春日神社の紹介と泉佐野の布団太鼓の歴史を簡単に紹介致します。

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 泉佐野市 春日神社

大阪泉州地域の南側に泉佐野市があり、
関西空港の玄関口になっており古代から由緒ある土地です。
光仁天皇時代、阪上仮苅田麻呂が奈良の春日神社に勧請したのが春日神社の起源であります。
長兄天皇の時代に阪上正澄が社殿を造営し、明治五年に村社となり、
明治四十一年、旧佐野町内の二十九の神社が、全部現在の春日神社に合祀されました。
(参考:大阪の太鼓台より)



 泉佐野布団太鼓の歴史

泉佐野市の布団太鼓は、いつの頃始まったのかは不詳ですが、里井家の小文書より布団太鼓が天保年間には、有った物と思われますが、形や姿はどのような物だったかは不詳です。また、明治期四十一年七月二十四日・二十五日の「太鼓台垣出願」佐野警察署長へ出願し許可を得ると書かれています。
現在、泉佐野には大人布団太鼓が三台あり、子供布団太鼓も三台あります。野出町と新町の太鼓台が、明治中期以降大正初期頃の製作で、また、春日町の太鼓台は、江戸時代末期頃の製作かと思われます。
また、昭和三十年頃 新町には二台の太鼓台があり、その中の少し小さい方を本町が購入し、その年の祭礼に本町が、その太鼓台を垣出しましたが、その後、町内にて解体し廃絶に至っております。

春日町、新町、野出町 三町の布団太鼓は、夏祭り、春日神社祭礼、毎年七月海の日の連休に春日神社に奉納されています。
大漁満足と海上安全を願い、魚師町である浜三町(新町・春日町・野出町)の町内から垣出されています。

祭りの見所は泉佐野駅下がりから駅下がり商店街、紀州街道周辺(つばさ通商店街・春日通商店街)です。
宮入は、紀州街道筋の春日神社で催行されています。
平成十二年からは、祭りを盛り上げる為、「佐野祭り保存会一同様」による御献灯が、駅前など三ヶ所に設置されるようになりました。「佐野祭り保存会一同様」の御苦労により、ますます祭り自体が盛り上がりを見せています。

春日神社の夏祭り(佐野祭り)は、貝塚の夏祭りや、百舌鳥八幡宮の月見祭りのように、あまり有名では ありませんが、勇壮さや荒々しさ、また心意気は一歩もひけをとるものではありません。

泉佐野の布団太鼓の材質は、淡路型・堺型・大阪型の黒檀・紫壇が主流に対し、貝塚の太鼓台と同様に欅材が主で、部分的に黒檀・紫壇等が使用されています。
また、形式は淡路型・堺型・大阪型ではなく、貝塚型に似ています。貝塚の布団太鼓は、
布団の上にトンボ、魔羅、がありますが、それらは無く、また高欄部分が違っています。
布団締めも三本締めではなく、二本締めです。
泉佐野の布団太鼓の布団締めには、金糸、銀糸 昇り龍・下り龍や、戦国武者の綺麗で美しい刺繍がされている重宝な布団締めを使用しています。
(参考:大阪の太鼓台より)




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