BBS "D"aiki.ueno
過去ログ 2005年_4月
1105 小便考
せっかくですので題名を変更しました。コメント遅くなってスミマセン、年度末モードからようやく復帰です。
さて、今回のテーマは男なら誰しも思っている、洋式便器における小用の不具合についてでありますが、これは各メーカーが競って跳ね返りの少ない便器形状を模索しているにもかかわらず、男の小便は必ず飛び散るということでありまして、本来なら便器の形状ではなく亀頭の鈴口の形状を検討すべきなのでありましょう。
綾小路氏のおっしゃるように、時として小便は二股になり、時にはバラけ、時にはチンポの向きとは違った方へ飛散するもので、いくら棹の向きを便器の水溜まりのやや手前に狙い定めたとしても、飛ぶ方向は全くおかまいなしという状況なのです。これは、かのA級スナイパー、ゴル○13でも事情は同じであろうと推察されます。
さらには、ほぼ狙った位置に飛んだ場合でも、始めと終わりは全く尿勢というものが違うもので、水溜まりやや手前に軟着陸しているように見えても、微妙に跳ね返っていることは否めないばかりか、直接水面に着水した場合は、かなりの量のお釣りが発生しているのです。
ではまず、思った方向へ飛ばないという場合ですが、これは先にも申し上げたとおり鈴口の問題が大きいと思われます。この口が、それまでの排泄物若しくは分泌物によって若干ひっついた状態になり、そこで尿勢が弱い場合には二股にもなり、若干尿勢が強ければ一筋ながら思わぬ方向へ飛ぶということになります。また、鈴口の合わせが前後にずれていた場合なども、方向が定まらない大きな要因でしょう。
これらに対処する方法は、事前に鈴口を開いてから合わせ目を完全に一致させ、その後狙いを定めつつ徐々に尿を放出することです。狙いを定めた後、一気に出さないのがコツになります。これは次に考察する便器の形状にも関係しますが、尿流が安定してから圧力を上げていかねばならないからです。
次に、便器の形状と尿の方向で注意する点です。便器の形状にもいろいろあるので、記憶のあるものについて考えてみます。
まず水溜まりが非常に大きいタイプ、つまり便器の中がほとんど水溜まりのようなものがありますが、これは通常の方法ではお釣りを防ぐのは無理で、大の方でも同じ事が言えます。この場合は事前に水の上にペーパーを浮かべ、終始弱めの尿勢にて済ませることが必要になります。長時間ガマンした後など、どうしても尿勢が弱められない場合には、若干腰を落とすなどの工夫が必要になるでしょう。このタイプの便器では、どうしても二次的な操作が求められるようです。
そして水溜まりは通常のトラップ部分だけのもので、しかし便器のカーブが水溜まり側の方が緩いもの、初期のTOTOなどに見られがちな、あたかもウンコをそこに置いてしばし鑑賞しろとでもいうようなものです。これは非常に狙い所が難しく、便器の一番手前の縁ぎりぎりのところに落とさねばなりません。この場合はちょっと狙いが外れると本流が便器の外に出てしまいかねず、非常に気を使う必要があります。腰を落とす必要は無いかもしれませんが、一歩前に出て真下に放出するようにしたほうがいいでしょう。
最後に、同様に水溜まりはトラップ部だけで、便器のカーブが水溜まり側の方が急になっているもの。伊奈製陶あたりがこのデザインの先駆だと思いますが、最近はこの形状が多いように思われます。この場合は、最初に申し上げたように水溜まりの若干手前側を狙います。直接水に入れず、便器の肌に軟着陸させるよう、そして跳ね返らない角度が求められます。大気圏に突入する宇宙船の角度は、急すぎれば摩擦で燃え尽き、緩すぎれば大気圏外にはじき飛ばされるわけですが、これと全く同じ原理なのです。
この微妙な角度、便器の肌に吸い込まれるように、そしてその後は滝のようにトラップに落ちつつ、全く跳ね返りを生じない尿勢が求められるわけで、狙いとともにその勢いをも調整しなければこの境地にいたることは出来ません。これは一朝一夕にできるものではなく、排尿を随時止めるという訓練を繰り返し、尿道括約筋を鍛えねばなりません。これによって尿勢を自在に操ってこそ、男の尿意棒と呼ぶことが出来るのです。
今回は、排尿の高さと動物の進化の方は考察することが出来ませんでした。この点については次回に譲りたいと思います。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/5(火) 00:34
1106 ローマ法皇死去
