THE REFLEX

作:柴レイ


 

第四話Baby's in black

 

 

 

 

 

その晩、第四芦ノ湖は雲で月の光が遮られ漆黒の闇となった中で静かに波をたたえていた。

静まり返っていた湖畔に草を踏みしめる足音が響く。そして女性が息を弾ませるのがそれに続いた。やがて足音が止まる、息を整える声も聞こえた。

「ごめんね・・・今日は待たせちゃって・・・」

闇夜に、女性の優しそうな声が聞こえる。

「これもみんなアヅサが悪いのよ。あの子、マナに甘やかされてるもんだから、最近すっかり生意気で。お蔭でみんなに迷惑かけてるし、あなたにも結果として寂しい思いをさせてしまったわ。お腹空いたでしょ」

静かだった筈の湖面が軽く波打った。

「ユウジ君可愛いのよ。まるで昔のシンジ君みたいにね。ちょっと言葉が荒いし目つきも険しいけど、それはアスカからの劣性遺伝ね。でもそこもまた可愛いのよ。私にはとても素直で従順だし」

湖面の波が一瞬ざわついた。

「あら?・・・やきもち!・・・ふふふ、心配いらないわ。私はあなたの事を一番大切に思ってるから」

再び湖面が静かになった。

「いい子ね。愛してるわ。それじゃあ、お話しながら食事しましょうね」

雲の切れ間から一筋の月の光りがもれた。それは湖の岸で微笑む女性の姿を映し出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第四使徒を撃退した後の第三新東京市。戦闘の残骸はネルフ主導で迅速に処理されていた。

指揮をするのは、ネルフ作戦部長霧島マナ三佐。正午過ぎ、陽射しがカンカンと降り注ぎ、作業員達が汗にまみれながら必死に働いていた。それを指揮用のテントから出て、帽子も被らず立って見守っていたマナの頬から顎にかけて汗が流れ落ちていた。そんなマナに後方から声がかかる。

「やってるわね、どう・・・大丈夫ぅ」

マナはその声の方を降り返ようともせず前を向いたまま呟いた。

「ここは私に任せてって言ったでしょ。何しに来たんですか?」

「つれない返事ねぇ〜マナちゃん」

ふざけた感じの声。それを聞いて、マナは不機嫌そうに呟いた。

「そんな軽口をたたいてる暇があるんですか?今回の戦闘の情報操作、及び議会の抑えとかやることはいっぱいあるのでは、どちらかというとそちらを私がやりたかったのに、それなのにこんな現場監督みたいな事をやらせて・・・・・・あ〜要は、もう終わったという事ですね。それで私をからかいに来たと」

「何いつまでも怒っているのよ。マナちゃん・・・機嫌直してよ。ねぇ〜」

今度は、甘えたような言葉が飛ぶ、マナは流れる汗を右手で軽く拭うと、きっとした目でふり返った。視線の先には、黒いタンクトップと半ズボン姿の赤茶色の長髪の美女がテントの中で涼んでいた。

「無防備な格好・・・長袖の作業着を着て汗を流している私が馬鹿みたいだわ」

「堅いこと言いっこなし。それを言うならマナちゃん、他のみんなと同じようにヘルメット着用するべきじゃない」

「・・・・・・髪型が崩れるもの。それよりも、仮にも私は三佐なんですから、マナちゃんはやめてください。最低の人でなしの母親・・・惣流アスカ司令」

マナの辛辣ながら、しかしどことなく軽い感じの口調に、アスカは一瞬ぐっとうめいたが直ぐに表情を落ち着かせ

「そこまで言う・・・だいたい、桐山失踪によってむりやりユウジをエヴァに搭乗させるシナリオは、ネルフの魔女さんが書いたんじゃありませんこと。なんか私だけを悪人にしたてて自分だけユウジの味方になっちゃってさ。言っておくけどね、マナが私の義理の娘になるなんてごめんだからね」

