古典医書の現代語訳

●古典医書の現代語訳はちゃんとした本がありますが、漢和辞典 を使って意味を想像しながら原文を読むのも面白いので、少しずつここに 乗せていこうと思ってます。もちろん訳は間違いも多いでしょうが、いわんと していることを私なりにわかりやすく書いていきたいと思ってます。

●漢文は句読点がないと私には読みにくいし、句読点の位置で 意味も変わってくるわけですが、台湾の『黄帝内経章句索引』と言う本を 主に見ています。

元々の漢字の数は、意外と少なく、テキストは本以外でWWWサイト上でも見かけますので 一度ご覧になると面白いかも知れません。以下のサイトなどが参考になります。 ほかにもあると思います。
http://www.hum.ibaraki.ac.jp/hum/chubun/mayanagi/paper01/electronictext.html

http://www.dokidoki.ne.jp/home2/chinic/therapy/leisu.pdf

●古典医書の現代語訳にご興味ある方、本ページに関してご意見等お持ちの方、 どのような内容でも、是非、メールください。

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*霊枢・九鍼十二原第一  *霊枢・本輸第二  *霊枢・本神第八 

●黄帝内経霊枢とは。(2000/09/18)
黄帝内経は中国最古の医書で、戦国時代から漢の時代にかけて成立したと 言われています。(BC数百年〜AD数十年頃?)その黄帝内経は『素問』 『霊枢』に分けられていて、『素問』が自然哲学に根ざした病理学的な内容が 多いのに対して、『霊枢』は鍼灸の記述が多いです。

●『霊枢』九鍼十二原篇より。(2000/09/20〜2000/11/29)
九鍼十二原 第一 法天

第一章

黄帝が岐伯に質問するには、「私の子である万民、その数多くの姓を持つ民を 養い、そして租税をあつめている。私はその中で、自給できずにいたり、病気 をしているものが、かわいそうだ。

私は、作用の強い薬や、石でできたはりを使わないで、細い鍼を使って、その 経脈の通りをよくし、気血をととのえ、その流れの方向や出入りの要所をうま く営ませたい。そのきまりを明らかにして、後世に伝えることができるように する。

不滅で、絶えることなく、使いやすく、忘れにくい、綱紀とする。初めから終 わりまで、章を分け、表と裏を別にする。形をもたせ、まずは鍼経として定め る。ありのままを聞かせてくれ。」

(九鍼十二原 第一章おわり)

九鍼十二原篇 第二章

岐伯が答えて、「臣下の私、ねがわくは、手伝わせて下さい。ご命令のことが らについては、筋道があり、一から始まり九で終わります。その道を言わせて 下さい。

小さい鍼についての重要なことは、述べるのは容易ですが、入るのはむずかし くて、未熟ものは形を大切にし、すぐれているものは、神を重要視しますし、 神です、神、訪問者が門にいて、その病気をよくみることなしに、どうしてそ の病気の原因を知ることができるでしょう。

刺鍼の微妙なところはその速い遅いにあり、未熟ものは、しかけにこだわり、 すぐれているものはしかけの作用、変化(きざし)といった物を重視し、その きざしの動きは、ほとんどあるかないかで、そのあるかないかの中での動静は 静かで、微妙で、それが来たときに出会うことはできず、それが去るときも追 いかけることはできないのです。

きざしのすじみちを知るものは、髪の毛ほどもさしさわりなく、きざしのすじ みちを知らないものは、明らかでないものをたたきだすが、その往来と重要な 時期を知り、未熟者にとってはわからないが、なんと精妙なことか、たくみな 人だけこれを有するのです。

気が出ていってしまうのは逆であり、来るのは順で、明らかにこの逆順を知っ て、正しいなら問題無いです。

逆の治療をして奪い取ってしまったら、どうして正しい気が十分にある状態に なるでしょう、邪に近づきこれを助けてしまったら、どうして邪気で実してし まった状態から脱却できるでしょう、迎えうったり、従ったり、なごませたり、 細い鍼による治療の道は、ことごとく、これにつきるのであります。