天皇陛下であれば御隠れになるわけであるが、ローマ法皇は普通に死ぬらしい。キリスト教は欧羅巴でも合理主義的なのだろうか。
それはさておき、法皇の後継者をこれから決めるらしいのだが、死んでしまってから決めるというのは時間も限られるし大変であろう。天皇陛下の場合は普通後継者は決まっていて、年号だけは御隠れになった後に会議があるようだが。
チベットのダライ・ラマの場合には、後継者は決めるのではなく探すのである。亡くなったダライ・ラマの遺品を含んだ品物を並べ、その中から遺品だけを選んだ子供を選定するらしい。つまり生まれ変わりということだが、これはとりもなおさずダライ・ラマは決して解脱しないということを示している。解脱に到達せず、菩薩の位置にいて衆生を救おうというのなら、それはすばらしいことだ。非常に慈悲深い、非対立的な宗教観を感じさせる。
それに引きかえキリスト教の方は、原始キリスト教が持っていた筈の慈しみの心よりも、どうしても十字軍などの争い事の方が印象深いのは、その合理性ゆえに狭い宗教観となるからであろう。いずれにせよ後継者問題は、根比べでも何でもして早急に解決して貰いたいものだと思う。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/5(火) 22:58
1107 20年前に見た夢
20年も前にこんな夢を見たことがある。
私は日本海側と思われる海岸線を車で走っていた。その目的地は海に突き出た神社だというのは分かっていた。その神社を参拝しながら夕日でも眺めようと思っていたのだ。
駐車場に車をとめた。私以外には数台の車があったように思う。
車を降りて参道の方へと向かうと、その手前に小さな社が二つ並んで建っている。一つはお不動様のお社で、その隣は天照様のお社である。天照様のお社の扉は閉ざされていた。そこで私は参拝を諦め、今行けば丁度綺麗な夕日が見れるだろうと足早に参道へと向かった。
駐車場から参道に至るその境に鉄パイプの柵が二つ立っている。参道へと向かいながら当りの景色を眺める。天の橋立のように参道の両側は穏やかな海に挟まれ、本殿まで松並木が続いているようだ。数人の参拝客が海を眺めながら私と同じように本殿へと向かっていた。
駐車場から参道に向かうと、パイプの柵が二つあって隔てていた。その柵をくぐって参道に出ようとすると、向こう側から一人の軍人がこっちに向かって歩いてくる。みんなは本殿へと向かって歩いているのに、たった一人こっちへと向かってくる、その軍人さんに違和感を覚えた。
私はその奇異な印象にしばらくそこに立ち止まったままだった。軍人が奇異だというのではない。視界に映る全ての人は本殿に向かっていたのに、その軍人だけが逆行していたからである。
私は身動きできないまま、そこに立っていると、とうとうその軍人は私の前に立った。そして一言、私にこう言ったのである。
「42歳だぞ」
低い声だった。けれども、その声は透き通って心地よい。何が42歳なのか知るすべはないが、そんなことはどうでもよく、何処か近しい身内に感じるような雰囲気に浸っていた。
しばらくその状態が続いた後、私が柵を乗り越えようとすると、その軍人は何も言わずに私を制止した。それがどのような感じだったのかは今も思い出せない。しかし、何かの暗示にかかったように私は背を向けていた。
私はもう軍人は気にならなかった。車へと向かって踵を返し、ただ歩き始めた。
すると、先ほどの二つのお社のところで、巫女が二人、神楽を踊っている。
「フルエ、ユラユラト、フルへ。。。フルへ、ユラユラト、フルへ。。。」と唱えながら。
その呪文にも不思議に聞き入りながら眺めていると、お社の奥から声(イメージ)が聞こえる。
「ねじりだよ」といっている。
頭の中では何のことだろうと考えあぐねているが、私の意識の何処かでは「身体をひねり、ねじることだ。それが、身体の健康を保つ」と理解していた。
私は夢から覚めると、この夢を書きとめた。もっとも、この夢は私が今まで見た夢の中で最もインパクトの強い夢であり、書き止めるまでもなくその後20年ほどたつ今もはっきりと思い出せる。
当時私は夢解きに挑戦し、こう考えた。
若い巫女二人。社も二人。柵も二つ。。。二は精神、頭、心臓、血を表す。
神社は火の気で、やはり、精神、魂、命、霊を表す。
西に向かっていたのは、浄土、彼岸、死、悟り。
軍人は守護霊だろう。守護霊は悟りを開いた僧侶か、軍人、政治家など威厳のある人の姿を良く使う。
参道は細く長い道になっている。この夢が表すことを達成するのは「細き道」(今にして思うと血管のことだったのかも)である。
