幼子と語彙の範囲の一日を過ごし血圧の薬など飲む

万物の深き悩みを照らす陽よ死んでの後の事は判らぬ

草原に寝転び五体で聴いている川のせせらぎ木々渡る風

坂道を追い越して行く人多くわれの追い越す一人だになき

お母さんあなたの生きた年齢を十五も越えてしまいましたよ

もののみな鎮まる夜更け一日の顔の険しさ落として眠る

風吹けば風になりたい秋の昼椅子軽やかに引いて立ちたり

明るむと言うにあらねどガラス戸の外ほの白し雪夜醒め居る

ときめいて人待つ心いまだあり紅茶に絞るレモン一滴

軒先の夜干しの綿シャツ揺れており光りおぼろの十五夜の月


振り向いてくれぬ齢と言うなかれ時に楽しく紅など選ぶ

逢うよりも別れる事が多くなり少し汗ばむ初夏のTシャツ

ふうらりと揺れて漂うわが心どっちつかずの歩を運びおり

飲めぬ身に葡萄の酒を少しだけ言ってしまった我が儘ひとつ

よく笑う少女一群れ乗車して春がざわざわ近づくような

過不足のなき日常と思えども人が走れば穏やかならず

暮れてなお繁くなりゆく雨の音おとの狭間を走る人あり

地震後の仮設の屋根に散る桜ひかりのような映像を見る

わが思い見透かす人よ誰だって人に話せぬ一つや二つ

夫も子もわれも独りの時もてば寸劇の如し夜の家族は

人を恋う思いの如く雨の中振り向いて又白梅仰ぐ

とりどりの傘が行き交い雨の日の街は優しき顔取り戻す


初恋の人よりの文「この島で不器用に今も生きております」


パソコンに残るアドレス消せぬまま又冬が来る君亡き後を

東海の小島に遊ぶ夢醒めて籠もれるわれの風邪癒ゆるらし

死を選ぶ若者多し世の中を切って捨てては何にもならず

見切り値の熊手が売られしゃんしゃんしゃん手締めが響く三の酉市

目を閉じて「ざわわざわわ」と聞く夜は哀しみわれを吹き抜けてゆく

一杯のコーヒーと猫の欠伸だけささやかなれど今が最高

わたくしの入る余白はありますか恋をしていたあの日のように

豆撒きて今日より福の神と住む身に飼う鬼と折り合いつけつつ

主婦として秋茄子洗う定年もあらざれば常に濡るる両手か

始発車が暗い寒さを押して来る北国行きの師走のホーム

振り塩にぎょろりと光る秋刀魚の目人間共を見返している

友の輪に入ってゆけぬ幼子が卵のように丸まって寝る

エプロンのまだ立ち話大根の覗く袋に秋の陽ななめ

黒々と重たき傘の連なりてその先見えぬ旅にいで行く

唐突に友の死を聞く電話口朽木のようにわたしは立って

よ〜く寝た筈の夫が眠たげな顔ではりはり胡瓜噛みいる

カソカソと蜻蛉の骸吹かれおり我が身回りを過ぎて行く夏

口開けて見ている歯科の窓越しに辛夷の花は今盛りなり