THE REFLEX

作:柴レイ


 

第弐話 : Devil in her heart

 

 

 

 

 

室内は暗闇につつまれ、小さな針が落ちても響くような静寂に包まれていた。

ふいに一筋の照明が灯る。

一人の女性が・・・その照明の中に浮かび上がった。

彼女にむかって暗闇のあちこちから声が投げられる。

 

 『まさか十五年ぶりに使途が復活するとはな』

 『まさに君の予言通りとなった訳だ』

 『でもこれで莫大な予算投入の意味もあった事になる』

 『様々な人民に経済崩壊の痛手を負わせた意味がな』

 

「人類存続の為には必要な犠牲だったのです」

 

 『随分と高飛車な物言いだな』

 『発言には充分に気をつけた方がいいぞ』

 

「これでも自重しているつもりですが」

 

 『ふん、まあいい。それよりもだ』

 『左様、君の仕事は使途との出来レースの戦いではない』

 『その通り、我等人類の輝ける未来の為に』

 

「わかっています」

 

 『ホントかね。君も前の司令と同様に勘違いをしてては困るのだがね』

 『我等の崇高なる計画に、疑問を挟まず従えばいいのだ』

 

「崇高なる計画ですか・・・くすくす」

 

 『なんだその無礼な態度は』

 

「可笑しいから笑ったまでです。所詮、旧世紀のそれも2000年以上も前のインチキ預言者の駄文に振り回されている能無しが、崇高などという言葉を発せられたもので、思わず」

 

 『なんだと』

 『君は発言に気をつけろという忠告をもう忘れたのか』

 『場合によっては君の首なんぞ』

 

「そうやって狭い自分達だけの空間で、くだらない策謀に興じているから世間の動きに立ち遅れるのです。世の中は、あなたちの想像できないスピードで変動しているのですよ」

 

 『貴様、これ以上我等を愚弄すると』

 

「旧世紀の闇に消え去りなさい」

 

 『惣流アスカ、貴様!!・・・・・・うわぁ、なんだお前達は!!』

 『神聖なるこの場に何事だ!!・・・・・・』

 

室内全体の照明が不意に灯った。10畳程のスペースにはアスカ一人が立っていた。

彼女の正面には、黒い人物大のモノリスが数個鎮座している。アスカは一歩前に歩き出し、それらのモノリスの一つを、無言で軽く蹴飛ばした。

そんな彼女の羽織っていた黒のジャケットから電子音が鳴り出しす。アスカは口元に軽く笑みを浮かべると、携帯を耳にあて、予定通りの報告を聞いた。

 『作戦成功。全て問題なしよ』

「ご苦労だったわね、マナ」

 『苦労も何もなかったわ。こんな連中を出し抜くことくらい』

「後は、任せるわね」

 

 

 

かつて人類補完計画を主導した、謎の組織があった。その名はゼーレ。その後、そのゼーレになりかわって、国連内に新たに秘密組織が誕生していた。彼らは2015年に起こった“サードインパクト”の後、国連の影の指導者となるべく、人類復興の際に主導権を握り、超法規的組織としての新生ネルフを立ち上げ、そのスポンサーとして人類の未来を操ろうとしていた。正にネオ・ゼーレのごとく活動していたのであった。

アスカは当初彼らに上手く取り入り、司令の座とネルフ再活動の為の莫大な資金を引き出していたが、今や使徒が復活し、ネルフの活動が公に動き出すと同時に、もはや利用価値の無い・・・彼女にしてみれば、たいした力を持つ訳でもないスポンサーを切り捨てるのになんの躊躇もなかった。

もちろん彼らにも国連をはじめとする様々なバックは持っていた筈なのだが、アスカは彼らのはるか上をゆき、様々な勢力の支援を・・・特に武力を手にする事に成功していた。

ネオ・ゼーレを気取っていた彼らであったが、実際はそれまでの国連をはじめとする各組織のOBに過ぎず、激動の時代にそういった老人達が世界を勝手に支配していくのを快く思わない勢力が多く存在していた。

