BBS "D"aiki.ueno
過去ログ 2004年_10月
1025 骨盤〜その1〜
普段家にいる時は、折り畳みのパイプいすの様なものに座っていることが多い。変にフワフワした椅子より落ち着くし、小さい椅子なのでダレた姿勢がとれないということもいい。普通のビジネス家具の椅子など、居心地が良すぎて居眠りも出来るが、小さなパイプ椅子だと緊張を保たねばならないので、かえって都合がいいのである。
さて、そんなわけでロクにクッションもない椅子を愛用していたわけだが、最近どうもケツの座りが悪いのである。最近というか、痩せてからというべきだろうか。しばらく座っていると、非常にケツが痛くなるようになったのだ。
今までであればケツの肉が緩衝材になっていて、クッションだの座布団だのの世話にならなくても済んでいた。学校などにある木の座面の椅子に長時間座っていても、痛みなど感じることもなかった。それがこの頃では、ケツが椅子に当たっている部分に非常な痛みを感じるのである。
人間の骨盤というのは、せん骨・かん骨から出来ているようだが、蝶のように広がっている「かん骨」の下の方、左右対象に一つずつ突起があって、これが座ると丁度座面に当たるようになっている。そしてもちろん、突起の外側には厚い脂肪層たるケツがあって、クッションの役割をしているというわけだ。
だが今の私の場合、急激に痩せたのが影響しているのか、そのクッションたるべき脂肪層が極端に少なくなっているようなのだ。たしかに、痩せるために脂肪燃焼運動をしているわけだが、その場合に使われる脂肪は内蔵脂肪であって、体表にある脂肪はなかなか使われない。運動前にマッサージするなどしてやれば別のようだが、特にそんなことはしていない。
そんなわけでハラはへっこんだが、皮下脂肪はけっこう残っていると感じていたのだが、なぜにケツの下の肉だけが減ったのか。よくよく考えてみると、私は脂肪燃焼運動として自転車を漕いでいたのだが、自転車というのはサドルに座っているわけで、結構ケツに刺激を与えているのかもしれない。
つまり、自転車を漕ぐことによって体内の脂肪が分解され始めるのだが、その時にケツの肉がサドルによって揉みほぐされ、脂肪分解を助長したのだと考えられる。要するに、脂肪燃焼運動をしつつ、ある部分の脂肪組織を揉みほぐせば、そこの脂肪が使われて減るということなのだ。つまり、部分痩せというか、特定の場所を痩せさせることができるということに違いない。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/1(金) 00:06
1026 骨盤〜その2〜
さて、それはたしかにスバラシイ発見だが、かといって自転車を漕ぎながらハラの表面を揉むというのは難しい。大体、両手はハンドルを握っていて、もちろん走っているのではないから手を放してもいいのだが、そうすると自転車というのは漕ぎにくいものなのだ。とにもかくにも、自転車で脂肪燃焼運動をすると、内臓脂肪はもちろん減るのだが、それに加えてサドルにあたるケツの肉も減っていくのであった。
ここで問題なのは、普段の生活で椅子に座るとケツが痛くなるということである。あまり痛いので座布団を二重にし、それでもおさまらずクッションを敷き、座布団を二重に折り、いろいろ重ねてなんとかしのいでいるが、なんだか私の椅子だけゴテゴテといろいろ載っていて見苦しい。それですら長時間座っていると痛いのだが。
しかしいくら見苦しくても痛いものはしょうがないので、その後もさらに敷物を追加したりしていたが、最近ふと思いついたことがある。そう、あの、痔の人が用いるというドーナツ型のクッションである。あれを2つ購入し、孔のところがかん骨の突起に当たるように並べて敷けば、かなり快適ではないだろうか。
この場合の新たな問題は、そのドーナツを購うにあたって、私は痔持ちではないということをアピール出来るかどうかである。レジに若い女などが居た場合、その女の心理作用が増幅して感じられ、どうにもいたたまれなくなるのは必定である。しかしそこで、「このクッションは座位の場合のかん骨による痛みを軽減することが出来るや否や?」と質問することは、否やじゃなくて出来ないに決まっている。それが出来るくらいなら、私の人生はもっと明るいのである。
では、もっと密かに手に入れる方法はないか?しばし煩悶しつつも結局そんな方法は思いつかなかったが、しかし、100円ショップなら少し気軽に買えるのではないかという気がしたのである。貧乏人の味方の店は、神経衰弱者にも優しいに違いない。在庫の有無は不明だが、とにかく100円ショップに行ってみることにした。この手の店に行くと要らぬものまで買ってしまうので危険なのだが、目的のものが無かったらさっさと帰ることにして、行ってみることにした。
そしてまぁ、結論を言えば残念ながら無かったのである。何か替わりになるものはないかと探してみたが、やはり「かん骨」という特殊な部分に使用する物ゆえ、いかな品揃えの豊富さをうたう100円ショップでも対応できかねることなのだろう。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/1(金) 12:17
1027 re(1):骨盤〜その2〜
いいの、知ってます。車椅子用の座布団がいい感じです。私の車椅子仲間達は、じょくそう(床擦れのようなもの)を作らないために、科学的にかなり研究された素材(中綿)で作られている座布団を強いてます。いつも車椅子を借りるんですが座り心地いいです。105円均一商品ほど安くないと思いますが、車椅子の人を見かけたら、触らせてもらったらいかがでしょう。その場合は、切断とか、機能障害ではなく、脊損・頚損の人がいいでしょう。彼らは、下肢の感覚がない事と、お肉が薄いので、皮膚には細心の注意を払っているようです。
もう一つの案は、昨今流行っている、低反発まくらの素材はどうでしょう。
でも、一番いいのは、お尻のほっぺに、お肉をつけることではないでしょうか?普通、自転車漕ぎに使われる筋肉は、「大臀筋」といわれ、お尻のほっぺのところの筋肉です。自転車選手のお尻って異常に「プンッ!」と張ってるんですが、自転車を漕ぐ事によって嫌でもついてしまう筋肉です。Dさんは、同じ運動で、骨と皮が接近したということは、筋肉を使わない自転車漕ぎということになってしまいます。もう少し負荷をかければお肉がついてくるはずです。また、ヒンズースクワットも強烈です。
それと、お尻がサドルとのマッサージ現象で「部分痩せ」。という事は近年の報告で証明されてます。「お腹」「二の腕」をマッサージしてから、トレーニングをすると、その部分が細くなる実験結果です。それは、運動によって溜まる皮下脂肪の乳酸を最初に溜めておく(?)理論です。ついでに書くと、自分の意志(又は脳からの信号)とは関係なく動いている筋肉(心臓など)の回りには肉は付きにくいので肋骨がガードしてます。
お尻以外は健康なら、思い切って「椅子」を買ったらいかがでしょか?車椅子は長い時間座っていても楽ですよ。フローリングの家では移動も楽だし、腕のトレーニングにもなります。
頑張ってみてください。
●記録者
けいぢ
●記録日
2004/10/2(土) 17:20
1028 re(2):骨盤〜その2〜
遊びながらケツの筋肉を付ける方法は、卓球ですな。
卓球はボクシングのフットワークの様な動きをしますし、やり始めたらあっと云う間に1時間位は経ちます。有酸素運動にもなるし、遊びながら目的を達成出来るし、無理が無く年寄りでも可能な方法であると云える。
●記録者
綾小路伯爵
●記録日
2004/10/3(日) 14:04
1029 骨盤〜その3〜
仕方がない。諦めてケツの痛さと一生つきあっていくか…とも考えたがやはりどうにも痛い。そのうちにふと、同じ100円ショップで買ったスポンジのマットを加工できないかと思いついた。これは30cm四方、1cm厚さほどのウレタンのマットで、床などに敷き詰めて使うようになっている。私はこれを小さく切って、アウトドア用の座布団にしていたのだった。