にやりと笑いながら、応酬するアスカ。それには今度はマナがうめいたが、直ぐに

「だからって、あの発言はないでしょう。一歩間違えたら、ユウジ君完全に拒否したかもしれなかったんですよ」

気色ばむマナ。しかしアスカはフンと鼻をならし

「上手くいったじゃない。ユウジは、私を心から憎んでいるんだから、あの子の精神面のケアは、マナの仕事よ」

「ユウジ君は、ああみえても傷つきやすい年頃なんです。少しは・・・・・・そんな悠長な事は言ってられないか」

下を向くマナ。言葉が止まった。それを見るアスカの表情もどことなく寂しそうであった。

「時計の針は逆には戻せない。私達は前に進むしかないのよ」

アスカが小さな声で、しかししっかりとした口調で呟く。

「私達は、もう地獄に落ちるしかない運命ですもんね。今更あの子達に許してもらおうなんて望んでも・・・」

そう言ってマナは再び、前をふり返った。視線の先には、第四使徒の大きな亀裂のはいったコアがクレーンで持ち上げられる所だった。それをマナはきっとした目で睨み付けていた。しばらくしてマナが再び声を後方のアスカに向けた、口調は軽い感じに戻っていた。

「それにしても・・・司令、ほんと黒がお好きなんですね。いつだって黒ずくめ」

「元々は赤が好きだったんだけどね・・・」

「あんまり内罰的にならないで下さい。黒を着ることで・・・」

マナがそこまで言おうとしたところをアスカがさえぎった

「私が着たいからそうしてるの。別に喪服のつもりじゃないわ」

その大声は強い拒絶の響きがあった。マナはそれを背中に聞きながら、一呼吸おいて

「すみませんでした・・・」

と謝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネルフ施設内の総合ケアブース。そこにある広い待合室の長イスに一人ポツンと碇ユウジは座っていた。人工の陽射しが彼を斜めから照らしていた。まわりはひっそりしていて物音もなかった。

ユウジは、右手を顔の前に差し出して、じっと見つめていた。エヴァに初めての搭乗。そして使途との戦闘。エヴァ弐号機が右腕を切断された時、ユウジは、自らの右腕をひきちぎられたような激痛を感じていた。

しかし今・・・その右手には、なんの痛みもない。もちろん傷ひとつとしてない。そんな右手をユウジは不思議な気持ちで見つめていた。

「ここにいたんだ」

ユウジに声がかかる。それに対してユウジは声のした方向に振り返ろうともせずに

「今、身体検査が終わったのさ。それで暫くここで待つように、岸田さんに言われて」

「カスミって美人だよねぇ〜ユウジなんてドキドキしてたんじゃないの」

からかうような事を言いながら、エヴァ初号機パイロット桐山アヅサがユウジの右隣にちょこんと座った。それに対して、ユウジはワザと正面を見据え、アヅサの顔を見ようともせず

「そんな事かんけーねぇよ。それよりも、きり・・・いやっ、アヅサこそどうしてここにいるんだよ」

つれない態度のユウジであったが、アヅサはそれにも全然気にする風もなく

None of your business. By the way ・・・Youji, Why are you sitting on a chair here now?  きゃはは♪」

「何意味不明の英語なんか使ってるんだよ。お前は」

Well, you know ・・・」 

両掌を肩の付近まであげ、大げさなゼスチャーをするアヅサ。ユウジは自分が小馬鹿にされたように感じた。

「何が、ユー・ノウだ!・・・俺の質問に答えろ」

「はいはい。実はね、わたし英語が苦手でね。今テストに備えて猛勉強中なの。それでぇ〜秀才生徒会長様のぉ」

「気味の悪い猫なで声を出すな!」

「サトミには負けたくないのよ。彼女はこれから公私共に宿命のライバルになるんだしね。だからぁユウジぃ〜アヅサの家庭教師になってよぉ。その代わりに、これからも戦闘時にはサポートするからさぁ」

「うっ・・・この前は・・・助かったよ」

素直に感謝の言葉をはくユウジ。依然としてアヅサの顔を見てはいなかったが。それでもアヅサは嬉しそうに微笑んだ。それはユウジにも伝わってきた。

「んっ?・・・それよりも、サトミと公私にわたってライバルってどういう意味だよ」

ふとアヅサの発言で気になる事に気づいて、ユウジが問いかけた。そして初めて横に座るアヅサの表情を見ようとしたが、今度はアヅサがそっぽを向いて

「そのままの意味よ」

と表情を見せないで呟いた。その態度に、ユウジはかえって気になり、さらにアヅサに問いかけようとしたが

「おい、どういう意味だよ。サトミがどうして公私なんだ。公ってどういう事だ」

 

 

 

「お待たせぇ〜あら、いきなり喧嘩してんの? 二人とも」

その声に、ユウジとアヅサはふり返った。二人の視線の先には、ネルフの赤いジャケットを羽織ったマナの笑顔があった。ユウジは、マナにもなにか言おうとしかけたが、アヅサが先に

