緊急報告・任意同行拒否、逃走自殺・・・京都日野小児童殺害事件

京都府警の任意同行への疑問と問題点

1 2月5日京都府警は、昨年12月日野小学校で小学男子児童が刃物で斬り殺された事件で、21歳の男に任意同行をかけたところ、これを拒否され、なおも任意同行を説得中、逃走された挙げ句、その男は公団住宅に逃げこみ13階から飛び降りて自殺したことが先ほど報道された。
この男が犯人なら、裁判を受けさせることもなく自殺されたという意味で京都府警の失態であり、反対に犯人でないとすれば、犯人でない人を任意同行をかけたことが発端となって一人の人間を死に追いやったと責任は重いという意味で、いずれにしてもこの任意同行の適法性、的確性が広く議論されなければならない。
2 任意同行とは、刑訴法197条で規定する任意捜査の一態様で、被疑者ではないかと考えられる重要人物につき、逮捕状を取る疎明資料がないが捜査の進展のためどうしてもある人物から事情を聞いてみる必要があるとき、用いられる捜査手法である。したがって、それが犯人に向けられたときには逃走、自殺、抵抗などどのような事態の変化をもたらすかも知れない要素を必然的に含むものである。
したがって、任意同行については「選択の的確性」と「方法の的確性」が必要不可欠である。
3 本件における任意同行選択の的確性
日野小学校男子児童殺害事件については、現場に手書きのビラが置かれていたり、手がかりが全くないわけではないが、犯人検挙の困難な事件で事件発生後1か月以上犯人検挙にいたらず、警察としても早期検挙は至上命令であったはずである。それは結構であるが、現段階で任意同行をかけたことに誤りはなかったであろうか。任意同行である以上、相手からこれを拒まれれば警察への同行は諦めなければならない。逮捕状を用意しないで、犯人の疑いのあるものに任意同行をかけることは大きな賭である。それは任意同行が成功すれば警察へ連行し、じっくり取り調べて自白を取り、通常逮捕なり緊急逮捕なりを行って捜査は成功と言うことも日常よくあるはずである。簡単に逮捕状が取れる供述をしないときはポリグラフにかけると言って圧力を加え、あるいは、本当にポリグラフ検査をして、その結果を逮捕状請求の疎明資料にできる場合もあるであろう。しかし、任意同行に成功しても相手に取調べを巧にかいくぐられ、一旦帰宅させたため、逃走、自殺された事例も多々あるはずである。
つまり重要事件の犯人の疑いがあるものに対して逮捕状なしで任意同行をかけることは厳に慎むべきことである。
任意同行を拒まれた場合、取り返しがつかない事態になることが予測できるからである。現在のところ、本件について逮捕状を得ていたのか明らかにされていないが、逮捕状を得ないで任意同行をかけたものだとしたら、それは捜査の大失態とも言うべきものとしか思えない。
なお、本件は白昼、小学校の校庭で多数児童が見ている中で行われた兇悪重大事犯でマスコミも連日大きく報道しているものであり、京都地検も事前に警察の捜査と連携協調していたはずで、その指示も問題とされる必要がある。
4 任意同行のかけかたの的確性
任意同行はあくまで、任意捜査であり、強制は許されない。
京都府警としては任意同行を拒まれた場合、どのような秘策があったのであろうか。強硬に任意同行を拒否されたとき、どうするつもりであったのか是非、この点を明確は明らかにするべきである。
任意同行を拒否させないと言う不退転の決意があったのか、しかし、これは違法である。
あるいは拒否されたとき、前述のとおり事件の性質から相手が犯人であれば逃走、自殺の恐れも簡単に予測できるがそれに対してどう対処するつもりであったのか、これも是非とも京都府警に明らかにしてもらう必要がある。
通常、逮捕状を取っていても諸処の理由から、現場で逮捕状を執行せず任意同行をかけて警察署なり検察庁なりについてから逮捕状を執行することもある。それは子どもなどの前で逮捕しないとか、逮捕状はあるものの人違いを避け、あるいは一応弁解を聞いて見て、心証を得て逮捕したい場合などある。
そのように逮捕状を得ているが、理由があって任意同行をかける場合はあまり間違いは起こりようがない。
しかし、逮捕状なしで任意同行をかける場合はそうは行くまい。
本件においても任意同行を断る相手に対してなおも説得を試みたため、相手は逃走したとマスコミは報じている。
そうなら、任意同行としては違法である。
逮捕状を持っていて任意同行をかける場合は車に乗せるときでも両脇を捜査官が固め逃走を防ぐ。初めから、留置に備えて洗面用具を用意させて任意同行をかけることも多い。そういうことをするとその時点から逮捕と評価されて48時間の持ち時間はその時点から勘定しておく。
さらに問題は任意同行を拒否されることも予測して、2人や3人の捜査官でなく、少なくとも10人の捜査員を動員して拒否した相手が逃走できる経路はすべて私服の捜査官で囲んでおくのは常識である。本件においてそのような備えがなされたか否か分からない。
そして相手が逃走あるいは場所的移動をすれば数人の捜査員がどこまでもくっついて行くのである。そのような配慮なしに本件任意同行が行われたとしたら違法な任意同行であったか、そうでなければ事件の本質など考えない不的確な任意同行であったと批判するほかない。(2月5日午後9時30分記)
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続報・任意同行・・・京都府警の大失態

