、しばしお待ちを。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/15(水) 20:44


1016 無事、帰還。。

キャンプの折は、お世話様でした。
例のCD、家のPCで起動しました。何故、IBMのノートPCで起動しなかったんだろうか?
アルバムの中で、曲だけは知っているのも何曲かありました。
レット・ツェッペリンの”天国への階段”と雰囲気が似てますね。

あと、私はピンク・フロイドの”原始心母”とか良いですねぇ・・

●記録者 綾小路伯爵
●記録日 2004/9/16(木) 13:23


1017 re(1):無事、帰還。。

 どもども、お疲れさまでした。キャンプでは早々に寝てしまって申し訳なかったです。夜中に起き出して飲みましたが、記憶が曖昧で…(^^;

 キング・クリムゾンのCD、聴けたようでなによりです。安物のディスクなので、相性があるのかもしれません。6時間分入ってますので、思う存分70年代プログレの世界に浸ってみてくださいませ。

 ツェッペリンの「天国への階段」は、Wですね。ツェッペリンはこのアルバムだけ、持っています。

 ピンクフロイドといえば、今ウチには原子心母・狂気(DarkSideOfTheMoon)・WISH YOU WERE HEREの3枚のLPがあります。好みで言えばWishYouWereHereなんですが、原子心母も久々に聴いてみるかなぁ…

 ってことでプレーヤーに電源を入れたところ、なぜかターンテーブルが回らない!!あれ?手で回してみてもなんだかガサガサいってるし…って、しばしぐるぐるしてたらちゃんと回り出しました。あぶねー、コイツもそろそろ寿命かな。せっかく針、買ったのに。まぁ、もう一台あるからまだいいんだけど。

 そんなこんなで、ようやく「原子心母」、聴いております。いいです。サイケデリックなんて言っていた頃から進化し始めたピンクフロイド、やっぱプログレですから進化しないとネ。雄大さと泣かせるメロディー、とってもいいです。レコード・プレーヤー、時々電源入れないといけませんね。これからもう少し頻繁にLPレコード聴くことにしましょう。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/16(木) 19:52


1018 HDD付き携帯電話

 ハードディスクを内蔵した携帯電話が発売になるという。もしかしたら既に発売されているのかもしれないが、それほど興味があるというわけでもないので、詳細は不明なのである。

 普通にPCをいじっている感覚からすれば、携帯電話にハードディスクが載るというのはスゴイ感じがするが、実は私が昨年購入したデジタルカメラには、当初からハードディスクを搭載してあったのだ。いわゆるマイクロドライブというヤツで、サイズはコンパクトフラッシュメモリを倍近く厚くしたようなものだ。

 このマイクロドライブは、3年以上前に携帯端末用に購入したものだ。ここでもさんざん書いてきたが、シグマリオンに載せていたものである。容量は1Gbytesで、使い方は仕事のデータを持ち歩くのだが、全く不足は無い。そうして使っていたものを、デジカメ購入後、今度はメモリの替わりとして使っているわけだ。

 カメラは最大600万画素だが、そのままで300枚ほど記憶出来るので撮り放題である。撮る時にも困らないし、コンパクトフラッシュ互換なのでアダプタを使ってノートパソコンに直接取り込める。要は、汎用性のある媒体を使えば非常に便利になるということなのだ。

 今度のHDD内蔵の携帯電話が、どんなドライブを搭載しているのか不明だが、マイクロドライブをそのまま使える仕様だと、かなり便利に違いない。HDDを載せようというのだから、携帯といえども相当の機能を持っているはずで、カメラは元よりMP3も再生でき、もしかしたら動画も再生でき、もしかしたらチューナー搭載でTVも録画できちゃったり、カメラで動画も撮影したり、もちろんwebに接続して端末として使えるわけで、ひと頃のノーパソよりずっと使えるよなぁ。

 そういえばウチで初めて買ったノーパソは、最初にHDDが搭載されたモデルだったのだ。当時20MのHDDが載って、これは便利ということで買ったのだったが。とにもかくにも、PCの世界の移り変わりの速さを感じざるを得ないわけである。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/17(金) 20:41


1019 参照数、初の三桁へ!!

 当掲示板の常連読者は、多く見積もっても20名に満たないわけで、だからアーティクルの参照数が65にもなれば驚くべきことなのである。そしてその後も「台風ニーダちゃん」の記事はポツポツとヒットし続け、現在の参照数は76となった。

 しかし、よくよく見るとそれ以外にも多くヒットしているのがあった。「飲酒運転ホントにダメ?」ということで、軽車両の飲酒運転に関する法規を調べて書いたものだ。こちらは最初はニーダちゃんに負けていたが、なんと現在の参照数を見たら100になっているのだ。

 自分でいろいろと検索してもさっぱりヒットしないのだが、来ている人はgoogleでは無いのだろうか。って、だったらやってみりゃいーんだよね。で、yahooで検索してみたら、ちゃんと掲示板の方がヒットした。googleの方は、過去の書き込み6月分の方だけヒットする。なるほど、この頃は検索エンジンも個性を主張してるんだなぁ。

 ちなみに「上野大樹」で検索すると、どちらもトップに出てきます。やっぱ掲示板のタイトルに名前が入ってると、検索トップになるようで。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/18(土) 13:21