(九鍼十二原 第二章おわり。)

九鍼十二原篇 第三章

およそ鍼を用いる者は、あるべき物が不足しているときは充実させ、充満して しまっているときは出させ、滞っているものはこれを取り除き、邪がまさって いるならこれをなくします。『大要』に書いてあるように、ゆっくりして速く すると実し、速くしてからゆっくりすると虚します。

実および虚とは有る無しのようなことで、後と前でよく見ると存在したりしな かったりし、虚および実を行なうとは得たり失ったりすることです。

虚実の要点に対しては、九種類の鍼が最も精妙に対応でき、補瀉の時は鍼でこ れを行なうのです。

瀉を行なうには、鍼を入れるときは必ずこれをたもって、放散させてから鍼を 抜きますが、鍼を抜くとき陽気に押し出され邪気も排泄できます。

手で押さえて鍼を引き抜きますが、これを内温といい、血や気を外に出すこと もありません。

補を行なうには、したがいます(随)。随の意味は、かすかな、行くような撫 でさするような、蚊や虻が止まったような、留まるような、戻るようなで、楽 器の弦が切れるように去ります。右に属するものを左にして、気を故意に止め て、外門はもはや閉じて、中の気を充実させ、決して血が留まることが無いよ うに、急いで取って、そうならないようにします。

鍼を持つ方法は、しっかり持つというのが、まず尊重されるべきことで、正し い方向にまっすぐに刺し、鍼が左右に動かないよう、神は微細なところにおき、 意識は患者にむけ、血脈を詳しく観察して刺せば、あやういことは無いです。

まさに鍼を刺すときは、必ず太陽が高いときに、両衛ともにゆきわたらせ、神 をあつめて去らないようにし、病が在るか亡いかを知ります。

血脈はつぼの横にあり、はっきりわかるまで視て、しっかりと触診します。

(九鍼十二原 第三章おわり)

九鍼十二原篇 第四章

九鍼は、おのおの形が違います。 一つめは、ザン鍼で、長さ1寸6分です。 (ザン=金へんに、讒のつくり)
二つめは、員鍼で、長さ1寸6分です。
三つめは、テイ鍼で、長さ3寸半です。 (テイ=金へんに、提のつくり)
四つめは、鋒鍼で、長さ1寸6分です。
五つめは、ヒ鍼で、長さ4寸で幅2分半です。(ヒ=金へんに、皮)
六つめは、員利鍼で、長さ1寸6分です。
七つめは、亳鍼で、長さ3寸6分です。
八つめは、長鍼で、長さ7寸です。
九つめは、大鍼で、長さ4寸です。

ザン鍼は先端は大きくて鋭く、よけいな陽気を瀉して取り除くのに使います。

員鍼は卵形の鍼で、肉のすき間をこすり、肌や肉を傷つけることなく、気を分 散させ瀉します。

テイ鍼は先端は黍や粟の粒のようで、おもに脈を押さえて、深くさすことはな く、気をいきわたらせるのに使います。

鋒鍼は角が3つある刃物で、長いあいだなおらない病気を外に出すのに使いま す。

ヒ鍼は先端が剣の先端のようで、大量の膿を取るのに使います。

員利鍼は、先はからうしの尾のようで、丸いところと鋭いところがあり、中ほ どは、わずかに大きく、横暴な気を取り除くのに使います。

亳鍼は、先端が蚊やあぶのくちばしのようで、ゆっくり行って静止させ、長時 間とどめて様子をうかがい、面倒をみて、痛みやしびれを取ります。

長鍼は、先端は鋭く、身は薄く、遠方のしびれを取るのに良いです。

大鍼は、先端は棒のようで、わずかに丸く、関節などの水を排泄するのに使い ます。

九鍼は、こういった物です。

(九鍼十二原 第四章おわり)

九鍼十二原篇 第五章

気は脈にあります。邪気は上方に、濁気は中間に、清気は下方にあります。し たがって鍼が脈にまで達すれば邪気は出て、鍼が脈の中にまで至れば濁気が出 ますが、鍼が太く、深すぎたりすれば、邪気はかえって沈み込み、病気を助長 することになってしまいます。

