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モデスト・ムソルグスキー Modest Petrovich Mussorgsky ( 1839 - 1881 ) ロシア
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「 死の歌と踊り 」 |
Pesni i pliaski smerti |
詩: アレクセイ・ゴレニスチェフ=クツズォフ
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子守歌
子供がうめいている、ランプは、消えそうに |
Kolybel’naja
" Stonet rebenok... Svecha,nagoraja, |
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セレナーデ
魔法のような祝福に満ちた、青い夜 |
Serenada
" Nega volshebnaja,noch’ golubaja, |
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トレパーク
森は荒涼として、人影もひとつない |
Trepak
Les da poljany,bezljud’e krugom. |
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野戦司令官
戦の雄叫びは轟き、甲冑は閃く |
Polkovodets
" Grokhochet bitva,bleshut broni, |
死の歌と踊り
4曲目、『司令官』の中ほどあたり。 “・・・ くるごーむ あびえーはら あなー!(彼女は<馬を>乗り回した)”
えっ???「あなー」?女?ロシア語の「死」って女(女性名詞)だっけ?慌てて辞書に飛び付く。「すめるち=死」は間違い無く女性名詞だった。 このあと「死」は丘の上から屍累々たる戦場を見渡して笑みを浮かべる。私の頭の中ではすっかりベル カント オペラ の狂乱の場になっている。これに続く「死」の狂喜/狂気のモノローグはまさに凄絶。
英訳では名詞の性の観念が無いために、“she”ではなく“it”で受けてあった。邦訳は代名詞を使わず「死神」をとおしているようである。いや、これでは感じが違う。
名詞の性の観念のある言葉を母語としている人達がどれほどその性を意識しているかわからないけれど、それなりに意識/無意識のうちに留まっているものらしい。
「すめるち=死」は名詞のパターンとしては男性名詞と共通で、知らなければ一見/一聴したところ性はわからない。この歌曲集の歌詞は4曲目の半ばまで代名詞を使わず、現在形で書かれているのでロシア語の知識の乏しい私はずっと気がつかなかった。それに2曲目『セレナーデ』は病床の娘を「死」が誘惑する設定になっているので男性のイメージなのだ。ところが4曲目の、「死」が月光を浴びながら軍馬に跨って登場する場面からモノローグの手前までのみが過去形(性 and/or 数による動詞語尾の区別がある)で書かれており、ここには1回だけ女性の代名詞「あなー」がでてくる。
ショスタコーヴィチによる有名な管弦楽編曲以前、この曲はもっぱらバスが歌うレパートリーとし定着していたそうである。今でも、この歌はバスが歌わなければ真価が発揮できない云々、といった類の評がでることもある。それは多分おどろおどろしさ、煽りたて
る恐怖感を基準にしてのことだと思われる。ロシア語の「死」は女なので女性歌手が歌ってもおかしくない筈、ショスタコーヴィチの管弦楽編曲はヴィシネフスカヤの為だった、と昨年復刻されたロストロポーヴィチ&ヴィシネフスカヤの初演録音のライナーノートにあった。
いまでは性別を問わず中音歌手がよく歌う。これはさまざまな状況で遭遇する相貌も多様な恐怖と狂気の歌なのだ。それにしても紙一重という感のあるショスタコーヴィチの編曲は原曲に輪をかけて恐ろしい。クリストフの録音で採用されているグラズノフ(『トレパク』&『子守歌』) と R‐コルサコフ(『セレナーデ』&『司令官』)による編曲がその後聞かれなくなったのもわかるような気がする。 有松 “tora” たかね 1999.04.06
サイトレイアウト更新にあたり、できるだけ訳詞のないものを追記しました。toraさんのコメントに従って死の「女神」のイメージで訳してみましたがロシア語は難しい...
英訳も参考にしながらなんとかでっち上げてみましたがまだまだいまひとつです。
ヴィシネフスカヤの鬼気迫る録音を聴きながらこの恐ろしい音楽を味わってみました。お彼岸ですし...(関係ないか)
(藤井宏行 2004.09.23)
( 2004.09.23 有松 “tora” たかね/藤井宏行 )