京都府警・警察庁、「捜査手続上のミスはなく、自殺に至ったことはやむを得ない」と強弁

1 2月6日各紙朝刊の論調は次のとおりである。
京都府警刑事部長は、今回の任意同行・逃走・自殺について「我々としては最善を尽くした。やむを得なかったと認識している」。男が自殺したことについて「任意の捜査については普段から心得て居るつもりだったが、被疑者があまりにも突然、逃走してしまった」と答えるにとどまった。また、捜査について「問題点はなかった。大変残念な結果になったが、全容解明のための捜査は続ける」と話した。
警察庁は「捜査手続上のミスはなく、自殺に至ったことはやむを得ない」としている。
刑事部長と記者の一問一答
我々は容疑者という認識をもって捜査をしている
(逮捕状)任意同行の段階では用意していない。
一月の末、現場の聞き込み、ビデオに写った男の調べ、遺留品の販売先での捜査などから、容疑性が高いと判断した。
(捜査員)19人。家宅捜索と本人への出頭要請、関係者からの事情聴取の会わせた人数だ。
午前11時7分から捜索開始
200メートルほど追尾したが、見失った。周辺を捜査していた。
午前8時20分から初め、11時50分に逃走した。本人がベンチに座り、捜査員二人が向かい合って話をした。二人のほか四人計六人の捜査員が周辺にいた。
10時半ころから母親が加わった。彼女はそれまで、捜査員から事情を聞かれていた。そこから公園に移った。母親は本人に「行って話をしなさい。信じている」。それに対し、本人は「行かない」と繰り返した。
(逃走する可能性)当然、心構えはしていた。やむを得なかったと思っている。粘り強く説得をしていた。
(逮捕状)午前11時31分に請求のため出発。午後0時45分に交付された。
任意同行の過程に問題点はなかった。我々は最善を尽くした
(逮捕状を請求した根拠)午前11時7分から本人の部屋を捜索する過程で、犯行を示唆するメモが見つかった。自転車を買った店で使った偽名が書かれていた(以上朝日新聞朝刊)。
・・・岡村浩昌容疑者(21)は、遺留品と同じ製品を買った宇治市の量販店の防犯ビデオに写った男と酷似していたことから浮上した。だが、遺留品と岡村容疑者を結びつける指紋など決定的な証拠と欠き、逮捕状を取れないまま、時間が推移。捜査幹部は「勝負をかけるべきか」苦悩した。「2月7日俊希君の誕生日までに逮捕できなければ批判を受ける」と捜査幹部から焦りの声も漏れた。「春の人事異動までに全面解決するには二月初旬に逮捕しなければ」という事情に加え、「二月六日は京都市長選と大阪府知事選が重なり、マスコミや世間の目をかわせる」との判断で五日の聴取が決まった。京都府警が容疑者逮捕に執念を燃やす背景には、相次ぐ不祥事があった。
1998年に銃器対策課の元警部が銃刀法違反で、昨年は五条署の元警部補が収賄で起訴されるなど数年間、暗い話ばかり。「信頼回復には事件解決が一番。絶対に逮捕する」と捜査員は意気込んだ(中国新聞朝刊)。
2 任意同行の選択の誤り
岡村容疑者を京都府警においても重要参考人否容疑者と見ていたことは前記京都府警刑事部長の談話から明白である。
この事件は一か月余り前、小学校校庭で多数児童の見ている目前において、罪もない児童が刃物で斬り殺された兇悪重要事犯である上、以来マスコミでも大きく取り上げられ続けていた。
被害者が児童であること、動機らしいものはないこと、白昼の目撃者の前での犯行であることから、犯人の精神状態に異常があるかも知れないことも容易に予測され、任意同行に簡単に応ずるとは考えられない。
したがって、容疑者と目される人物が任意同行に対してどのような態度に出るか、素直に応ずるか、拒否して逃走するか、凶器などをもって捜査員らに抵抗を試みるか、そのような異常事態の発生を容易に予測できるのである。
相手が素直に任意同行に応じないで、逃走・抵抗を図った場合、京都府警はどのように対処するつもりであったのだろうか?
それに対する明確な対応策がなければ、どのような事態に発展するかも知れないのであるから、任意同行を選択するべきではなかった。
これは結果論ではない。
京都府警刑事部長は最善を尽くしたと言い、警察庁に至っては捜査手続きにミスはなく、自殺に至ったことはやむを得ないと言い放っている。