これを使えばいいのではないか。これに、ちょうど「かん骨」が当たる部分に穴をあければ、ドーナツクッションと同じ事になるだろう。サイズをうまく作れば、市販のドーナツよりもぴったりフィットして、ケツの痛みから解放されるかもしれない。早速やってみなければ…
まず、骨の位置をさぐる。手をケツの下に当てて座ってみると、確かに「かん骨」の突起がはっきりわかる。これでは痛いはずである。グリグリしつつ、左右の骨の間隔を計る。椅子の上に紙を置き、両手の指先を置き、その上に座って確認してみる。そうすると、私の「かん骨」の突起の間隔は約11cmであることがわかった。
さすれば先のスポンジの板に、11cm間隔に丸い穴を開ければよろしい。穴のサイズはいろいろ考えられるが、スポンジ全体のサイズとバランスを考え、直径7cmほどとする。なにしろ先例が無いので何もわからず、全てはカンである。対象が「かん骨」だけに、って、シャレてもしょうがない。
そんなこんなで製作したウレタン板2枚。元が30cm四方のものなので、半分に切って同じものを二つ作った。二つ重ねて使うのである。スポンジというか、それなりに固めの素材で、ウレタンというのかもしれない。ともかくこれに座ってみると、確かに「かん骨」がちょうどハマってフィットする。
ただ、あまりにハマりすぎてその部分の血行が妨げられるような気がするくらいである。そこで直接そのマットの上に座らず、今まで敷いていたクッションでマットを挟んで使えば、痛みもシビレもなく、よさそうなのである。しばらくはこのスタイルで行ってみよう。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/4(月) 01:32
1030 コミュニケーションなのだ
骨盤の書き込みに関してお二方からコメントを頂戴した。このようなサイトにとって、非常にありがたいことなのである。掲示板をメインコンテンツにしているという意味は、コミュニケーションをするというのが第一の目的であるという事だからだ。
そしてこのサイトのテーマカラー、これは文字によるコミュニケーションが主体であったパソ2時代のDOS画面をイメージしたものであって、つまりそれはテキストで話し合いましょうというサイト管理人の主張に他ならない。
しかし乍ら最近のインターネットの状況を鑑みるに、書き込みをする、つまり情報を発信したり交換したりするという作業を行う人というのは限定されているように思われる。ネットに接続する人口は確実に増えている筈なのに、情報の方は逆に淘汰され整理されつつあるように感ずる。インターネット黎明期のように、有象無象の無意味な個人コンテンツが溢れる混沌とした状況は次第に整えられ、意義や主張、内容や方向性のある、見る意味のあるサイトが生き残っているようである。
私の運営するこのサイトは、私の文章を読んで貰う場ではない。HTMLではなく、最初から掲示板をメインにしているのは、皆が好きなことを書いてくれることを想定していたわけだ。パソ2のフリー掲示板というのはそういう場所だったし、それが何よりも楽しかったので、それを再現したかったのである。
そうは言っても、最初から書き込みがあるわけでもなく、大体このサイトの存在自体を身内の者しか知らないわけで、とりあえず存続させるだけのために私が頻繁に書き込みを行っているわけである。コメントも感想もツッコミもなく、独り言で終わっている場合が多いとはいえ、それはアクセスする人が少ないので諦めている。問題は、それが目的であると思われてしまうことである。私の駄文は、皆のコミュニケーションの場繋ぎに過ぎないのだ。私は討論の場の案内役になるはずだったのだが、常に自ら問題提起をし、皆のツッコミを待つような状況になっているような気がする。
まぁそれはそれでいいのかもしれない。確かにツッコミどころ満載の文章ではある。しかし、そのようになった場合、私が最も求めるのは「ネタ」なのだ。つまり先の文章にしても、ネタに詰まって適当なことを書いているわけである。本当に困っている場合、相談するために書くなんてことはする筈がない。あくまでも掲示板をほったらかしにしないためのネタ、場繋ぎの、一時しのぎの、ちょっとでも笑ってもらえたら、という程度の文章を、ちょっとクドく書いてみたに過ぎないのである。それがサイトのメインコンテンツなのかもしれないと、半分自分でも認めつつあるのである。
つまりそんなフザけた気持ちで書いている文章に対して、真っ向勝負、ストライクゾーンど真ん中のコメントを付けられた場合、私としてはゴメンナサイと謝るしかないのだが、こんなサイトであるからして謝り方もこのように紆余曲折しつつ最終的に謝ってるんだか威張ってるんだかワケわかんない状態に持っていってしまうのだ。とにかく何でも楽しみたいだけなのだが。
というわけでけいぢ氏の場合、スポーツマンらしいコメントを頂戴したわけだが、「お前もスポーツマンたれ!さもなくば車椅子だ!」という潔い「漢」らしい内容で、私のようにスポーツもせず、観戦すらもせず、ただ運動不足の解消をしたりダイエットしただけの人間には、過分なるご助言を頂戴したということで恐縮至極の体なのである。
綾小路氏は、卓球を勧めてくださっている。これは、いわゆる温泉卓球ということであろう。これは普段スポーツに親しまない人間にとって、体力的にも受け入れやすい。問題になるのは場所と相手だろうか。家の近所にフィットネスクラブがあって卓球もできるわけだが、そのような施設のオシャレさが苦手の私にとって、やはり卓球は場末の温泉場で浴衣を着てやるものである。それを、何とか週2・3回やりたいものだが。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/4(月) 01:33
1031 デスクトップ
私のノートの背景は、簡易掲示板に書いているように毎月自分で撮った写真のなかから1枚選んで、次の月、一ヶ月間貼っておくようにしている。そうすれば自分の写真の下手さ加減をずっと見せつけられることになり、少しは撮影技術向上に努力するようになるのではないかというコンセプトなのである。
それはさておき、ノートのデスクトップであるが、そういう意味で強制的に鑑賞すべき写真であるので、余計なアイコンなどは出来るだけ貼り付けないことにした。しばらく使っていないショートカットなど結構あるもので、そういうものからどんどん削除していった。逆によく使うものはクイック起動の方へ登録すれば、こちらもショートカットは不要だ。
そんなことを進めた結果、結局デスクトップには全くショートカットアイコンは必要ないことがわかった。タスクバーは自動で隠す設定にしてあるので、現在のデスクトップは背景とマウスカーソルだけの状態である。非常に清々しい感じがする。考えてみれば、DOSを使っていた頃は、画面は真っ黒な中にコマンドプロンプトだけが白く(又は緑)光っているだけだったのだ。
GUIは便利だし取っつきやすいが、ともすればごちゃごちゃになって混乱を招きがちである。やはり定期的なメンテナンスというか、自分の使用目的に合わせた整理が必要だろう。使い方を明確にすれば、アイコンなんて無粋なものは無くても済ませられ、シンプルなPCライフが実現するのである。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/4(月) 19:11
1032 re(1):デスクトップ
先日はどうも。やっぱり、山の中で歌うフォークは格別ですね。これからも定番としたいですね。
ところで、私もデスクトップはシンプル派です。マイコンとネットワーク、ごみ箱しかありません。ずっとランチャ派でしたので、スタート⇒プログラムというのもほとんど使ったことがありません。
クイックを使っていましたが、最近はIEとエクスプローラしか置いていないんです。ちなみに使っているランチャはArt Tipsというフリーソフトで長年愛用しています。定型文を使えたり、テキスト整形、ネットのパスワード保存、クリップボードのログ、キャプチャ機能があるので重宝しています。もちろん、関連付けしてあればファイルから起動するのも可能です。ホルダも登録できるので簡易マイコンの様にも使えますし。宣伝になっちゃいましたが。。。