故にいわゆる、皮、肉、筋、脈、おのおのの場所があり、病気にもその種類に よって好む場所があり、形もちがうので、適材適所で対応せねばなりませんが、 虚実を無視して、不足しているところから取ってしまったり、有り余っている ところに加えてしまうと、これを甚病といいますが、病を助長し五脈から取り 去ってしまうと、死んでしまいますし、三脈から取り去るとおびえる状態にな り、陰を奪い取ってしまえば死に、陽を奪い取ってしまえば狂ってしまいます。 鍼の害とはこういったものです。

鍼を刺して気が至らないときは、その数を問いません。鍼を刺して気が至れば、 そこで鍼を抜き、再度刺してはいけません。鍼にはおのおの正しい方法があり、 形は同じでなく、適した場所もあるしで、鍼を刺す上で、重要なことです。

気が至れば効果があり、効果のおとづれは、風が雲をふきとばして青空が見え 明るくなるようで、刺鍼の道はこういったものです。

(九鍼十二原 第五章おわり)

九鍼十二原第一 第六章

黄帝いわく、五臓六腑の気の様子が現われる場所を教えてくれ。

岐伯いわく、 五臓におのおの五つの重要なつぼが五五、二十五ヶ所、 六腑には六六、三十六ヶ所、 経脈が十二、絡脈が十五であわせて二十七の気をうかがう場所があります。

上下にならんでいて、
出るところが井で、
したたるところがケイで、         (ケイ=榮の木のかわりに水)
そそぐところがユで、          (ユ=諭の言のかわりに月)
流れるところが経で、
入るところが合で、
二十七の気が行くところは皆、これら五種のつぼがあります。

関節の部分や、三百六十五の集まる場所、それら重要な部位を知っていれば一 言で済むのですが、知らなければ、流れて散らばってきりがないです、関節の 部分は神気が自由に出入りするところで、皮や肉や筋や骨とは違います。

色を見分けて、要所を観察し、散ってしまったか、戻ってきたかを知ります。 形を均一にして、動静をうかがって、その邪正を知ります。右はこれを押し、 左は持ってこれを制御し、気が至ってからこれを除去します。

およそ鍼を用いるときは、必ず先に脈を診て、気がきびしい状況にあるか易し い状況にあるかを視て、そこで初めて治療します。

五臓の気が、すでに内側に於て絶えている時に、鍼を用いる場合は、かえって 外側は実していて、これを重竭といいますが、重竭になると必ず死に、その死 は静かで、これを治すには、すぐにその気をもどし、わきの下と胸に取穴しま す。

次に、五臓の気が、すでに外側に於て絶えている時、鍼を用いる場合は、かえ って内側は実していて、これを逆厥といいますが、逆厥になると必ず死に、そ の死は騒々しく、これを治すには、四肢に取穴して鍼を刺し、害が中にあり、 去って行かないときは精気が排出されてしまい、害が中にあったのが去って行 けば気が回復します、精気が排出されるということは病気にとって非常に有利 になってしまい憂慮されますし、気が回復すれば命はとりとめ、腫れ物ができ ます。

(九鍼十二原 第六章おわり)

九鍼十二原第一 第七章

五臓に対応して六腑があり、六(腑)に対して十二原があり、十二原は四肢の 関節に現れ、四肢の関節は五臓を治す事をつかさどりますので、五臓に病気が ある時は、十二原につぼを取ります。

十二原は、五臓のいわゆる三百六十五節のこめぐらみたいなものです。

五臓に病気がある時は、十二原に反応が出ますが、十二原それぞれに、出る状況があり、 どの原か明らかにして、その反応を見分けて、五臓の受けている障害を知るの です。

陽の中の少陰は肺で、その原は太淵に出て、太淵は二つあります。
陽の中の太陽は心で、その原は大陵に出て、大陵は二つあります。
陰の中の少陽は肝で、その原は太衝に出て、太衝は二つあります。
陰の中の至陰は脾で、その原は太白に出て、太白は二つあります。
陰の中の太陰は腎で、その原は太谿に出て、太谿は二つあります。

