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絵を楽しむことについて

 個展に来て絵を見てくれる人で、時々「私、絵はわからないんですけど。。」と言う方が少なからずいます。
「この中で、好きな絵とかありますか?」と聞くと、たいていちゃんと選びます。それで充分ですよね。
  「絵がわからない」 というのは、例えば良くテレビの美術番組でやっているような”分析”が出来ないということを言っているらしいのです。絵を鑑賞するには次のような事が必要だと思っているようです。

・絵の分類 (洋画、日本画、イラスト、油絵、水彩画、パステル、、、)
・どういう種類なのか? 印象派?現代美術?どういう抽象画?、、
・構図、色使いの意味や良し悪し、、
・etc etc 、、、

 「この絵、きれい!」 「気持ち悪い」 「なんかわかんないけど、好き」 、、、、これで充分です。はっきり言って評論家は難しい語彙を使って自分の好き嫌いを言っているのだ、と思って良い。
  今の日本では、「芸術」の意味の取り方がまちがっているのではないか?本来日常で楽しむべき「絵を描く、鑑賞する」と言うことを、難しくしてしまった。明らかにその方面の教育が間違っていたのだと思う。

 この辺のことについては詳しくないので、誤っていたらご指摘願いたいが、世界に誇る「浮世絵」は庶民がごく普通に楽しんでいた。素晴らしい絵が、ふすまの破れ目を隠す張り紙用に作られていたり。写楽の絵も今でいうスターのブロマイドだ。(ほんとにこの辺りのことはかなりいい加減な事を言ってるかも。。)

 絵に限らず、音楽、文学、、それらのものは何のためにあるのか?
楽しむためである。楽しみ方は100人いたら100通りある。他の人が、その方面の専門家がけなしていたからって、関係ない。

自分が良いと思えば、
それは貴方にとって楽しい良いものなのだ。

  逆にどんな名画であっても、好みに合わなければ貴方にとってはただの絵だ。専門家や他人のために絵を楽しんだり、音楽を聴いているのではない。

 絵を描く事だって、自分が楽しければ勝ちなのです。他人がそれを見てどう思うかは関係ない。もちろん、他の人が自分の絵を見てどう感じるかは、描き続けるうえで重要になってきます。でも、とりあえず最初は、自分が楽しくなければ意味がない。
  あっ、この場合、あくまで趣味として楽しむ場合を言っています。職業として描く人は、いろいろその人その人で言いたいこともあるでしょうし。。でも、原点はその事が楽しいかどうかであるのは間違いないでしょう。

 数年前に個展に入ってきた(仕事で来日中の)アメリカ人が、売り物ではないファイルの中の見本の原画が欲しいと言って来た。結局は売ったのだが、「自分はその絵が好きで、欲しいから買いたいのだ。これはとてもいい絵だ。誰が何と言おうと、自分に必要な絵だ。」という強い意志が感じられたのだ。日本人が「いい絵だ」、という場合、他の人も良いと言うはずだ、という前提の気持ちがありますね。面白いことに、売約済みのシールを貼ると、とたんにみんなが、 「これいい絵ですねえ。」と言います。
  誤解の無いように言っておきますが、そのように言う人を批判しているのではなく、日本はそういう他人の目を気にする風土であり、単なる絵の好き嫌いを難しくしてしまった教育があったということです。 ちょっと余談

