ロックのサングラス Back Index Next
『バンパイヤ』

下田警部(左)と間久部緑郎(ロック=右)
□顔と○顔、対称的な二人
名探偵ロック・ホームがサングラスをかけ間久部禄郎として『バンパイヤ』に登場するや、主役トッペイやヒゲオヤジを完全に食っての独り舞台!
いったいロックのサングラスにはどんな秘密の力が!?今回は昭和47年に少年サンデー誌上で連載された『バンパイヤ』について考えてみよう。
| 手塚治虫の発言(昭和47年7・8月号『鉄腕アトムクラブ』) |
| もうひとりは・・・・平気で悪いことをどんどんしていく悪魔のような少年で、この子はそうすることが、自分が世の中で力づよく生きていくための方法だと信じているのです。この少年は、間久部緑郎といって、シェークスピアという人の書いた有名な劇『マクベス』に出てくる悪魔のような王様の名前をもじったのです。 |
それでは、シェークスピアの『マクベス』と『バンパイヤ』との共通点をみてみよう。
| 『バンパイヤ』 | 『マクベス』 | |
| 主人公 | 間久部(マクベ) | マクベス王 |
| 魔女 | 親不孝通りの地下室で開業する三人の女占い師 | 荒野のあばら家に住む三人の老婆 |
| 魔女の呪文 | 悪いものは飛び込め、善い者は外にいろ・・・。 | 綺麗は汚い、汚いは綺麗・・・。 |
| 魔女の言葉 | 「あんたは世界の王になる」 「あんたは人間にも殺されないし、動物にも殺されない」 |
「あんたは王になる」 「あんたは女が産み落とした者には殺されない」 |
| 犯罪 | 雇い主(大西)一家の殺害、財産の相続、さらには・・? | 主人である王の殺害、国ののっとり |
| 共犯者 | 岩根山ルリ子(最後にパニクったロックに殺される) | 妻(最後に錯乱して死亡) |
| 結末 | 人間でも動物でもない者、つまりバンパイヤに追い詰められる・・・が、逃亡? | 死んだ女の腹から引きずり出されて生まれた男に追い詰められ殺される。 |
なるほど、作者の言う通り、ロックのイメージは『マクベス』からやってきたように見える。
しかし、『マクベス』の面白いところは、犯罪を犯すまでのマクベス王の心情の変化であって、『バンパイヤ』ではその描写がほとんどみられない。
手塚はマクベスを描こうとしてたわけではないのではないか?
それでは、ロックは何処からやってきたのだろうか?
ここで、手塚の愛読書『罪と罰』を思い出してみよう。
ロックと下田警部との会話はラスコリニコフの主張であり、ロックvsヒゲオヤジは『罪と罰』におけるラスコリニコフと、彼を追い詰めるポルフィーリ判事とのやり取りに似ていないだろうか?
| 『バンパイヤ』 | 『罪と罰』 | |
| 主人公 | 書生・間久部緑郎 | 貧乏学生・ラスコリニコフ |
| 犯行 | 大西ミカの誘拐と殺人 | 金貸し老婆とその妹の殺人 |
| 犯行の動機 | 世の中には何をやっても罰せられない人間がいる。自分はその一人だ。 | 世の中の天才と呼ばれる人間は人類の進歩のためには何をやっても許される。 |
| 主人公を追い詰めるのは | 庶民的なヒゲオヤジ | 庶民的な判事ポルフィーリ (テレビ映画『刑事コロンボ』のモデル) |
| 主人公のただ一人の友人 | おさななじみ・西郷 | 娼婦ソーニャ |
| 結末 | 西郷さえ殺して消息不明に | ソーニャの心に打たれて自首 |
しかし!ここでロックのサングラスに注目しよう。
サングラスをかけた冷酷な青年といえば・・・・、そう、黒澤明監督の『天国と地獄』の誘拐犯だ。
これが『バンパイヤ』のもうひとつの元ネタではないだろうか?
昭和37年日本映画最大のヒット作を手塚が観ていないはずがない。
『天国と地獄』はエド・マクベインの87分署シリーズの一編『キングの身代金』を原作としているが、実際はほとんどが黒澤のオリジナルである。
| 映画『天国と地獄』ストーリー |
| 横浜の高台に豪邸をかまえる重役・権藤(三船敏郎)。その子供が誘拐され多額の身代金が要求される(実は運転手の子供)。天才的な受け渡し法により、身代金は犯人の手にわたった。しかし、正義派刑事(仲代達也)の執念の捜査によって犯人(山崎努)はついに逮捕される。 |
さて、『天国と地獄』と『バンパイヤ』との共通点をみよう。それにしても、誘拐犯からの電話盗聴シーンなどは映画そっくりだぞ。
| 『バンパイヤ』 | 黒澤明の『天国と地獄』 | |
| 犯人 | 田舎から出てきた秀才書生 | 「地獄」で育った(出自を隠している)医学生・竹内銀次(山崎努) |
| 犯行 | 大西ミカの誘拐、身代金奪取 | 権藤家子息の誘拐と身代金奪取 さらに、麻薬中毒患者に麻薬を使って部下とし、犯罪後口封じのため麻薬事故死に見せかけて殺す |
| 犯行の動機 | (不明)社会全体への復讐。 単行本ではカットされたが、間久部の父親は会社をクビにされたため妻と共に鉄道自殺。それを怨んだロックは復讐を誓うが既に会社は倒産していた。行き場のない恨みが社会へ向けられた、とされている。 |
(不明)幸せな人間が不幸になるのを見るのが楽しく、やがてそれが生きがいになった、と言っていたが・・・。 |
| 犯人の容貌 | 白シャツ黒ズボン、サングラス | 白シャツ黒ズボン、ミラー・サングラス |
| 季節 | 暑い夏 | 暑い夏 |
| 犯人のHG | 横浜伊勢佐木町『親不孝通り』 | 横浜黄金町『麻薬通り』と伊勢佐木町 |
| 被害者 | 大西家(社長、三人家族) | 権藤家(重役、三人家族) |
| 警察 | 正義派の下田警部 | 正義派の戸倉警部(仲代達也) |
『天国と地獄』の犯人が視聴者に大きい印象を残したのは、残虐・冷酷な犯人というだけではなく、犯人のバックグランドが最後までまったく明かされない不気味さであろう。インターンという将来を嘱望された好青年でありながら、左手に大きな傷を持ち、面会に来た権藤に「俺は本当の地獄で育った」と告げ、尾行していた警官たちさえ恐れた『麻薬通り』に平然と入っている姿から、彼の育ちがただならぬものであることは想像できるが・・・。
そして、極めつけはサングラスである。
クライマックス、花屋を出る犯人はサングラスをかける。その後に犯人が犯す殺人シーンで、殺される女の顔がサングラスに映る場面は、犯人の不気味さを際立たせている。
実はこのミラー・サングラス、撮影当日の朝、黒澤が「おい、米兵が使っているような反射するサングラスを使ってみたらどうだ?」と思いついたものだ(黒澤談)。結果的に本心を闇の中に隠した犯人の不気味さが倍増される結果となった。
監督の撮影当日の思いつきがなかったら、犯人のサングラスもあれほど印象的ではなく、手塚もロックにサングラスをかけさせることもなかったのではないだろうか。
そして、あれほど見事なロックの演技も・・・。
というわけで、手塚は吸血鬼伝説をベースとし、『天国と地獄』、『罪と罰』、『マクベス』をミックスさせて快作『バンパイヤ』を作り上げたのではないだろうか。良いストーリーを作るには基本(常識)が大切、ということか。
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(2005/4/14掲載)