アルフィスタへの道13
(H13.8.19〜H13.9.16)



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■一五郎修理に着手(H13.9.16)■
■レース復帰第一戦〜アバルトカップ〜(H13.9.9)■
■MUSEO ALFA ROMEO in 横浜(H13.9.2)■
■デルタカップ2001観戦(H13.8.26)■
■欧州(スイス)クルマ事情(H13.8.19)■


 一五郎修理に着手
2001.9.16

 最近このアルフェスタへの道は、アルファと関係のない記事が続いて いる。それでもアクセス件数が減っていないのは心強く、皆さんのおか げと感謝しています。そこで今週は、久しぶりに一五郎の近況報告を少 々。                                ご存知のとおり、今回一五郎は、マッシモでお世話になっている。そ れはサーキット仲間であることと、貧しい僕にとって、場合によっては 中古部品を使ってでも安く上げる工夫をしてもらいたかったことが理由 だ。さらに、同ショップは僕の走り方をよく知ってくれているので、今 後の方向性を一緒に考えながら、修理のついでにモディファイをしても らえる。また、今回のような大きなダメージを受けた場合は、よほどの 技術と実績のあるところを手配できないとクルマを元どおりには戻せな い。マッシモ社長の目は厳しく、そのあたりについては絶大な信頼をし ている。例えば彼は、取り寄せた部品が少しでも気に入らないと突き返 す。納期など二の次なのだ(オイオイ?)。              クラッシュから3ヶ月弱が過ぎた9月9日、一五郎は置き場から救い 出された。僕は毎週マッシモに行くたびに、まず一人で置き場に寄って 一五郎の様子を見てきた。当然、毎週変化はないのだが、すこしだけカ バーをはずして、大きく曲がったボンネットを撫でる。それはクルマへ の愛情だけではなく、自分に事実を再認識させるためだ。9日、僕は用 事があって、運ばれていく一五郎を見送ることはできなかった。でも今 ごろきっと、直してもらえるのかどうかの不安が吹っ切れて、喜んで「 これまで最大の手術」を受けているだろう。              今回せっかく直すのだからモディファイも進行させたい。まずは壊れ たボンネットをカーボンに、つぶれたであろうエキマニも等長の社外品 に交換だ。足は車高調で固めて車高も落とす。バッテリーは軽量品にし て、後部座席は取っ払い、ロールケージをいれる。Fフェンダーはムゼ オで見た「156スーパーツーリスモ」のように張り出し、同様にヘッ ドライトも4灯に。この際ミッションもクロスにしてAR300クラス と互角に渡り合えるように・・・・したいのはヤマヤマなのだが、先立 つものがないのが現実だ。                      「まずはちゃんと直すことからだよ」という、冷静なマッシモ社長の 言葉が耳にのこる。                       
 レース復帰第一戦〜アバルトカップ〜
2001.9.9

 何年か前、マラソンで「コケちゃいました。」というレース後のコメ ントで、一躍人気者になった日本人選手がいた・・・。その日の午後、 僕はパドックで何となくそんなことを思い出していた。         先週の日曜、成田のサーキットで開催されたアバルトカップに参戦し た。実は急遽、前夜になってマッシモ内でアバルトカップにエントリー することが決まったのだ。僕自身にとってはクラッシュ後の復帰第一戦 であり、レース形式よりも、タイムアタック形式のアバルトカップは好 都合だった。しかも今回はあの楽しい楽しいMGSパンダ1台で、なん と4人もエントリーしてのガチンコ対決。最近パンダには乗りなれてる し、少しは勝機があるかも・・・と出場を決めた(ここで逃げてはMR C内で何を言われるかわからないしね・・・MRCは厳しいのだ)。   久々のヘルメットは緊張感を思い起こす。グローブはデルタカップで 仲間にもらった新品もあったのだが、あえて従来のスパルコにした。そ う、あのときの状態からの再スタートなのだ。とはいえ、ちゃんとレー シングスーツは持ってきたぞ。「あの日」はスーツを忘れてきて、仲間 に急遽借りたモチュールの真っ赤なトレーナーを着て「やっちゃった」 んだけどね。この朝は忘れないように3回も復唱・指差し確認した。   1台で4人もエントリーしているので、他のエントラントには出走待 ちの列に何度も割り込みさせてもらい、大変ご迷惑をおかけした。