膏の原は鳩尾に出て、鳩尾は一つです。
肓の原はボツオウに出て、ボツオウは一つです。
   (ボツ=にくづきに勃のへん。オウ=にくづきに央)

およそこれらの十二原は、五臓六腑に病気があるのを治すのをつかさどり、腹 が張ってふくれるときは三陽を取り、食べ物を下したりするときは三陰を取り ます。

(九鍼十二原 第七章おわり)

九鍼十二原第一 第八章

今、ぜんたい、五臓に病気があるとして、たとえて言えば、刺さっていたり、 汚くなっていたり、絡まっていたり、閉塞していたりするわけです。

長いこと刺さっていても、抜くことは可能で、長いこと汚くても、きれいにす る事は可能で、長いこと絡まっていても、ほどくことは可能で、長いこと閉塞 していても、切り開いて流れを導くことは可能であり、

よく久しい病気は取り去ることができないというのは、違っています、鍼を上 手に用いればその病気も取り去ることができ、刺さったものを抜き、汚いのを きれいにし、絡まったものをほどき、閉塞を切り開くことができ、久しい病気 といえども終わらせることが出来るのであります。

治せないと言う者は、まだ術を習得していないのであります。

いろいろな熱を持った状態を刺すときは、指先で湯の熱さを探るごとくします。

寒清の状態を刺すときは、人が立ち去りたくないがごとくします。

陰は保たれているが、陽に病気がある場合は、足三里を取穴し、まさに、ほと んど下のほうに気がなくなっているのを、すなわち、気を下の方にも巡らし始めるのです。

病気が、高く内側に位置するときは、陰陵泉を取穴します。
病気が、高く外側に位置するときは、陽陵泉を取穴します。

 (第八章おわり 九鍼十二原第一おわり) 

●『霊枢』本輸篇より。(2001/01/24〜)
本輸 第二 法地

第一章

黄帝が岐伯に質問するには、

およそ刺鍼の道は、かならず、 十二経絡の始まりと終わり、 絡脈の場所、 五輸の留まる所、 六腑の関与する所、 四季に合わせて出入りする所、 五臓の気が流れている所、 ひろく回数について、 浅深の状況、 高低のきわみ、 に、通じていないといけないが、その答えを教えてくれ。

岐伯いわく、順番に説明させてください。

(第一章おわり)

