5日目 11月21日 (火) ハノイ→フエ 晴れ

 嵐のまえの静寂

ハノイをたつ日の朝,私達は慣れ親しんだアコチャンの家を家族のみんなと一緒に出かけた。りりちゃんそしてTさんとはここでお別れ。
本当に楽しい時間をありがとう!!
9:00,私達2人はハノイの中心部にあるソフィテルホテルのカフェでクロワッサンを食べた。クロワッサンと紅茶で2ドル(米ドル)。
なかなかくつろいだ時間だ。
9:50アコチャンが迎えに来てくれた。飛行場に行かなければならない。
アコチャンともここでお別れ。沢山の心使いありがとう....
私達は運転手さんにノイバイ空港まで送ってもらった。


 どうなっているの?

10:40ハノイ空港に到着。閑散とした空港のカウンターを見ると私達が乗る飛行機「ベトナム航空247便」の札がかかっている。
昨日リコンファームをしたから時間の問題はない。ベトナムの国内線は本当によく時間がかわる。昨日もリコンファームをすると12:10発が11:50に
変わっていた。危ない危ない・・・。列がすでにできていたので私達も何気なくチェックインの為に並んでいた。

ここからが私達の大アクシデントのはじまりだった。
並んでいてもいっこうに列は進まない。それどころか一部の人がチェックインしたっきり何もカウンターでうけつけなくなったのだ。
どうしたんだろう??
時間はどんどんたっていく。私達が乗るはずだった時間がもうじききてしまう。それでも何もアナウンスが無い。
さすがにまわりもザワザワしはじめカウンターには人がたかりはじめた。
...過ぎてしまった。私達の飛行機はどうなっているの??
こういうときは噂やデマが先行する。「飛行機がないらしい」「故障らしい」「天候がわるいらしい(こんなに晴れているのに?)」
カウンターにつるされていた「VN247」のボードが突然はずされた。
そしてカウンターの職員がパニック状態の中,紙をくばりはじめた。

「NOTICE TO PASSENGERS
 Vietnam airlines regrets to advise that your flight no VN247 from Hanoi to Hue has been overloaded due to SPECIAL reason....」

そしてその紙にはこうかかれていた。
「ベトナム航空はあなたの為にVN2471便を用意します。新しいフライト時間は18:20発。そして到着地はダナンです。
ダナンからフエはベトナム航空のバスで向かいます。
またベトナム航空はお客様1名につき20万ドンを支払います。
とにかく出発の時間まで下記のホテルにお願いします。
ホテルはLAKESIDE HOTEL。お部屋は2名につきスタンダード1室です。
そしてそこで昼食をとって頂きます。
本当にベトナム航空は申し訳なく思っています。どうかご理解とご協力をお願いいたします。」
    

 2人とも頭が真っ白になってしまった。
 まず、ダナンってどこなんだろう?地球の歩き方をすぐにだして地図を見る。ダナンはフエを飛び越えて少し
 ホーチミン方面に下がったところにあった。
 時計をみる。今は12:30。そして新しいフライトが18:20。ということは私達のフエでの半日はおじゃん・・だと
 いうこと。

 それでも納得が行かなくてしばらくごったがえした空港のカウンターにとどまっていた。
 後ろから日本人のおばさんに声をかけられた。「すみません、どうなってるかわかる?」大阪弁のオバサンは
 ベトナムにもう4回も来ているらしい。

 事情を説明する。状況を整理すると,こういうことだ。
 まず、正規の飛行機が故障,かわりの飛行機が小さい飛行機に変更された。
 そこで団体客だけのせたところで約60名近い個人客があぶれてしまったのだ。
 このほとんどがフランス人だと思われる。日本人はどうも声をかけてくれたおばさん夫妻5名くらいだ。

 そしてこれからのフエへの長旅の間,この日本人の方々と行動することになった。
 (精神的にとても助けられた。こういう時には日本人同士見つけるとすごく安心する)






