乱歩世界の美女たち Page 19 前へ 目次へ 次へ
明智文代
「人間豹」<2> (昭和9〜10年、「講談倶楽部」連載)



東京の郊外M町で1か月前から開かれていた「Z曲馬團」。大入り満員の舞台に登場したのは将軍ヒゲを耳まで伸ばした、その名も怪しい猛獣団長・大山ヘンリー氏!
「さあ、みなさん。今日の出し物は、インドの猛虎と北海の大グマとの大血闘!皆様の前に、どんなむごたらしい光景が展開いたしますことやら。凄絶、惨絶、奇絶、怪絶、おそらくは観客諸君の夢にも想像されぬところでござりましょう!」
トラとクマの檻を区切る鉄格子が取り除かれ、巨大なトラは黒熊に襲いかかった。ところが、トラに引き裂かれたクマの黒い毛皮の下から現れたのはまっしろなスベスベした女の肌だった!それはクマの毛皮に閉じ込められていた明智小五郎の新妻・文代の皮膚だった。衆人環視の下、にっくき明智の妻を猛獣の餌食にしようというのが、Z曲馬団の団長・大山ヘンリーの目的であった。そして、大山ヘンリーこそ明智小五郎が追い求める、「人間豹」恩田の父親なのだ。猛虎の爪が必死に檻の中を悲鳴をあげながら逃げまわる文代の肩の皮膚を引き裂く!白い皮膚に紅い血が流れ落ちていった。ああ、もう文代は助からないのか?

【あらすじ】
江川蘭子事件(Page18)で明智小五郎との戦いを始めた「人間豹」恩田とその父親は、明智文代を次の標的とした。浅草で人夫に変装して捜査を行っていた文代は恩田の手に落ち、Z曲馬團の大テントが明智小五郎と恩田変態親子の最後の戦いの場となった。


【明智文代の印象】
言うまでもないが、玉村文代(Page8)と同一人物。「魔術師」事件が昭和5年で、「人間豹」が昭和9年の作品なので、文代は少なくとも22才に達している。文代はこの作品後は主に「少年探偵団」シリーズで活躍するが、途中から「胸を患って高地療法」中となってしまう。当時の国民病である結核は、美女に似合うロマンティックな病気といえるだろう。明智をめぐって、小林少年や花崎マユミ(Page4)との三角関係説や、文代は二十面相の愛人になって「奇面城の秘密」に登場している、という説(少年探偵団読本<黄金髑髏の会>)など、
結婚してからも問題の多い、いや、ミステリアスな女性であり続けた。文代の実家である玉村宝石店もまた謎の多い家である。前回の江川蘭子が十人並み美人の弘子(最初の犠牲者)の十倍は魅力的で、文代はその蘭子に似ているということなので、文代が美人ということは間違いのないところだ。

【Z曲馬団と大山ヘンリー氏】
「曲馬団」とは馬上の芸が中心の見世物のこと(「馬上火くぐり」や「一馬大勢乗り」)。馬を使わなければ「曲芸団」と呼ぶ。連載前後、ドイツから「ハーゲンベック・サーカス団」が来日し、全国巡演を行っている(昭和八〜九年)。以来、日本のすべての曲馬団と曲芸団は「サーカス」と名乗るようになった。またサーカスの団長や調教師、それに動物の名前になぜか「ヘンリー」が多い。ビートルズのサーカス・テイストあふれる曲「Being for the benefit of Mr. Kite」の中にも、「馬のヘンリー」が登場する。
なお、「ショー」という言葉は、昭和九年の米国マーカス・ショーの日劇公演によって日本中に広まっている。

*Zygoteのライオン3Dのたてがみとシッポの房を剥ぎとって、自作のトラの皮をかぶせて作った。だから体型はライオン。

(2000・12・9掲載)