
山手の丘は、関内の居留地の端から上がりますが、その地形から外国人達は「ブラフ」と呼んでいました。
山手の丘は小高く、丘に登ると景色が一変します。尾根が痩せていることから、景観の勝れた両側を同時に見渡せる場所がいくつもあります。
こうした景勝地に最初に目をつけたのはオランダで、開港の翌年の万延元年(一八六〇)六月には、山手に領事館の移転を幕府に提唱しています。
その後、各国の公館も山手への移動を希望しました。
実際には山手に最初に建った外国公館は、オランダではなく、慶応二年に山手120番に建設されたイギリス公使館でした。その後、フランスなどの公使館や領事館が建ち並び、住宅も建ち始め、山手は外国人のための高級住宅地となっていったのです。
「山手・洋館巡り1」では、横浜市が復元の上、維持管理、活用している洋館を始め、開港時代に開かれた学校、教会、墓地、公園を、「山手・洋館巡り2」では、昭和初期に建てられた横浜市認定歴史的建造物に指定されつつ、現在も一般の方が住まいされている洋館をご紹介します。