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トゥドゥック帝廟
午後の観光はこのトゥドゥック廟から始まった。市内から車で15分くらいの山にある。1864年2月から約3年間費やして
作ったものだ。
36年間と在位期間がもっとも長かった皇帝のお気に入りの別荘だ。蓮の花がたくさんさく池の無効に木造の
建物(楼閣)があり,皇帝はここで釣りをしたり詩をつくったりしていたらしい。
先ほどの王宮同様にこの時期は蓮の花もなく、池はよどんでいた。そのせいか木造の楼閣も寂れて見えた。
楼閣の中から池をのぞんだ。もし蓮が一面に咲き誇っていたら思わず詩を作りたくなるだろう..
目を閉じて遥か昔の光景を浮かべていた。
トゥドゥック帝は13人の妻がいたが世継ぎがない。
そのため石碑には後悔の念が書かれている。また彼の身長は1mくらいだったらしい。確かにのこっていた靴は子供のモノのように小さかった。
廟に遺体はある?
このトゥドゥック帝廟には皇帝の墓がある。しかし、ここには遺体が埋まっていないとされている。
皇帝が亡くなると家来は一緒に死ななければ行けないとされていた時代。
そのため,皇帝の死を隠し、持ち逃げしたとされている。皇帝はいずこに??
カイディン帝廟
グエン朝12代目のカイディン帝が眠っている。
1920年からカイディン帝が亡くなった6年後の1931年まで12年かかって作られた。ちょうど雨が強くなってきた中で,何段あるのだろう?
石段がそびえ立っている。
松林や畑がみえるチャウ山の中にあるこの廟はいままでと少し趣が違う建物だ。今までのが中国を感じさせるならこの建物は,中国をベースにヨーロッパ風の彫刻を施している新しさを感じる。
中がくらくて見えにくいがうっすらと金箔で光っている左の写真が玉座にすわるカイディン帝だ。
皇帝の遺体はこの下にあるそうだ。
壁はかなり鮮明なモザイクになっている。これはバチャン陶磁器やガラスをステンドグラスや卵細工のように張り付けて
いる。根気のいる仕事だ。その中には日本のビールの瓶も含まれていることをきいた。
この時期はやはり、観光シーズンではないらしい。
日本の観光地のようにお土産物やはあるのだが,細々とやっている。
ここで見かけるのは大半がフランス人だ。しかし,一組だけ日本人の女の子を見かけた。
大学生らしい2人組。写真をとったり、メモを書いたりしている。
このときには,まさかその彼女たちとお知り合いになるなんて・・思いもしなかったのだ。
寒かった散歩
フエの観光も一通り終了した。
14:40と思ったより早くおわり、一度ホテルでゆっくりすることにした。
しかし、そうそうのんびりもできない。
明日にはもうフエからホーチミンへ移動してしまう。昨日の分もとりもどそう・・・15:00から散歩に行くことにした。
雨はだんだんひどくなっていた。
フォンザンホテルをでるとレロイ通りをまっすぐ歩いてみる。
フーン川を右に見ながらまっすぐにすすんでいくと,センチュリーリバーサイドホテルがある。
ここもフォンザン同様に老舗のホテルだ。さらに歩いていくと追いかけてくるようにシクロがついてくる。
無視して歩いていても結構しつこくついてくる。
地図のコピーを片手に歩いてみた。角にサイゴンモリンホテルが見えてきた。
ここはピースインツアーから候補にあげられた1998年改装のホテルだ。見た目もフランスの洗練された
ホテルだ。さらに歩いてみる。
目当ては「ベトナムセンチメンタル」の本にでていたパゴダカフェ。お寺の1Fを洋楽ガンガンにかけたカフェだとかいてあったので、そのミスマッチを
楽しみたかったのだ。それにさすがに足も疲れてきていた。
というのも実は道がわからなくて何周も同じ所を歩いていたからだ。しかし、このカフェ結局はあるはずの場所には見つからなかった。
多分もうクローズされているのでは?
見つからないまま,今度は夜のレストランの場所を事前に確認にいくことにした。
これがまたみつからない。地図は細かい道まで書いていないため途中でわからなくなってしまうのだ。
メインの道を1本はずれると怖いくらい寂れている。家が壊され職人がたむろしている道,人がだれも通らない道...。この辺にあるはずだと
思いつつ見つからない。警戒心とあせりでけんかが多くなる。
細い道の途中では小さな市場が並んでいた。野菜や果物が並んでいる。緑色のオレンジもおいしそうだ。
雨がかなりひどくなってきた。ドロドロの道を歩きながらまだ見つからない店を探す。
舗装されていない道はデコボコで雨がたまっている。そこをシクロや車がしぶきをあげて通っていくのだ。
もう見つからない??と思った時に、お店を発見。
キンドホテルのあたりをまわったり、地図にはなかった川のほとりの橋がかかっているのを見つけたり・・
迷いながら自分の足であるいて行くことは,とても面白い経験になった。たとえ喧嘩してもね。
みちゃった・・日本人の団体
雨はどんどんひどくなってくる。ようやく帰りついたホテルのバーでお茶をのんだ。TEAだが、中国茶に何故かハチミツとライムがでてきた。
一応チャレンジしたが想像してみよう・・ウーロン茶にライムとハチミツじゃああまり合わない。このお茶の正体はわからなかったが余り美味しくは
なかった。びちょびちょになって,寒くて部屋にもどる。
時間は17時。15:00から外に散歩にいったのだから2時間も近辺をさまよっていたことになる。
2人とも1時間ベットに大の字になってしまった。
そろそろ夕食にいかなければ。もちろんこのホテルにもレストランはあるのだが、ここは王宮料理が有名なところ。