で、質問なんですが、desktopのネットワークアイコンと、マイコンのアイコンは消せるんでしょうか?ごみ箱はレジストリの設定で消せるんですが。。。ちなみにOSは2000です。もし、ご存知でしたら教えてくださ〜い。
●記録者
くも
●記録日
2004/10/4(月) 21:09
1033 re(2):デスクトップ
ども!ちと天気はぱっとしませんでしたが、やっぱアウトドアはヨイですな。写真がダメだったので、また行きましょう。
デスクトップの件ですが、XPだとなにげにマイコンもネットワークも消しておりましたが、2kで確認したら確かに「削除」が出てきませんねぇ。当方、ごみ箱は「窓の手」というツールにて消しておりますが、「窓の手」の2k版というのがあれば、それでマイコンやネットワークのアイコンも消せるかもしれません。
うちのはXP用で、ゴミ箱アイコンを消すとか、エクスプローラにゴミ箱を表示するとかいった設定が出来るようになってます。マイコンとネットワークのアイコンは右クリックメニューから普通に消せるので、その設定はありません。詳しくは「窓の手」のサイト、 http://www.asahi-net.or.jp/~vr4m-ikw/ をご覧下さいませ。
ランチャーは、Win3.1の頃愛用しておりました。もちろんデスクトップアイコンなんてものはありませんでしたし。まぁ、フォルダの中によく使うプログラムのアイコンを入れて、開いておけば同じ事でしたけど。フォルダの背景を透明にするツールもあって、そうすればイメージ的にも同じでした。
いずれにせよアイコンが飛び飛びに並ぶので、やはりデスクトップはごちゃごちゃします。やはりランチャーを使うのが、見た目もスッキリするでしょうか。画面の狭いノートではランチャーは必需品でした。
今は頻度順にクイック起動、スタートメニュー登録、プログラムから選択、ファイル名を指定して起動、ということでやってます。クイック起動にブラウザとエクスプローラ、そしてデータドライブのアイコンを置いておくとたいていの作業がそこで済むわけです。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/5(火) 04:54
1034 re(3):デスクトップ
今週日曜日は村民運動会。来週日曜日はイネコキになりそうな感じです。この長雨だとイネコキは延びるかもしれません。紅葉シーズンに間に合えば良いんですが。。。
窓の手は私も使っています。それでごみ箱は消したんですが。。。やっぱりマイコンやネットワークアイコンは消せないみたいですね。残念です。二つだけ残っていると逆に気になってしょうがないんですよね。(^^;
ランチャーは右のダブルクリックでメニューが出現するので、見た目は質素で綺麗なもんです。ちなみに私はマイコンのアイコンをタスクバーにも入れているんです。すると、タスクバーにマイコンピュータという文字が出ます。
ここから各ドライブとコントロールパネル、ごみ箱を直接開けます。マイドキュメントはDドライブに指定しているので、ドキュメントもすぐに開けて便利ですよ。
まっさらなdesktopはまだまだお預けですね。。。残念。
●記録者
くも
●記録日
2004/10/5(火) 12:06
1035 re(4):デスクトップ
なるほど、窓の手は導入済みでしたか。そうなると2kでは、マイコン&ネットワークのアイコンは消せないのですねぇ。妙なものです。なぜ消せない仕様になっているのか。消したからって問題がおきるワケでもないし、現実的に我々のように消したいというユーザーもいるわけですから。
ということでアイコンが消せないとなれば、アイコン自体を書き換えればいいのです。3.1の頃はアイコンエディタなるものが附属しておりましたが、この頃のWindowsには無いようですので、何かフリーソフトを使えばいいでしょう。そして、透明なアイコンを作成し、マイコンとネットワークのアイコンに登録すればOK!問題は透明なアイコンが出来るかどうかですが…なんか半透明とかって聞いたことがあるので大丈夫でしょう。やってみてくださいませ。
Art Tipsってのは結構人気ソフトみたいですね。右ダブルクリックでランチャーメニューが表示されるってことですね。これは便利かも。私の場合は既に今の環境に慣れてしまっているので導入するかどうかは未知数ですけど、アプリの起動を便利にしたいと思っている人には、お薦めと思います。
クイック起動に登録しているのは、
・ブラウザ(lunascape)
・エクスプローラ
・マイコンピュータ
・マイネットワーク
・データドライブ(D:)
です。他にもありますが、それはスクロールしないと表示されないように隠してあります。私の場合、マイドキュメントとデータドライブを別々にしているのです。写真やビデオなんかはマイドキュメント、その他のデータはDドライブに入れてます。
だから、マイドキュメントを見る場合はエクスプローラ、CかDドライブを見る場合はマイコンピュータの右クリックでエクスプローラ、サーバーを見る場合はマイネットワークの右クリックでエクスプローラ、通常のデータにアクセスする場合はデータドライブの左クリック、というわけです。
要するにエクスプローラに依存しているわけですね。エクスプローラを使わない場合は、スタートメニューからAriadneという、DOS時代のFDのようなファイラーを使います。これはテキストファイルをエンターキー一つで表示してくれるので、CGIやHTMLなんかをあれこれいじる時に重宝します。
まぁ、これが一番という使い方は無くて、自分に合ったやり方をそれぞれ模索していけばいいんですけどね。とりあえず今、私が到達したのが何もないデスクトップというわけなのでした。
オマケとして、今回くもさん御紹介のソフトを検索しつつ、いろいろ見ていたら、タスクバーのスタートボタンに時刻表示をするというのを見つけました。ボタンはそのまま普通に使えて、ただ時刻表示するのです。こうすると、タスクバーに時刻表示をする必要が無くなり、その分広く使えるというものです。これ、いいので紹介しておきます。
この中の、 http://hp.vector.co.jp/authors/VA014116/soft/ 「スタートボタンに時刻を表示しよう」というものです。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/5(火) 20:48
1036 re(5):デスクトップ
私のdesktopは紺色に指定してあります。アイコンを紺一色にすれば、見かけ上は消えるということですね。レジストリを直接弄くれば、可能かなとも思うんですが、ちょっと不安がありますからね。そこまで手をかけるのも面倒なので、今のままでとりあえず我慢します。
マイドキュメントはDドライブ指定で、メールやIMEの辞書、その他データホルダーを指定できるソフトは全て、ここに保存するように設定してあります。このようにしておけばDドライブを丸ごと外付けHDにバックアップを取ればOKなので、けっこうリカバをかける私は重宝します。
フリーソフトはレジストリを弄くるソフトと弄くらないソフトに分けて、RegSoftとNoRegSoftというホルダーに分けてインストールします。これもやっぱりnoregsoftのホルダーを丸ごとバックアップすれば、リカバの後でいちいち解凍してインストールする必要がありませんからね。
バックアップはDiskMirroringToolというのを使用しています。このソフトの良い点は元ファイルが削除された場合、バックアップ側も自動で削除してくれる点です。それは困るという人も入るかもしれませんが、、、
ということで、私の快適PCライフはリカバが前提になっているんですね。フリーのソフトもけっこう導入してより快適なものをいつも探していますので、どうしてもゴミがたまり動作が不安定になりますし。。。宿命ですね。
ちなみに、今一番欲しいソフトは紙に書くようにかけるソフトなんですよ。文字を書いたり簡単な絵も一枚の紙に書けるような、、、無いんですよね。もし心当たりがあれば何方か教えてください。
●記録者
くも
●記録日
2004/10/6(水) 11:54
1037 re(6):デスクトップ