私はここまで車で来た。車は肉体か家を表している。
最後のところで、天照様は健康に関することだと、教えてくれた。
私に心筋梗塞が起こったのも2月28日。これだけ2が強調されたのは、それを表してたのかもしれない。
昨日あたりから薬に身体が慣れたせいか、大分体調が戻ってきております。と、なるとこの季節、桜もボチボチですね〜
●記録者
くも
●記録日
2005/4/13(水) 23:28
1108 re(1):20年前に見た夢
私は霊感山勘第六感など全然ありませんし、夢もほとんど記憶に残らないのでこのような経験は全く無いんですが、感じる人はそれなりの体験があるのだなぁと、今更ながら感心しております。
42歳だぞというのが体調の悪くなる予告だとしたら、それを信じるかどうかが生死をわけるということになるわけで、それをちゃんと受け止めていたからこそ生き延びられたということなんですね。予測される未来は一通りではなく、本人次第で選択の余地があるというのがそこでしょう。
当方は40歳過ぎてから元々高かったコレステロール値がさらに上がり始め、危険を感じて運動療法をしたわけですが、その後痩せて値も下がったものの、血管の状態は不明です。時々、胸が妙な痛みかたをするのがちょっと怖いですね。私の場合は夢の警告も無いので、常に注意しないと…
体調の方、戻られたようで何よりです。なんだか、当初はお見舞いのヒマもないほどすぐ回復されたのかと思ってましたが、その後調子が悪かったみたいですね。
そんなわけで花見となると、やはり近場がよろしいのかもしれません。そちら方面ですと、紅花向かいの公園か、本当に八戸市内になった市民の森など、いいかもしれません。見頃まであと2週間ほどでしょうか、ゆっくり考えてみましょう。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/15(金) 20:39
1109 試験投稿
試験投稿をしております。投稿時、パスワードを入力しないとエラーになるという報告がありましたので、プログラムを修正しました。
投稿時のパスワードは、投稿者本人が自分の記事を削除する場合に使用するので、入力は任意だと思っておりましたが、プログラムを確認したところ入力は必須で、入力しないと先に書かれた記事は全てリセットされ、投稿の初期状態に戻ります。
これを修正し、パスワードの入力がないか、若しくは半角英数字で無いという場合などは、エラーにしないで管理パスワードにて投稿することにしました。こうした場合、パスワード入力不備の場合に、投稿することは出来ますが、自分で削除が出来なくなりますので、削除したいという場合は管理者に連絡をお願いします。
その他不具合があった場合なども、その旨掲示板に書き込みしてください。よろしくお願いします。
また、ネット上の掲示板などに書き込む場合の注意ですが、長文を一生懸命入力した後、エラーで全てが消えてしまうということはあり得ます。最近は私はWebメールで同じ事を体験しております。こういう場合に備えて、ネット上で文章を書く時には、直接入力エリアに書かずに、お手持ちのテキストエディタなどで書いて、それをコピーして入力部分に貼り付けるのがいいと思います。ネットのサーバーは多くの人がアクセスしておりますし、プログラムも必ずしも安定しているとは言えないので、ちょっとした注意が必要と思われます。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/15(金) 20:44
1110 起承転ケツ
酔っている。それは夜の私にはいつものことなのだが、酔い方というものがあるのである。思い切り飲んでベロベロになって記憶を亡くしている時もあれば、飲みつつも沈思黙考し深く悩んでいることもある。この二つの状態は両極端であって、このどちらの場合も全く役に立つことはない。
では、役に立つ場合があるのかと言えば、世の中に対しては全くそんなことは無いのだが、少なくともこの場所における存在意義としての駄文作成に於いて、いいと思えることが希に起こるのである。酔っぱらって、アルコールによる麻痺が私の神経たかりの部分だけに働いた時、そういうほんの刹那の時間帯に、私の想像力は大いに羽ばたくことが出来るわけである。
その前後の時間帯はどうかと言えば、酔う前にはあれこれと思い悩み、書いては消して、結局何も発表出来ずじまい。反対に酔い過ぎれば、勝手なことを書き連ねて全く意味をなさず、そのうちやる気も失せて寝てしまう。まぁ、そんな時にも文章を書いてアップロードすることもあるのだが、そんな時のものは読み返してみてもまったくツマラナイものである。