いや それだけならまだしも、この日のパンダはすぐにエンストする上にバッ テリーが上がっていて、何度もスタートで押しがけをして皆さんの失笑 を買っていた。アバルトカップは最終コーナーからコースインして加速 し、ストレート中ほどのスタートラインから計測を開始。一周のタイム を計測して、ストレートエンドの出口からパドックに戻る。僕も仲間の スタートで何度もクルマを押すはめになった。一度は結局エンジンがか からないままにスタートラインを通過し、そのままストレート一本分を 押し切り、ストレートエンドから出てパドックまで押させられた。おか げで足はつるわ、筋肉痛にはなるわ・・・。他のエントラントの皆さん ごめんなちゃい。                          成田のサーキットは、一周45秒〜60秒程度のミニコース。ほとん どのコーナーが複合で、なかなか難しい。スタンドからしばらく見てい たけど、すぐには理解できない。ドライバーズミーティングでトゥルッ コの橋本さんが、「初めての方は、最初の1〜2周はコースを覚えるこ とにあててください。」とアドバイス。僕もそのつもりだ。ただ、ある 程度はスピードを出さないと滑り度合いもわからないからねぇ。ところ が実際に走ってみて感じたのは、情けないけどあのクラッシュが多少な りともトラウマになってること。成田は怖いコースではないけれど、僕 は1コーナーにノーブレーキで飛び込むことができなかった。ま、徐々 にペースを上げればいいさと自分に言い聞かせることにした。      この日このパンダでエントリーしたのは、デルタカップ元チャンプの 「マッシモ社長」、デルタカップ前チャンプ「こるまる」、ROSSO 誌のGTVカップカーの連載でおなじみの「G.ナカムッラ」、そして 僕。ガチンコ対決の相手として不足はない・・っていうかオーバースペ ック?出走は「こるまる」「ナカムッラ」「社長」「僕」の順だ。ナカ ムッラはいきなり50秒台をたたき出す。この男、最近ARチャレンジ で表彰台をゲットするなど、調子がいいのは確かなのだが、この日はク ルマもコースも初めてのはず。よほどセンスがいいのかバカなのか、ど ちらかだろう。僕はといえば、トラウマもあって、慎重に探りを入れな がら走る。その結果、ナカムッラに4秒もの差をつけられてしまう。も ちろん4人の中でもびっけだ。でも最初から飛ばすのはただの無茶、最 後には俺が笑うのさ・・・。                     そして運命の3巡目が始まる。他人の走りを見ていてラインもだんだ んわかってきたぞ。例によって、仲間のスタートには押しがけ要員とし てスタート地点へいく。その時も、仲間を無事送り出してパドックを歩 きながらその走りを眺めていた。そしてちょうど目の前のヘアピンを通 過する彼を見ていた僕は一瞬目を疑った。あれ?僕らのパンダの背が高 くなった・・と思った次の瞬間、ごろんと転がり裏返しに・・。そう、 「コケちゃった」のである。さほどスピードは出ていないので怪我の心 配はしていなかったが、一番近くにいた僕はガードレールを飛び越えて クルマに駆け寄った。ドアを開けるとハーネスに縛り付けられた彼が逆 さ吊りになっている。何とか引っ張り出したところへ他のエントラント たちも助けにきてくれた。とにかくクルマを起こさなくてはならない。 「一気に起こすと足まわりを壊してしまうぞ」という誰かの声。皆がク ルマに取り付いたところで僕は「それではお願いします。せーのっ!」 っと声をかける。ここで声をかけておいてナンだが、自分が首からデジ カメを下げていることに気づき、とりあえず起こしてもらっているシー ンを撮影(注:写真のヘルメットの人はドライバーではありません)。 パンダはロールケージが入ってないAピラー部分がつぶれ、フロントウ インドウは割れて脱落。ボディ各部に生々しい傷がついている。パドッ クの方へ皆に押してもらったあと、自分たちで各部を点検する。その結 果・・・「今日は飲もう」ということになった。ドライバーも無事だっ たし、そのお祝いとパンダの冥福を祈って・・・ね。          まだ2本しか走っていない午前中の出来事だったため、その後の時間 はとても長かったが、アバルトカップは見ていても楽しかった。つぶれ たパンダをマッシモローダーに載せたときには、つい2ヶ月半前のこと を思い出してしまったけど、「またみんなで作ろうな!」と誓い合って 元気を出した。転んだ本人はヤケ酒で暴言を飛ばしまくってて、僕らは 「反省しろっ!」