なるほど、かなり気を使って管理していらっしゃるご様子です。データドライブに関しては当方も似たようなもので、初めてHDDを買った平成元年より、パーティションを二つに切って起動ドライブにはアプリを、もう一つにデータとフリーソフト類、というようにして使っております。起動ドライブのマイドキュメントを使い出したのは、つい最近、デジカメを買ってからでしょうか。
バックアップに関しては、今は自宅サーバーを立ち上げてLAN環境ができあがっているので、とりあえずのデータはサーバーにおき、そこからノートなりもう1台のディスクトップにダウンする形にしてます。ただ、サーバーのHDDは容量が小さいので、振り分けているデータもありますが。
ところで、以下のような記事を発見しましたので転載しておきます。2kでもマイコンピュータアイコンを消せるようです。これで、何もないデスクトップを実現してくださいませ。
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Windows Me/2000/XP は、以下の手順でデスクトップの「マイ コンピュータ」アイコンを削除することができます。
[スタート]−[ファイル名を指定して実行] から regedit を起動します。
HKEY_CURRENT_USER \Software \Microsoft \Windows \CurrentVersion \Policies を開きます。
[新規作成]−[キー] をクリックし、NonEnum を作成します。
[新規作成]−[DWORD 値] をクリックし、{20D04FE0-3AEA-1069-A2D8-08002B30309D} 値を作成します。
{20D04FE0-3AEA-1069-A2D8-08002B30309D} 値のデータに 1 を記入して「OK」します。
Windows にログオンしなおします。
なお、元に戻す場合は {20D04FE0-3AEA-1069-A2D8-08002B30309D} 値のデータを 0 に設定します。
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ところで、紙に書けるようなソフトというのは、どんな雰囲気でしょうか。PDAにある、「インクライター」というものは、ワープロみたいに文字を打つほか、スタイラスペンで直接画面に絵が描けます。通常のPCの場合は、マウスで絵が描ければいいのでしょうか?マウスで絵を描くなら、一太郎なんかでも作図モードの「軌跡」を選べば任意の場所に描けますし、重ねて字も打てます。違うかな?
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/6(水) 23:35
1038 re(7):デスクトップ
貴重な情報ありがとうございました。でも、試してみたんですが消えませんでした。。。何故!?
で、しばらく格闘しているうちに単純なことに気付きました。窓の手のショートカットアイコンを消す透明アイコンを指定すれば良いという、なんともお粗末な結論に至りました。見かけ上消えるだけなんですけどね。。。
マイコンの文字は残るので文字は消してスペースを入れることで対処しました。ただ、この方法だとエクスプローラを開いたときにマイコンが出てこないので、なんか妙な感じなんですけどね。使い勝手が悪くなければ、しばらく、このパターンで行ってみようと思います。
インクライターCE、の付属ソフトなんですね。知りませんでした。。。
希望のソフトは文字がもちろん打てることと、簡単でよいので手書きの絵がかけることなんです。できればファイル管理もしやすいほうがいいです。
何に使うかというと絵日記なんですよ。私は夢を見たときには日記につけているんです。その手の日記をつける場合、文字だとシチュエーションを説明するのに大変なんですね。絵だとすぐに終わるんですけど。。。アイデアメモなんかも取るんですが、それも簡単な絵が書けると便利ですよね。
で、それがアウトラインプロセッサタイプなら文書の管理もしやすいし、後から探し易いでしょ。そんなソフトが欲しいわけです。
今使っているのがSVG Cats2という、それらしいソフトなんですが、シェアウェアなんですね。といっても、10日ごとに広告サイトに行って、ライセンスキーを取ってくればいつまでも使えるんですが。。。
Vr1はフリーなんですが作図はできるものの絵は描けないし、アウトラインタイプじゃないのでファイル管理が面倒なんです。
DTPソフトを使ってもみたんですが、やっぱり、ファイル管理は面倒ですし。。。
3000円ほどのソフトなのでライセンス登録しても良いんですが、最近見つけたばかりで、まだ使い勝手もわからない状態というわけです。で、フリーでそんなソフトがあればな〜という次第です。
あっちこっち検索してもらってお手数をかけているようですが、気合を入れて探しているわけでもないので聞き流してくださ〜い。
それでは、お休みです。
●記録者
くも
●記録日
2004/10/7(木) 01:15
1039 re(8):デスクトップ
アイコン、消えませんでしたか?まぁ、おっしゃるようにショートカットアイコンを指定しておいて、それを消す設定にしておけばいいのでしょう。要は気分の問題だから、見えなければいいので。
私の場合、デスクトップアイコンを使わないもう一つの理由は、ソフトを二つ立ち上げて行ったり来たりして作業する場合があるんですが、そんな時にもう一つソフトを動かしたいと言う時に、いちいちデスクトップを表示して、そこから選ぶことになるのがイヤなんですね。クイックかスタートメニューに登録していても手間は同じなので、最初からそちらで起動するのに慣れた方がいいというわけです。ですから、右ダブルクリックですぐにランチャーが出現するという機能には、ちょっと興味アリです。
絵日記タイプのソフトの件ですが、特にそのために探しているというワケじゃないのです(^^;こんなソフトがあるんだな、という興味本位程度でして。こんなソフトがあるよとお薦めするのは簡単ですが、相手の希望に添ったソフトを探すとなると、至難の業でして。だいたい希望するものがよくわからないし、その人がどんな使い方をするのかを理解しなければならないし、考えるほど難しくなっていくのです。
しょうがないので私ならこうです、と言うしかないんですよね。私の場合、何かやりたいという場合、とりあえず持っているもので何とかしようとします。新しく学習するのは、目的にもよりますが大変なので。私がもし絵日記をつけ、後で検索できるようにするということになったら、テキストと絵は別々にします。文字は今のエディタで、絵はペイントか何かを使って、それぞれファイル名を日付にしておきます。テキストの方は文字列で検索出来ますし、絵の方は一覧表示にして見て探すというわけです。
まぁ私の場合は絵が全く描けませんので、あり得ませんけどね(^^;テキストはココに書いてあるものが全てですが、過去の書き込みを参照したくなった場合、前出のファイラー、ariadneで検索して内容を確認したりしております。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/8(金) 12:56
1040 re(9):デスクトップ
Dさんに一票!
>いちいちデスクトップを表示して、そこから選ぶことになるのがイヤなんですね。
まったくですよね。何でそんな仕様にしたのか意味がわからない。マックとかは使ったことは無いですけど、、、どうも回りくどい気がします。
パソコンはソフトが命ですからね。95時代から使ってたソフトなんかは開発が終わっても手放せないです。いつOSが合わなくなって使えなくなるんだろうか?と戦々恐々としながらも、データだけは増えていくんですよね。移植するとなれば大変な労力です。(ー"ー )
その点TXTはかなり安心して使えます。Dさんの提言にそうだよな〜と、、、悩んじゃいますね。さし当たっての使い勝手を選択するか、長期的な安心感に比重を置くか・・・難しいところです。
私もDOS時代はFDの愛用者でした。話は変わりますけど、Dさんがariadneを愛用しているのはそのネーミングのせい?