ところがそのアルコールがまさに適度に脳髄を麻痺させた時、いわゆる通人がフグの毒を、舌が痺れつつ死なない程度に味わうという、全き刹那的なバランスの時に、始めてこのサイトの特徴とも言える精神自虐一人ボケツッコミ的ギャグが生まれるのであろう。結局それは私には全くコントロールの外にあるものであって、起爆剤たるアルコールは必ず摂取するものなるも、結果は全く人事を尽くさず天命を待っているというようなものなのだ。
だからどうしたと言われればそれまでだが、それを言う人が居ないのが救いでもある。ここを訪れる人々は、滅多におこらない私の脳髄の的確なシビレを期待しつつ、いつもただクドい文章を読まされているのであろうと、そこまで考察が行き届いていながら今日は、酔いにまかせてこれをアップロードしてしまうのである。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/17(日) 01:17
1111 re(2):20年前に見た夢
体が不調だとPCも不調になるんですかね。今年一回目のリカバとなりました。
私も霊感があるわけではないのですが。子供の頃ふとしたことから夢に興味を持って夢日記なるものをつけております。関心を持つと不思議に覚えているものなんですね。100%誰でも夢は見ていますから、後は覚えていられるかどうかの問題。覚えているのにはちょっとしたコツがあります。ストーリーとして思い出そうとしないことなんです。
あとは、象徴としての夢の中身がわかれば、結構覚えているものです。
でも、残念ながら、今回は自分のことだとは予測していなかったのですよ。母親のことかな〜と思っていたのです。それで、心筋梗塞が起こってから二日も間があきました。おかげで心臓が半分死んでます。
ちょうど風邪を引いていたこともあって、症状が現れたときには、肺炎にでもなりかけてるのかな、、、と思っていたのです。生兵法は怪我の元ですね。心筋梗塞の症状なんて初めての体験ですからね、わかるはずありません(汗)
でもまあ、日常生活に支障は無いようです。体調も、こんなもんじゃないかなと思います。不調だったのは薬のせいでしょう。風邪ぐらいでは薬も飲んだことが無いですから、、、ここ2〜3日は体も慣れたようです(慣れちゃだめなのかな?)
ですので、山桜なんか撮りに行きたいですよね。
それじゃ、晩くなりましたので、桜のワンカットでも想像しながら寝ることにします。
●記録者
くも
●記録日
2005/4/18(月) 02:26
1112 なんとなく時事占断
どうもPCが不調で4回もリカバしなおしました。ようやく普通に戻ったみたいです。ファイアーウォールで調べたら、中国から圧倒的な不正アクセスがありました。無差別なんでしょうね。Systemが壊されるウィルスもあったようで、踏んだりけったりです。
でも、リカバCDも作り直したので、いつでも来い!ってなもんです。
ところで、リカバ中暇だったので、TVでやっていたニュース速報、地下鉄突き落とし事件を何気に調べてみました。
┌─― 清11 ―┬―――┐31
27│ |15 |
| ┌ 水4 ―┤ |
| | |20 |20
13└―┼ 篤16 ―┤ |
| |25 |
└ 哉9 ―┴─――┘
29
―――――――――――――――――――
40
横同格:人−総同格:天格地格同格
┌─― 鷹24 ―┬―――┐41
36│ |29 |
| ┌ 本5 ―┤ |
| | |17 |35
16└―┼ 裕12 ―┤ |
| |23 |
└ 規11 ―┴─――┘
28
――――――――――――――――――――
52
横同格:内運同格:天地同格
意味不明かもしれませんが、被害者と加害者の姓名判断表です。
加害者、被害者ともに横同格というのがあります。
人格(姓第2字と名第1字の合計)と外格(姓第1字と名第2字の合計)が同じ系列になる組み合わせです。加害者は20と20。被害者は17(1+7=8)と35(3+5=8)です。この組み合わせは感情のコントロールが効きずらい傾向があります。凶数だと裏切り、犯罪に関係しやすくなるといわれます。
加害者の20画は凶数。それも同じ字画での同格で強力です。
加害者の17と35はともに半吉半凶、他の画数も吉数が多いので一命を取りとめたのでしょうか。
両者とも感情のコントロールが効かないタイプ。加害者は普段はおとなしくまじめだと思いますが、かっとなると自制が効かなくなるようです。
