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デビルワールド
任天堂
1984.10.5発売
©1984 Nintendo
家族と自分の原点を思い出す
このソフトは一番印象に残っています。週末にしか帰って来なかった父親が、クリスマスの日に『デビルワールド』を買って帰って来て、家族でクリスマスケーキを食べた後、兄と二人で茶の間で大はしゃぎしながら熱中。それを見ていた親が、ゲームキャラが挟まれそうになると、応援をしつつも大笑いしながら、家族で盛り上がりました。
それから3年後、私は反抗期になり、道という道を踏み外しました。このソフトを見ていると、あの当時のことや、親の愛、素直だった自分の気持ちを思い出します。
寄稿:DERA・コペン 男 1971年生 宮城育ち
貸したまま同窓会がきっかけで再会
この時代のゲームは当時自分が小さいこともあり、なんだかとても高価なものでした。『デビルワールド』の箱ジャケを見ては、「ほんとはこういうリアルな世界でやつらは戦っているのだ」と想像力を膨らませて楽しんだものです。私はボーナス面でパーフェクトを出すのが趣味でした。よくあせってバーに挟まれたものです。
その『デビルワールド』も、小学校のときにどこかになくしてしまったのですが、最近小学校の同窓会で友人と久々に会って自宅にお邪魔したとき、自分の『デビルワールド』が出てきて感動しました。……というか貸したものは返せって感じですネ。
寄稿:よしなが八 男 1976年生 東京育ち 運送業
3,800円版と4,500円版が存在!
それまで3,800円均一だったファミコンカセットが、このソフトから定価4,500円に! 当時、消費税なんてものはなかったのですが、単純に箱に入っていたソフトが透明プラスチックの箱に覆われて、箱もひとまわり大きくなって、カセットにパッケージイラストがかかれるようになりました。で、さらに実はこの『デビルワールド』には2つの謎があります。
1:3,800円版と4,500円版が存在する! 先に書いたとおり、パッケージが小さく、カセットにタイトルしか書かれていない従来の3,800円版と、透明プラスチックケースと箱が大きい新サイズの4,500円版の2つがありました。どちらを手にするかクラスで盛り上がったものです。
2:カタログと全然ちがう 発売前に書かれていたカタログが2パターンあって、ひとつはイラストCGもので、かなり製品版と内容が違っていました。血の池に落とされないように注意する謎のゲームだったのです。
寄稿:ゾイン 男 1972年生 神奈川育ち 映画監督
行方不明に
小学生のときに買ってもらった。白いツブツブを変な音でとりまくった。スクロールでかべにはさまれた。たのしかったよ。
一度、友だちのうちに、チャリンコのかごに入れて、もっていってあそんだ。帰りも、チャリンコに入れて帰ったつもりだった。しかし、無い! デビルワールドが無い! さがしまくったが、どこにも無い。
当時の俺にしてみれば、とても高価なもの。親にこっぴどくおこられた。俺の『デビルワールド』は、今いずこ・・・。
寄稿:馬鹿教師 男 1975年生 三重育ち 中学校教諭
あれはどう見てもコマネチ
任天堂版パックマンと言った感じの、とてもイカしたゲームだったと思っています。小学生だった自分にとって、画面のスクロールは何にも替えがたい恐怖で、画面ギリギリまで行って挟まれたときは、いかにも痛そうな表情に「悪いことをした」と胸がキュンと痛くなったものです。
それはさておき、画面を上下にスクロールするときのあのボスキャラのポーズ。どう見てもコマネチだったよなぁ〜。
寄稿:スズヒロ 男 1975年生 静岡育ち コピーライター
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