重要容疑者に逮捕状なく、任意同行をかけたらどうなるか、なぜ上記のように予測し、事態に対応できる方策を練らなかったか、そもそもなぜ、この時点での任意同行なのか。
このような事態に至ったのは、任意同行を選択し、その執行方法を誤った警察のミスである。
警察幹部が以上のように強弁し、ミスを認めない態度には改めて警察不審を覚える。
逮捕状を取る疎明資料に事欠くのなら、機が熟するまで待てばいいのである。刑事訴訟、捜査は迅速に行うことは鉄則である。しかし、確たる見通しもなく闇雲に早ければいいものでは決してない。
中国新聞記事が言うように、捜査の焦りや政治的配慮から、この任意同行の時期が決定されたとしたら、それは本末転倒も甚だしいとしか言いようがない。
3 任意同行の執行の誤り
任意同行は午前8時過ぎから、正午近くまで行われている。
4時間近く任意同行を求め続けている。これも異常としか言いようがない。
あくまで逮捕状のない任意同行であるから、本人が拒否すれば、ある程度の説得は認められるであろうが、4時間の説得は違法である。さらにそのように長時間任意同行を求め続ければ、相手は平常心を失ってなにがなんでも任意同行に応じては大変なことになると強烈な恐怖心を与えることになる。
そんなことは任意同行をかける前に分かっていることである。
また、場所的にも公園で行われているが、部屋の中などと違って第三者もいるし、逃走なども部屋の中より容易である。公園で任意同行の説得をした方法も多分に問題がある。
刑事部長の話によれば任意同行の説得は合計6人の警察官が行っている。
公園という場所的条件を考えれば、警察官の人数の点でも問題がある。
このように今回の京都府警の任意同行の失態は尊い人命を失うとともにこの事件の解明も不可能にしてしまった。
その責任は重大である。「最善を尽くした」「捜査手続上のミスはなく、自殺に至ったことはやむを得ない」などと平然と言い放つ警察幹部をそのままにしておくことはできまい。
4 京都地検の存在
本件のような特異重大事犯については、警察は検察と連携協力して普段から情報交換を密にし、事案の迅速捜査、迅速な刑罰権発動を目指している。
本件についても京都府警が任意同行をかけるについては、京都地検にも報告し、その指示を受けているはずである。
もちろん、検察、警察は別個な捜査機関であり、通常第一次捜査権は警察にあると言われる。
しかし、このような特異重大事案につき、国家刑罰権が適正に運用されるためには、起訴権限を独占している検察が事件発生後直ちに警察と緊密な連携、協力をしなければ実現困難である。
その観点からすれば、今回京都地検が任意同行に同意していたとしたら、警察と同罪である。
もし、今回の任意同行に関与していないなら、普段の警察との連携協力に不十分さがあることは否めない。
その意味から、いずれにしても京都地検も黙りを決め込むことなく立場を明確にして釈明するべきである。
かってに京都府警がやったことではすまされない。(2月6日午後零時30分記)

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続々任意同行・・・遅かりし京都地検・日野小児童殺害事件京都府警の任意同行

1 自殺までの経緯を京都地検が検証へ
私は、この事件について一斉に新聞報道が行われた2月6日の時点で(前回の本事件の論評)、京都地検のかかわり具合とその釈明を求める旨書いている。
それから今日は5日目である。いかにも京都地検の対応は遅すぎる。
朝日新聞2月11日)によれば、<京都市伏見区の市立日野小学校で起きた小学二年男児殺害事件で京都地検は十日、岡村浩昌容疑者(21)が任意同行を拒否して飛び降りて自殺したことについて、「何らかの検証をしなければならない」とし、逮捕状の請求や家宅捜索の経緯などについて事実確認することを明らかにした>とある。
2月10日になって、やっと京都地検は事実確認することを明らかにしたとある。
事件から5日後である。なぜ、その日のうちに調査する決定ができないのであろうか。一寸捜査を知っている人間ならこの京都地検の意思表明は奇異に映る。
それも「なんらかの検証をしなければならない」とは目的も方法も不明確なまま、いやいや重い腰を上げたに過ぎないと思える寝言みたいな訳の分からない言である。