アスカとマナは、当初はそれら反対勢力を取り締まる立場であったが、やがて機を見るに敏に行動を翻し、それらの反対勢力を逆に利用して、自らが主導権を握るべくクーデターを起こしたのである。

彼女達は、以前のネルフが純粋さの余り、ゼーレや国連とのパワーゲームに敗れ去り、結果として、戦略自衛隊に無抵抗なまま蹂躙された轍を踏むようなマネはしなかったのである。

今回のクーデターは、皮肉な事に、その戦略自衛隊によって速やかに遂行された。戦自を率いたのは、かつてそこで少年兵として在籍した、現ネルフ作戦部長の霧島マナである。彼女は嬉々としてこの任務にあたっていた。

そして任務の成功をアスカに報告した後、携帯を持ってないほうの右手で銃を握り締め、その銃口をある男の口の中に放りこんでいた。アスカとの連絡がいったん途絶えた後、マナは視線を男にむける、そして脅える男に極めて冷静な口調で語りかけた。

「しばらくぶりですね、参謀総長殿。いつぞやはお世話になりました」

男は何か言いたげだったが、それを言う事をマナの銃口が塞いでいた。

「ムサシやケイタは、あなた方の無慈悲な判断の元に切り捨てられました。そして諜報部で活動していた私ですらも、その功を認められるどころか命を奪われる所でしたわね。よもやお忘れでは」

冷静な口調ながら、マナの瞳には殺意の輝きが灯っていた。かつての彼女の上司であった男は、それをぶるぶる震えながら、見つめる事しか出来なかった。マナはそんな男の哀れな、そして銃口を口に押し付けられた為にある意味滑稽な表情を、まるで虫けらを見るような表情でにらみつつ言葉を吐き捨てた。

「命乞いをしてごらんなさいよ。まぁムサシやケイタにはそれすらも許されなかったんだけどね。私達はあまりにあの時の戦自の内部事情に通じ過ぎていた。だからあの愚かな作戦が完了した後、どうせ消される運命だったのでしょ。人一人の命をなんだと思っているのかしら。それを今自分の命が断たれる事で学びなさいな。今更悔いてももう手遅れだけどね」

言葉の内容は辛辣だったが、口調は相変わらず淡々としていた。それが逆に男の恐怖感を増幅させる。もはや男は恐怖で失禁寸前だった。

「そうねぇ・・・今この場で鉛弾をぶちこんでみようかしら」

男の顔色が蒼白となる。マナはそれをニヤリと笑った後、引き金を不意に引いた。

カチっと音が鳴る。男の声にならない悲鳴が室内に木霊した。しかし鳴ったのはそれだけだった。

マナは失神した男の口から銃口を取り出すと、軽く袖口で銃口を拭いた後、ジャケットの内側にしまった。そして正面の男の顔をおもいっきり蹴飛ばした。後方に男は吹っ飛んだ。それでも男は、もはやピクリとも反応はしなかったが、マナは忌々しげにそれをにらんでいた。やがて彼女の後方から声がかかる。

「霧島三佐、惣流司令から連絡です」

「わかったわ、カスミ。それじゃあ、後始末任せたわよ」

「はい」

マナは自分が可愛がっていて抜擢している後輩の凛々しい表情を見て、先程とはうって変わって優しげな笑みを浮かべつつ、彼女の右肩をポンと叩いて室内を出て行った。

 

 

 

そしてこの後、ネルフ司令惣流アスカは、武力すらも含む強大な権力を手にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

使徒の突然の再来襲に大騒ぎになっていた第三新東京市であったが、それからわずか数日で平静さを取り戻していた。

第一中学校ニ年A組のクラスもまた同様だった。転校生の桐山アヅサは、その日以来登校してこない。しかし何故かそれを口にする生徒はいない。

碇ユウジは、ひさしぶりに教室に登校してきていた。もともと彼は、学校を生徒会長にもかかわらず気まぐれでさぼる事が度々あったが、今回は少々訳が違う。使徒の再来襲・・・それに合わせた様に転校してきた桐山アヅサの存在・・・そしてそのアヅサに罵倒されたユウジ・・・彼も今回の一件に巻き込まれているのではないか・・・誰もが口には出さないまでもそう考え、一見あいかわらずの不機嫌そうな表情で正面の空いた席を見つめている彼の姿を、遠巻きに眺めていた。

