11月29日(月) 晴れ
今日は修学旅行の第一日目。2年生203人と引率教師12人はA班、B班の2つに分かれて沖縄へ出発しました。
私のクラス22HRはB班の後発隊だったので、学校出発は午前6時45分でした。
早朝の出発だったにもかかわらず、生徒たちは6時半頃には全員集まってバスに乗り込んで待っていたらしい。^^;
きっと興奮して、早く目が覚めてしまったんでしょう。
担任2人が最後にバスに乗り込んで、予定通り6時45分に出発しました。
途中、東名浜名湖でトイレ休憩を一度とっただけで名古屋空港まで行きました。
私たちが乗った飛行機は11時25分発のANA303便でした。
渋滞を予想して早くでたけれど、道路はあまり混んでいなくて、出発時間の2時間前くらいに着きました。
生徒たちは初めて飛行機に乗る子も結構大勢いて、飛行機に乗りこむ時はどきどきしたようで、
離陸の瞬間に機内で嬌声があがりました。
那覇までの1時間半は天気は快晴、風もなく快適な空の旅でした。
那覇到着後、すぐにバスに乗り、泊港からフェリーに乗りました。
今日は慶良間諸島の一つの座間味島まで行き、座間味村の民宿に泊まるためです。
フェリーの中で、ようやく先発隊のクラスと合流しました。
座間味まで1時間半。私は朝早かったので、ほとんど眠っていきましたが、
生徒たちは甲板に出て、風が強かったので、波しぶきが飛んでくるにもかかわらずはしゃいでいました。
若いわ〜。
夕方の4時半に座間味島について入村式の後、クラスごと、男女別々の民宿に分かれて泊まりました。
私たち職員は職員だけ別の民宿、海洋館に泊まりました。
生徒たちの民宿の方がきれいで素敵でした。
海洋館の玄関の脇に大きなシーサーが2つデンと置いてありました。
シーサーも民宿もかなり年季が入った建物でした。
お風呂はシャワーしかなかったです。
生徒たちの民宿のお風呂もシャワーだけだったようで、
暑いところだから座間味には浴槽に入る習慣がないのかしらと思いました。
私たちの部屋は2階建ての構造になっていて、上にも泊まれる部屋でしたが、
女性職員は3人一緒の和室に寝ました。
和室の押入れに「開けないでください」という張り紙がしてあり、気味が悪かったです。
「開けるな」といわれると開けたくなると同僚が言いましたが、怖いのでやめました。
下の画像は海洋館で撮影したものです。白いセーターを着ているのが私です。
夕飯は沖縄の家庭料理が出ました。
仕事だったし、旅行社の人もいたので、食事の写真は撮りませんでしたが、
座間味の地元の赤い魚(名前を忘れた)のから揚げや、モズクの天ぷら、沖縄の硬い豆腐、
刺身に使った島唐辛子(液体の辛子)は珍しいと思いました。
豚肉をこっくり煮たラフテーもおいしかったです。
またゴーヤをドレッシングで和えたものが出ましたが、あまり苦くなくて美味しかったです。
沖縄のゴーヤは種類が違うんだろうか、とてもおいしく感じました。
夕食後、9時半ごろもう一人の担任と一緒に生徒たちの民宿に寝る前の点呼に行きました。
女子の民宿はすぐにわかりましたが、男子の民宿は夜だったこともあり、探すのに手間取りました。
点呼の後も生徒たちはブラブラ出歩いて困りましたが、
私たちも疲れていたので、適当にきりあげて帰ってきました。
時間的にも早いし、興奮してまだ寝たくない気持ちもわかるしね。
遅くまで開いていた食料品店があったので、ビールを買いました。
生徒に内緒で酒盛り。でも、バレバレだったかも。^^;
オリオンビールという沖縄のビールは美味しかったのでお土産にも買ってきました。
11月30日(火)くもり時々晴れ
今日は生徒たちが一番楽しみにしていた個人別体験メニューの日です。
座間味島は美しい海が自慢の島で、マリンスポーツが盛んです。
体験ダイビング、シュノーケリング、シーカヤック、バナナボート、グラスボート、沖釣り、クルージング
無人島探検、島内観光、郷土菓子作り、レンタサイクリングなどから2,3選びます。
職員も適当に参加していいので、私は午前中にクルージングとグラスボートをしました。
クルージングは高速船に乗って、慶良間諸島の南端まで行き、戻ってくる90分のメニューです。
ちょっと風が強かったので、波しぶきがかかり、揺れるし、船上で写真がとれませんでしたが、
きれいな海と島の風景を楽しみました。全員救命胴衣を着ました。
慶良間諸島は30余の島からなっていますが、人が住んでいるのは4島だけです。
座間味島は人口千人ちょっとで、のどかな観光の島でした。
グラスボートで覗いた海には珊瑚礁があり、珊瑚があるところに魚が多く住むことも知りました。
イソギンチャクの中からニモと同じ種類の魚が覗いていました。
午後はサーターアンダギーという沖縄の郷土菓子作りをする生徒たちに加わりました。
教えてくれた人は地元の3人の女性でした。
座間味島は美しい海に魅せられて、最近人口が増えているそうです。
特に島に嫁ぐ女性は本土の人が多いそうです。
揚げたてのサーターアンダーギーは美味しくて沖縄のオバアの味でした。
下の写真は座間味の港の海の様子です。右は海洋館から見た付近の家の様子です。
海はゴミなど全然浮いていなくて、焼津港のような魚くさい変な匂いはまったくありません。
座間味村でも昔ながらの赤瓦の家は少なくなっていました。
沖縄の家は台風に強いコンクリートの家が戦後増えたそうです。
そして屋上に水不足に備えて貯水槽が多くの家にありました。
左の写真をクリックすると大きな写真が見れます。