アリアドネ=ギリシア神話でクレタ島のミノス王の娘。最も聖なる者、子沢山の母親、純粋な女。という意味がありますよね。
たいした意味は無いんですが、クレタ島にはちょっとした感慨がありましたので何となく(^^;
●記録者
くも
●記録日
2004/10/8(金) 20:05
1041 卓球。やりますか?
たしか東運動公園のスポーツセンター内に卓球場があったはず。10年も前の事だけど。そこはフィットネスクラブに行くようなこっぱずかしさはなく、ねまきがわりのジャージの上下に、○○商店のロゴ入りのタオルを首にまいていても、違和感なくとけ込める空間だったような。
1度、偵察に行ってきましょう。
ただし、やるとなると「ぎっくり腰」の再発だけは避けなくてはならないので、準備体操を念入りに。勝ったらビール1本とか、負けたらご飯したくとか、モチベーションのあがる設定を設けてもいいかも。
●記録者
junko
●記録日
2004/10/8(金) 22:06
1042 re(1):コミュニケーションなのだ
この書き込みのカウントだけ20を越えたのは、私が何度も返信しそこなっていたからです。読まないと返信出来ないこのシステムにはこんな落とし穴があるのです。
おまけの一言。ネット上のコミュニケーションより、会話のコミュニケーションもお忘れなく。最近、忘れられてますが。
●記録者
junko
●記録日
2004/10/8(金) 22:10
1043 re(10):デスクトップ
そう、アイコンで起動するって、一見便利に見えますが、マウス操作もまどろっこしいところありますし。マウスなんか使っていなかった頃の方が、サクサク仕事していたような?ま、コンピューターのレベルが全然違いますけれども。
そしてGUI以前、最初にデータの互換性に悩んだのが昭和60年、もう19年も前ですねぇ。それまで担当部署で使っていたオアシスから、一太郎へ乗り換えるということで、あれこれやったもんです。技術計算の方もそれまでのYHP(横河ヒューレットパッカードですぞ)マシンのBASICからDOS-BASICに載せ替えたのでしたが、これは電算課の仕事でしたので我々は使うだけ。
その頃から、DOSを手探りで覚え始めたのでした。それまでBASICがいきなり走ってたマシンから比べれば、コマンドを打って操作するなんてのは夢のような環境でした。そんなすばらしいOSだったのに、当時のMS-DOSは無料でした。ビル・ゲイツはその頃、必死にプログラムを組んでいたのか、それとも早くもOSの無料配布で世界制覇の基盤を築きつつあったのか。
いずれにせよ、私のパソライフはいきなりデータコンバートから始まったので、とにかくデータは単純なものがヨイというのが染みついたようです。その後パソ2にハマったのも、そのクセを助長したかもしれません。というわけで、世の中がどう進歩しようが私はテキスト中心に生きていくのです。私の敬愛する三浦哲郎氏の本を読んでも、そこにあるのは文字列だけ。挿絵の一枚も無く、それでも心底感動させられるのです。
ariadneですが、ミノス王の娘…でしたか。妙にクドい名前を付けていると思いましたが、そうとは知りませんでした(^^;最近は「ミノ」とくればサガリかカシラか…おいしいホルモン焼き屋があるので、今度行きましょう。ボンジリ、絶品です。
ですからariadneは、機能が良くて使っているのです。単純に言えば、名前はバタ臭いですが、動作はFDそっくりなんです。テキストファイルをあれこれといじるのなら、これに勝るものはありませんね。今の環境ではこれとエクスプローラがあれば、ファイラーは万全というわけなのです。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/8(金) 23:52
1044 re(1):卓球。やりますか?
>ただし、やるとなると「ぎっくり腰」の再発だけは避けなくてはならないので、準備体操を念入りに。
junko様、腰痛体操はご存知ですか? 私の場合は、朝、ベットから起きる前に、必ず腰痛体操をしなければなりません。
まず、寝た状態で足首をクルクルと回します。
その次に、両膝を抱えて丸くなる様に両膝が胸元に来る様に抱きかかえて30秒。
次は、仰向けで寝た状態で片足の膝を抱えて内側に引っ張る様に両腕で抱えます。
それを左右の膝を引っ張ります。30〜1分位。
これは、お尻の筋を引っ張る事により腰の周りの筋を柔らかくする事になります。
後、たまに”D”さんに下半身のマッサージをして貰う事です。
それは、うつ伏せの状態で、ふくらはぎを垂直に指圧で押す事です。
それと、うつ伏せ状態で、腿を垂直に指圧で押す事です。
それ以外にも、まだ有りますが私の文才では紙面で説明は不可能の様です。
長年、腰痛と付き合っていたら、もしかして知っている事かも知れませんが・・・・
●記録者
綾小路伯爵
●記録日
2004/10/9(土) 10:25
1045 re(11):デスクトップ
>最初にデータの互換性に悩んだのが昭和60年、もう19年も前ですねぇ。
いや懐かしい。昭和60年。1985年ですね。高校の頃Fortranでプログラムが主流で(工業系なので)、BASICを学んだときには、とてもすごいOSのように感動したのを覚えてます。MS−DOSの出現のときもパソコンの再起動なしにソフトを使えるなんて、なんて画期的なんだろうと、、、
3.1が出たときは、DOSに上乗せするOSみたいな感じで不思議な印象を受けました。それでも、基本OSはDOSということで、もっと便利に使いたい人が3.1を選択できる。自由選択ですから無償でなくてもしょうがないんだろうな〜という程度に思っていましたが、昨今のWin王国を見ると、まさに戦略的な感じを受けますね。おまけ程度にDOSのプロンプト窓はついていますが、現実的にソフトは走らないですからね。
当時のPCはクロック数メガ程度のものでしたが、それでもかなり高速で起動でき、ご指摘のように操作も軽快でした。CPUの性能が向上しましたが、当時のDOS機と比べれば絶対遅いと思うんですがね。まあ、それもプログラムの肥大化が原因なんでしょうが。。。
何でもできるというのは良いようでいて、それを使わない人にとっては邪魔なだで、動作は重くなるは、HDは無駄使いするは、、、そのくせ、これは欲しいと思うものは付いてないですし。いっそのこと、使いたい機能だけをチョイスできるとありがたいですよね。データの互換が四の五のといわずに。
また脱線しますが、1985年は中国の暦法で20年大運が変わった翌年でした。その頃から七赤大運に入り、家電製品、文書システム、特に女性や、モラルが大きく変わり、政治・金融システムはどんどん弱まっていくんだろうな〜と漠然と思っていた時代でした。
今年、その暦法の節目になり、2023年までは八白大運となります。八白は変化、改革を示す大運で、特に農業や住居システムの変化、また、大地に関することに大きな変化が生じます。八白は後継者という意味があるので、各家庭においてはそのような問題が大きく取り扱われることになるのは必然でしょう。
近年農業でも有機という言葉がクローズアップされ始めたのも八白の調候です。PC関係でも次は有機コンピュータが実用化される時期に来ているということでしょうか。
20年後、どんなPCライフを送っているのか、、、まあ、さし当たって、私はデータ維持の心配でもしておきます。というのも、私のPCデータはある種、遺言的な意味合いがありますので。。。子供たちへ、はたまたその子たちへ、何かを残しておきたいという意味合いもあるんですね。
それが、参考になるかどうかはわかりませんし、それを家訓のように残そうという意図もありません。子供たちがこれを見るかどうかも当てにはしていませんが、何かのときに、少しはためになるかも、、、という程度です。
ということで、長寿なデータシステムは私的には結構重要な問題なんですよね〜。っていうことはやっぱりTXTが一番か!?