 どうしても絵が楽しくない人は、ほかのことで楽しめばいいんです。楽しくない人だっていて当然です。

 小学校の時は「課外クラブ」と「必修クラブ」というのがありましたね。5、6年の時、「必修クラブ」で美術部にいました。自分は美大に行ったわけでもなく、後にも先にも「美術関係」に属したのはこの小学校の必修クラブの「美術部」だけでした。最初5年の時に入ったときには、人気のない部でした。自分を含め十人もいなかったのではないでしょうか。
  そこで自分は漫画を描いていました。ギャグ漫画です。小学校の頃は赤塚不二夫氏にあこがれて模写したりして、漫画家志望だったんです。美術部の担当はいつもの図工授業の先生ですが、やりたいようにやらせてくれました。
  5年の最後の方になると、下の学年がクラブを選ぶために見学にやってきます。好き放題に漫画なんか描いている自分の周りに輪が出来ていました。ある種、義務感でクラブを選択しなければならないと思っている彼らにしたら、「こんな面白い事してて良いのか?」 という驚きと好奇心だったのです。
  そして次の年、閑古鳥が鳴いていた前年とは一転、美術部は超人気クラブになり、大所帯になりました。もちろん、そのほとんどの新入部員は漫画を描きます。学校で大手を振って漫画を描けるなんてそうはなかったでしょう。

 三人の下級生が一緒に 「イカおやじ」 というギャグ漫画を描いていました。毎週、アイディアを出し合い漫画を作っていました。あるとき、それをやめて、普通の絵を描き出しました。今までやりたいようにさせて、余計な口出しもせず見守っていた先生は、初めて注意をしました。
  「おい、おまえら、なんで漫画やめたんだ? ”イカおやじ”、よかったじゃないか」
  先生にしたら、子供達が自分で楽しいと思えることを発見して、それをやっているのがいいことだと思っていたのだろうし、そういう姿を見るのがうれしかったのです。だから、いかにもまともそうなことをやりだした姿に、残念と言うか、危機感も感じていたのかもしれません。おそらく20代だったと思いますが、内に秘めた情熱を持つとてもいい先生でした。

 校庭のボールなんかをぶつけるマトの描いてあるコンクリート塀ってありますよね。何と言うんだったか?そこに絵を描くことになり、自分がデザインすることになりました。赤塚不二夫氏が好きだったので、そのキャラクターをたくさん使いました。単に好きだから使ったのです。このときは、この美術の先生は烈火のごとく怒りました。その絵は人の物まねだからです。自分が楽しんで作り出したものではなく、安易に他人のものを真似したからです。

 そういえば、自分の小学校は世田谷区立でしたが、夏休みの宿題と言うのが変わっていました。まあ、その頃、他の小学校ではどういう夏休みの宿題が出ているのか?はわからなかったのですが、国・数・何らかの理科の観察、というのが一般的な印象でした。で、うちの小学校は何かというと、 なんでもいいから、ひとつ作ること。です。工作でもいい。観察日記でも良い。とにかく、何かを最後まで仕上げるのが条件でした。

 6年の夏休み、自分は16ページのギャク漫画を描いて出しました。ギャグ漫画は16ページ完結というのが基本だったんです。そういうものでも、OKだったんです。ただし、ちゃんと最後まで仕上げれば。その時は、鉛筆書きのみで、ペン入れまではできず、というかやらず、その点をきつく注意されました。
  しかし、思い返したら、小学生で「カラスぐち」という製図用具を使いこなしていたやつはそうはいなかったでしょうねえ(笑)。今では骨とう品ですね。
  今でも母校はそうなのかどうかはわかりません。でも、今思うと、おおらかでしたね。

 中学も世田谷区立でしたが、いい先生に恵まれました。国語で詩の解釈のテストがあり、 自分はいつも型どおりでない、ちょっと違った解釈を書くことが多かった。別に奇をてらっているわけではなく、そう感じることを書いたのです。そのテストでも、いわゆる模範解答とはかけ離れたドラマチックな解釈をしました。国語の先生が担任だったのですが、テストの結果は
  「なるほど、そういう解釈の仕方もあるのかと、勉強になりました。」と書かれていて、正解扱いにしてくれました。そもそも、そういう文学や絵の解釈に正解や間違いがある、というのがおかしいのだが。”(作家)本人に聞いたんか?”と思ってしまう。

 すいません。。話がどんどんそれて、収拾がつかなくなり、話の要旨と違ってきてしまうのでこの辺で。。。要するに、絵なんて日常で楽しめばいいんですよ。と。

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