乱歩世界の美女たち Page 8 前へ 目次へ 次へ
玉村文代
「吸血鬼」 (昭和5〜6年、「報知新聞」連載)



「唇のない」男は明智小五郎の助手である文代を誘拐した。国技館の菊人形展で警官隊に追い詰められた吸血鬼は縛り上げられた文代を大天井から突き落としたのだ。床に墜落した文代の身体に近づいてきたのは、なんと展示中の陸軍士官人形であった。軍服姿の人形が帽子をとり、あらわになった黒髪をかきあげると、そこには
女性士官の姿をした美少女が立っていた。「文代さん!」小林少年が叫んだ。文代は麻酔にかかったふりをして、菊人形と入れ替わっていたのだった。最後の切り札を失った「唇のない」男は天井につなぎ止められていた飛行船型の大気球に飛び乗った。

【あらすじ】
富豪未亡人、畑柳倭文子を狙う「上唇のない、鼻の欠けた、片手片足の義手・義足」の男。コウモリのように黒尽くめの奇怪な姿で登場した男は、倭文子の息子を誘拐し、彼女を執拗につけ狙う。これに対する明智小五郎の活躍に業を煮やした「唇のない」男は、明智探偵事務所の手伝い娘、文代を誘拐し、菊花大会が開かれている国技館へ連れ込んだ。しかし、文代は機転によって危うく難を逃れた。気球で逃亡を図った「唇のない」男は海で命を失った。こうして事件は落着したかのように見えたが、吸血鬼事件の真の恐ろしさはここから始まるのであった。

【作品の印象】
乱歩最大の長編。ストーリーは二転三転する。わたしも
一回読んだだけでは理解できなかった。執拗・残酷な犯罪を繰り返す犯人の動機が弱いのも欠点。ただし、人妻を子供を使っていたぶる、というのは乱歩の他の作品にはない特徴である。「唇のない」男の顔は、身を隠すために薬物で顔を焼いた結果である。しかし、かえって目立ってしまったような気がする。成功作とは言いがたいが、小林少年の登場、気球での脱出、など「怪人二十面相」のプロトタイプともいえる作品かも知れない。「唇のない」男が飛行船型気球で逃亡を試みる場面は、前年(昭和4年)のツェッペリン号の来日がヒントであろう。それにしても「吸血鬼」とは結局誰のことをいったのだろう。

【玉村文代の印象】
平行して連載された「魔術師」では文代は18才と紹介されている。意外に文代の容貌についての描写は少なく、「美しい少女」、「眉が太い」」という表現ぐらいである。「魔術師」の玉村妙子が「文代さんより数段美人」と紹介されている。彼女の魅力は性格の良さだろう(残念ながら育ちは良くない)。なお結婚後の文代は「Page19 明智文代」で登場する。

【軍服を着た美女】
文代の軍服は日露戦争時にデザインされ、その後マイナーチェンジされた「昭和五式軍衣」。当時の同盟国である英国の軍服の影響を受けたものであり、デザイン的にも素晴らしい。現代の日本では考えられないことだが、レビューガールの人気コスチュームの一つに軍装姿というのがあったという。しかし、日中戦争で、暑さに弱いこと(詰襟だもの)、背嚢に肩章がひっかかること、さらに階級章が見やすく将校が狙撃されやすいことといった欠点が指摘された。昭和13年には味気ない「九八式軍衣(ドイツの軍服に似る)」に変更され、翌年には「女優の軍装写真は皇軍の威信を失墜する」として軍装写真そのものの発売も禁止となった。こうして日本における軍服美女の時代は終わりをつげたのであった。残念である。

* しまった!「唇のない」男の片手は義手だった・・・。

(2000・10・22掲載)