昼間に食べたこと,KOJIROのえびアレルギーが心配なこともあって先ほど場所の下見をした店にいくことにした。
ホテルの廊下を歩いていたら日本人の団体(男の人ばかり)が民族衣装をきせられて何かを待っていた。
そしてドラの合図で大きな扇をもって先導する人・・宮廷料理ロイヤルの予約メニューである民族衣装をきて食事をする団体だったのだ。
1人8000円くらいするこのコース。はじめは少しやりたい・・と思っていたが見ていると完全に見せ物になっていることがわかった。
さっきまでロビーだったイスはレイアウトが変えられ皇帝,お后,その家来の食事風景に変わっていた。
おじさんしかいないためお后役の人にガイドらしきベトナム人が「アナタオキサキ。オカマね・・」といっていた。
通りがかる人はみんなみている。落ちつかない雰囲気だ。
やらなくてよかったと,つくづくおもった。(俺がとめたんだよ・・・by KOJIRO)
ハノイのTさんおすすめ アムフーへ
ホテルからはシクロで行くことにした。ハノイではアコチャンが乗せてくれたが私たちだけで交渉するのははじめてだ。
雨がひどいからどうしてもシクロでいきたかったのだ。
交渉ごとはKOJIROの出番だ。ホテルを出たところにはシクロがたむろしている。本当はホテル前にいるのは高いと
言われていたが,この雨には勝てない。
初めに15000ドンだと言ってきた。日本円では150円。
だが、ベトナム生活ももう6日目。なんとなく生活の感覚がつかめてきているのだ。この金額はかなり高い。
足もとをみているのに違いない。
KOJIROは「もういい」と歩き出す。YURIはこのままのれなくなるのでは・・と心配している。
だが交渉成立。8000ドンにねぎって2人でのった。
ここではじめて気がついた。ハノイのシクロは2人すわってもゆったりしていたのだが、フエのシクロはどうみても1人しかすわれない。
どうするの?2台?
するとおじさんがまずKOJIROに座れとシートを指さす。KOJIROのすわった股の間にYURIがちょこっとすわり、
足下に持ってきていた折り畳みかさを開いてしぶきがかからないようにしろとジェスチャー。
確かにこの雨のなかでも,こういうスタイルでのっているとさほど濡れずにすんだ。
おじさんがとまった・・・。ちょっと待って、ここはアンフー。私たちが生きたいのはアムフー。
紛らわしいのだがフランス人に大人気のしゃれた新しいベトナム料理店につれてきてくれたのだ。
この2軒,けっこう近くにあり、実はさっきの散歩で私たちもまちがえたのだ。
おじさんにアムフーだというと,「いやー間違っちゃったよ・・」というはずかしそうな顔をして(そう見えた),
また走りだした。
値切った上に場所も間違えて,しかも2人,さらに大雨。おじさんついてないね。
でも乗せないよりはましかな?
目的の店アムフーは地元の人がおいしいと評判の店だ。地球の歩き方にも日本人旅行者で密かに人気とかかれている。さあ、夜ごはんを食べよう。
アムフー(Am phu)のおすすめはポーク
外の雨の音がだんだんひどくなっている。店は路上に面していて大衆食堂と言う感じだ。
隣では地元の人たちが家族でワイワイ騒いでいた。子供がビャービャー泣き,走り回っている。
そんな中でTさんや地球の歩き方お薦めをたのんでみた。
「グリル ド ポーク」と「魚の煮付け」そして、「ミセラネオウスライス」3品を頼んだ。
グリルドポークは炭火で焼いた豚肉と山盛りに盛られた葉っぱをライスペーパーでまいて
ミョクマムを付けて食べるもの。この焼き加減が実においしい。
下手な焼き肉やより美味しいんじゃないかな?味はタレにつけこんであり、醤油ベースだ。
巻き込む葉っぱには生のもやしやレタスのようなもの、ミント,ウリ?そして香菜が入っていた。
なまのモヤシは少しあおくさかった。
魚の煮付けは甘辛く,ミョクマムで煮付けている。それをキュウリやトマトと一緒にたべるのだ。
日本の煮付けよりこってりしたかんじだった。
ミセラネオウスライスはごはんにローストポークと野菜をいため,えびらしきフレークを少しちりばめた炒飯のようなライスだ。
KOJIROのアレルギーに注意をしながらも食べてみた。
味はそこそこ美味しい。
ローストポークがとにかくいい味をだしているのだ。

食べているときに大きな犬がうろうろしていた。ここの店の犬らしいが余り衛生的ではない。
もちろん店自体もきれいではないが...。
急に生野菜も大丈夫か心配になってしまった。もともとあまりオナカが強くないYURIは急に具合が悪くなって
思わずトイレをかりてしまった。(ベトナムのトイレ事情はまた後ほど説明するとして・・・。)もちろんきたなかった。
だんだん寒くなって来た。雨もまだひどく降っている。来たときよりも大降りだ。
何となく早く帰りたくなってきた。私たちはシクロをひろった。さっきは8000ドンだったが今度は2人で10000ドン。
まあ、大雨だし仕方ないか。

小さなシクロの乗り方も2回目だからよくわかっている。
傘のさしかたも慣れたモノだ。
さあ、フォンザンホテルの部屋に戻ろう。お部屋はオリエンタル式の内装だ。
ゆっくりくつろいであしたのホーチミン行きにそなえよう!!
ハノイから苦労して苦労して入ったフエ。ここは確かに時間の流れがゆっくりだった。
京都に感じる懐かしさはやはり、私たち自身もいにしえに生きていた名残なのだろうか?
この気持ちを大切にホーチミンへ移動する予定だったのに・・・・
またKOJIRO&YURIになにかがおきる・・・??