年寄りがヒマつぶしに開いている、
教育書の読書録を中心にした日常雑記です。
古くなったものは適宜削除します。

〈7・9〉
拙稿2編
「上野省策と斎藤喜博」『事実と創造』(一莖書房)6月号
「斎藤喜博の童話を解読する」同上誌7月号
上記2本の論文を続けて書きました。どちらも70枚ほどの分量です。掲載誌は書店に注文すれば取り寄せてくれるようですが、パンフレットに毛の生えたような薄っぺらい雑誌なのに、620円! もったいないので、メールアドレスをsnc68263@nifty.comあてお知らせいただけば、Word原稿を添付ファイルでお送りします。

<7・6>
天声人語ーサラダ記念日
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
大ベストセラーとなり社会現象となった「サラダ記念日」。この歌を今朝の天声人語が取り上げていて、「ああ、今日は7月6日か」と気付いた。私も、当時この歌集をすぐに買ったものだが、あれからもう22年か。
こういう新鮮で鮮烈な言葉のセンス。また、7月6日をちゃんと覚えているコラムニスト。どちらも「さすが!」と敬服させられる。

〈7・2〉
日本現代詩歌文学館『スポーツと詩歌』99年、300円
「くるりんと/あしかけあがりを した/一しゅんにだ/うちゅうが/ぼくに ほおずりをしたのは/…」という「まど・みちお」の「てつぼう」という詩に始まる90編余りの詩・短歌・俳句。
北上市の同上文学館が’99岩手インターハイ開催を記念して開いた常設展のパンフレット。10年も経った今ごろ知って手に入れたが、正直に言って印象に残った作品は「二十のテレビにスタートダッシュの黒人ばかり」(金子兜太)くらい。抒情を詠うのが詩歌だから、スポーツはあまりマッチしないのかもしれない。敗者の悲哀が最もマッチするのかもしれないが、そういう作品はなかった。
ただ、この夏は私の住む奈良で高校総体が開催されるが、それとタイアップしてこういう芸術展を開こうという動きは全くない。その点で、この文学館の企画とこれを後援した岩手県高体連、岩手日報社に敬服。

〈6・29〉
丁宗鐵(てい むねてつ)『正座と日本人』09年、講談社、1600円
日本人は昔から正座をしているように思いがちだが、江戸時代までは板の間の生活で、足が痛くて正座などできなかった。正座は明治維新以後、日本人の独自性を示すために強力に普及させられた座法で、畳や座布団の普及がその定着に一役買っているということを、古来からのさまざまな絵巻物や肖像画に描かれている人々の座り方によって検証する。
著者は62歳の日本薬科大学教授。医師よりも歴史家になりたかったそうで、医学的な角度からだけでなく、文化史的、生活史的な側面からも正座を見る、その視野の広さに感心して読み終わったが…大正時代を中心に爆発的に流行した岡田式静坐法をはじめ数々の正座法について全く触れられていないことに気付いた。巻末に120冊余りもの参考・引用文献があげられているので、それらを見たが、こういう正座法の本は1冊もなかった。故意に無視するとは考えにくいから、著者の視野に入っていなかったということだろうか。私の関心は岡田式静坐法にあるので、急転直下、落胆させられた。
どんなに丹念に先行文献を探索したつもりでも、必ず見落としがあるというのは私自身も何度も経験があることであり、他山の石である。

〈6・25〉
小林信也『子どもにスポーツをさせるな』
09年、中公新書ラクレ、740円
この書名は、売らんがための刺激的な「反語」で、内容は子どもを勝利至上主義的なスポーツで潰してはいけない、スポーツ好きな子どもを育てよ、ということだろうと思ったが、思ったとおり。
具体例は豊富で、ジュニアゴルファーの間では、スコアをごまかしたりボールを内緒で動かしたりすることが常態化しているという話などには驚かされたが、頭で考えさせないことがスポーツの基本だなどという指摘は説明不足だと思った。
著者は53歳のスポーツライター。最近は、スポーツ論の本の筆者の肩書きはほとんどがスポーツライター。スポーツライターと初めて名乗ったのは玉木正之氏だが、今やスポーツライター養成を看板に掲げる大学や塾が雨後の筍のようにあって、どこも繁盛しているらしい。