「マナ〜遅いよ。待ちくたびれちゃった。今日も真面目にシンクロテストを頑張ったんだからぁ。もう疲れたもん。早く帰って、ゆっくりしたいのにぃ〜」

「嘘おっしゃい。今日は副司令が休みだから、テストは中止だったんでしょ。カスミから聞いてるわよ」

「はうう・・・」

「でもまぁ、かえって好都合か。二人いっしょだしね。それじゃあ、行くわよ二人とも」

「はぁい」

そう言ってぴょこんと立ちあがったアヅサ。その彼女の軽いのりをポカンとしてユウジは見とれていたが

「ユウジ君?・・・どうしたの?・・・行くわよ!」

とマナに声をかけられ、さらにアヅサにも

「もったもたしな〜い。時は金なりね。You understand!」

またも小馬鹿にされたように英語で話しかけられ、幾分むっとしながら立ちあがり二人に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある一室。暗闇の中、二人の女性の会話が聞こえてくる。ネルフの作戦部長を務める霧島マナ三佐と、発令所の一オペレーターでありマナの片腕でもある岸田カスミ三尉の声だった。

 それで・・・副司令は昨晩から消息不明なの?

 はい。確かにユウジ君は予想以上にエヴァとのシンクロ率を上げています。後は実戦の経験というレベルかと思います。アヅサはああみえてもしっかりしてますから、彼女が上手くリードしていけば問題はないかと・・・

 そうね。でも、参号機が完成したらサードチルドレンとの設定が必要になってくるんじゃない。

 私でも、だいたい慣れてきましたので。実際弐号機の時も・・・

 司令が熱心に指導してくれたからね・・・確かに、私の時と違って副司令にはもうそんなに・・・

 でも、やっぱり・・・・・・

 カスミの言いたいことはわかってるわ。でもその事は心配しないで。私と司令に考えはあるから。

 連絡をとりますか?

 まだ早いわ。参号機が納入された時で良いわよ。フォーマット中に、私から連絡取って来てもらうから。

 はい。・・・・・・実はそれと・・・・・・マギに・・・・・・・・・・・・

 バグ?

 自己診断プログラムを走らせておきました。明日には自動修復と、トリガーの分析が出る筈です。

 その点は任せるわ。カスミの専門だしね。ちなみにあなたの所見を聞かせてもらおうかしら。

 副司令が黒だと思います。まだ証拠が不足してますが。霧島三佐の予測通りです。やはり・・・

 後は私に任せて。まだユウジ君には刺激が強いと思うの。教えるのは次の実戦の後がいいと思うわ。とにかく二人セットでネルフに来てもらうつもりだから。これは司令の意向でもあるのよ。

 わかりました。では明日、報告に参ります。それと、副司令の元には私が出向きましょうか?

 カスミには今発令所を離れて欲しくないの。そうねぇ・・・アヅサにでも頼むわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マナが、ジオフロント内の、あるマンションの前で事務的に説明をしていた。黙って聞いていた、ユウジとアヅサの表情がみるみる対照的な変化をしだした。

「ここまでで何か質問は?」

「おおありだぁ!!」

「What a stimulative!!」

大声で叫ぶユウジとアヅサ。しかし対照的に前者は困惑の表情を浮べ、後者は満面の笑みを浮べていた。マナは二人の大げさな反応に少し驚いたが、直ぐにマンションの壁を強く叩くと。

「落ち着きなさい、あなた達。質問にはあなた達が納得するまで丁寧に答えます。でもね、拒否は認めないわよ。ネルフの一員として、上官の命令には絶対服従なの」

「だからってマナ!」

「服従しま〜す。女神様ぁ!!」

「いい子ね、アヅサ。ユウジ君、理解出来ないことは何?」

はしゃぐアヅサを横目にユウジは、マナに少々うろたえながら不満を述べた。

「理解してるさ。要はまだ俺が、エヴァパイロットとしては半人前だから、アヅサとのシンクロをあげなければいけないんだろ。だからって、生活まで共にしなければならない程のことなのか!」