「ユウジ・・・」

そんなユウジに声がかけられる。校内で不機嫌そうな時の彼に声をかける事ができる二人のうちの一人、クラスの学級委員長倉田サトミは、普段同様の表情でユウジに声を発する。

「大丈夫なの・・・何か問題があるんだったら、わたしも鈴原先生もユウジの力になるから」

彼女の自分にむけられる単なる級友以上の心のこもった言葉を聞き、真っ直ぐな瞳で見つめる視線をユウジは感じていたが、あえてそっぽをむくように窓の外の景色を見ながら

「心配ねぇよ、サトミ。俺を誰だと思ってんだ」

「ならいいけど・・・」

「あの桐山って女、どうやらネルフの連中の一人みたいだな。道理で威勢がいい訳だ」

「そっそうなの」

「ああ・・・そしてこの俺も仲間になれってさ。エヴァの機体をバックに命令しやがったよ」

さりと大変な機密事項ではないかと思われる事を口にするユウジ。サトミは流石に驚いた表情をみせる。そして二人の会話に聞き耳をたてていたクラスの生徒達も。しかしそれほどざわつかなったのは、誰もがある程度予想された事でもあったからか。

「ユウジ・・・それであなた承諾したの・・・」

サトミは今度は、か細い声でユウジに問いかける。その口調は動揺からか震えていた。

「ふん、俺に選択の余地はねえのさ。今や母さんは絶大な権力を握っている。この学校の上の方にもとっくに根回しはすんでるんだろ。こうなることはむりやりここに連れて来られた時からわかっていたんだ。だからそうなる前に、この学校を俺の手中に収め様と思っていたんだがな・・・」

窓の外を見つめるユウジの表情はうかがえなかったが、サトミにはその口調がどことなく寂しげに聞こえた。彼女は胸にノートを両手であてて話していたが、そのノートをユウジの机の上において、今度は声を強めて言葉を発した。

「やめた方がいいよ、ユウジ。あんな組織に関わってはいけないわ!!」

「だから言ったろ。俺に選択の余地はないのさ」

「そんなことない!!」

「落ちつけよ、サトミ。もう無理なんだ。お前にも鈴原先生にもどうしようもないのさ」

「ユウジはそれでいいの!?あなたはいつだって自分の望み通りに生きてきたんじゃない。どんな事だってやり遂げてきた。何もわかってない桐山さんに言わせっぱなしな事はない。ないのよ!!」

興奮したように喋り続けるサトミ。そんな彼女の方にようやくユウジは振り返った。その表情は意外な事に穏やかなものであった。それが余計にサトミの胸を締め付ける。

「ユウジ、あなたには戦いなんてむいてない。ネルフが今どういう評判なのかを知らない訳じゃないんでしょ!!」

サトミの顔は紅潮していた。そんな彼女をユウジは黙って見つめていた。

「鈴原先生の旦那さんは・・・トウジ叔父さんは、第三新東京市の実力者の一人よ。たしかかつてはネルフにも所属していたとか。だからトウジさんに・・・」

そこまで喋っていたサトミの唇を、ユウジは軽く人差し指であてて静止する。そして

「これ以上先生には迷惑かけたくない。それに実はな、トウジさんはマナの仲間なんだぜ」

「えっ?!」

意外なユウジの言葉にサトミは驚いた顔になる。マナの名前が出た事に困惑もしていた。やり手と言われる、ネルフ作戦部長のファーストネームを呼び捨てにした事に驚いていたのだ。

「マナには勝てないんだよ・・・昔から・・・そしてこれらも・・・」

「ユウジぃ・・・」

 

ドドドドドドドドド・・・・・・・・・

 

サトミは、もはやべそをかき始めていた。ユウジはそんな彼女を見つめ、そして言葉をかけ様としたが、不意にバイクの大きな爆音にかき消された。その音にユウジは不機嫌そうに舌打ちをした。