本輸第二 第二章

第一節

肺は
少商に出て、少商は手の親指の内側で、属性は井木であります。

魚際にしたたり落ち、魚際は手魚で、属性はケイ(螢のかんむりに水)です。

太淵にそそいで、太淵は魚際の後ろ一寸の陥凹の中で、属性はユ(諭の言のか わりに月)です。

経渠を流れていき、経渠は手首にあり、動いてとどまらず、属性は経です。

尺沢から入りますが、尺沢は肘の中の動脈で、属性は合です。

これらは手の太陰経です。

心は
中衝に出て、中衝は手の中指の端で、属性は井木であります。

労宮にしたたり落ち、労宮はてのひらの中指の関節の内側で、属性はケイ(螢 の虫のかわりに水)です。

大陵にそそいで、大陵はてのひらの後ろの二つの骨の間の下で、属性はユ(諭 の言のかわりに月)です。

間使を流れていき、間使のあるところは二つの筋の間の三寸の中で、過ぎれば、 至り、過ぎなければ止み、属性は経です。

曲沢から入りますが、曲沢は肘の内側のすみの陥凹の下の中で、屈曲すると取 穴することができ、属性は合です。

これらは手の少陰経です。

第二節

肝は
大敦に出て、大敦は足の親指の端で毛の中で、属性は井木であります。

行間にしたたり落ち、行間はの足の親指の股で、属性はケイ(螢の虫のかわり に水)です。

太衝にそそいで、太衝は行間の上二寸のくぼみの中で、属性はユ(諭の言のか わりに月)です。

中封を流れていき、中封のあるところは内くるぶしの前1寸半のくぼみの中で、 間違って用いれば滞り、上手に使えば通じ、足を動かして取穴しまして、属性 は経です。

曲泉から入りますが、曲泉は膝関節の脛骨の下で大きな筋の上です。膝を屈曲 すると取穴することができ、属性は合です。

これらは足の厥陰経です。

脾は
隠白に出て、隠白は足の親指の端の内側で、属性は井木であります。

大都にしたたり落ち、大都は根元の関節のうしろの、くぼみの中で、属性はケ イ(螢の虫のかわりに水)です。

太白にそそいで、太白は骨の下で、属性はユ(諭の言のかわりに月)です。

商丘を流れていき、商丘のあるところは内くるぶしの下のくぼみの中で、属性 は経です。

陰陵泉から入りますが、陰陵泉は膝関節の脛骨の下の、くぼみの中で、膝を伸 ばすと取穴することができ、属性は合です。

これらは足の太陰経です。

腎は
湧泉に出て、湧泉は足心で、属性は井木であります。

然谷にしたたり落ち、然谷は然骨の下で、属性はケイ(螢の虫のかわりに水) です。

太谿にそそいで、太谿は内くるぶしの後ろの、かかとの骨の上のくぼみの中で、 属性はユ(諭の言のかわりに月)です。

復留を流れていき、復留のあるところは内くるぶしの上二寸で、動いて休まな い場所で、属性は経です。

陰谷から入りますが、陰谷は膝関節の脛骨の後ろの、大きい筋の下で、小さい 筋の上で、押さえると手に感じ、膝を曲げて取穴することができ、属性は合で す。

これらは足の少陰経です。

第三節

膀胱は
至陰に出て、至陰は足の小指の先で、属性は井金であります。

通谷にしたたり落ち、通谷は小指の根元の関節の前の外側で、属性はケイ(螢 の虫のかわりに水)です。

束骨にそそいで、束骨は根元の関節の後ろのくぼみの中で、属性はユ(諭の言 のかわりに月)です。

京骨を過ぎて、京骨は足の外側の骨の下で、属性は原です。

崑崙を流れていき、崑崙のあるところは外くるぶしの後ろ、かかとの骨の上で、 属性は経です。

委中から入りますが、委中は膝窩の中央で、属性は合で、曲げて取穴します。

これらは足の太陽経です。

胆は
竅陰に出て、竅陰は足の小指の先、薬指がわで、属性は井金であります。

侠谿にしたたり落ち、侠谿は足の小指と薬指の間で、属性はケイ(螢の虫のか わりに水)です。

臨泣にそそいで、臨泣は上がること一寸半のくぼみの中で、属性はユ(諭の言 のかわりに月)です。

丘墟を過ぎて、丘墟は外くるぶしの前下方のくぼみの中で、属性は原です。

陽輔を流れていき、陽輔は外くるぶしの上方、脛骨の前方でかつ、腓骨の端で、 属性は経です。

陽陵泉から入りますが、陽陵泉は膝の外側のくぼみの中で、属性は合で、伸ば して取穴します。

これらは足の少陽経です。

胃は
レイ(厂に萬)兌に出て、レイ兌は足の人差指の先で、属性は井金 であります。

内庭にしたたり落ち、内庭は足の人差指の外側の間で、属性はケイ(螢の虫の かわりに水)です。

陷谷にそそいで、陷谷は足の中指との間で、上方二寸のくぼみの中で、属性は ユ(諭の言のかわりに月)です。

衝陽を過ぎて、衝陽は足の甲の上方五寸のくぼみの中で、属性は原で、足を動 かすと取穴できます。

解谿を流れていき、解谿は衝陽の上一寸半のくぼみの中で、属性は経です。

下陵から入りますが、下陵は膝下三寸で、骨の外側の三里で、属性は合です。

三里から下に三寸戻った所は巨虚上廉で、巨虚上廉から下に三寸戻った所は巨 虚下廉で、大腸は上に属し、小腸は下に属し、足の陽明は胃脈で、大腸小腸は みな胃に属します。