などとなじってたけど、実は彼が一番ショックを受け ており、仲間に申し訳ないと感じていることもよくわかっていた。夜、 マッシモに戻って車載カメラの映像に、もうひと盛り上がり。とても長 い一日だった。                           てなわけで、僕にはサーキットを走る車がなくなってしまったが、一 五郎の復帰と新しいマッシモパンダを作る楽しみができた・・・という のは、あまりにも強がりだろうか。                  MGSパンダにお線香をあげてくださる方は、現在発売中のROSS O誌157ページの写真をご利用ください(笑)。           ■今回の教訓は:やっぱりレースは無事に戻ることが大切です。ねぇ   ○○○o○さん。                        ■今回の恐い話:コケた彼はこの日、あの時僕が着ていたモチュール   の赤いトレーナーを着ていたのです。コワ〜っ。          ■ARチャレンジ:次のチャレンジにはやはり間に合わない。でも、   応援には行きますよ。Tipoによると太田哲也氏も出るらしいし   楽しみだね。                        
 MUSEO ALFAROMEO in 横浜
2001.9.2

 もう2週間ほど前のことになってしまったが、横浜のパシフィコで開 催されていたムゼオ展に行ってきた。これは「日本におけるイタリア年 」の一環として、本国イタリアはアレーゼのアルファロメオにあるムゼ オ(ミュージアム)から、代表的な20台ほどのクルマを持ってきて展 示している、まさに日本のアルファロメオファン必見のイベントであっ た。僕は動かない車はあまり好きではないのだけれど、それでも美しく て、夢を乗せたクルマたちは十分に満足させてくれた。         当日僕はパンダに乗って行ったのだが、パシフィコ横浜の地下駐車場 にはたくさんのアルファがやってきていた。1000円(安いぞ!)の 入場料を払ってゲートを入ると、まずは薄暗いトンネル。恐らく過去へ のタイムトンネルを表現しているのだろう。そして出迎えてくれるのは アルファの記念すべき第一号車「トルペード(1910年)」。カメラ を持ったマニアが写真を撮りまくっているのでさっさと次に進む。その 先には、僕の期待(その1)の「LUNGO(1938年)」が鎮座し ている。このクルマ、名前(LONGの意)どおりにとっても長い。そ の長さのほとんどはノーズ部分である。4人乗りの高級サルーンで、と ても魅惑的なスタイリング。見逃しがちだが、後方から見るととてもセ クシーなスタイリングだ。ここで10分も眺めいってしまった僕。周り にはミッレミリアなどで活躍した昔のレーシングモデルも展示されてい る。先を急ごう。でもすぐに金色に輝く期待(その2)の「VILLA D’ESTE(1949年)」(なぜか「東の別荘」の意)に捕まる。 実車を見るとネーミングの意味がなぜかわかる気がするから不思議。な んという美しいボディ形状をしているんだ!隣にはあの「GRAN P REMIO159(1951年)」。こんなボディで425馬力です。 後ろ髪をひかれながら次へ進むと、今でも走れそうなクルマになってく る。白い「SUPER SPRINT(1954年)はめちゃくちゃ きれい。本気で「欲しい!」と思わせたクルマだった。ピニンファリー ナデザインの初代スパイダー「DUETTO(1966年)」や貴重な エンジンの展示を過ぎて、現われたのは「JUNIOR GTA(19 68年)」。さすがに注目度大。遠巻きに写真を撮ったり、下部を覗き 込んだりする僕らを尻目に、どこかのおばさんがドアを開けようとして ガチャガチャとノブを押している。警備係がすっ飛んできて一安心。そ の隣には期待(その3)の「33.2STRADALE(1968年) 」。こんな年代になんて車を作るんだろうね、まったく。そして向かい 側にはあの「ヌヴォラ(1996年)」が置いてある。ヌヴォラは思っ たよりもとても大きくて、先ほどのLUNGOをも思わせる。アルファ のデザインって、必ずどこか過去のモデルにも通じるところがあると思 いません?デザイナーの遊び心か、美しさを追及するとそうなるのか。 たとえば角と丸で一見正反対の155と156だって、正面からじっく り見ると似ている。東の別荘のデザインはどこか147などを思わせる 部分もある。ただこのクルマは明らかにスタディモデルだ。デカすぎる もん。展示エリアの最後には、やはりレースで活躍する「156スーパ ーツーリスモ(2000年)」。