5年目も年番町内(中仙道)へ(1990)


出発前のひととき。

 やっと慣れて来た巡行に、出発前の慌ただしさもお手伝いさんも大勢になりりその人達も手順良く作業をこなせるようになっていました。緊張も取れて出発直前のひととき。

小さな子供達も上手くなった"お囃子"

 一生懸命だった大人も子供も色々な面で慣れて来たのでしょう、毎年に及ぶお化粧直しに外見だけでなく中身のお囃子までもと自分達でスポーツ少年団的な感覚で練習に精を出していたのです。夕方5時になると低学年と乳幼児が三々五々集まりだし、つられてPТAの方々も送り迎えを兼ねて中学年生、高学年生そして中学生、高校生へと下級生の面倒を見ながらバトンタッチし、片付けも出来るようになりました。

中仙道で叩き合い、感動 ! 感激 !

 町内巡行には自信のあったお囃子連も他流試合のお手合わせとなるとまた話し以上に興奮するのです。緊張の中にも快感なんです。

中仙道を経験した、大満足の御一行様。

 チョットの雨に打たれはしたが、念願の中山道での叩きあいを経験した参加者達は晴れ晴れとした表情で大満足を絵にしたように町内をめざしての帰路も足取りは軽かったのです。

"手づくりの山車"より3歳年上の小若頭。

 "手づくりの山車とお囃子"が出来たとき3歳だった我が家の小若頭も、この通り一丁前の支度に身を包み、弓張り提灯を持つまでに成長しました。

母子で万歳 !!。

 "手づくりの山車とお囃子"の影になり、この腰幕も一晩で仕上げてくれた家内でした。1号台の時には脱子して屋根にいた小若頭も親父の幹事長提灯を携えて忙しく飛び回る頭の賀美山の代理として、いつも緊張していて一般の参加者の皆さんとは比べ物にならない程の経験をしたのでしょう。
 巡行途中の休憩中でも、山車の近くを離れられない宿命を感じていたのでしょうか?"手づくりの山車とお囃子"の年番町への巡行に喜びも一入なものを感じているようでした。




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