1021 re(2):無事、帰還。。

好みの音楽がDさんと似てますね。私は、サンタナも好きですねぇ。。
サンタナのマスカレードは最高ですわ。原曲は誰が歌って居るのか知りませんが、色んな人が歌っていますが、サンタナのマスカレードが1番でしょう。
ギターなら、サンタナ、ジェフ・ベック、この2人でしょうね。
ちなみに、これらを聞いていたのは10年以上前で、今は聞く機会が有りません。
相場の取引が終わったら、店へ行き売り上げの締め、帰ってきたら22時、
風呂に入り、それから晩飯を喰らい、23時からテレ東のWBS(企業情報番組)を見ながら酒を呑み、12時からPCと睨めっこ、チャートを2〜3時間は見てますから時間が有りません。年と共に音楽を聴く環境が無くなってきました。困った事です。

●記録者 綾小路伯爵
●記録日 2004/9/20(月) 12:26


1022 re(3):無事、帰還。。

 最近はあらたまって音楽を聴くということがホントになくなりましたね。持っているLPを聴きながらCDに焼き直したいんですけど、それもサッパリ進んでおりません。

 ギターといえば、この頃はフォークですねぇ。最近八戸では昔のフォークグループのコピーバンドが活躍してて、そういうのは何度か聴きに行ってます。しばらく前には加川良本人が来八したので、これも聴きに行きました。

 自分自身ではギターを買って3年半ほどになりますが、あまりうまくなりませんねぇ。やはり若い頃やっていた人がやるのとは違うようで、何もかも初めてでしたから。まぁ、ヘボながらも楽しく弾いております。人に聴かせるわけじゃないので。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/23(木) 21:07


1023 アナログレコード

 前回、久々にLPを聴こうかというような事を書いたわけだが、とにかく最近はアナログ盤を聴くというのは非常に大仕事になってしまっている。なにしろCDは小さいし扱いは簡単だしランダムアクセスも出来るし1時間以上再生できるしリピートも出来る。ほっておいて長時間音楽が聴けるのである。

 それにひきかえLPは、ジャケットから出すのにも神経を使い、盤に針を載せるのに慎重になり、再生は片面二十数分である。だいたい普段はプレーヤーの上が物置きになってしまっていて、蓋を開ける前に片づけが必要だったりする。

 しかし、だからこそLPの場合は音楽に集中できるのだ。聴くまでにいろいろと儀式が必要だし、片面の再生が終わったら即座に針を上げに行かねばならない(オートリターンが壊れているせいもあるが)。別のことをやっている余裕はなく、やれることはせいぜい附属の歌詞カードや解説を読みつつ珈琲を飲む程度なのだ。

 また、以前はLPをカセットテープに録音して聴いていた。そのためなのか46分という中途半端なテープが売られており、普通のLPなら丁度1枚おさまるのである。これに録音しつつ、カセットレーベルには手書きでタイトル・アーティスト名、そして番号を付けて曲名を全て書き込んでいたものである。オーディオというのはそういう手間暇をかけて楽しむものだったのだ。

 つまりアナログを聴かなくなったということは、本気で音楽を聴くことが少なくなったのだと思われる。CDでしか聴いていないお気に入りのミュージシャン、例えばエンヤは5枚ほど持っているのだが、好きで聴いているのに曲名が憶えられなかったりする。CDをかけっぱなしにして、BGM的に聴いてしまっているからだろう。

 これも畢竟、便利さが人間をダメダメにしている一例であろう。この頃はCDもMP-3を入れて十数時間再生など当たり前で、デジタル化による便利さは等差級数的に増しているのだが、自分自身が等比級数的にダメダメにならないよう、なるべく生活上の不便さや、特に趣味における無意味な儀式などを見直さねばならない。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/28(火) 12:09


1024 携帯用掲示板について

 当サイトには携帯電話からアクセスできる掲示板を用意してある。2002年の4月に設置したので、二年半ほどになるわけだ。これは携帯電話からはもちろん、PCからも接続できるため、当初は非常に便利に使えるものと思っていた。

 まぁ便利であることには間違いないと思うのだが、問題はこれが使われるシチュエーションである。先日、函館に旅行した際には、時々に携帯から書き込みをすることが出来、それなりに楽しめたと思っている。しかし、その以前、田代平と侍浜キャンプの時には、携帯電話の通話圏外だったので、書き込むことが出来なかったのである。

 侍浜はともかく、田代平の時にはヨソ様の(≠ヨン様)子供を預かっていたため、リアルタイムに状況報告できれば、親御さんも安心するだろうと考えていたのだが、出来なかった。しかも少年の家には公衆電話が1台あるきりで、PCも役に立たなかったのである。

 だいたい田代平少年の家は青森市内なのだ。それなのに携帯電話の通話圏外とは、青森市はやたらと合併して今の人口を保持しているので、面積ばかり広くなって市内にインフラが行き渡らない結果となっているようだ。

 しかし、キャンプの目的地は市街地ではなく、あくまでも自然が多いところだから、そこの行政区分がどうであろうがインフラなどに期待するほうがおかしい。ということで、携帯掲示板はアウトドアには不向きであることが判明した。

 数名のグループで出かけてバラバラに行動していても、全員共通に連絡が取れるという便利さを持つ携帯掲示板であるが、結局のところ管理者がアウトドア嗜好の趣味のため、今ひとつ活用されないままになりそうである。

●記録者 上野大樹
●記録日 2004/9/29(水) 08:20



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