●記録者
くも
●記録日
2004/10/10(日) 00:16
1046 re(2):卓球。やりますか?
似てるけどちょっと違う腰痛体操を、以前通ってた(これからも通うであろう)接骨院で教えてもらいました。最近さぼってました(^^;)・・・あやしい痛みがあります。
今日から、頑張るから、出てこないでね>ギックリ君へ
●記録者
junko
●記録日
2004/10/11(月) 21:51
1047 re(12):デスクトップ
コメント遅くなりました。私の場合、最初に買ったPCはポケットコンピュータで、管理者ページの「私とコンピュータ」によれば昭和57年の暮れに買ったことになっているので、22年前になります。
これは未だに現役で電卓として非常に便利に使っておりますが、シリアル端子を持っていて1200bpsで通信できるので、やろうと思えば今のパソコンに接続してデータをやりとりすることも出来ます。もちろんポケコンのプログラムを読み込んでもほとんど意味はありません。測量のプログラムをクイックベーシックに移植したことがあるという程度です。
それにしても、22年前のマシンでもデータ交換は出来るし、第一フォン・ノイマン型というコンピュータの原型は、発明されてから全く変わっておりません。非ノイマン型と言っても、せいぜい並列処理するということのようですから。
だから私は、コンピュータというのはこれからも原理的にはそう変わらないだろうと思っています。有機コンピュータというものは、単なる有機材料を使用したというのではなく、自己複製とか新たな回路を自分自身で作ることが出来るものということと思いますが、ただの半導体の集積にしか過ぎない今の機械に、果たして人間のように考えたり、細胞みたいに増殖するということが出来るのか…
これから進歩していくのは、ネットワークでしょう。個々のコンピュータもどんどん高速化しメモリも大容量化していくのですが、それらが24時間ネットワークで繋がっています。そのアイドル時間を利用してスーパーコンピュータでも時間のかかる計算をやってしまおうというプロジェクトもあるようです。「有機」的なのは、この電脳ネットワークのことでしょう。マクロ的に見れば、まさに自己増殖していく回路です。今はまだ個々の動きが統一されていませんが、様々なバーチャル団体を作りながら、まとまった働きをしだしたら面白いでしょう。
私のHDDには、平成元年に買った40MのHDDの内容が未だに残っています。動きもしない98のプログラムもそのまま保存してあります。当時はHDDに一杯だったそれらのデータも、今やメモリアルとしてだけ保存しておいても邪魔にならないサイズになりました。もちろんほとんどテキストですから読めますし、一太郎なども書式ファイルとテキストの組み合わせだったので、簡単に参照出来るのでした。
そして、その当時やっていたパソコン通信が、まさに今私のやっているテキスト主体の電子掲示板システムなのです。マルチメディア全盛になったとはいえ、コミュニケーションの手段としては文字だけでもまだまだ結構イケるのです。
さらに、「遺言的」とまでいくかどうかわかりませんが、とりあえず自分の考え方などを残しておくにも好都合です。私たちは日本語でものを考えているのですから、思考経路とピッタリのものが残せるでしょう。ただ、ビジュアル的に物事を処理するかたがいらっしゃるようで、それが私には理解出来ないのです。そういう方は、やはり絵を描いた方が自分を表現できるのかもしれません。その場合は、とりあえず互換性の高い形式で保存しておくということになるのでしょうか。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/19(火) 00:11
1048 re(13):デスクトップ
>「有機」的なのは、この電脳ネットワークのことでしょう。
なるほど、言われてみればそうですね。まさに有機的な感じがします。御説を聞いて私はガイア理論を彷彿してしまいました。もう30年も前の仮説ですが、賛否両論はあっても、その斬新なアイデアはいまだに色あせていない気がします。むしろ有機ネットワークと考えると。。。
私も一太郎とエディタでデータを残していたんですが、ある日パソコンがクラッシュ!HDがガリガリという音と共にまったく動かなくなりました。。。(T_T) ウルウル
それ以来、バックアップの大切さを切実に感じるようになったわけです。ベーシックで組んだ暦法の計算プログラムとか、結構今でも使いたいものもあったんですが。。。作り直そうかと思っても、今では気力も時間もありません。
>ビジュアル的に物事を処理するかたがいらっしゃるようで、それが私には理解出来ないのです。
すいません。それ、多分私です(; ̄- ̄;)
中学生の頃、言語と脳の関係に興味を持ちまして、言語を使わないで人間は思考できるか?とチャレンジしたことがあります(広い意味ではイメージも言語的なんですけどね。その頃は別物だと考えていました)。勉強法も単語記憶ではなく、教科書を丸々見たまま記憶する写真記憶でした。
それで、時折というか、結構その癖が出て、私の話はかなりファジー(私語?)なのです。イメージを目の前においてそれを説明しようとするので、話に一貫性がないように取られることがあります。
私はゾウ全体をイメージして話しているんですが、耳の話と尻尾の話では矛盾していると思われることがあります。これをどう一貫性をもって表現するか、、、と、いまだに悩みます。
「ああ、それわかるよ。」「その話も良くわかる」というと、まさに八方美人ですからね。でも、私の中では、それは、ゾウを正面から見た話だな。その話はゾウをお尻から見た話だな。。。というわけで、どちらも正論ということになるのですが。。。
不思議なもので、そのような練習をしていると背景が浮かんできます。例えば名前を聞くとその人の顔が浮かんでくるとか。。。
でも、現実の生活では上記のようにかなり不便なんですよね。一枚の絵を見ても見る人によって印象が違うでしょ。これが問題なんです。絵では感性の違う相手には言いたいことが伝わらない。必然話すことが少なくなるか極端に多くなる。
単語とイメージでは情報量に差があるので、一枚の写真を言葉で説明するのと同じくらい不便なんです。
不便だな〜ということで、単語思考に切り替えようとしたら、イメージがどんどん見えなくなりました。今にして思うと、良かったのか悪かったのか、かなり微妙です。
で、多分、コンピュータというのは左脳的な機能だと思うんですよね。有機コンピュータとか素粒子コンピュータの時代には、いよいよコンピュータも右脳系になるのかな〜と想像しちゃったんですが、先は長そうですね。
●記録者
くも
●記録日
2004/10/21(木) 00:19
1049 re(14):デスクトップ
HDDのクラッシュですねぇ。異音がして壊れたというのは、やはり軸受けあたりがあやしいんじゃないでしょうか。自宅サーバーを動かしていて思いますが、1年以上もHDDが回転し続けて、軸受けはどうなっているんだろうかと。時々はHDDを交代で休ませてやりたいと思いますが、なかなか手をつけられません。2台のHDDでミラーリングして、交代で休ませれば長持ちしそうだし、万が一の対策にもなるんですが。
とにかく軸受けが壊れたというのなら、ディスク面自体は問題なく、そうするとデータは残っているということです。それならディスクを外して他のドライブに組み込んでやれば、読めるかもしれません。HDDは密閉構造ですから素人には無理とも思えますが、一回だけ、読めればいいんですから。
いずれにせよ、同じ型の機種が無いと無理ですけどね。それに、HDDをバラしたことはありますが、組み立てて動かしたことはありません。まぁダメもとで挑戦したいとは思っていますが、そういう機会はほとんど無いのでした。
ビジュアル処理ということでは、右脳を使うのがそうですね。速読とか、超記憶とか、みな見たままを記憶出来て、あとからそれを参照できるということなのでしょう。すごい便利だと思いますが、私には想像もつきません。自分では確かに右脳に記憶が残っているような気がするんですが、それを適時に左脳へ伝えると言うことが至難の業のように思えます。
