THE REFLEX

作:柴レイ


 

第六話For no one

 

 

 

 

 

「大至急ユウジ君を弐号機に搭乗させて!・・・戦自は出たの?・・・わかったわ」

携帯に向かって早口でまくし立てるマナ。彼女の視線は、湖で咆哮をあげるシャチともクジラともしれない奇怪な化け物に向けられていた。湖面が激しく波打ち、マナ達のいる地面も強度の地震の様に揺れていた。彼女の側で、アヅサが緊張した面持ちで銃を月夜に照らされる化け物に向けていた。

「撃ったらだめよ!アヅサ!」

「でも・・・」

マナはいったん携帯をしまうと、今にも引き金を引きそうなアヅサを制止した。そしてたしなめるように

「まだあの化け物が敵と決まったわけではないわ。今カスミがパターンを分析してるからそれまで手出し無用よ。それにね、実際のとこ湖の中で吼えてるだけじゃない。まだなんの物的損害が起きてる訳じゃないわ」

「しかし・・・」

「私達ネルフはね、どこぞの怪獣ドラマの警備隊じゃないんだから、やみくもに未確認の生き物を殺戮するのが役目じゃないのよ。先ずは不確定部分を解明し、そしてもっともよい選択肢を選んで速やかに実行する。そうじゃなくって。あの生き物が使徒だと判明しない以上、攻撃は禁止します」

「はい、霧島三佐」

人差し指を立てて、笑顔で説明するマナ。そんな彼女の落ちついた物言いに、アヅサもようやく緊張を解した。

そうこうしている内に戦自の戦闘機が数機、化け物に近づいてきた。そして頭上を旋回する。それに対して、化け物は興奮したように吼えるだけであった。確かに、怪獣ドラマみたいに謎の光線を吐く訳ではない、ただただ戦闘機の照明に煽られて、湖面を波打たせる以外には何も出来ないでいた。

「なんかかわいそう・・・」

そんな姿を見ていたアヅサの口からポツリと呟きが漏れた。もはや先程構えていた銃は懐にしまわれている。アヅサの横に立つマナも黙ってその様子を見守っていた。やがてマナの携帯が鳴る。彼女は直ぐに耳に当てた。

「カスミ?結果は・・・・・・そぉ。使徒とは断定できないと。わかったわ。その方向でもう一度やってみて。・・・・・・うん、そうね。それでいいわ。私とアヅサは大丈夫よ。それじゃあ、上野二尉を出して」

マナは戦自に対しても現状維持の指示を送ろうとしかけていたが、その時

 

「ガギエルぅ!」

 

マナとアヅサの立っていた湖畔のそお遠くない場所から聞き覚えのある大声が聞こえた。

「伊吹博士!!」

アヅサが声のした方に鋭く反応した、そして勢いよく駆け出す。マナは、 「待ちなさい」 と制止ようとしたが

 

「すべて破壊しなさい。すべてよ。この呪われた不浄な大地の全てを。生きとし生ける汚れた生命を・・・」

 

続いたこの叫びにマナは唖然としていた。正気の沙汰とも思えない。これが仮にもネルフ副司令の言葉なの。

しかしそんなマナの困惑をよそに、更に信じられない事が起こった。ガギエルと呼ばれたその化け物の大きな口が開き、そして長い蔓のような物が戦闘機に延びて、瞬時に絡まるとそのまま締め潰した。

激しい爆音が湖畔全体に轟く、思わずマナもしりもちをついた。彼女は自分の判断が甘かった事に気づかざるを得なかった。もはや悠長なことを言っていられない。残った戦闘機も素早くガギエルから離れた。

「上野二尉、直ちに戦自に攻撃させなさい。ミサイル系ではないわ。レーザーで化け物を切断させるの。生け捕りの必要もありません。そして南二尉には、うちの迎撃システム、TZY地点解除を実行させて」