これらは足の陽明経です。

本輸篇の第二章第三節終わり。

第四節

三焦は
手の少陽経に上方で合わさり、関衝より出て、関衝は手の薬指の端の小指側で、 属性は井金で、

液門にしたたり落ち、液門は小指と薬指の間で、属性はケイ(螢の虫のかわり に水)で、

中渚にそそいで、中渚は根元の関節の後ろのくぼみの中で、属性はユ(諭の言 のかわりに月)です。

陽池を過ぎて、陽池は手首の上のくぼみの中で、属性は原です。

支溝を流れていき、支溝は手首の関節の上方三寸の、二本の骨の間のくぼみの 中にあり、属性は経です。

天井から入りますが、天井は肘の外側の大きな骨の上のくぼみの中で、属性は 合で、肘を屈曲させてこれを得ます。

三焦に関係する下のほうにある経穴は、足の大指の前、少陽の後ろ、膝窩の外 側から出て、名前は委陽ですが、太陽経につながってます。

手の少陽経たる三焦は、足の少陽経と太陰経を統率して、足の太陽経に、別に つながり、くるぶしの上5寸で、別れて承筋を貫いて入り、委陽から出て、太 陽経の正経にならんで、膀胱につながり、へそから下をたばね、実すると小便 が出なくなり、虚すると尿失禁しますので、失禁したら補い、出なくなったら 瀉します。

小腸は
手の太陽経に上方で合わさり、少澤より出て、少澤は小指の端で、属性は井金 で、

前谷にしたたり落ち、前谷は手の外側の根元の関節の前のくぼみの中で、属性 はケイ(螢の虫のかわりに水)で、

後谿にそそいで、後谿は手の外側の根元の関節の後ろで、属性はユ(諭の言の かわりに月)です。

腕骨を過ぎていきますが、腕骨は手の外側の腕骨の前で、属性は原です。

陽谷を流れていき、陽谷は鋭骨の下のくぼみの中で、属性は経です。

小海から入りますが、小海は肘の内側の大きな骨の外で、はしから半寸のくぼ みの中で、肘を伸ばしてこれを得ますが、属性は合です。

これらは手の太陽経であります。

(大腸)
手の太陽経と、手の陽明経は上方で合しますが、商陽より出て、商陽は人差指 の端、親指側で、属性は井金です。

根元の関節の前の二間にしたたり落ち、属性はケイ(螢の虫のかわりに水)で、

根元の関節の後ろの三間にそそいで、属性はユ(諭の言のかわりに月)です。

合谷を過ぎていきますが、合谷は親指の骨との間にあり、属性は原です。

陽谿を流れていき、陽谿は二本のすじの間のくぼみの中で、属性は経です。

曲池から入りますが、曲池は肘の外側の輔骨のくぼみの中で、肘を曲げてこれ を得ますが、属性は合です。

これらは手の陽明経であります。

本輸篇の第二章第四節終わり。

本輸第二 第二章第五節

これらを五臓六腑のユ(諭の言のかわりに月)と言い、五五:二十五ユ、六六:三十六ユあります。

六腑は、足の三陽から出るか、手の三陽に上で合わさっております。

本輸 第二章第五節おわり。第二章おわり。

−−−−−−第二章で出た経穴のまとめ−−−−−−−−−−−−−

                  井   ケイ  ユ   経   合

肺        少商  魚際  太淵  経渠  尺沢

心        中衝  労宮  大陵  間使  曲沢

肝        大敦  行間  太衝  中封  曲泉

脾        隠白  大都  太白  商丘  陰陵泉

腎        湧泉  然谷  太谿  復留  陰谷

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

                  井   ケイ  ユ   原   経   合

膀胱       至陰  通谷  束骨  京骨  崑崙  委中

胆        竅陰  侠谿  臨泣  丘墟  陽輔  陽陵泉

胃        レイ兌 内庭  陷谷  衝陽  解谿  下陵(足三里)