2 刑事事件における警察と検察
通常の刑事事件は、刑事訴訟法において捜査権限は警察にあるとされており、現実にも殆どの事件つまり交通事故や現行犯、窃盗、詐欺などは検察の知らないところで犯人逮捕が行われ、検察庁は事件送致があって初めて事件を知り、検察としての捜査にかかる。それでも捜査についても公訴維持についてもなんら支障はないのが普通である。
しかし、犯人の不明な兇悪重大事犯、犯人の見当が付いても事実認定特に証拠収集に問題ある事件、罪証隠滅、犯人の逃走のおそれなどから着手時期等に問題ある事件などは警察と検察が緊密な連携を取り、警察は適時、適切な報告を行って検察の的確な指揮を受けて捜査をしないと犯人検挙、有罪の維持の観点から支障をきたすおそれが大きいのである。
だから、刑事訴訟法は第一次捜査権を警察の権限としながらも、警察と検察との協調をわざわざ明文で規定している。
 (刑訴192条)検察官と都道府県公安委員会及び司法警察職員とは、捜 査に関し、互いに協力しなければならない。
公訴の維持つまり起訴した事件の有罪判決と適正な量刑の獲得はもちろん、検察の責務である。
そのためには、的確な証拠の収集と犯人の身柄の確保は必要不可欠である。
身柄の確保つまり逮捕権限は警察にも検察にも存する。しかし、逮捕した後の被疑者勾留についての勾留請求の権限は検察の独占するところで警察には与えられていない。
 (刑訴205条1項)検察官は、203条の規定により送致された被疑者 を受け取ったときは、弁解の機会を与え、・・・留置の必要があると思料 するときは被疑者を受け取ったときから24時間以内に裁判官に被疑者の 勾留を請求しなければならない。
そして勾留の理由としては、「犯罪の嫌疑」と「住居不定」「罪証隠滅のおそれ」「逃亡のおそれ」が規定されている。
 (刑訴60条)裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な 理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することが できる。
  一、被告人が定まった住居を有しないとき。
  二、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
  三、被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。