 LAKESIDE HOTEL  

ベトナム航空のマイクロバスが出発した。私達はパニックの中,荷物だけチェックインさせ指定のホテルレイクサイドまで向かった。
荷物のチェックインも一苦労だった。係員がパニックになっているため行き先の札をめぐって喧嘩じょうたい。「フエだ・・」「ダナンだ・・」。
私達はこれで荷物もなくなるのでは??と心配になったが,一応預けてホテルへむかったのだ。
ホテルでは無条件にパスポートを没収される。またまた不安がつのる。
ほとんどここではアナウンスと言うものがない。聞いた人がまた次の人に伝えるという感じ。

13:00少し前に到着し、13:00から食事のためにロビーにくるように指示をうけた。
食事は中華のフルコースだった。私達は2組の大阪からのご夫妻,そして信州大学に留学しているベトナム人ガイドをつれたご夫婦と一緒の席
にならんだ。英語が少しは聞かれるのだがわかりにくい。頼りはベトナム人ガイドの彼。
日本語に訳してもらえるのでなかなかありがたい。

 食事がすんで16:00出発の時間まで私達はホテルの部屋に入ることにした。
 行動的なおばさんたちは近くまで歩いて買い物にいくらしい。私達はすっかりくたびれてしまい、部屋でのんびりしていた。
 外はとてもいい天気だった。ホテルの部屋の窓からは湖がみえた。
 ガイドブックで調べると湖はサンボー湖らしい。このホテルは台湾資本とのベンチャーホテルで新しく作られたモノだそうだ。
 確かに居心地はいいのだが気持ちはこの先の不安でいっぱい。
 本当に私達はフエにたどりつくのだろうか?


こんな状況になって私達はTさんの携帯に電話した。
「そうですか・・」Tさんが話してくれたのはこの先の大変なルートのことだった。ダナン→フエの間の峠はハイヴァン峠といってかなりの難所らしい。
険しく,日本でいうなら箱根の山を二つ越えたような峠らしい。「ダナンに泊まったら?」Tさんが勧める声を聞きながらだんだん恐ろしくなってきた。


 ダナンへ

16:00の出発..とはいえどんなことが起きるかわからない。15:30にはロビーにおりていった。
さきほどのおばさんたちももう集まってきている。キーをフロントに渡し、パスポートを戻してもらう。まずは第一関門突破。
16:30ベトナム航空のマイクロバスがくる。私達はそれに乗り込んで30分くらい離れた空港へ向かった。
今度こそ出発の為だ。

空港につくと係員が20万ドン返却の手続きをしてくれた。
これだけ待って,半日つぶされてそれでもって2000円。でも20万ドンあれば食事はできるのだ。
返してもらえるだけ良しとしなければ。
17:40チェックイン。こんどは空港待合い室へと向かった。これで第2関門突破。(でも関門は何個あるんだろう?)

 まるで病院の待合室の様なところ。グレーのイスだけが並び店はほとんど何もない。
 売店があるが必ずおいてある、m&mのチョコやハノイのお菓子が少しならぶだけだ。
 国内線なのだから仕方がない。
 アコチャンに電話をかけた。電話交換手がいるので番号を告げると,回してくれた。
 Tさんから状況は聞いていたようだ。もしまた飛行機が出ない事があったらアコチャンの家に戻らせてもらうことに
 したのだが..願わくばそうはなりたくない。


18:20が過ぎた。予定の時刻になっても出ないことにさすがに乗客もあきれている。
ニャチャンからつくはずの飛行機がおくれて今度は飛行機自体がないとか。
どうなってるの?一体。

ベトナム人ガイドの信州大学生がフエのお菓子を配ってくれた。
売店にうっているらしい。ウグイスもちみたいなお菓子でおいしい。
かかっていたボードの時刻が19:10と直された。フランス人のおじさんがすかさず「1」をけした。とたんに「9:10」になる。
それをみた何人もが明日になったのかと慌てている。どうやらおじさんは酔っているのだ。
すっかり陽気でご機嫌になっている。なんでこんな時に?いやこんな時だから飲まずにはいられなかったのかも。
19:10定刻?通り飛行機が飛び立った。
こんどはプロペラ機。小さくて古くて揺れる機体だった。