三焦       関衝  液門  中渚  陽池  支溝  天井

小腸       少澤  前谷  後谿  腕骨  陽谷  小海

手の陽明(大腸) 商陽  二間  三間  合谷  陽谿  曲池

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第三章

鎖骨上部(頚のまわり)で、任脈に属する経穴は、天突があります。 任脈の一つ横の動脈は足の陽明経であり、(経穴の)名称は、人迎です。 2番目の経脈は手の陽明経で、名称は扶突です。 3番目の経脈は手の太陽経で、名称は天窓です。 4番目の経脈は足の少陽経で、名称は天容です。 5番目の経脈は手の少陽経で、名称は天ユウ(片へんに戸の中に甫)です。 6番目の経脈は足の太陽経で、名称は天柱です。 7番目の経脈は頚の中央の経脈で督脈ですが、名称は風府です。

腋の動脈部は、手の太陰経で、名称は天府です。 腋の下方3寸、手の心主で、名称は天池です。

上関を刺すのは、口が開いて閉じないときで、下関を刺すのは、口が閉じて開 かないときで、

犢鼻を刺すのは、(膝が)屈曲して伸びないときで、両関を刺すのは、伸びた まま屈曲できないときです。

本輸 第三章おわり。

第四章

足の陽明経はのどの動脈をはさんでおります。そのユは胸郭にあります。 手の陽明経は次にそのユは外側にあり、頬骨の手前1寸です。 手の太陽経は頬骨にあたります。 足の少陽経は耳の下、頬骨の後ろです。 手の少陽経は耳の後ろに出ていて、上がって乳様突起の上に加わります。 足の太陽経はうなじの髪際の大きな筋肉をはさんでいます。

陰尺の動脈は五里にあり、五ユの決まりごとであります。

本輸 第四章おわり。

第五章

肺は大腸と合わさっていて、大腸は伝え、誘導する腑です。
心は小腸と合わさっていて、小腸は盛られたものを受け入れる腑です。
肝は胆と合わさっていて、胆は中に精をもった腑です。
脾は胃と合わさっていて、胃は五穀の腑です。
腎は膀胱と合わさっていて、膀胱は津液の腑です。

少陽は腎に属し、腎は上で肺に連なっているのでふたつあります。

三焦は、耕地に用水を通すみぞのような腑で、 水の通り道はここに出て、膀胱に属し、膀胱は孤立している腑です。

これらが六腑の立場と合わさりかたです。

本輸 第五章おわり。

第六章

春は絡脈、ケイ(螢の虫のかわりに水)の経穴、大きな経脈、肉を分けるすき 間を取穴し、甚だしい時は深く、ゆるやかなときは浅く取ります。

夏はユ(諭の言のかわりに月)の経穴、孫絡、肌の肉、皮膚の上を取穴します。

秋は合の経穴を取穴して、あとは春の方法のごとくします。

冬は井の経穴、ユの経穴の間を取穴し、深くかつとどめるようにするのが望ま しいです。

これらは四季の順序、気のとどまっている場所、病気のやどっている場所、臓 によろしいところであります。

手足の筋肉がひきつる者は、真っ直ぐの状態で取穴すれば、ついには止めるこ とができ、手足の力がなく足が冷えるようなら、張って刺鍼すれば、素早く立 ち上がらせる事ができます。

第六章おわり、本輸第二おわり。

●『霊枢』本神篇より。(2000/09/12〜2000/09/19)
本神 第八 法風

第一章

第一節

黄帝が岐伯に質問するには、「およそ鍼治療の際は、まず神(しん)の状態を しっかり把握することが大事であるというが、血脈営気精神は五臓が内側に保 っているものが、それらが乱れて、臓からはなれ、精は失われ、魂魄は飛んで いき、茫然自失となり、智慮が身体から去ってしまった者はなぜそうなったの か。自然のわざわいなのか、それとも人の過ちなのか。