「ちっ・・・噂をすれば来やがった・・・ネルフの魔女がとうとうこの学校にも現われやがったぜ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「詳しい事はアヅサから聞いてるんでしょ」

「ああ・・・」

「ふん、あいかわらずの不良少年ぶりね。アヅサにはシーラカンスとか云ってバカにされたくせに」

「うるせえな!!」

「その強気がいつまで続くのかしら・・・もう覚悟はできているんでしょ」

「・・・・・・」

「今日は久しぶりの親子対面の儀式もあるのよね。どうなの?凛々しく成長した姿を、いとしいお母さんに見せる事がかなう気分は?」

「うるせっつってんだよ!!母さんの愛人の分際でほざくな!!」

「まったく生意気なガキね。私にそんな口をきける人間なんてあなただけよ。それにね誤解しないで頂戴。私と司令は対等のパートナーの関係なんだからね。そりゃ役職に違いはあるけど」

真っ赤な顔で興奮しながら、マナにむかって声を荒げるユウジ。

しかしマナはまるで幼子の駄々を聞いているかのような涼しい表情で応えていた。そんなマナの余裕の態度が益々ユウジを苛立たせる。

しかしユウジには、憎まれ口を叩く以外にマナに反抗する術を持っていなかった。暴力をもってすらも彼女には刃が立たない事を、既にイヤと言うほど叩きこまれていたし・・・

「私に欲情したって簡単に返り討ちにされたんだから、いい気にならないの」

「その事は言うな!!」

「ほらほら・・・あなたの可愛い彼女が、俯きながら見つめているわよ。もう少し、しゃんとしなさいな」

「えっ!?・・・サトミ・・・」

マナの物言いに、ユウジが驚いて視線を後に向けると、既に下駄箱付近で校舎の外に出ようとしていたユウジとマナの姿を不安気に見つめているサトミの姿があった。

ユウジは紅潮していた表情を落ちつかせると、マナに背中を向けたまま、小さな声で呟く。

「少し時間をくれないか・・・あいつと話をさせてくれ・・・」

マナは、そんなユウジと、離れた所で彼を見つめているサトミの姿を交互に見つめた後、

「いいわ。“刀”のエンジンを温めている間に、話してきなさい」

「ありがとう」

 

ユウジの言葉は、それまでとうってかわって、歳相応の少年の素直な感謝の言葉だった。そして少年は、自分を慕ってくれる少女の元に駆けだして行く。そんな姿をマナは遠くを見るような目で見つめていた。そしてポツリと呟いた。

「私にもあの子達みたいな頃があったのよね・・・やだ、これじゃあ年寄りの愚痴みたいだわ・・・ふふふ・・・・・・」

そう自嘲気味に笑いながらマナは、バイクの“GSX-1100 KATANA”に向かって歩いて行った。そしてそれから数十分後には、自分のフルフェイスを被ったユウジをタンデムに乗せて、自らは茶色がかったセミロングの髪をなびかせながらネルフへと向かっていた。

15年の歳月で再生されたジオフロントに向って、二人を乗せた“刀”はフルスピードで疾走していた。

 

 

 

 あの子と何を話していたの?

 大丈夫だ、俺は絶対変わったりしない。そして必ず帰ってくるって。

 そう、そんなにあの子の事が好きなんだ。

 あの桐山とかいうやつよりは全然いい。サトミは俺にとって大事な仲間なんだ。

 仲間は大切にしなさい。それだけがこれからのあなたを救ってくれる唯一の絆だと思うしね。

 マナに言われなくたってわかってるよ。

 ならいいけど。でもね、ネルフから無事に生きて帰りたかったら、ネルフ内にも仲間が必要よ。

 マナを信じろというのか?

 無理して信じなくてもいいけど。でもね、私はユウジ君の味方のつもりよ。

 ふん、母さんの子供だからな・・・大事なチルドレンな訳だしな・・・

 アヅサは、確かに口は悪いし、高慢な所もあるけど、根は良い子よ。

 そんなこと今の俺にわかるかよ。

 今にわかるわ。アヅサは、ネルフ内でのユウジ君の仲間になるってね。

 どうだか・・・計算ずくの関係なんていらねえよ。それよりも・・・

 何?