〈6・23〉
高橋卓志『寺よ、変われ』09年、岩波新書、780円
著者は長野県松本市郊外の浅間温泉にある神宮寺
(臨済宗)住職、61歳。若い時は「葬式仏教」に安住していたが、ニューギニアの遺骨収集団に加わり、洞窟で読経していて遺族の号泣に接し、「仏教」「寺」についての考えが根本的に変わった。以後、寺を地域に開放して数々の文化行事を催し、寺の会計を公開し、葬儀を個に即した行い方に変え、NPOを組織してチェルノブイリ汚染地域やタイのエイズホスピスで支援活動を行い…等々、実は私の菩提寺
(浄土真宗)はこの神宮寺の近くなのだが、あまりの違いにただもう呆然とし、菩提寺を変えたいと心から思った。
それにしても、いま日本には8万を超える寺があり、コンビ二4万、小学校2万4千よりはるかに多いことを知って驚いた。

<6・21>
吉村克己『満身これ学究 古筆学の創始者、小松茂美の闘い』
09年、文藝春秋、1857円
NHKの広報誌『ステラ』6/19号の「週刊ブックレビュー」欄にこの本が紹介されていた。私は評伝を好んで読んでいるので早速購入。
旧制中学を出て国鉄マンになった小松茂美が、たまたま厳島神社で「平家納経」に接してその美しさに魅了され、その真の筆者の探求にのめり込んでいく。研究は古典全般に拡大深化して、「古筆学」という学問を独力で打ちたてた83年のまさに「満身これ学究」の研究生活を描く。
著者は50歳のルポライター。5年にわたって取材を続けた成果である。小松も著者も、とにかくもう徹底的な追求で、ただもう感服。下記の拙稿など、「ずいぶんやっつけ仕事だなあ」と反省させられた。

<6・13>
伊藤博子先生…体育教師も保健の授業では着替えるべきか
上記のことが持論の同志社高校・伊藤先生が、非常勤で体育科教育法を講じる同志社大学スポーツ健康科学部の受講生16名にアンケートをした結果を知らせて下さったが、この意見への積極的な賛成者は4名(25%)だった。まあこんなものだろう。
これと話は直結はしないが、感想文の中で1人の学生が、国際試合の際のパーティで、各国選手みなスーツを着て参加しているのに、日本の選手だけスーツを持っていっていなくてジャージで参加して恥をかいたというエピソードを書いていた。そういえば、WBCの試合前の国旗掲揚の行事で、韓国選手はみな帽子を胸に当てているのに、日本の選手でそうしているのは松阪らメジャーリーガーだけで、日本在住の選手はてんでんバラバラで、TVを見ている当方が恥ずかしくなってしまったことがあった。
体育理論の講義で、こういう国際的なマナーを教えないといけないと思ったが、ジャージのまま保健の授業をする体育教師自身がマナーを知らなくて、生徒に教えるどころではないかもしれない。

<6・11>
仲島正教「指導の半分は待つこと」『体育科教育』09年7月号 ESSAY
仲島先生、27年前の25歳の時、土谷正規先生との運命的な出会い。土谷語録「子どもの躍動を望むなら『教えない』ことです。教師が指示、教示をして子どもが『出来た』と喜んでいる姿は、躍動ではありません。」
土谷体育については、左上のアイコンをクリックして下さい。土谷はすでに卆寿だがご健在。旺盛な執筆活動を続けておられる。しかし「教えない」ということの真意を、仲島先生のように自らの実践を通じて体得する人は本当に稀だということを、最近つくずくと感じる。仲島先生の、今後のさらなる健筆に期待。

<6・8>
小林公夫『「勉強しろ」と言わずに子供を勉強させる法』
09年、PHP新書、700円
著者は医学部受験予備校で17年間指導してきて、今はロースクールで教えている一ツ橋大出の法学博士だとのこと。豊富な実例を元に、子どもに「勉強しろ」と言っても効果はない、子どものやる気を育てることが大事で、そのためにはまず親が、子どもの勉強している内容を必死になって勉強することだと説く。
私のような年寄りは、そう言われても「遅かりし」と思うしかないが、受験生を持つ親には胸にこたえることがあるかもしれない。