徳気が精神魂魄心意志智慮を生ずるというのはどういうことを言っているのか。 この理由を教えてくれ。」

第二節

岐伯が答えていうには、「自身の中の天は、徳(万物を成長させる自然の力) です。地は気です。徳がいきわたり、気が集まって生きています。生をもたら すものが精です。二つの精妙なものが組合わさって神となります。

神にしたがって往来するのが魂で、精とならんで出入りするのが魄です。

物事を、になっているものが心です。心には、憶えていることがあり、これを 意といいます。意のある所は志です。志によって変化があるのは、思といいま す。思によって遠くにおもいをよせることを、慮といいます。慮によって物を 処することを、智といいます。

第三節

故に智者の養生とは、必ず季節にしたがい、寒暑に適合し、喜怒をほどよくし、 居処に落ち着き定まり、陰陽の節度をもって、剛柔をととのえる、ということ で、このようにすれば悪邪は来ないで、不老長生します。

その理由は、恐れおののき思慮する者は神をやぶり、神がやぶられると恐れて びくびくするのが止まらない。悲哀で心のなかがみだれている者は、尽き果て て生をうしなう。喜楽する者は、神が散ってしまい、落ち着くべき所に落ち着 かない。

思い悩んだり、心配したりする者は、気が塞がってめぐらないし、盛んに怒る 者は、どうしたらよいかわからなくなり不治である。おそれ、びくびくする者 は、神がとめどなく恐縮して、収拾がつかないからです。

(本神篇 第一章おわり)

本神篇 第二章

心については、恐れおののき思慮すると、神がやぶれ、神がやぶれると恐怖で びくびくして気がぬけ、肉はやせ衰え、毛がやつれ、つやが悪いと冬に死にま す。

脾については、憂いから解き放たれることがないと、意がやぶれ、意がやぶれ ると身悶えして苦しみ、四肢が挙がらず、毛がやつれ、つやが悪いと春に死に ます。

肝については、悲哀で心がかき乱されていると、魂がやぶれ、魂がやぶれると 狂い忘れて精が働かなくなる。精が働かないのはすなわち正しくなく、人は陰 嚢が縮まり筋がひきつれ、わき腹の骨が挙がらず、毛がやつれ、つやが悪いと 秋に死にます。

腎については、盛んに怒ってやむことがないと、志がやぶれ、志がやぶれると 以前に言ったことをよく忘れ、腰やせぼねが曲げ伸ばし出来なくなり、毛がや つれ、つやが悪いと夏の土用に死にます。

恐れてびくびくし、解放されないと、精がやぶれ、精がやぶれると骨が痛み、 手足の力がなくなり、ときに精液が自然に出てしまうことがあります。という ことで、五臓は、精を内に保つことをつかさどっているもので、やぶられては いけないものであり、やぶられると守りを失い、陰虚になり、陰虚になると、 すなわち気がなくなり、気がなくなると死にます。

これゆえに、鍼を用いる者は、病人の状態をよく観て、精・神・魂・魄が存在 するかしないか、得るか失うかの意味を知って、五者がすでにやぶれていたら 鍼によってこれを治すことはできないのです。

(本神篇 第二章おわり)

本神篇 第三章

肝は血をおさめていて、血は魂を宿します。人は肝気が虚すると恐れ、実する と怒ります。

脾は営をおさめていて、営は意を宿します。脾気が虚すると四肢が用をなさな くなり、五臓が安らかでなくなります。実すると腹はふくれ、月経や小便が出 なくなります。

心は脈をおさめていて、脈は神を宿します。心気が虚すると、よく悲しんで、 実すると休みなく笑います。

肺は気をおさめていて、気は魄を宿します。肺気が虚すると鼻がつまって利か なくなり、呼吸が弱く息切れします。実すると咳、声がれ、胸がいっぱいにな り、あおむいて息をします。

腎は精をおさめていて、精は志を宿します。腎気が虚するとつまずき、実する とふくれて五臓が安らかでなくなります。

これら五臓の病形の特徴をはっきりと理解して、その気の虚実を知り、慎重に これをととのえるのです。」

(第三章おわり 本神篇第八終わり)

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