 本当に俺も、それに桐山も、学校に戻れるんだろうな。

 それはネルフ作戦部長霧島マナが保証するわ。

 それは頼もしいお言葉だ。

 私の言う通りにすれば、ユウジ君もアヅサも学校に戻れるからね。

 そりゃ自分の為でもあるからな・・・任務を無事遂行する事はな・・・

 当然よ。この霧島マナを誰だと思ってるの、間違いなんて起こり様も無いわ。

 

 

 

時速100キロを越えるスピードで疾走するバイクに乗ってる間、二人は乗る寸前に交わした言葉をお互いに考え続けていた。そしてユウジはマナの胴体を後ろから抱きしめる腕に力をこめる。マナはバイクを走らせながらも、彼の仕草を感じて小さくその名を呟いた。それが一見いがみ合っているように見える、二人の関係の本質を現していた。ユウジにとってマナは実はかけがえのない存在であったのだ。むしろこれから対面する母親アスカとの関係の方が、ユウジにとっては深刻な問題だった。

 

 

 

 

 

 

父さんを見殺しにしたんだ、母さんは・・・絶対に許さない・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウジとマナは、学校から一時間程で、ジオフロント内のネルフに到着していた。今二人は、長いエレベーターを降りている。しかし二人の間には沈黙しかなかった。マナには、ユウジの表情が徐々に緊張でこわばっている様子が手に取る様にわかっていた。

 

 私の時は、既にこういう事に慣れていた筈なのに

 ネルフのゲートをくぐった瞬間、シンジに何も言えなくなったんだよね。

 更衣室に入ってシンジが優しく話しかけてくれたから、それですごく救われたんだっけ。

 また昔の事を考えてる。どうしちゃったのかな私・・・実は不安なの?・・・いいえ違うわね。

 ユウジ君がシンジに似てるのよ。こうしてユウジ君とエレベーターに乗ってるとわかる

 もしかすると私は14歳の少女のままなのかもしれないって・・・

 

やがて、いつまでも地の底まで降りている様に感じられたエレベーターが止まった。電子音とともにドアが開く。

気まずい沈黙と心細い感じにずっと堪えていたユウジは、やっとそれから開放されたかの様に安堵の表情を浮かべ、ドアの外に駆け出そうとしたが、不意に正面に立つ少女の姿にぶつかる寸前に気がつき急停止した。その反動で後方にしりもちをつく。

その姿をマナは優しく見つめていた。そして今度はドアの外を見上げる。少女の視線も、ユウジからマナに移ったところだった。

「今日のシンクロテストは終わったの?」

「ええ・・・ばあさんがしつこく嫌事を言ってたけどね。ここにきてシンクロ率に落ちつきがないとか」

「伊吹博士の言う事に間違いは無いわ。エヴァに関する事についてはね」

「ふん。あああ〜もう疲れちゃったなぁ、ねぇユウジく〜ん。ばあさんに虐められた可哀相なわたしを休憩室までオンブしてよぉ〜」

「それはダメよ。今日のユウジ君は色々と忙しいんだから」

「きっ桐山・・・」

「もぉ!!この前言ったじゃない、わたしの事は、“ア・ヅ・サ”と呼んでって。ぶぅ〜!!」

「そのくらいにしなさい、今日はもう上がっていいから。私の権限で許可します」

「さっすがぁ〜美人聡明な霧島三佐。ネルフの女神様ぁ!!」

「見え透いたお世辞はやめなさい。さぁ退きなさい。ユウジ君もいつまでも座ってないで立つの」

マナとアヅサの会話を黙って見上げつつ聞いていたユウジだったが、マナの自分に向けられた言葉と、二人の自分を見下ろす視線に慌てて起きあがった。そしてアヅサがドアの正面から立ち退いたのでマナと一緒にエレベーターの外に出た。そして今度はアヅサがエレベーターに乗りこんだ。その間、アヅサの視線はずっとユウジにむけられていた。それに対してユウジは目をそらしていたが、アヅサはそれでも魅力的な微笑みを保ったまま、エレベーターのドアが閉まるまで、ユウジを見つめていた。