うちの一五郎と似てる・・って、そり ゃ156だからねぇ。でも細部はぜんぜん違う。フェンダーは張り出し タイヤにかぶるほど車高は落とされ、フロントスポイラーは接地せんば かりだ。中身はもちろんレーシングカー。この車の横はカフェ&リスト ランテとなっていて、軽食をとりながら車を眺めていられる。「155 DTM(1993年)」もあったぞ。こちらもさすがに大迫力。後部か ら生える4本マフラーは圧巻だ。                   チェントロスティーレのデザインコーナーを抜けると最後は現代アル ファのラインナップ。真中のお立ち台には147の5ドアが展示されて おり、入場者が自由に乗ったり触ったりできるようになっていた。ひっ そりと、美しい青のスパイダーも置いてあった。こいつはTSに替わっ て今後日本正式導入モデルとなる3リッターのV6だ。この色が156 にあったら、僕は赤を買わなかったかもしれない(すみません写真撮り 忘れました)。最後にギフトショップコーナーがあったが、ここはディ ーラーと扱い品がさほどかわらず、僕はムゼオのパスネットカード(首 都圏私鉄の共通乗車カード)を購入して終了。余談だが、僕が運輸省に 出向していた頃にやっていた仕事のひとつが、共通乗車カードの実現と 推進だったので、パスネットカード等には思い入れが深いのだ。このパ スネットカードを、今回抽選で1名様にプレゼント・・・はしない。小 田急線各駅でも売ってるので自分で買ってください。          そのほか、上映されていたアルファの歴史映画等もみたけど、やはり 実車の魅力にはかなわない。動かないクルマだが、そのデザインだけで も人を惹きつけるのはアルファロメオならでは。満足満足。     
 デルタカップ2001観戦
2001.8.26

 先週末、デルタカップを観戦してきた。僕の所属するマッシモレーシ ングクラブ(以下、MRC)は、ご存知のとおりその多くがデルタオー ナーである。お世話になっているモトーレ・アル・マッシモがデルタの スペシャルショップとして有名なだけに当然ではあるが、そんなわけで 年に一度のデルタカップはMRCにとっても一大イベントなのだ。    本当ならたくさんのデルタに混じって、MRCの蛇部門として?15 6で参戦したいところだったのだが今年は残念。そのかわり仲間のビデ オをたっぷり撮ることになった。撮影をしていて楽しいのは、一ヶ所に いてすべてのエントラントの走りを見比べることができること。特にデ ルタカップは1台ずつのタイムアタック形式なので、一巡する頃にはラ インのとり方で速い人をはっきり見分けられるようになる。特にこのコ ースで速いのはリズムを崩さない人。ひとつのコーナーの失敗がその後 にずっと影響してしまうので、うまい人でも焦って一度リズムを崩すと なかなか組み立て直せなくなるのだ。                 この富士サーキットは元々カートコースであり、コース幅はクルマ1 台半くらいしかないミニコース。1周を50秒〜60秒程度で走る。デ ルタカップはこのコースで1台ずつ周回タイムを競う。アタックは通常 コースのSS1,2と、毎年変更されるSS3で行う。SS1と2は早 いほうのタイムを採択し、これにSS3のタイムを加算して順位を決め る。このため毎年ドラマが生まれるのだ。もう一つの楽しさの要因は、 このコースが芝生で囲まれており、ギャラリーもエントラントも寝そべ ったり、バーベキューをしたりしながら、柵もない目前を爆走するクル マたちを楽しめること。ビデオも写真も「とてもいい絵が撮れるコース 」なのである。                           さて、デルタカップは1999、2000と二年連続、僕の会社の友 人でありMRCメンバでもある「こるまる」が制覇している。ところが 彼のデルタは、あの昨年のクリスマスイブの筑波の走行会でエンジンを 壊し、以来7ヶ月マッシモの置き場に眠っていたのだ。今回このデルタ カップにぎりぎり間に合って復活を遂げたところである。だから今年の 見所は、こるまるが3連覇を成し遂げるか、復活早々ではやはり無理な のか、昨年準優勝のMRCピラちゃんのリベンジなるか、・・・といっ たところであった。                         結果は、残念ながらこるまるの3連覇ならず。4位である。しかし、 僕の目から見れば、特にSS1では、チャンプらしい、落ち着いたリズ ムのある切り返しに風格すら感じた。多くのクルマがアンダーを出して リズムを崩す連続コーナーで、彼のクルマはとても安定していた。