被害者はかなり頑固なタイプでしょう。加害者の注意を聞かなかったのが事件の発端らしいですが。。。
今年は四緑木星酉年で、加害者の人格は歳破という凶運気に入っています。また、総格の40(4+0=4)は四緑と同じ数。良くも悪くも中心になりやすい。自制が必要な星回りです。
被害者の人格は今年の星回りではあまり問題ありませんが、今月は月破という星回りで凶運期。総格の52(5+2=7)も暗剣殺という星回りです。暗剣殺は暗闇から刺し殺されるという文字通り不吉な意味で、他動的に災害が生じます。
当日は五黄の日で、加害者の総格は巽宮(鉄道などの交通機関を象徴する)にあり、五黄殺に同会(巡り合うという意味)しています。
被害者の総格は兌宮(口論・剣難などを象徴する)に巡っています。凶象はかかっていませんが、今月は辰の月で支合という、良くも悪くも象意を強化する星に巡っています。
ちなみに前回の書き込みで、母親が心配だったと書きました。
実は私の母親の総格は20画で、今年は歳破という星回りだったからです。特に2月は暗剣殺に巡っていたので心配していたのです。
ところが、私の総格は36画。単数は9になります。今年は定位対冲という運気が弱くなる年。しかも2月は五黄殺同会だったのですね。9は眼、頭部、心臓、(生命力としての)血液を象徴しています。9は四緑のときに弱くなる宿命を持っているのですが、四緑は血管も象徴しています。
占いもまだまだ未熟ですね。
●記録者
くも
●記録日
2005/4/21(木) 20:01
1113 re(3):20年前に見た夢
確かに夢にはストーリー性は無いですからね。飛び飛びのシーンの連続として捉えれば覚えていられるということなんでしょうが、それは私の最も不得意とする分野ですので。どうしても論理的な流れがないと、頭の中にあっても全く活用できないので、記憶にあったとしても結局覚えられないということになるのでしょう。
それはさておき、心臓が半分動いていないとなると大変です。私も妙に胸が痛むので検査してみたら、不整脈がありました。まぁそれは、我々の年代だと普通にあることのようですが、十万拍 に一拍でも心臓が止まることがあるというのは気持ちの悪いものです。検査では不整脈の他、脈が遅いのが気になるとかいろいろ言われましたが、まぁ正常範囲ということのようでした。
自分の心臓が人よりのんびり動いていたり、時々休んでいたとはびっくりしましたが、低空飛行ながら大事に至らないという私の体調と、このサイトの運営状況を象徴しているような出来事でした。これからも焦らずのんびりとやっていきたいと思います。
桜の花が開き始めました。昨年は場所によって早い遅いが目立ちましたが、今年はどこもほぼ一斉に咲き始めたようです。これだけはのんびりしていると散ってしまいますので、何かイベントを考えないといけませんな。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/25(月) 19:49
1114 re(1):なんとなく時事占断
姓名判断については、子供の頃家にそんな本があってやってみたことがありますが、なんだか私の名前は可もなく不可もないというような状況で、まぁそんなもんかなと納得しておりました。つまり、付けられてしまったものは仕方がなかんべぇというような、人生あきらめが肝心よ〜というような、ヤル気のない子供だったのです。
そして、こんな私も僭越ながら人に名前を付けたことがあります。その経緯は管理人ページの名付考に詳しいのですが、その名付けの際の基本方針として、姓名判断はやめておこうと意識的に考えておりました。姓名判断を考慮して名付けを考え始めたら、私の場合は恐らく数字ばかりが気になって、子供本人のことなど考えられなくなりそうだったからです。何の縛りもなく、自由に発想してみたかったというのもあります。
そんなこんなで名前を付けてしまってから姓名判断をしてみますと、やはり可もなく不可もないという感じでした。それはもちろん私にとっては非情に満足すべき結果なのです。私のような低空飛行人間にとっては、悪くないということはとても喜ばしいことなのです。
しかしその可もなく不可もない筈の名前を持った子供が成長し、様子をうかがっておりますと、小学校の成績のABCを優良可と置き換えた場合に、優ばかりで良が少しという結果です。なるほど、可もなく不可もないというのは、文字通りそういうことであったのか。なんとスバラシイ!
