「山手・洋館巡り2」タイトルバナー

ようこそ、「山手・洋館巡り2」へ!

いんでっくす

はじめに
岡田邸山手76番館(長谷川邸)
BEATTY邸宇田川邸
石橋邸松原邸

はじめに

 「山手・洋館巡り2」では、山手地区に昭和初期から建ち、横浜市認定歴史的建造物に認定されながらも、現在も一般の方が住まいされる6軒の洋館をご紹介します。訪ねられる際は、山手が風致地区、文教地区に指定されていても、そこに住む方の生活があるこにを十二分、配慮されるよう、お願いいたします。
 「山手・洋館巡り2」で紹介する洋館を訪ねるには、まず、「山手・洋館巡り1」に記された「ベーリック・ホール」の前に立ちます。
 「ベーリック・ホール」に向かって、すぐ左隣に「岡田邸」が建っています。

岡田邸

岡田邸  岡田邸は、建築年代、設計者が判明している数少ない住宅の1つで、平成11年(1999)2月に横浜市認定歴史的建造物に指定されています。
 昭和4年(1929)という昭和初期の典型的なタイプの木造2階の洋館で、設計は宮内初太郎、施工は宮内建築事務所であることが知られ、外観はシンプルな意匠の中にもベイ・ウィンドウを2箇所並立させ、縦長の連窓によろい戸がつくなどの特徴があります。

 岡田邸の玄関に向かって左側の路地を入り、少し進むと、左側に「山手70番館(長谷川邸)」があります。

山手70番館(長谷川邸)

 山手70番館(長谷川邸)は、設計、施工とも不明ですが、昭和初期の木造2階の貴重な洋館として、平成13年(2001)8月に横浜市認定歴史的建造物に指定されています。
 急勾配の大屋根がかかるのびやかな印象の洋館で、円形、六角形、八角形などさまざまな形の窓が外観に変化を与え、市松模様の施された煙突など、独特な細部意匠をもっています。
山手70番館(長谷川邸)

 ベーリック・ホールを背にし、山手本通りを渡り、左に横浜雙葉学園の校庭を見ながら路地を入っていくと、最初の右側の角に「BEATTY邸」があります。

BEATTY邸

BEATTY邸  昭和7年(1932)に木造2階として建てられたBEATTY邸は、設計、施工とも不明ですが、屋根は切妻、マンサール形式で、ハーフ・ティンバー風の飾りをつけ、複雑な屋根構成をもっています。外壁はドイツ壁風の独特な仕上げで、玄関部分にはポーチがあり、三連ポーチと人造石洗い出しのコリント風柱頭飾りがついています。
 平成6年(1994)11月に横浜市認定歴史的建造物に指定されています。

 BEATTY邸と横浜雙葉学園との間の路地を更に進むと、次の角に「宇田川邸」があります

宇田川邸

 大正14年(1925)、イギリス人H.C.ピゴットと結婚した日本人妻桜井ミツが、震災後にこの地を取得し、木造2階の貸家として建てたのがこの建物でした。設計、施工とも不明ですが、大きな切妻屋根が特徴的な洋館で、東側に張り出した窓、南側屋根にドーマー・ウィンドウがつけられています。
 平成3年(1991)12月に横浜市認定歴史的建造物に指定されています。
宇田川邸玄関ポーチ

 宇田川邸に向かって左隣に「石橋邸」があります

石橋邸

石橋邸  木造2階の石橋邸の建築年代は昭和初期、設計、施工とも不明ですが、南面に突出した玄関ポーチがあり、全体としては典型的な箱型プランの洋館です。玄関ポーチの上は部屋に取り込まれ、サンルーム的な扱いとなっています。窓は二連式の上げ下げ窓で旧態をよく保っています。
 平成3年(1991)12月横浜市認定歴史的建造物に指定されています。

 石橋邸の向かいに「松原邸」があります。

松原邸

 松原邸は、昭和4年(1929)木造2階の建築で、設計、施工とも不明ですが、東西に長手の片廊下ともいえる間取りで、アーチを配した玄関ポーチが北側に、西側壁面には張り出し窓、屋根は切妻でフランス瓦を葺くなど、西洋館の特色をよく備えています。建物の維持管理もよく、快適に住みこなされていることがうかがえます。
 平成6年(1994)11月に横浜市認定歴史的建造物に指定されています。
松原邸玄関ポーチ

 「山手・洋館巡り2」はこれで終わりです。
 引き続き、「山手・洋館巡り1」を訪ねてみてください。

参考資料 「都市の記憶」改訂第3版
  横浜市教育委員会 文化財課
  横浜市都市計画局 都市デザイン室


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