本人 も新エンジンのパワーに、フロント軽量化の効果に、何より愛車の復活 に満足していたようだ。ちなみにSS1,2のフルコースでは、彼が最 速タイムであった。                         ほかの仲間もがんばったぞ。昨年こるまるに次いで準優勝のPILA ちゃんは、今年もコンマ1秒差でこるまるに次ぐ5位となり、クルマに 「負け犬シール」を貼られた。昨年10位のI田さんは、SS1で土手 に乗り上げ、SS3でミスコースと、この日一番の注目を集め、ブービ ー賞をGET。まさかの「本物負け犬シール」(1年間取り外し不可) となった。ほかのメンバもほとんどが自己ベストタイムを更新し、それ ぞれの1日を楽しんだ。                       なお、優勝はランチアクラブジャパン理事の森山氏。他人の車を借り ての参戦とは思えぬアグレッシブな走りで優勝をさらった。       さすがにこんなに楽しいイベントだと、自分も走りたくなってくる。 こるまるデルタの7ヶ月ぶりの復帰&活躍は、少なくとも僕と一五郎に とって大きな励ましとなったのだ。                
 欧州(スイス)クルマ事情
2001.8.19

 「欧州クルマ事情」とはどう考えても言いすぎだ。実際には、スイス の、しかも山岳エリアクルマ事情・・・といったほうが正解だろう。ま あ、そんな前提でお読みください。                  今回の旅行は前半がイタリアに近いサンモリッツエリア、後半が毎度 おなじみのベルナーオバーラントエリアである。ベルナーオバーラント は、ユングフラウ、アイガー、メンヒの3山を中心とした山岳地帯で、 町によってはガソリン車が禁止されているところもある。したがってク ルマの観察なら前半のサンモリッツエリアだろう。特にサンモリッツは 欧州有数の高級リゾート地であり、イタリアにも近いことからちょっと 期待は膨らむ。                           ご存知のとおり、ずいぶん前から欧州では環境と実用性から小型車が 中心となっており、特に自然を愛するスイスにおいては、日本のように 大型のメルセデスやBMWがびゅんびゅん走るようなことはない。特に 僕らが行くような山岳リゾートでは、ワゴンは多いもののやはり小型車 が中心。                              まず日本車は、前回レポートした状況と変わらずスバル(レガシイ/ インプレッサ/フォレスター)が多い。F1よりWRCの人気が高いの か、ホンダ車は意外と見かけない。どうもホンダ車のデザインに原因が あるようにも感じる。欧州のデザイントレンドからみれば、現在のホン ダ車や三菱車は少し外れているように思うのだ。勘違いしないでほしい のだが、ホンダ車はエンジンも優れているし、環境への配慮もしている し、必ずしもかっこ悪いとも思わない。ただ、欧州のトレンドに外れて いるという気がする。たとえば現行アコードワゴンが欧州の古い町並み や自然の中を走っても似合わないと思うのは僕だけではないだろう。ト ヨタはもう圧倒的にヤリス(ヴィッツ)がバカ売れしている。このクル マはどこにいてもさまになるから不思議。ホンダのフィットがヤリスに 対抗した世界戦略車といわれているが、前述の理由から、僕は残念なが らそうはならない気がする。今後のホンダの課題は世界に通じるデザイ ンにあり・・・かも。                        スイスは国産車をもたないため、特定の生産国に偏ることはないはず なのだが、やはり圧倒的に多いのがドイツ車である。これは訪問を重ね るたびにそう感じる。現在のひとり勝ちはアウディ。ついでVWといっ たところか・・。特にアウディは人気が高いようで、A3、A4が多く ついでA6やA2。特にA2は、日本で見かけることが少ないので注目 だ。そのほか、山岳地帯ならではのオールロードもよく見かける。この クルマは日本でも売っていて、多分レガシイランカスターを意識して作 ったと思うのだが、高級感はさすがにアウディだ。車高が高いのに上品 さがあるのが恐れ入る。メルセデスはAクラスとCクラスが多かったか な。BMWは日本ほど多くはない。だが、今回サンモリッツで走ってい るZ8に遭遇。僕は実物をはじめて見た。値段的にはマンションや小さ な一戸建てが走っているようなこのクルマ、サンモリッツの街にはとて も似合っていた。                          今回感じたのはフォードが結構多いこと。フォーカスとKaが多い。 