<6・3>
岩本茂樹『教育をぶっとばせ 反学校文化の輩たち』
09年、文春新書、750円
表紙の半分以上を蔽う帯に、特大の活字で「内田樹氏推薦 教育崩壊を最前線で死守する一教師のリアルでクールな戦況報告書」。これはかなり大げさな宣伝文句だが、夜間定時制高校に12年勤めた著者の、反学校文化の輩(生徒)たちとの悪戦苦闘の対応物語。「大変なことだなあ」と思わせられる。
著者は57歳、社会学博士で、今は母校関学の任期制助教という変わった経歴である。

<6・1>
親切な大学図書館
調べ物をする時は、大学図書館は資料が豊富なので、拙宅に近いN教大の附属図書館をよく利用している。N教大になくても、「WebcatPlus」というアイコンで検索すると、その資料を持っている全国の大学図書館の一覧表が表示される。『斎藤喜博全集』第1巻などは、N教大にはなかったが、上記で検索したら全国188大学図書館にあることがわかった。便利になったものである。
国立大学は、特に独立行政法人になってから、「地域に開かれた大学」が大命題なので図書館も一般開放に積極的である。身分証明書の提示も求めない図書館も多く、メールで資料の有無を問い合わせると、調べて返事をくれるところもある。
これに比べると私大は対応にバラツキがあり、親切な所も多いが、学外者には開放していない大学や、開放はしていても面倒な手続きを求める大学も多く、閉鎖的という感じが強い。

<5・25>
黒木登志夫『落下傘学長奮闘記 大学法人化の現場から』
09年、中公新書ラクレ、920円
癌学会会長だった著者が、縁もゆかりもない岐阜大学の学長に選ばれ、法人化前後の大学改革に奮闘した記録。教育書だと思って読むと失望するが、大学の管理運営や行政に関心のある人には、いろいろ裏話もあって面白い。
いちばん印象に残ったのは、著者は、どんな場でも
(入学式や卒業式でも)、話をする時は必ずパワーポイント
(パソコンを使い、大きなスクリーンに資料を映し出す方法)を使うこと。こういう
プレゼンテーション能力で、私は全く時代遅れになったなぁと痛感した。好奇心はあるので、習いたいという思いはあるが、もう隠居生活なので習っても使う場がありません
(笑)。

<5・14>
教員免許更新講習ー千葉経済学園
下記<4・30>で触れたとおり、今年から教員免許が更新制になり、ほとんどの大学が夏休みを中心に講座を開設する。講師も受講者もご苦労なことだが、異色なのは千葉経済学園
(短大、大学)で、この短大には佐久間勝彦学長を始め斎藤喜博に師事した人が何人もいて、斎藤に関連した講座が開設される。
大沼徹「現代に生きる斎藤喜博教授学」…ゲストスピーカーとして斎藤校長時代の境小教諭大槻志津江、川嶋環
(共にもうすごい高齢者!)、大槻先生は「子どもの可能性を開放する総合表現指導法」にも参加している。くわしくは、同学園HPで。

<5・8>
牛山剛『夏がくれば思い出すー評伝 中田喜直』
09年、新潮社、1700円
昭和45年、斎藤喜博が、校長をしていた境小・島小の子どもたちの合唱を
『風と川と子どもの歌』という4枚組のLPレコードで出版した。ところがこれを、中田喜直が読売新聞で「ハーモニーを忘れた精薄児の雑唱」と酷評した。だが、これに対して斎藤サイドから有効な反論をした人はいなかった。私が斎藤と出会う以前の話である。
斎藤に合唱の指導法を学んでいた根田幸悦
(岩手県の小中学校教師)は、自身 反論できなかったことがずっとトラウマになっていて、今になって反論の執筆を志した。そこで私は、氏に協力して資料の収集を手伝っているうちに「門前の小僧、習わぬ経をよむ」で、私が
「時代を先取りした斎藤喜博の合唱指導」という反論を書いてしまい、根田の
『斎藤喜博先生に導かれてー資料編』(08年、一莖書房)という著書に載せてもらった。
(これはいっときこのサイトにも載せたが、70枚の長編でPCが重くなってしまうので削除した。)
私の結論は、中田は西洋的な頭声発声法に拠る美しいハーモニーを至上の価値とするのに対し、斎藤は民謡のように腹の底から大きな声を出す合唱を指導していて、両者の考え方は根本的に違うということである。しかし私は音楽の素養に乏しいので、「この解釈で正しいのだろうか」という不安が消えない。
そんな折、上記の本が出たのですぐに買って読んだ。著者は中田と親交の厚かった音楽プロデューサーだというが、内容は中田の作曲活動、女性合唱団、嫌煙運動のことなどで、ハーモニーについてのまとまった記述はなく期待外れだった。