したがって、警察が検察と連携協調を取らず、独断で逮捕したとき、前記の勾留の理由につき判断が異なることもないではなく、検察官は勾留請求に当たって困惑することもある。
量的に多い通常事件においても警察の身柄措置に関する意見と検察のそれとは異なることも珍しくない。
大体は警察の勾留意見に対して検察が勾留理由との関係で消極的な場合が多い。端的に言えば、警察は不必要と思われる事件まで被疑者を勾留して取り調べようとしがちである。通常の事件ではそのような場合、持ち時間内で警察に補充捜査を指揮するが、それでも資料が収集できなければ被疑者を釈放するところとなる。私が現役の時、実際にそのような経過をたどった事件も数件存する。
今回のような兇悪重大事件において、警察が検察と連携しないで独自に被疑者を逮捕したとき、逃走、罪証堙滅のおそれとの関係で簡単には勾留の理由がないからと言って釈放するわけには行かず検察は勾留請求に当たって困難に遭遇することになる。
重要事件であるから、勾留請求が却下されれば警察の独自判断で逮捕したのであるから、検察のあずかり知らないことと言って事件を放り出すわけには行かないのである。
警察は、重大事犯になると別件逮捕(狙いをつけた主要事件では未だ逮捕状を請求できる資料がないため、他のどちらでもよいような余罪で逮捕状をとって身柄を確保し、狙いとする主要事件の取調べを行うもの)を行うこともある。今でこそ、殆ど聞かなくなったが一昔前はしばしば耳にしたものである。
いわゆる別件逮捕をすると例え、狙いを付けた事件につき自白が得られ、他に有力な証拠資料が収集できたとしても別件逮捕という憲法の規定する令状主義を逸脱する重大な違法があると事件そのものの有罪判決を獲得することすら危うくなる。
検察官としては、普段から警察と連絡協調を密にして、本件のような重大事犯については、捜査の進展状況を逐一警察に報告させ、逮捕、捜索差押など強制捜査を実施するに際しては、時期、方法につき検察に事前に相談するよう指導することが肝要である。
警察にそのような指導、指揮をする根拠としては<(刑訴193条)3項 検察官は、自ら犯罪を捜査する場合において必要があるときは、司法警察職員を指揮して捜査の補助をさせることができる。>がある。
なお、本来同規定は検察官が独自捜査をするとき、あるいは送致・送付にかかる事件の補充捜査をするときのことを予測した規定であるとの考えもあろうかと思うが、重要事件で事件送致前警察が直接捜査している時こそ機能させるべき規定であろう。
仮にどのような重要難事件でも警察が独自に逮捕を含む強制捜査をし、事前に検察と連携を取らないでも良いという運用がなされると検察は勾留請求に当たって初めて事件を知るとこととなり、資料を補充して勾留請求することも困難となり、目をつむって勾留請求をして却下処分を受けるか、検察自ら釈放することになり、重要難事件について国家刑罰権の適正な運用は大きく阻害されるところとなる。
私が直接、捜査公判に関与した重要難事件で警察が事前に検察と連携を取らず警察独自に強制捜査したこともあって公訴維持ができなかった事件が二件存する。その一つが、甲山事件である。これは別項で詳しく私の見解は書いているので簡単に触れるに止める。甲山事件については少なくとも神戸地検が知らないうちに兵庫県警が被疑者を逮捕したものである。その後の事件の経過はご承知のとおりである。甲山事件の第一次捜査の際、勾留延長の請求に際して、当時の神戸地検次席検事は、警察が勝手に逮捕したもので、勾留を延長して捜査を継続してもとても起訴できないと思えるので、延長請求はするなという意見であった。この次席検事は、事件の見通しにつき卓抜した感覚を持っていた。しかし、あれだけの重要なしかもマスコミで大きく取り上げられていた事件であり、勾留延長請求もしないで釈放するわけにも行かず、勾留は延長されて捜査を継続したが、結局第一次捜査では嫌疑不十分の不起訴にしかならなかった。
もう一件は(仮にK事件という)昭和53年に広島市近郊で発生した印刷業者被害の殺人事件である。翌年、遺体は山林から白骨化して発見された。事件発生当時、後に犯人とされる男を任意で呼びだして事情聴取をしたり、犯行現場と思える被害者の自宅を検証したりかなりの捜査を警察が独自に行っていた。しかし、これという証拠は発見できず、事件送致も行われなかった。
事件発生といっても発生当時は事件か、蒸発か必ずしも明確ではなかったが、警察は検察に対して事件発生も遺体発見もごく形式的な報告で済ませていた。ところが事件後5年経過して、犯人と考えられた男は京都で殺人を犯して逮捕起訴された。広島県警は、これを利用して逮捕した。もちろん、自白は得られず、公判でも否認、一審に10年くらいかかったが判決は無罪であった。
これも警察が的確な検察の指揮、指導を得ないで独自に捜査したこともあって真実の発見を著しく困難にしたものであった。
広島の捜査は行き詰まって5年間近く進展がなく、証拠関係に変化がないのに京都で偶々事件を犯して勾留中であることだけを奇貨として逮捕したものであった。被疑者が自白して、それに基づき有力な証拠でも発見されると言う幸運に恵まれないと本来起訴もおぼつかない事件であった。
このように重要な難事件を警察が検察と協力しないで独自に強制捜査すれば結果が失敗して、結局国家刑罰権の適正な発動が阻害される可能性が大きいのである。

3 本事件と京都地検の関係
今回の日野小児童殺害事件の犯人とおぼしき参考人の任意同行実施につき、京都府警は京都地検と緊密に連携をとり、協力して行ったのであろうか。
京都地検は、任意同行の実施を承諾したのであろうか。
<「何らかの検証をしなければならない」とし、逮捕状の請求や家宅捜索の経緯などについて事実確認する>と報道されているところを見ると任意同行実施の可否は含まれていないから、京都地検の承諾は得られていたのであろうか。新聞報道からは、その点不明であるが、前回も触れているように京都地検が任意同行実施に際して京都府警から相談を受けていないとしたら、そのような日常の警察に対する指導が不十分であり、仮に京都地検が任意同行を承認したのなら、京都府警と同罪である。
任意同行を拒否された場合の明確な対応策がないのに強行したため、今回の結果になったもので、被疑者の人命を失い、国家刑罰権の発動も不可能にしたという意味で任意同行実施を決定したものは懲戒処分相当である。
決して予期できない結末ではなかったのである。
京都地検も任意同行を承諾していたのなら、幹部の懲戒は必要である。
承諾したものでないとすれば、日常の警察に対する連携協調の行動を怠ったものでやはり、今回の結果について責任は免れないと考える。      (2月12日記)

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