ダナンからフエへ

飛行機は予定通りの時刻についた。約1時間の安心?した旅もあっと言う間に過ぎてしまった。
ダナンの飛行場から荷物を出したのは20:30。
そしてベトナムエアラインの用意した大型バスに乗り込みフエに出発した。
出発時間21:00。回覧されてくるノートに自分たちの名前を記入する。

ダナンからフエの道は海抜600mハイヴァン峠を通っていく。
峠道はウネウネと細く車が行き交うことは難しい。
おまけに日本のようにガードレールもない。
舗装も悪く路肩には落石がごろごろ.....
こんな街灯もない真っ暗の道をこれから3時間半かけて進んでいくのだ。

私たちの大型バスは、タイミングを見てのろのろと走るトレーラーを一気に抜いていく。
カーブであろうと対向車がこようとお構いなしに!!

バスの中には陽気なフランス人たちがお酒を飲み騒いでいる。
でも大半の人たちは疲れ切って言葉もなく静かに眠っていた。




 本当のハイヴァン峠
(個人旅行ベトナムより)
  チューンソン山脈が南シナ海と出会う風光明媚な場所にある。
  ハイは海/ヴァンは雲の意味。
  海抜600mの高さから見下ろす海と雲間にそびえる山々の眺めは壮観。
  峠の頂上にある砦は19世紀の初めにフランス軍が設置し後に南ベトナム軍と米軍が
  使用したモノ。15世紀にはチャンパ王国とベトナムの国境があった。
 

 


ちょっとまってよ・・・・本当にどうしてこんなところを夜の9時すぎになってから走っているの?
しかも3時間半もかかって。
2時間半くらい走っただろうか?山の途中でバスが泊まった。
どうもトイレ休憩らしい。
降りようと思ったのだが,どこにもトイレなど無い。真っ暗な本当に先のみえない山の中で男の人たちは用をたしている。
バスのテールランプの明かりだけがを頼りである。
しかし、女の人は怖くてそんなことはできそうにない。YURIも初めは行きたがっていたが,怖さには勝てず我慢することになった。


夜中のフエ

 バスは走り続ける。約1時間近くで平坦な道にたどり着いた。
 どうやら町に着いたらしい。私たちが苦労に苦労を重ねてやっとたどり着いた「フエ」である。
 ベトナム王朝最後のグエン朝(1802〜1945年)の都がおかれている町だ。
 日本の奈良のように独特な時間の流れを感じると言われている。

 でもそれにしてもたどり着いたのは夜中の1時くらい。
 ゆっくりした時の流れからみると,こんなlことはなんでもないかもしれないけど。
 しかもベトナム航空オフィスがあるトゥアンホアホテルの前に到着したのだ。

 荷物が下ろされる間に,この激動の時間を共にした日本人のみなさんと無事に着いたことを喜んだ。
大阪のおばさん達は明日朝6:00位に朝市にいって買い物をしてすぐにホーチミンにいくらしい。
すごいタフな人たちだ。

今日,私たちが泊まるホテルはフォンザンホテルだ。フォン川のほとりにあるホテルだが,詳しい事はもう夜遅いから明日にしよう。
トゥアンホアの前にはシクロもタクシーもまっていた。バスの到着がわかると集まってきている。
そしてそれぞれがタクシーを拾って別れていった。私たちもタクシーにのる。すごく近い為運転手の不満そうな声と顔がわかった。
だが今日のスケジュールをこなしてきた私たち,ここで負けてたまるか...と無視,無視。

 車はすぐにホテルの着いた。おかしいことにホテルは正門がしまっていた。運転手が車から降りて開けてくれる。
 ようやくチェックイン。
 ホテルの人も私たちを見て苦笑している。
 ホテルの部屋に着いた。ルームナンバー229。
 長い長い長い長い1日。それでも無事についたのには感謝しなきゃいけないかな。


 
       でもこれだけじゃすまないよ・・・このあとの旅行も。
今度は何がおきるの?