その日は午後3時半のフェリーに乗り、沖縄本島に戻りました。
宿は那覇の国際通りに面したホテルサン沖縄。
このホテルはきれいで、職員も個室で快適でしたが、料理はいまいち。
民宿の沖縄家庭料理のほうがおいしかったです。
夕食後、永田かつおさんという沖縄戦を生き延びた人の講和を全員で聞きました。
沖縄平和学習の一環でした。
昭和3年生まれとのことで、私の母と同年です。
当時15歳だった永田さんは、沖縄師範学校の生徒で、
学徒動員で少年兵として日本兵に爆弾を運ぶ仕事をさせられたそうです。
彼の想像を絶する悲惨な体験をお聞きするうちに涙が出てきました。
最後に行き倒れになった彼を救い、水をくれたのがアメリカ兵だったそうで、
捕虜として20ヶ月ハワイで過ごしたそうです。
体験談の迫力は相当なもので、生徒たちも神妙に耳を傾けていました。
戦後生まれの国民が過半数になり、戦争体験を生で聞くことは今後ますますできなくなるので、
いい機会だったと思います。
12月1日(水)うす曇
今日は沖縄の平和学習の目的で、南部戦跡、平和記念公園、ひめゆり資料館へ行きました。
南部戦跡では私たちの組はヌヌマチというガマ(壕)に入りました。
軍手と懐中電灯は必須といわれていた通り、中は真っ暗で、急な崖のような岩を下っていきました。
しかも、地面はぬれていて滑り、上からは水滴が時々落ちてきました。
晴れていたけど、雨の日はもっと内部の状態が悪いそうです。
ヌヌマチ壕はひめゆり学徒が入っていた壕と同じく病院壕で、傷病兵の世話をしていたところだそうです。
こんな暗い危険なガマの中で90日間も耐えて働いていたなんて、信じられないほどの過酷な日々だったと思います。
しかも懐中電灯もなく、蝋燭の灯りで、最後は蝋燭もなくなり、油に灯りをともして働いたそうです。
その後、ひめゆり資料館に行きました。
あまり時間がなくて、ゆっくり見れなかったのが残念でしたので、
ひめゆり平和記念資料館の本を買いました。
ひめゆりの塔に献花をし、お祈りをした後、生徒と一緒に記念写真を撮りました。
右端が私です。
右は昼食に食べた沖縄そばです。なんだか食欲がなくて、ほとんど残してしまいました。

その後、平和記念公園に行きました。
ここには、沖縄戦でなくなった人たちの名前を刻んだ平和の礎があります。
敵味方の別なくおよそ24万人の戦没者名が刻まれているそうです。
静岡県出身の人たちの石碑もありました。
平和記念資料館をバックにクラス写真を撮りましたが、ちょっと顔が小さすぎるね。
右の写真は平和記念公園にあったシーサーです。
シーサーはぺアで飾られるのが普通です。

この日はこの後、国際通りの班別研修で、お土産を買ったり、夕飯も班ごとに好きなものを食べるという予定でした。
私も同僚と3人で、いろいろ見て回りました。
うっちん茶というウコンのお茶や、琉球ガラスのぐい飲み、
「おもろ」という銘の県知事賞を受賞した10年熟成の泡盛も買いました。うひひ・・・^m^
前日の夜、ホテルサン沖縄からバイナップルハウスという業者の宅配便を利用して家に土産を送りました。
沖縄そば、ラフテー、オリオンビール、海ぶどうを送りました。
海ぶどうは国際通りで入った沖縄料理店「卓」でも食べてみました。
いい店だったのに、7時までに宿に戻らないとならなかったので、
時間がなくて、もっとゆっくり食べたかったです。
海ぶどうは、ぷちぷちした細かい粒がある海草です。
酒の肴にもなります。
その日の宿は沖縄国際ユースホステル。
ユースホステルだから、豪華とはいえないけど、まあまあの宿でした。
12月3日(木) 晴れ
最終日の今日は首里城見学です。首里城は琉球王の居城だった城で、
戦時中はここに日本軍の司令部が置かれたのだそうです。
首里城は沖縄戦で消失してしまいましたが、1992年に復元されました。
守礼の門には「守礼之邦」と書かれた額が飾られています。
「礼節を重んじる国」という意味だそうです。
石畳を踏んでたくさんの門をくぐり、入った首里城はとても立派でした。


上の左端が守礼の門。左は首里城正殿前です。人物は私。
真ん中は首里城内から那覇市内を望む風景です。
右端は世界遺産の園比屋武御嶽石門で、重要な儀式の時に祈願した場所だそうです。
首里城を見た後、すぐに那覇空港に向かいました。
帰りの飛行機は14時50分発のJAL3256便。
疲れてまた眠っているうちに名古屋空港に着きました。
学校に着いたのは夕方の6時半でした。
私自身、沖縄は2度目でしたが、前回体験できなかった平和学習もできたし、
復元された首里城も見学できて感動しました。
そしてみんな元気に帰ってこれてよかったと思いました。
最後に那覇空港で見た沖縄らしいステンドグラスをお見せしましょう。
沖縄ではハイビスカスの花をアカバナと呼ぶそうです。
また沖縄にはさようならに相当する方言がないそうです。

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