<5・1>
米沢富美子『まず歩きだそうー女性物理学者として生きる』
09年、岩波ジュニア新書、740円
女性初の物理学会会長、数々の世界的研究業績。「栴檀は双葉より芳し」で、幼稚園児のときすでに「宇宙の果ては有限か無限か」という疑問を抱き、吹田市の小学校5年時の知能テストでは175をとり、あまりの成績優秀で卒業する時は大阪府知事賞を受け、高3時の予備校の全国模試では数学で日本一になり…という驚異的な経歴が研究者生活に入ってからも途絶えることなく続く。「世に天才はいるものだなあ」と、ただただ驚かされる。
本書は青少年を励ます新書だが、励まされるより先に圧倒されてしまいそう。しかし、「すごい人」がいることを知り、そういう人に対する畏敬の念を育てるのは大事なことであろう。

<4・30>
今津孝次郎『教員免許更新制を問う』岩波ブックレット、
09年、480円
終身制だった教員免許状が、今年からは35、45、55歳の10年ごとに30時間の講習を受けて試験に合格しないといけない更新制になった。受講者は毎年10万人だそうで大変なことだが、この更新制の仕組み、問題点、解決策などが解説されている。これまで教育センターが教員の初任者研修、10年研修などで充実したプログラムをつくってきたのに、特に10年研修は35歳の免許更新講習とまともにかち合うということは本書での指摘で初めて知った。
著者は名古屋大学を定年退職した教育社会学者。教員の研修の問題を研究してきた人だそうで実情をよく知っており、文章も平易でわかりやすい。ただ、文章が区切りなしに何ページも続くので、細かく小見出しで区切った新書を読みなれた身には、ちょっとしんどい。

<4・26>
本 切り取らんといて 大阪市立中央図書館 朝日
1面トップに大見出しで大阪市立中央図書館でタレントの写真や料理本が切り取られ、年間2000冊が廃棄されているという記事。
私もよく図書館で本を借りるが、傍線を引いてある本があまりにも多いので「借りた本に一体どういうつもりで線を引くのか」といつも腹立たしい思いをしている。だからこの記事も、「さもありなん」と思って読んだ。ただ、同図書館窓口の女性の談話として「同じ俳優の写真が根こそぎなくなるなど、度の過ぎた被害はよそでは聞いたことがない」とあったので、「ああ、やっぱり大阪は…」と思ったのは偏見か。
なお、この日の投書欄には「図書館の本に「犬の耳」やめて」という43歳の主婦の投書が載っていた。これもまた「一体どういうつもりで」というところである。

<4・13>
向山洋一『今なら間に合う取り戻せ!教育力』
09年、産経新聞、1200円
産経新聞に3年間連載した教育コラムをまとめたものだという。「子供がつまずく原因」「先生がダメになっていく原因」等の柱が立ち、毎日600字で「算数の『問題解決学習』こそ問題だ」「百ます計算の功罪」など当面する教育問題の実態が次々に紹介されコメントされる。
短い文章なのでほとんど問題提起に止まるが、算数で1時間に1題しか解かない問題解決学習が学力低下を生んでいるとか、漢字は授業で教えずに宿題にする教師がいるとか、手袋を2枚はめているような微細運動障害の子どもがいるとか、いろいろ「へー」と思わされる指摘があって面白かった。