いや、チョト待ってクダサイ〜。じゃぁ私自身の可もなく不可もないというのはどういうことだったのでしょう。大学の成績はそのまんま加山雄三、というより不可も沢山あったのでした。実は私の名前は、優もなく良もないということだったのです。可と不可はいっぱいだったのです。あ〜なんかつまんないこと思い出しちゃった(T_T)。しかも全然姓名判断のハナシにならないし。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/25(月) 20:19
1115 re(2):なんとなく時事占断
巷に出ている姓名判断の本はかなりいいかげんだな〜と、いつも感じます。少し姓名判断を知る人なら、画数だけではなく生まれた日も名前に反映させるように配慮しますからね。
なんとなく時事占断の例では、加害者はともかく被害者のほうは、字画だけで見る巷の姓名判断では、そのような事件に巻き込まれるはずはまずない名前です。
だから字画を気にしてみても、つまるところ生兵法に終わってしまいます。それぐらいなら、気にせずに一生懸命名づけをした方が懸命です。少なくとも、その思いやりや、愛情は必ず名前に反映されますから。
ただ、正しい手法にのっとって行われた占いは、かなりの的中精度を誇ると思います。
時事占断はその内容がニュースに乗るような出来事を扱うので、時折気が滅入るのですが、ここ2〜3日のニュースから簡単に見てみました。
ハンマーで殴られた子供:
人格21画、外格10画で特殊な横同格を持っています。総格は31画で4。ですから今年は総格が中宮。人格は暗剣殺になっています。また、幼児は地格(名前の画数)を重視するので、16画。単数は7です。今月と当日は7は暗剣殺にあたります。
また、7は加工された金属を象徴しています。
このお子さんは、外格を除いて全て吉数になっています。おそらくご両親が愛情を込めてそのような名前を選ばれたのでしょうし、それが、このお子さんを救ったのではないかと感じます。
用水路で行方不明になった小1男児:
天地格同格(事故に遭いやすい相)。人格18画(9)。総格31画(4)。
4、9は前の書き込みでも出ていますが、どちらも今年は弱い数です。幼少時の運をあらわす地格は11で単数は2。今年は歳破にあたります。
事件が起きた当日は、人格18(9)が中宮にあたり、総格31(4)は暗剣殺。また、この4は一白水星に同会しており、水に縁があります。落水したと思われる時間帯は、人格が破になっており、総格の4は七赤金星に同会しております。七赤金星は沢卦といい。川、沢、用水路を象徴しています。
このお子さんも、上の子同様、すべてが吉数となっています。やはり、偶然にこのような名前の相になることは稀だと思いますから、両親の悲しみがわかります。
けれども、画数は良いのですが、名前の陰陽のバランスに問題があり残念です。
本日の大事故、その列車の運転手:
内運同格というのを持っています。一生に一度、大きな災害に遭うという相です。この内運同格は3と9で形成されていました。3は今年暗剣殺。9は定位対冲で、この同格は今年発動しやすくなっています。
また、人格は18(9)、総格は39(3)で、前述に重なります。
今日は総格3は破にあたり、人格の9は五黄殺同会です。仕事運をあらわす外格は21画(3)で、これも、本日は破にあたり、仕事上でトラブルが発生しやすいことを暗示しています。五黄殺は自ら災厄を招くという意味があります。
ちなみに、事故の起こった塚口周辺のJR福知山線は南北に走っており、本日は六白暗剣殺方向に向かって進んでいたことになります。事故が起こった時間帯も戦格という方位で大凶方位に向かって進行しています。
占いはうまく使えば転ばぬ先の杖になり得ますから、興味のある方はうまく使って、大難は中難、中難は小難、小難は無難へと変えていって欲しいなといつも思うんですけどね。。。無難になると、日々が面白くないと文句を言う人も多いですからね。。。一番ありがたいことだと思うんですが。。。
ところで夢は完璧なストーリーを持っていますよ。ストーリー性が無いように思われるのは、断片的にしか覚えていない人が多いからです。でも、夢を思い出すためには、出てきたものや人に注目した方が楽チンなんですよ。
花見写真会はぜひ企画しませんか?もしYahooのIDをお持ちなら、私のYahooカレンダーで東北六県の桜や菜の花などのイベントが確認できます。メールで教えてもらえれば、Dさんも閲覧できるように設定しておきますよ。
それでは、また、後ほど。
●記録者
くも
●記録日
2005/4/25(月) 23:00
1116 花見写真会
占いというものは、根底にいわゆる運命論というのがあるのだと思います。ここで繰り返し話題になってきた人間原理的宇宙観というのがあって、それによれば我々の存在は必然であって、我々の行動は全て宇宙意志の決定に基づいているということです。つまり未来は決まっているのですが、そこには、これも宇宙意志によるかなりの選択の余地が残されているわけです。