教科書の映像が丸々頭の中にあっても、それをめくってみることが出来ないとどうにもならないわけで、私の場合は1頁も思い出すことすら出来ません。そのくせ、何でもない時に妙な記憶が出てきたりして、右脳の無駄遣いをしているということなのでした。
だから、それがちゃんと使えれば非常に便利なように思えるんですが。言葉というのは、データが順序だって並んでいないといけないので、広がりのあるイメージをいきなり言葉にするのは無理なんでしょう。PCで言えば、画像データをシリアルで伝送するようなものです。この場合は画像データにいろいろ決まりを設けて、このデータは何行目の何列目、なんて余計なことまで伝えないと絵にならないわけで、まどろっこしいのです。
いろいろな人の話を聞いていると、ちゃんと文法通りに、筋道を通して話す人もいれば、日本語になってなくて、でもイメージ的に理解出来るという人もいます。しゃべったそのままを文字にしてみると良くわかりますが、後者の人のは読み物としては無茶苦茶です。しかし、音声として聴いた場合にはニュアンスが伝わってきます。熱く語る人というのは、だいたいそういう人が多いみたい。
ということで、無理に左脳型に切り替えちゃったのは、もったいないことかもしれません。私のように左脳の支配から抜け出せないで困っている人間もいるんですから。PCなんかは、完全に左脳型です。CPUがやってることなんて、算盤の珠をはじいているのとさほど変わりませんからね。それがいまや1秒間に数億回という処理能力になっているので、考えているように見せることも出来るんですが。私の場合は頭の回転が遅くてメモリが少ないので、先に進むのは一歩一歩ゆっくり確認しながらです。途中一箇所でも理論的に矛盾していると、最初からやり直し。右脳が使えれば、一見に如かずということになるんでしょうが。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/22(金) 00:21
1050 re(15):デスクトップ
HDDは冬の時期に壊れたので、おそらくHDのオイルが固まっていたのではないかと思います。それを無理に回したのでディスク面にも傷があったみたいです。で、泣く泣く廃棄処分となりました。
ビジュアル処理は多分絵が好きだった事と関係があると思います。それで違和感なく入れたんでしょうね。今でも絵とか写真とかならほとんど一発で覚えられます。でも、人の名前を覚えるのが非常に苦手です。顔と名前が結びつくまで時間が掛かるんですよね。名前だけ聞かされた場合はまず覚えられません。
それで、横文字は特に苦手です。その点比較的、日本語は右脳系言語なので割合楽なんだと、最近わかりましたが。
>いろいろな人の話を聞いていると、ちゃんと文法通りに、筋道を通して話す人もいれば、日本語になってなくて、でもイメージ的に理解出来るという人もいます。
これが羨ましいのですよ。自分の話したいことがうまく言葉にならないのが多すぎて、文字通り閉口してしまう以外ないのです。自分が何を感じているかは解っても、それに一致した言葉が見つからない。。。(単にボキャブラが不足しているだけかも。。。(;^−^;))
一致した言葉が見つからないから話さない。という訳にもいかないので強引に単語を選びます。するともうここで矛盾してしまう。解っていてもどうにもならないんですよね。誤解覚悟で言葉を選ばざる得ないのです。それも恐る恐る選ばないといけない。できるだけ誤解は避けたいですからね。そこまで注意しても禅問答になることが多いのです。
ビジュアルの一番の問題点は、それが雰囲気だということでしょうね。映像としてはっきりと見えるなら割合説明もし易いんですが、雰囲気を含んでいるから言葉や行動をサーチするだけでも大変な時間が掛かります。
例えば結果の雰囲気はわかっているけれども、そのプロセスがわからない。右脳思考ではこういう事が度々生じます。
左脳はプロセスを重視しますよね。あるプロセスを順を踏んでいくと、出てくる結果は一定です。つまり、ある結果を出そうとすれば、それに見合ったプロセスを構築すれば良い。でも、結果だけが先取りされるとそうはいかない。今のプロセスとその結果とがどう結びついていくのか最後まで解らない。でも最後は「やっぱり〜」なんですよね。だから時間という感覚ほど胡散臭いものはないと思えてしまうのです。
そんなのを修正せずに生きていたら、間違いなく気違いだと言われますよ(^^;
話がだいぶそれちゃいましたね。(o*。_。)oぺこっ
●記録者
くも
●記録日
2004/10/22(金) 03:17
1051 新潟地震 マスコミの表現について
小学校の時、十勝沖地震で校庭に地割れが走るのを、生で見た事があります。はるか沖地震(しっかし、このネーミング・・・なに?)の時は、勤務中でした。今回の新潟の地震は、びっくりしたし、何かできることがあれば・・・とも、思う。(とりあえず、募金か?)
阪神大震災の時も思ったし、今回も思ったけど、初めのうちは、まだ、震災の被害の全貌がわからないじゃない。死者の数、負傷者の数。建物の被害。ポツポツとしか情報が入らない。時間がたつと、段々と、その被害の情報が入ってくる。
その段階で「被害が拡大しています」とか「これ以上被害が拡大しないように祈ります」とか言うんだよね。この表現はすごくおかしいと思う。そう思うの私だけ?だって、もう被害は出てしまってる。分からなかっただけ。建物は倒壊していた。道路は壊れていた。電気も水道もガスも、その時点では分からなくても、もう、使えない状態になっていた。・・・それがどんどん分かっていく。これは「被害の拡大」ではないでしょう。「大変は被害の状況がわかってきた」のでしょう?大きな余震で「被害は拡大した」かもしれない。でも、その時言ってるのは、そういう事言ってるわけじゃない。
被災から日がたって、疲労・ストレスで、体調を崩したり、亡くなる方も出ている。被害は拡大している。
昨日から新潟は雨だそうです。土砂崩れなどによる「被害の拡大が心配されます」これは正しい・・・これからさらに被害が増えなければいいなと思います。
偏差値の高い大学出てキャスターやらアナウンサーになってるんだから、適切な言葉で表現してよ。現場にいてパニクッてる人たちは仕方ないけど、東京の安全なトコで、おしゃべりしてるんだから。
「被害の全貌はまだ明らかになっていませんが、集まってくる情報によると、被害はかなり大きなモノになっているようです」初めの報道ではせめてこういう表現をして欲しい。
●記録者
junko
●記録日
2004/10/26(火) 20:50
1052 re(16):デスクトップ
なるほど、HDDの故障はオイルの粘性の問題だったのですな。寒冷地仕様のHDDというのもありませんし、密閉されているので粘度の低いオイルを注すわけにもいかないし、予熱する機構もありませんし…寒い部屋ではいきなりPCの電源を入れてはイケナイということでしょうかね。寒い方がCPUには良さそうですが。
ビジュアルの処理と言語の関係は、結局、右脳と左脳をつなぐ脳梁の働きと関係すると思います。女性はこの脳梁が太いため感覚的な処理が得意だと言いますし、男の方は細いため論理的思考に向くと聞きました。
しかし、赤ん坊からの成長期には、男の子は男性ホルモンの分泌によって左脳の発達が抑えられ、言語などの発達は遅れるようです。その分右脳は発達するらしいのですが、そのことと脳梁が細いことがどう関係しているのか、ちょっとわかりません。
私の場合男ですので左脳の発達が抑えられ、しかしその割に右脳も発達せず、結局ビジュアル処理も出来ず単純思考しか出来ない脳みそが出来上がったようです。お陰様で、いかに労力を使わずに他人と同じ成果を出せるかという事に腐心し、それなりの結果を出せるようになったと自負しておりますが。