興奮してまくし立てるマナ。しかし、ネルフサイドが攻撃の態勢に入ろうとしたその時、ガギエルが一声吼えた後、一気に水面へと沈んでいった。

驚くマナ。そして戦自の戦闘機がレーザーを撃ちこむも、それはガギエルが潜って消えた水面に吸いこまれるように落ちるだけだった。そしてなんの反応も湖底からは帰ってこなかった。

「なんてことなのよ・・・」

マナは、もはやなにも存在しなかったかのように穏やかに波打つ湖面を呆然と眺めるだけだった。

ただむなしく水面に漂う潰された戦闘機の残骸が浮かんでは消えていた。それを見て、マナは激しく唇を噛み締めていた。己の判断ミスで人的被害を出してしまった。取り返しがつかない。

 『マギが暫定的な判断を示しました。パターン青。あの化け物は使徒と思われます』

携帯からカスミの声が聞こえてくる。しかしもはやその声もマナには届いていなかった。湖面と戦闘機の残骸を見ていられず一瞬視線を足元に落としたマナであったが、直ぐに顔をあげた。

彼女の後方から足音が聞こえる。その方向を振り返ると、アヅサが険しい顔で近づいてくるのが見えた。アヅサの降ろした右手には銃が握られていた。そして歴戦をくぐり抜けてきたマナには、遠くからでもその銃に熱がこもっていることを理解できる。アヅサが直ぐ側まで来て、そして湖面を見やった後、そのまま

「伊吹マヤは麻酔銃で眠らせています。銃を向けられましたので、やむなく・・・」

そう力無く呟いた。アヅサの言葉に、もはや“博士”の呼称が消えていた事を、マナは寂しい気持ちで聞くだけであった。無言でマナは、湖面を向いて俯くアヅサを後ろから抱きしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ねぇ〜アヅサ。エヴァ初号機のパイロットであるあなたの成さねばならない役目って何かしら?

 人類を滅ぼそうとする使徒を倒し、それによってフォースインパクトを未然に防ぐ事です。

 模範回答ね。でもね・・・こういう風に考えた事無いかしら。使徒は本当は人類の敵ではない。敵は他にいる。彼等の存在自体は決して人類にとってマイナスな事ではないと。

 既に起きてしまった、セカンドとサードインパクト。この人類にとっての未曾有の災難は、使徒によって引き起こされました。その事をもって、使徒とは人類に仇なすもの。それ以外の何があるというんですか。

 それじゃぁ、これまでの三回に及ぶインパクトが使徒によって引き起こされたのではないとしたら、どぉ?

 おっしゃる意味がわかりません。

 ファーストインパクトについては、死海文書に記されてる事だから旧世紀の事件だし、これは論じても仕方がないけど、少なくとも2000年のセカンドインパクトと2015年のサードインパクトが人災だと。そういう風に考えた事はないの。セカンドは葛城調査隊の無計画で杜撰な使徒との接触実験が元で、そしてサードは碇シンジと惣流アスカ=ラングレーの二人の元エヴァパイロットの暴走から・・・

 暴論です。なんの根拠も無い空論を弄んでなんになるというんですか。

 使徒は英語でエンジェルと発音するわ。天使という意味よね。この天使達は彼等に関わる人間によって、幸福をもたらす使者にもなりえるし、また地獄へと誘う死神にもなる。要は問題は私達にあるんだと思えない。

 結局はなにが言いたいんですか?