我々は広大な宇宙というレコードの溝をトレースしているに過ぎません。ただ我々にはそれが方向の決められた溝だと感知出来ないだけです。過去と未来は私達がその一方向にしか進めないということで決まり、また、普通のレコードと違って分岐することも可能です。そうやって、様々な人々がそれぞれのストーリーを選択しながら歴史を繰り返すうちに、霊感を持った人々の中には、我々の世界がある曲率を持った溝をなぞっているに過ぎないということに気が付くのです。
それに気が付いた人々は、過去と思われる方向の膨大なデータからあらゆる方法でその曲率を予測し、自分たちの行く末を知ろうとする、これが占いに他ならないだろうと思っています。あとはその方法論になるわけですが…
まぁぶっちゃけて言えば、私の場合はその各論について考察しようとは思っていないのです。話しを聞けばある程度納得はしますが、その詳細よりも、私はそれらの各種の理論が指し示す方向が、ある一点で交わるのではないかと期待しています。つまり、レコードであればその中心点を、どの理論においても指しているとなれば、それこそが真理の正体であろうと思われるからです。
姓名判断で言えば、我々が「個」だと思っている存在、つまりは我々自身が、その「個」としての肉体を与えられた時刻(レコード上の位置)と「個」を識別するために与えられた名称が、その個々の運命を左右するということで、これは明らかにそうだろうと思われます。そして次に、全く別のファクターで我々の運命を左右する事象を考えます。血筋であったり夢判断であったり、手相・人相、なんでもいいと思います。多い方がいいと思います。
そうしていろいろやっているうちに、何となく真実の方向がわかってくるのではないか、と想像しているわけです。いつも書いているように、私には霊感山勘第六感など全くなく、これらは全て左脳的な理屈だけで考えた結果です。だからこそ、右脳的な人の意見が重要な参考資料になるんですけれどね。
それはさておき、急に暖かくなって桜がどんどん開いていくようです。早急に予定を立てねばならないようですので、簡易掲示板などを利用しましょう。大将のとこのアウトドア掲示板でもいいです。yahooカレンダーは、どうも使い勝手がイマイチなので(メッセンジャーに表示されない)、別の機会に使用を考えてみます。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/26(火) 21:59
1117 re(1):花見写真会
今日一日でだいぶ桜も開き始めました。軽米のフォレストパークも今週金曜日からイベントに入ります。チューリップの咲き具合はどうなんでしょうね。マクロ撮影なんか面白そうです。
北上の桜も東北三大名桜に入っているらしいので、私的には食指が動きます。桜、山桜、つばきと、、、これからはシーズンですからね。楽しみです。
運命を考えると決定論と自由意志の問題にぶつかります。難しい問題ですよね。因果律で考えれば第一原因が発生した時点で全ては決まっているとも言える。
でも、それでは、おれたちゃ何なんだ!ってなことになる。全てが決定しているなら、どんな悪事も肯定されてしまじゃないか。だって、自己責任なんて無いんだから。。。と。。。
選択の余地を認めると、運命は決まっていないということになる。決まっているなら余地なんてあろうはずが無いですから。。。
運命が決まっていないのなら、神(宇宙意思)はなんて無能なんだ!となるわけです。そんなことも左右する力が無いのか〜って。
占術でも、はたまたかのキリスト教なんかでも何千年にも渡って議論されてきたテーマなんですよね。
で、中間をとって、素粒子論的な運命論が最近議論されています。未来は確率的に決まっていると。。。確かに一番近い見解かもしれませんが、どうもすっきりしないんですよね。ある意味、ごまかしにも聞こえるし。。。
ところで、占いは多分に左脳的な作業だと私は思っているんですよ。何故かというと占いは比較分類だからです。水晶占いとかの霊感占いと呼ばれるものを除いてはですが。
誕生日とか、形(人相、墓相、名相等々)による分類が基本的な作業ですからね。夢判断もそうです。
左脳は比較する対象がなければ、何も認識できませんよね。つまり何らかの基準を仮定しなければならない。現代の一般的な基準は科学ということになるでしょう。
また、中心を探すにも測地点が決まっていなければいけない。しかも最低二つは必要でしょう。となれば、科学という基準以外の測地点が必要ということになる。それも、科学から離れているほど都合が良い。
もう一方の測地点を私は精神であったり、宗教や霊的な世界観がいいかな〜と思っているわけです。もちろん、つまらない思い込みや、迷信は排除です(占いは迷信じゃないのかいと聞こえてきそうですが)。といっても、排除するにも相応の時間がかかりますけどね。頭から否定するのはそれこそ非科学的だと思いますし。。。
ところが、この手法がいわゆる科学的な手法なんですよね。。。仮説・・・理論・・・検証。。。頭が混乱してきたので、この辺は独り言です。(; ̄- ̄;)
科学的じゃない手法ってあるんでしょうか?