人の名前を覚えられないというのは、脳みその能力云々よりも、名前というのが単なる意味を持たない単なる記号である事が問題のようです。たとえば「ハリー・ポッター」っていう名前を聞いた時、言葉の意味は問いません。そういう名前だと思うだけで、だから忘れちゃいます。しかし、彼の職業が「ポッター」、つまり陶器職人だった場合、それは忘れないのです。そこに意味を持つからです。
これは左脳的な処理ですが、右脳的には、彼がロクロでも回しているところを思い浮かべたりするのかもしれません。いずれにせよ意味が与えられるかどうかというところが記憶のポイントであって、言語の処理能力には無関係と思われます。
なんだか結論に収束できないまま、どんどん別の話になっていくようなので、今回はこのへんで。プロセス重視の私の脳みそは、さらに並行処理も不得意なので、一つ間違うと思考がとんでもない方向へ進んでいきます。こんなのも修正しないと、間違いなく「頭悪っ」って言われるんです(^^;
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/28(木) 23:52
1053 re(1):新潟地震 マスコミの表現について
これはマスコミ、特にTVの話しですから、やはりとらえ方もテレビ的になっていると思われます。つまり、映像として見えているものが全てであり、放送されていないことは彼らには起こっていないことなのでしょう。量子力学の世界のように、観測者が観測対象に影響を与えるということが信じられているみたいですね。
偏差値の高い大学出てキャスターやらアナウンサーになってる彼ら、彼らもやはりTVを観ながら成長してきています。きっと彼らは、「被害が拡大しています」という言葉を全く違和感無く使っているのでしょう。そして、TVに映っていることは大変なことだから、一応そういう体裁は繕うけど、やっぱり対岸の火事だって思っている、それが「これ以上拡大しないように祈ってる」という言葉ですね。大概のお茶の間では普通に受け入れちゃってるんじゃないかな、この言葉。
8月のことでしたが、小中学校合同の企画ということで、弘前大学の心理学の先生を呼んで講演を聴きました。その時の内容は、今の子供達の問題、ひきこもりとかコミュニケーションが下手とか様々な問題行動とか、そういったことの対処などについてでした。その中で、大学生に対してそういう問題を持つ人の割合を何年も継続調査しているということがありました。
それによると、問題のある人間は、1979年に大学生になった年代から始まっているというのです。ちょうど私の世代です。では、私の子供時代には社会的に何があったかといえば、今生天皇のご成婚が私の生まれる直前、その後今の皇太子が誕生しています。そして3歳の時には東京オリンピックの開催。これらは何をもたらしたかというと、TVの爆発的な普及なのです。
つまり我々の年代以降の人間は、赤ん坊の頃からTVを観て育ってるってことです。それ以前は、せいぜい街頭テレビなどで、そんなに長い時間観ることもなかったでしょうが、環境がすっかり変わったのです。そして我々の一回り下からはTVゲーム、そしてさらに下へ行くと携帯電話…
それぞれ技術としてはスバラシイ発展を遂げました。しかし、その便利なものを与えられてただ使っている人間がどうなるかというと、まぁ今の若い世代のようになるってことでしょうか。携帯でメール打ちながら自転車で走っているヤツ、向かい側から私が歩いて行ってもよけようともしない、ってか気づきもしない。恐るべき自己中時代です。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/28(木) 23:52
1054 新紙幣発行
新紙幣なんぞには興味など無い。昭和59年の時には確かに意味があった。私は丁度就職した年で、給料というものを貰うようになったその年に、紙幣のサイズが小さくなってしまったのだから。しばらくはビジュアル的に損をしたような気分だったが、実際には価値が変わるわけでもなく、すぐに慣れてしまったことは言うまでもない。
しかし今回、新紙幣発行の主な目的は偽造の防止効果を高めるということなので、偽札を作る能力のない私にとっては全く無関係なのである。もし私が偽札を作ることを生業にしているのだったら、政府に文句を言わねばならないところだ。サービス残業までして印刷しているのに、オレの仕事を無くす気かー!!って、そんなことが通用するわけもなく、その場合は仕方がないので、偽造のしやすい外国紙幣に乗り換えるしかないであろう。諸外国にはおもちゃの様な紙幣がいっぱいある。
まぁどうでもいいことはおいといて、今ここに弐千円紙幣が一枚ある。先日郵便局で受け取ったものだが、聞いてみるとATMでも問題なく使えるという。しかし、新紙幣には弐千円札は無く、これはつまり弐千円は全て旧紙幣となり、数年後には消え去る運命ということだ。やはり政府としては、弐千円札の発行は無かったことにしたいのであろう。
それならば、この弐千円紙幣は保存の方向だ。と、私のように結論づける人が殆どだと思われ、結局弐千円札は今後も流通することなく、タンス預金にて塩漬けとなる運命であることがわかる。その他の紙幣に関しても各家庭で数枚は塩漬けとなり、もし全国で約700万の世帯が旧紙幣の3枚を保存するとすれば、1000億円以上の流通貨幣が無意味なタンス預金として停滞することは必定である。
これはつまり、新紙幣に問題が存在するのであろう。新紙幣のデザインをあまり一新させなければ、旧紙幣など保存する気持ちにはならないと思う。現在の紙幣も途中若干の変更がされているが、細かい変更の場合は誰も気にしていないのだ。気にかけているのは偽造者だけである。
ということで、今回の新紙幣はどうであろうか。この文章を読んだ大蔵省関係者は、即刻紙幣の見本品を各紙幣につき1000枚ほど、私に送るべきであろう。私がそれらを入念にチェックし、使い勝手を試してみたいと思う。その場合当然ながら見本品には「見本」という文字を印刷してはイケナイ。
●記録者
上野大樹
●記録日
2004/10/31(日) 14:57
1055 re(1):新紙幣発行
うむ、確かに新紙幣の発行にはいろいろな問題に遭遇する。
金融機関の新紙幣の為に機械を改造または入れ替えしなくてはならない。数十億円の金がこの為に動くのだ。金融機関向けの機械メーカーはフル駆動である。株価も少なからず上昇している。
これは政府の都合で行われる事で、普通メーカーは機械の売り込みにはかなり値引きをすざろうえないのだが、今回に限り結構強気である。新規参入に関してはやはり競争が行われるが、機械の改造(紙幣識別のROMの書き換え)などで有れば一切値引きなど存在しない。
自動販売機に関しても、今回は特別である、前回新千円札が発行になった時は、そんなに千円札を使える機械が存在していなかった。でも今回は殆どの機械が千円札を使用出来るのだ、と言うか使えてあたりまえの世界である。新紙幣の発行にあたりかなり紙幣識別装置の交換が必要である。
しかし思うのだが自販機に関して11月1日に新紙幣が使用出来る環境がそろっている必要があるものか。大体にして11月1日に財布にどのくらいの数が入っているだろうか。まず使う人は居ないであろう。銀行などで珍しさで換金して、1枚目はおそらく保存であろう。普通は120円のコーヒーを買うのに旧札を使用する事でしょう。
考えてみて下さい。新500円が発行になり、いまだ新500円の使えない自販機もあるぞ。財布の小銭入れにまだ旧500円も入るぞ。大体にして銀行で両替で500円を受け取った時1/3くらい旧500円が入っていた。どうゆうことだ。銀行が旧500円回収しないでどうするんだ。
と言う事は慌てる必要が全然無いのだ。一般小売店様、慌てずゆっくり行きましょう。業者はすぐには動けない!
●記録者
Isamu
●記録日
2004/10/31(日) 21:37
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