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大河原由美子
「化人幻戯」(昭和29〜30年、「宝石」連載)

「庄司さんは小鳩のように敏感なのね」
由美子の笑いは、お姫様のそれではなく、娼婦の笑いであった。高貴なみだらさというようなものであった。そのとき、チラッとガウンの奥が見えた。ガウンの裏はまっ赤な繻子であった。武彦はあのまっ赤な裏のガウンに包まれたいと思った。
***
武彦は心の中で、これが人間のほんとうの業なんだ、あとはみんなうその業なんだと、叫びつづけていた。彼の顔に接してむせ返る芳香があった。ふしぎな包み込むようなスベスベした温度があった。由美子の瞳はもう人間の眼ではなかった。情欲というものを象徴する、ギラギラ光った宇宙いっぱいにひろがった黒いものであった。
二人は時間を超越していた。
【あらすじ】
タイトルは「けにんげんぎ」と読む。戦後の混乱がようやく落ち着きだした頃、二十五才の青年・庄司武彦は、元侯爵の大河原家の秘書をつとめていた。高齢の大河原家の当主・義明元侯爵には若い妻・由美子がいた。武彦はこの自分と年齢のさほど違わない美しい人妻にひそかな恋心を抱くようになっていた。そんなある日のこと、別荘でなにげなく望遠鏡を覗いていた由美子が叫び声をあげた。一人の男が崖から突き落とされたのを目撃したのだ。探偵趣味を生かして犯人探しに参加した武彦は、由美子の秘密を、そして意外な犯人の正体を突き止めた・・・・が、そんな武彦に名探偵・明智小五郎が不思議な質問を始めた。
【作品の印象】
戦争しばらくの間、大人ものの執筆を中止していた乱歩が、「影男」と共に久しぶりに精力的に書き上げた連載作。「影男」のような変格的なメニューはみられないが、武彦と大河原由美子の関係を中心に話が進められる構成と描写は、乱歩の代表作の一つといっていいほどの充実ぶりである。ガード下の女や、防空壕の中での情事など、時代を感じさせるシーンも今読むとかえって新鮮でもある。
【大河原由美子の印象】
五十六才の元侯爵の妻・由美子は二十七才で、結婚三年目。子供はいない。うぶ毛の目立つ、眉の濃い、どこか美少年めいた美しさをもっている。美少年のような人妻というのは何とも凄い表現だが、今までの乱歩ヒロインにはない魅力をもっている。元お姫様といいながら快活で社交的であり、夫とは父娘のような心的関係をもっていたように見える。読者は武彦の視線から、この魅力的な人妻の秘密を探ることになる。もっとも最初から武彦と由美子とでは勝負にならない。贅沢を言えば、明智と由美子のからみをもう少し見せてほしかった。
(2001・7・1掲載)