●記録者
くも
●記録日
2005/4/27(水) 20:06
1118 re(2):花見写真会(追記)
会社は29日から5日まで休みのようです。1日と、5日は所用が有り時間が取れませんので、よろしくお願いします。
詳しいことは、別掲示板に書きますね。
●記録者
くも
●記録日
2005/4/27(水) 20:12
1119 re(2):花見写真会
いきなり開き始めましたね。早い遅いはあるようですが、例年とは違い一斉に咲き出した感じがします。うかうかしていると葉桜になりそうですが、少し気温が下がるのを期待しましょうか。当方も29日からは空いております。桜に限らず、いろいろ狙ってみた方がいいでしょうか。本日、階上岳の方を調査してきたところ、カタクリやフクジュソウその他、まだ早春の花が咲いておりました。日時を決めてから場所を選択すれば、被写体には事欠かないと思われます。チューリップは、我が家の庭のやつはまだもう少しです。
宇宙意志の目的はと言えば、まず宇宙自身を客観的に観察出来る存在を造ること、そして「個」の意識を持った生物の集団がどんな社会を営むのかを観察することだと思うのです。これは今の時点の私がそう思うのであって、実際のところどんなものなのかはわかりませんが。
とにかくそんな仮定に基づいて考えてみるならば、運命には様々な選択肢が用意されていなければいけません。自分で結果を決めたシミュレーションをやってみるほど、神はバカではありませんから。神は、ある適度な条件を持つ惑星を用意し、そこに宇宙から切り離された「個」の意識を持つ生物を造り、進化の種を植え付け、あとは腰を据えて見守っているというわけです。結構面白そうじゃありませんか。
演じる「個」の方はいい面の皮ですが、まぁとにかく必死に生きていき、いろいろなものを生み出します。善悪なんてものも考え出します。神は、「ほほう、明暗とか男女は造ったが、善悪とはこりゃ面白い、片腹痛いわい」と言って笑って見ているわけです。「なるほど『個』というのはバカなものだが、なかなか良いものを見せてくれるワイ。」というわけで、人類が繁栄しようが滅びようが知ったことではなく、あちこちの銀河に様々な惑星を造り、進化の過程を楽しむという贅沢三昧をしているのです。
占いも、文明有るところ必ず発生します。神曰く、「もちろんそのタネは植え付けてある。右脳的なヤツにはある程度宇宙のカラクリが見えるようにしてある。しかし、それを体系化出来るのは左脳的なヤツだから、まぁいかに協力し合えるかが問題だな。それに、宗教だの科学だのと、別々なもんだと考えているようじゃ、まだまだ宇宙の中では初歩生物だね。星の資源を使い果たす前にそこに気が付くかどうかが、生き延びるか滅びるかの分かれ道だが、この『地球』の生き物はどうなるかねぇぇ、ヒッヒッヒ…」
科学というものは、ニュートン以来手法そのものが変わっています。科学にも流行り廃りがあるようで、それまでは「なぜにこうなるか」ということが考察されていたのに、ニュートンはそれを止めてしまって「なるものはなる」と伊藤家のお父さんみたいなことを言って、起こる事象を解析することだけに務めるようになったわけです。お陰様で、なぜ万有引力が起こるのかは未だに分かりませんが、その引力が距離の二乗に反比例する力であるという現実から、宇宙の解析が格段に進み、現代科学の発展へつながることになったのです。
だから問題は「科学的」というのが、かなり偏った方法論であるということなのです。客観的に証明できないものは科学的でないからダメなどという、おごり高ぶっているんだかただのバカなのか、そんな理屈がまかり通っているわけですが、まぁ地球の人類もだんだんにそのあたりに気が付いて、人類を滅びさせない選択肢の方を選んで欲しいものだと思うのであります。どうでもいいですが。
ちなみに、自分が大きなレコードの溝の中にいた場合、その溝は細かい波が刻まれていてはっきりした形はわかりません。しかし、その溝を長期に渡って観察していくと、ある標準的な線が導き出され、それが大きな弧を描いているということが分かってきます。そうなると、その弧の中心点も予測されるわけですが、その弧を知るための方法論がいろいろあるだろうし、それは右脳的なものと思われます。しかし、それを体系化して中心点を導き出すという作業は、逆に左脳的なものであって、この双方がうまく協力しないと占いというものは成立しないのだろうと考えています。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/28(木) 00:27
1120 たこわさび
個人的な質問で、ここで書くのが妥当か疑問ですが、大樹さんのメールアドレスがわからないので・・。
先日呑んだ際に持ってきてもらった、たこわさびは何処で手に入るのでしょうか?
うまいな〜と思っていたんですが、ある飲み屋に行ったら、なんと同じものが出ました。
カウンターに座っていたので、すっかり同じ瓶からとりだしているのが、確認出来ました。
たこわさび・・・いいですよね。
●記録者
呑々
●記録日
2005/4/28(木) 18:36
1121 re(1):たこわさび
結論から先に書きましょう。先日のはヨコマチでした。その前のはユニバースと記憶しております。おそらくどちらも同じ物ではないかと思います。
おいしい日本酒の邪魔をしない肴を、ということで淡泊な白身魚の刺身の他、板わさ鳥わさなんて考えていたところに、たこわさを見かけたので買ってみたものです。きりこみなんかもいいですが、淡麗な酒の場合はたこわさの方が合うかもしれません。とにかく辛みの場合、日本酒に合わせるのなら唐辛子系よりも山葵系がいいように思います。
●記録者
上野大樹
●記録日
2005/4/29(金) 20:29
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