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ルードヴィヒ・イルゲンス=イェンセン   Ludvig Irgens-Jensen ( 1894 - 1969 ) ノルウェー

「 歌曲集「日本の春」 」   
      

 
     

詩: ベートゲ(Hans Bethge)


今日 (凡河内躬恒)

      もうすぐ野には春の嵐が吹き
      木の実や葉は揺さぶられる
      そして花も、風が吹けば散ってしまうだろう
      だから、あなたがもし花を摘みたいならば
      今日摘むがよい
      たぶん、たぶん、あしたでは遅すぎるから


Heute



花咲く枝に (藤原広嗣)

  「この花の 一枝のうちに 百種の 言そこもれる おぼろかにすな」

      この花の枝を受け取って!
      花びらのひとつひとつに百重にも込められている
      このときめく胸から湧き出でる愛の言葉を
      おお、私の愛を受け止めて!
      

Der Blutenzweig



風の中の柳 (詠み人知らず(18世紀))

      夏の柳が
      そのほっそりした幹を顕わにする
      いたずらな風が
      たおやかな枝を揺らしたときに
      あなたのほっそりした足を
      きょう見かけてしまった
      いたずらな風が
      あなたのきものの裾を揺らしたときに


Die Weide im Wind



ひとりの友に (凡河内躬恒)

  「わがやどの 花見がてらに 来る人は ちりなむのちぞ 恋ひしかるべき」

      あなたは花を愛でようと私の家を訪ねてくるが
      ひとたび、花が散ってしまうと
      私は日に日に感じる
      あなたが来ることをむなしく待っている自分を


An einen Freund



愛の音 (18世紀、Segawa?)

      響きが、やさしい愛の響きが
      上の階から聞こえてきて私の耳を捕らえた
      その音は宵闇に映える花のように甘くいとおしく
      川の流れに沿って香しい香りを振りまいている


Der Liebeslaut



物思い (伊勢)

  「難波潟 (なにはがた) 短きあしの ふしのまも 逢はでこのよを すぐしてよとや」

      難波の入り江で私は葦をみた
      風にそよぎながらざわざわと揺れる葦を
      あなたの肩にもたれて、ふと思う
      私は生きていけるのだろうか?
      ほんのひとときであっても
      運命がこの愛しい人との間を
      裂いてしまうことがあったとしても
      

Betrachtung



やさしい獲物 (詠み人知らず)

      女心を掴むのにこんなに簡単なことはない
      梅の花の甘い香りの中で、
      心の深い底まで
      愛の歌と笛の音を聞かせてしまえば良いのだから


Leichte Spiel



孤独 (小野小町)

  「花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに」

      花の美しさは消え去ってしまった。
      激しい雨が奪い去ったのだ。
      私はそんな中、この世に生きていく目的もなく
      空虚さだけをぼんやりと眺めていた


Einsam



うつろいの中で変わらぬもの (紀友則)

  「色も香も 同じ昔に さくらめど 年ふる人ぞ あらたまりける」

      桜の花が咲いた。黒々と若々しく
      私の髪は額に溢れていた。私が踊るときには

      桜の花が咲いた。いきいきと若々しく
      花は輝いていた。?私の髪は灰色になったけれど

      今日また桜の花が咲いた。
      神々しいほど若く
      その花はいつものように微笑みかける
      だが白髪の私は、立って物思いに耽る
 

Dauer im Wechsel




アイネムのところでご紹介したベートゲの手になる日本の和歌の翻訳による歌曲は、私の知る限りではもうひとり、ノルウェーの作曲家イルゲンス?イェンセンが書いています。こちらは訳詩集の原題「日本の春」を付けて、主に春の歌を中心に9曲の作曲です。
古今集や万葉集の有名な歌の他に、江戸時代の読み人知らずの歌も織り交ぜて非常に多彩です。ただ、ご覧頂ければお分かりの通りずいぶんと中身に手を加えていますので原詩にたどり着くのは至難の業。もっともこっちの方が詩も曲も面白いので全部訳を付けてみました。
古語で書かれた和歌の世界も、その心を書き下してみれば今に生きる私たちのものと何も変わらないことがしみじみとよく分かるのではないでしょうか。

音楽の方は、オリジナルが1920年作のピアノ伴奏版ですが、1957年に作曲者自身の手によって管弦楽伴奏版が作られています。オーケストラ伴奏によるベートゲの詩に基づく歌曲集というと、もろにマーラーの「大地の歌」が連想されるところですが、私が聴いての印象はむしろドビュッシーの作品の雰囲気。あまり東洋風の情緒は出さずにどこか遠い国の幻想的なムードを漂わせているのが面白いです。
同じく遠い見知らぬ国としてのアジアを描いた、モーリス・ラヴェルの管弦楽伴奏歌曲集「シェラザード」のような不思議な味わい、怪しいジャポニズムを期待すると肩透かしですが素敵な音楽です。中でもマーラーの大地の歌とラヴェルのマメール・ロワを足して2で割ったようなユーモラスなスケルツォの第7曲Leichte Spiel(やさしい獲物)がとても面白く聴けました。 

ノルウェーのNMAというレーベルから出ている、Krin gelbornのソプラノ、Jia(中国の人らしい)指揮のNorrkoping交響楽団の伴奏で聴くことができます(もう1枚、Simaxレーベルにも録音があるようです)。
情緒溢れる演奏も素晴らしいですが(ただちょっと大人しめかも)、このCDで目立つのはジャケット、セピアがかったモノトーンの海の風景の前に歌手のクリンゲボルンが立っていて(なかなか美形)、そこに漢字で「春」と書かれているのです。
ジャケットだけでもかなりのインパクトですので興味のある方は是非。

( 2004.03.24 藤井宏行 )


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