ドアは閉まり、エレベーターが上がって行く音がユウジとマナに聞こえてきた。

「女神様ぁか・・・皮肉言っちゃって。“心の中に悪魔を飼っている女”って事で有名な私に向かって心にも無い事をよく言うわよ。どうやらよっぽど副司令にいたぶられたのね」

「副司令・・・さっき言ってた伊吹博士の事か?」

アヅサがいなくなって、どこかほっとしたような表情を浮かべたユウジが、自嘲気味に呟いていたマナに不意に問いかけた。

「そうよ。ユウジ君も覚悟した方がいいかもね。びしびしとしごかれるでしょうから。あんまりストレスが溜まったら、私かあるいはアヅサに愚痴をこぼすといいわ」

そう言って、マナはユウジの肩をポンと叩いた。背格好はマナがユウジより10センチ程長身だった。そんなマナの後をついてユウジはネルフ内を歩き出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユウジは、マナに学生服姿のままケージに連れてこられていた。彼の目の前には気味の悪い深紅の巨大ロボットの四っの目が鈍い光を放ちつつ迫っていた。その大きさに圧倒され、ユウジはしばらく言葉を失っていたが、そんな彼の意識はたった一つの言葉で激しく揺さぶられた。

「よく来たわね。セカンド・チルドレン、碇ユウジ」

「くっ・・・そういう風に呼ぶな!!」

「久しぶりの対面なのに、母に対する最初の言葉がそれなの・・・マナは何を教育してたのよ」

「彼は照れてるのですよ。司令の前では素直になれないのよね」

「別に甘えてもらいたいとも思わないけど。ユウジにはこれから私の駒となって働いてもらうんだから」

母親アスカの言い方には、まったくの愛情の欠片も感じられなかった。

ケージでマナの隣で心細そうに立っている彼の遥か上の方から、アスカは息子を見下ろしていた。自分に敵意を剥き出しにしている息子を。

「減らず口は叩いていいけど、役たたずなら遠慮無く追い出すから。少しは先輩の桐山の様に役にたつよう努力することね」

その言葉に、ユウジの何かが弾け飛んだ。

「冗談じゃねぇ!!子供にばっかり戦わせて、おまえらは安全な所から指図するだけなんだろうが!!」

大声で叫ぶユウジ。マナはそんなユウジの姿を黙って見守っていた。アスカは息子の叫びを不敵な微笑みをもって見下ろし、呟いた。

「少しは役に立ちそうね・・・」

しかしそんな言葉とは裏腹に、アスカの口調にはどこかしら嬉しそうな響きがこもっていた。

そんなアスカの後姿を、副司令伊吹マヤは考え深げに見つめていた。

「歴史は繰り返されるのですね・・・何度でも・・・先輩・・・・・・」

 

 

 

様々な想いがケージ内の一人一人にあった。しかしそんな感傷的な時間はあっけなく終わりを告げる。

激しいアラーム音がいきなり鳴り出した。驚くユウジ。しかし隣で立っていたマナは厳しい表情になり、声を荒げた。

「まさか!!早いわよ!!」

そんな彼女にスピーカーの声が飛ぶ。声の主は、岸田カスミ三尉だった。

 『使徒が現在第三新東京市にむけて進行中。戦自が迎撃に向かいました』

マナは声を張り上げる。

「直ちにアヅサを呼び戻して!!エヴァ初号機発進準備!!」

しかし、マナの耳には信じられない報告が続いた。

 『ファースト・チルドレン、ロスト・・・所在不明です』

「なんですって!!」

マナは驚くべき報告に、我を忘れて叫んでいた。そんなマナの表情をユウジは再び呆然と見つめるしかなかった。

そんな彼らを見下ろしていたアスカに、マヤが声をかける

「司令、どういたしますか」

「決まってるじゃない」

アスカはその問いに、さも当然のように答えた。そしてユウジに向かって言葉を投げた。

 

 

 

「エヴァンゲリオン“R”弐号機、発進準備」

 

 

 

 

 

第参話へ続く

 


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