 私達が先人の過ちを繰り返さないようにするには、ただ闇雲に使徒を殲滅するのではなくって、先ず理解することなんじゃないかしら。それなのにまた使徒を悪用して、今度こそ人類を滅ぼそうとしている・・・

 それが惣流司令、霧島三佐だと・・・博士はおっしゃりたい訳ですか。

 あの子達は、碇司令と葛城三佐の亡霊に操られているのよ。碇・・・葛城・・・考えても見てよ、この二人が南極でセカンドインパクトを引き起こした首謀者だと思わない。

 ・・・・・・

 先輩・・・赤木博士はそれをくいとめようとしていた。それなのに逆に罪人の咎を受け幽閉された。だから戦自を引きこんで旧ネルフを解体しようとしたのに、結局は失敗して・・・

 もうこれ以上妄想を聞かされるのはたくさんです。

 すっかりマナに洗脳されているのね。しょうがないか、所詮マナの・・・

 それ以上言う事は、いかにお世話になった博士といえど許しません。

 私に脅しは効かないわ。何故なら先輩の意思を継ぎ、使徒を生み出す術を手にしたこの私には・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しばし昨晩のマヤとの会話を思い出していたアヅサ。彼女は、司令室前のドアに背中をあずけて立っていた。中では、司令代行としてのマナを中心に、ガギエルへの対策が練られていた。彼女はふと腕時計を見る。午前10時30分を差していた。それをながめつつ溜息つきながら小さく呟いた。

「もうあれから12時間が過ぎたんだ・・・」

「なぁにたそがれてるんだよ」

「えっ!?」

かけられた声に、アヅサは驚いて振り返った。そこには、優しい笑顔を浮べたユウジの姿があった。

「ダーリン、来てくれたのね。嬉しいよぉ」

アヅサはぎこちないながらも笑顔を作り、ユウジに向かって叫んだ。

「・・・っくぅ、ダーリンってお前なぁ」

ユウジは思わずズルッとなった。珍しく落ち込んでいるみたいだから・・・それに昨晩から全然寝てないらしいと聞いてたし、優しく慰めてやろうか・・・なんて思ったのに、ダーリンかい。こやつわぁ〜・・・なんて考えながらユウジは素早く身構えた。パターンだと、次は抱きついてきそうだからと思ったが、アヅサは再び下を向いて顔を隠した。そして細かく肩をふるわせている。

「アっアヅサ・・・・・・あ〜あのなぁ」

アヅサのふるえる肩に手をかけようとしたユウジだったが、その後の彼女の仕草にまた苦笑した。

「ほえ・・・ユウジぃ。どうしてアヅサの、か細い身体を抱きしめてくれないのぉ。ふるえるわたしを・・・」

「どおでもいいけどよぉ。唾を指につけてそのまま唾で瞳を濡らしながら見つめられても全然ありがたみを感じられないんだが。お前、実はワザとやってないか?」

「そういう事を言うユウジ君、嫌いです」

「おい・・・どこでそんな言葉覚えた」

「秘密です」

頭を抱えながらユウジは、アヅサのペースにすっかりはまっていた。そんなユウジを嬉しそうに見つめてくすくす笑うアヅサの表情もようやく落ちついた物に変わりつあった。

そんな時、二人の正面のドアが勢いよく開いた。びっくりして後ずさる二人。中から最初に出てきたのは、マナ。続いて岸田カスミを始めとする、発令所の面々がぞろぞろと出てきた。彼等は、真剣なそしてどことなく疲れた表情を浮べ、誰もチルドレン達に声をかけようとしなかった。

「霧島三佐」

アヅサがそんな彼等の先頭を歩いて廊下を進もうとしたマナに声をかけた。マナはそれに対して振り返らず、しかし足は止めた。代わりに側にいたカスミが、どうしたの?という感じでアヅサの顔を見つめた。

「これから、伊吹博士の軍法会議ですか?」

アヅサの顔から先程の笑みは消え、真剣な表情になっていた。それをユウジは黙って見つめていた。マナは答えない。代わりにカスミは小さく首を振って 「そんなことよりも・・・」 と言いかけたが