「そこまでわかってるんだったら、もうジタバタしないの。おっとこの子でしょ」

「しかしなぁ・・・俺達はまだ14才なんだぜ」

「ユウジぃ・・・ミーは、すでに覚悟が出来てるヨ。ベリー・エキサイティングな瞬間をネ!」

「うるさい!インチキ外国人は黙ってろ。俺は真面目に話してるんだ!」

マナはアヅサにヘッドロックしながら

「あなたは黙ってなさい。ややこしくなるから。ユウジ君、これはあなたの為なの」

「俺の為・・・」

それまでは軽いノリだったマナの表情が急に真面目な物に変わった。ただ相変わらずアヅサの頭を脇の間に挟んだままの態勢をキープしていたが。

「かつてあなたのお父さんと、司令が同居することによってお互いのシンクロを上げようとした事はご存知でしょ」

「ああ・・・」

「初号機と弐号機はタイプが違います。それは、あなた達の個性にも寄るんだけど。かつての機体と違って今回の“R”タイプは、初号機が融合型で、弐号機が機能増殖型なのね。つまり弐号機のスキルアップは、初号機と融合する事によって更に成長していく仕組みなのよ。だから弐号機パイロットであるユウジ君は、初号機パイロットであるアヅサから様々な事を自然に吸収して成長して欲しい訳。それにね、もう実戦なんだから悠長な事は言ってられないの。あなたには、かつて司令が犯した過ちを繰り返させる訳にはいかない。生死がかかることなんだから!」

真剣な視線でユウジに語るマナ。それにはユウジも、ジタバタしていたアヅサも大人しくなって聞いた。不意にユウジの中に、先程ジオフロントに出るためにエレベーターに乗り込もうとした時、ドアの前で偶然に出会ったアスカとの事が思い出された。

 

 

 

 

 

マナが 「お疲れ様です。これから、アヅサとユウジ君をAZY地点に案内します」 とアスカに向けて言葉を発すると。

「・・・霧島三佐に任せるわ」

アスカは無表情のまま、抑揚のない声で答えるだけだった。アヅサが、普段の彼女らしくなく緊張した面持ちで、 「セカンドチルドレンの事は・・・」 と言いかけるのを

「全て霧島三佐の指示通りにしてなさい」

と彼女の顔を見ようともせずに、冷たく言い放つだけだった。

するとアヅサはそれまでユウジが見たことの無いような寂しそうな表情を浮べ黙ってうつむいた。ユウジはそれらのやりとりを見てて、どうしようもなく不機嫌な気持ちになるのを抑えようとしていた。アスカはそれを知ってか知らずか、黙ってユウジに一瞬視線を向けたが、直ぐにマナの方を向いて

「明日から旧東京に行きます。後の事は全て霧島三佐に一任します」

そう呟いて、三人の横を通って、廊下を歩いていった。その背中をマナとアヅサは敬礼のポーズをとって姿が見えなくなるまで見送っていた。しかしユウジだけは、忌々しそうに睨み付けていた。

 

 

 

 

 

「わかったよ・・・」

ユウジは、曇った声でマナに下を向いたまま答えた。マナはそんなユウジの右肩をポンと叩いた。

「今日から眠れないわぁ〜お部屋を直ぐに掃除しなくっちゃあ!!」

一方アヅサは気色満面で叫んでいた。ちなみにこのマンションはかなり高級な部類の5LDKであり、マナとアヅサが既に共同生活をしていた所だった。当然ながら使ってない部屋が二部屋余っていたのでその内の一部屋がユウジの専用という事になる。既に引越し業者の手配は済んでいるとマナが補足した。

「あ〜今晩は何を食べようか、ユウジ。わたしね、ボンゴレ・ロッソが得意だよ」

ユウジにハイテンションで話しかけるアヅサ。しかしそんなアヅサの頭に、マナが軽く掌をおろした。

「何よぉ、マナ?」

「食事は私が作るわ。今日は私ももう終わりだからね」

「なんでよぉ。わたしが先に作るって言ったのよ。よこどり・・・」

そう言いかけたアヅサの言葉を制して、マナが真剣な表情に戻って

「今晩はアヅサには行って欲しい所があるの。お願いきいてくれる」

「May I help you, Miss Witch of Nerv?」

露骨に不機嫌そうにアヅサは、マナにワザとらしく英語で指示を仰いだ。

 

 

 

そんな二人のやりとりを、ユウジは黙って見つめていた。いつのまにか、どこまで真面目なのかふざけているのか解らないマナとアヅサの二人を見て、なんか仲のいい姉妹を見てるような、微笑ましい気分になっている事にユウジは気がついていた。

そんな考え事をしてた、ユウジに声がかけられる。不意をつかれびっくりするユウジ。アヅサの軽快な言葉が、そんな彼に魅力的な微笑みを添えて贈られた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、ばあさんの所に行ってくるわ。直ぐ帰るから、寝ないで待っててね」

 

 

 

 

 

第伍話に続く

 


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