<4・12>
長瀬拓也『若い教師のための読書術』09年、ひまわり社、860円
「子どもにではなく教師に読書指導が必要なのか?」とけげんに思いながら買ってみたら、著者は何と28歳の小学校教師。若い教師や教職志望の学生を対象に、読書が教師としての力を高めると説きながら、一般的な教育書の他に
『風姿花伝』やデューイの
『学校と社会』などの古典、
『機関車先生』『二十四の瞳』などの小説、
『スラムダンク』という漫画なども紹介されている。ただ実践家の本は、大村はまから一挙に向山洋一に飛んで、東井義雄、斎藤喜博、無着成恭などは全く出てこない。「全然時代が違うなあ」と慨嘆するしかないというところである。
【追記(6・21)】思いがけなく著者からメールをもらい、本は教師が書店で手に入れることのできるものを選んだという説明をいただいた。そういえば、残念なことだが、東井、斎藤、無着先生らの本は今では書店で目にしない。大村はまさんの
『教えるということ』は今も書店にあるが、この違いは何なのだろう。

<4・10>
佐藤学『教師 花伝書ー専門家として成長するためにー』
09年、小学館、1200円
世阿弥の
「花伝書」にならって、教師が「誠の花(妙花)」に達するための要諦を説くのが本書。
『総合教育技術』に1年半連載されたもの。著者は授業研究30年、訪れた学校1000校。提唱する「学びの共同体」
(授業はグループ学習、頻繁に研究授業を行う等)に共鳴して実践する学校が、今や小学校2000校、中学1000校
(全小中学校の1割)に達しているという。専門家として成長していく教師の実例が豊富に提示されている。
ただ、本書の記述の中心は「学びの共同体」を実践する教師の話なので、これを知らないとわかりにくい。
佐藤『学校の挑戦ー学びの共同体を創る』(06年、小学館)を先に読んだ方がよい。

<4・5>
新井淑則『全盲先生、泣いて笑っていっぱい生きる』
09年、マガジンハウス、1500円
中学校の国語教師として7年目、充実した教師生活を送っていた著者が、突然の網膜剥離で全盲になってしまった。絶望の淵に沈み、何度も死を考えながら、家族や周囲の人たちに支えられ、懸命に訓練に励んで盲導犬と二人三脚で養護学校に復職。そして今は念願の普通校・埼玉県長瀞中学校に勤めて2年目。
目の見えない人の世界、盲導犬の役割などがわかって為になった。祈健闘。

<3・30>
森田薫・原清治『教師 魂の職人であれ』
09年、ミネルヴァ書房、1800円
2人の著者は仏教大学教職支援センター所属。長い教職経験を持つ63歳の森田が、さまざまな教育問題にどう対処してきたかをコラム的に綴り、これを49歳の教育学者・原が理論的に解説する。森田の文章は毎日新聞に連載されたものだそうで平易で、また著者の実践レベルが高いので、読んで啓蒙されることが多い。教職志望の学生や若い教師にお薦め。
仏教大学は初等教育の教員養成に定評のある大学だが、こういうコンビでの教職教育なら、きっと充実した指導が行われていることであろう。

<2・6>
中川真昭『東井義雄さんの軌跡 人が生きる根を育てる』
07年、本願寺出版社、1600円
東井の詩集や日記、関係者の回想記などからの膨大な引用で構成された720枚のボリュームのある本で、著者は奈良橿原市浄念寺の住職で作家でもある人。ちなみに東井も、兵庫県但東町
(現豊岡市)の東光寺という檀家がたった10軒の山寺の住職であった。
本書は、冒頭、小学校教師だった息子さんが、子どもたちとランニング中、急性心筋梗塞で脳死状態になってしまう事故に遭った東井先生の悲痛な嘆きの描写に始まり、その1年後の91年、79歳の東井先生が、手紙を出しに自転車で寺から県道に出るところで軽トラックに衝突して亡くなる情景の描写で閉じられる。
生まれ故郷に生き、人々に敬愛され、何冊もの回想記が出され、記念館も建つ教育者。名の知られた教育者で、こういう人は稀有である。