日本では、予想通りATが無いことから販売中止に追い込まれたKaだ が、もともとMT中心の欧州では売れてるようだ。あっちのKaはフェ ンダーがボディ同色なので見た目でチープな感じはしない。       次にイタ車。まず多いのはフィアット。プントはパトカーにもなって いた。そしてパンダも多い。パンダはどこでも絵になるね。若い女性が パンダで街をブンブン走るのはなんともステキ。フィアットと言えば、 プントムラーユの駐車場で木の下にとめてあったチンクには僕はもう腰 がくだけそうになった。前回はほとんど見かけなかったムルティプラは 今回沢山走っていた。日本でも見かけるようになってきたが、日本で見 るほどの異様さは感じないから不思議。アルミを履かせたかっこいいム ルティもいたぞ。アルファはイタリア国境近くになると、さすがに小さ な村でもよく見かけた。特にSoglioの村では、農家の庭にちょっ とかっこいい75が。その他ではやはり145と146が結構たくさん いた。僕らの乗るベルニナ急行と並走していた146のおねえちゃんは 1車線道路で次々と前の車をパスして飛ばしまくっていた。意外と目を ひいたのがランチアリブラワゴン。ランチアはイタリアの宝石と呼ばれ ただけのことはあり、上品で個性的で美しく景色に溶け込む。マゼラッ ティは3200GTが結構走っていた。サンモリッツ周辺ではフェラー リもよく見かける。実は今回、ベルニーナ急行でイタリアにも足を踏み 入れた。そして、たった20分だけ滞在したティラノの街では、運のい いことにアルファ147、フィアットクーペ、ランチアデルタ、そして なんとF40に遭遇。デルタは駅前の観光客相手のピザ屋のおにいちゃ んのクルマで、真っ赤なボディに黄色い文字で「ワールドラリーチャン ピオン」(カタカナでじゃないよ)と書いてあった。え?156ですか ?当〜然たくさんいましたよ。ところがその多くはディーゼルだった。 欧州のディーゼル志向(普及率30%。オーストリアではなんと60% !)はわかっているが、アルファまでディーゼルが多いとはね。エンジ ンを楽しむ人より、デザインを求める人が買っているということか?確 かに洗練されたそのデザインは自然の中でも古い町並みの中でも美しい のだけど。                             最後にフランス車。当然だがフランスはプジョーとルノーとシトロエ ン。ルノーはポントレジーナでアルピーヌにも出会った。ちょっと古い ワンボックスもステキ。だが今はプジョーのひとり勝ち状態。205、 206、306がたくさん走っていた。206CCもスイスの夏には最 高だろうな。実は今回、ひそかに期待していたのは日本未導入の307 だ。今回のハイライトは307のご報告としたい。307は、チューリ ッヒ駅では看板が出ており、テレビCMも流れていたのだが、なかなか 現車に遭遇しない。やっと出会えたのがブリエンツ湖近くの野外博物館 の駐車場。停めてあったのでゆっくり見られた。第一印象は結構背が高 い。このためスポーティなイメージは減少。顔つきも若干イプサム的( あくまでもパッと見のイメージです)。ところがよく見ると、明らかに つくりの質感が向上しているのがわかる。フロントウインドウまわりも 凝っているし、室内も斬新さはないがしっかりしている。205と30 6は差を感じにくかったが、307は1クラス上であることを実感でき る。                                番外編。サンモリッツはフェラーリも走ってるし、ロールスロイスも 走ってる。さすが高級リゾートだと思いながら、中心街のロータリーで しばらく道行く車を見学していた(かみさん文句ぶーぶー)。そしたら 結構クラシックカーが通るのだ。さすがに昔から住んでる富豪が乗って るのかなと思ったのだが、どうもみんな皮のヘルメットやゴーグルをし たりしてキメてる。普段乗ってるにしては不自然だ。原因はすぐに判明 した。なんとサンモリッツで「イギリスクラシックカーフェスティバル 」なるイベントをやっていたのだ。ただ、日本と違うのは、集まったク ラシックカーを飾っておくのではなく、3日間の期間中、サンモリッツ 周辺を走り回るのだ。やっぱりクルマは走ってナンボ。勇ましい音を立 てて走り回るクラシックカーのドライバーと手を振りあっていたのは僕 だけではなかった。                         てなことで、今回のスイスクルマ事情はおしまいです。「あなた毎回 スイスに何しに行ってるの?」(かみさん談)。すんません。