「鉄腕アトム」の隠れた魅力


日本におけるミステリーの開拓、普及、評論、少年物の開拓、海外作品の紹介、新人の育成と、およそ考えられるあらゆる分野で超人的な働きをした巨人乱歩は、最晩年、病を得て読書すらも覚束なくなった時、病床で手にしていたのは、奇しくも、この人なくしては日本の漫画は存在し得なかった程の天才、手塚治虫の「鉄腕アトム」であったという。

「江戸川乱歩の大暗室 解説」
村松恒雄 1996年 より

昭和20年代、単行本時代ー最初のアトムの頃ーの彼のまんがが持っていた悲劇性は、子ども心にもゾクゾクするほど怖くて、魅力がありました。ロックも、アトムも、基本的に悲劇性を下敷きにしていたでしょう。アトムは後期になって変わってゆくけど・・・

「手塚治虫に「神の手」をみた時、ぼくは彼と決別した」
宮崎駿 1989年 より

そして、実は、ぼくは「鉄腕アトム」を気味の悪いマンガだと思っていたのだ。
「ブラック・ルックス」における影を強調した絵の黒い不気味さ。「十字架島」における過剰なデコラによってフリークス化したプークの姿、「キリストの目」のサスペンス風の展開と殺人ロボットの顔つき、「人工太陽球」のホームスパンやアトムを物として扱う手つき、「物質電送機」で合成化された怪物となった立花博士・・・・極めつきは「1/2人間」(ウランちゃんの巻)でウランの体が二つに割れ泡が出てくるシーンだった。真ん中から二つに割れた人間(ロボット)が歩いているという表紙のフロクは、子供だった僕にかなりの恐怖を味わわせてくれた。

「アトムと時代と僕と校庭で・・・」
米沢嘉博 1993年 より

私がオリジナルを読んで最初に魅かれたのは、その残酷さやシュールさ。そして大胆不敵さでした。それというのもオリジナルでは今ならば思わず躊躇してしまうようなキワドイ発想が、なんの屈託もなく、漫画に取り込まれているのですから。

「アトムの初恋は本当にあったのか?」
手塚るみ子 1997年 より

「電光人間」の電光、「冷凍人間」のスフィンクス、「エジプト陰謀団」のクレオパトラなど、美しくエロチックなロボット達と繰り広げる戦いや悲しい死、「海蛇島」の少女ルミコとの純愛など、少女マンガも真っ青になる程、”美しい愛のドラマ”が、アクションSFのスタイルをとった少年マンガ「鉄腕アトム」の中に、織り込まれていたのだ。

「わが友・アトム」
永井豪 1993年 より

俄然エナジーを得たアトムは、朝鮮戦争勃発後の米ソの冷戦の狭間に生きる日本島の進路を予見する様なダイナミズムに満ちた物語を中学少年の胸に深く焼き続けて行きました。「空飛ぶ摩天楼の巻」のハイジャック、「コバルトの巻」の日本海溝に沈んだ水爆による大津波と日本沈没への恐怖。全て、驚嘆の物語でした。いったい当時、どの大人が世界の真相を真面目に子供に語ってくれたでしょう。

「アトムが行く」
石川球太 1993年 より

手塚治虫は、絵に書いたようなヒューマニズムの作家でもなければ、絵に描いた戦後民主主義の作家でもなかった。・・・。彼は、悪魔的なものに魅かれる作家だったのである。・・・。このことは、鉄腕アトムの生みの親、天馬博士が、マッド・サイエンティストに近い人で、赤シャツ隊を組織するファシストまがいの人物だったことを考えても、理解できるだろう。・・・。彼は、善の裏に悪が、悪の裏に善が、少年の裏に少女が、少女の裏に少年が、科学の裏に神秘が、神秘の裏に科学が、コスモポリタンの裏にナショナルなものがあることをよく承知していた。もちろん、生の裏に死が、死の裏に生があることも。そして、時として、彼が見せるデモーニッシュなものへのあこがれが、僕たちを感動させたのである。

「デモーニッシュなものへのあこがれ」
高取英 1989年 より