「ガギエル殲滅には、伊吹博士の力が必要という事ですね」

カスミに最後まで言わせず、アヅサはきっぱりと言い切った。

「アヅサがいれば、会議なんて直ぐおわったかもね」

そんなアヅサをカスミは、にこやかに見つめながら、話しかけた。

「わたしにやらせてください」

場は一瞬なごみかけたが、続いたアヅサの言葉に、再び緊張感が高まった。今度はカスミも困惑した表情を浮べる。まわりの大人達も黙ったままだった。

一応、マヤに対する対応はマナを中心に決められたのであろう。そこにアヅサが口を挟んだかっこうだ。恐らくマナが何か言葉を発すると場の者みんなが思っていたのだろうが、そんな中、アヅサは構わないとばかりに歩き出し、マナの隣に並んだ。アヅサは、毅然としてそして少女とは思えない他を圧倒するような雰囲気を醸し出していた。ユウジは目を見開き、彼女の姿に驚いていた。

「行こっ」

マナは黙ったままだ。そして並んだアヅサを振り返ろうともせず、正面を見据えていた。そしてアヅサの言葉を合図にしたかのように再び歩き出した。やがてまわりもそれを当然のようにぞろぞろと歩き出す。

ユウジは一人ただ唖然と眺める事しかできないままだった。そんな彼に、カスミがウインクしながら一声かける。

「ネルフにとって、アヅサがどういう存在なのか、わかったぁ」

ユウジは無言で肯いた。そしてカスミの言葉の意味を実感し、歩き去るマナとアヅサの背中を眺めていた。やがてそれらが見えなくなるとユウジは、どことなく寂しそうに呟いていた。

「ここでは、俺にはまだわからないことばっかりなんだな・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヅサなの?」

「はい、昨日の話の続きをしに来ました」

暗い一室。明かりが一筋、軟禁中のマヤを照らしていた。座って俯く彼女の両腕には手錠がはめられていた。その背後にもう一筋の明かりが灯り、その中にアヅサの姿が浮かび上がった。

マヤはアヅサが一言も喋る前に気配だけで彼女を感じ取り、背中を向けたまま語りかけていた。

「私に何をさせようというの?」

「ガギエルを救って下さい」

マヤは背中を向けて身動き一つしてなかったが、心の中は激しく動揺していた。アヅサの発した言葉はまったくマヤの予想外の物であったから。

「どういう意味かしら?」

「使徒とわたし達人間は同じ種族だと聞いたことがあります。つまり兄弟みたいなもんなんですよね」

「・・・・・・その兄弟を私達人間は自分達のエゴで虐殺してきたわ」

「エゴ・・・そうです。自分達だけ生き残りたいというエゴの為にですね」

「使徒がどういう目的で現れここに来るのかを考え様ともせずに」

「そうです。わたし達は使徒との接し方を間違えました。だから大きな罰を3度も受けてしまった」

「だったら・・・」

「昨日の晩、霧島三佐は、やみくもに攻撃しようとしたわたしを制して、先ずガギエルの事を理解しようと言ってくれたんです。使徒を含めたわたし達にとって最適な事を選んで、それを実行しましょうと。でも・・・」

「もう遅いのよ」

「どうして遅いと決められるんですか?」

「今のアスカは、かつての碇司令みたいに暴走してる。失った人の事に縛られて・・・もう誰も止められない・・・」

「わたしと、霧島三佐で止めてみせます。わたし達は決して先代の過ちを繰り返すつもりはありませんから」

「できるの?」

「信じて下さい。赤木博士と伊吹博士の思いは、ファーストチルドレン=桐山アヅサは絶対忘れません」

しっかりとしたアヅサの口調に、マヤは頑なな心が氷解するような暖かい気持ちを感じていた。

 

 

 

初めてアヅサに会ったのはいつだったろう・・・・・・

 

 

 

 伊吹主任、よろしいですか?

 はい、あっアスカ・・・ええっと、彼女は確か・・・

 覚えておいでですか、嬉しいです。伊吹マヤさん。霧島マナでぇ〜す。ちゃっかり生きていましたぁ。

 そぉ〜よかったわね。あの後、シンジ君すっかり落ち込んでいたのよ。・・・あっ、ごめん、アスカ。

 いいわ、別に。それよりもマナがね、これから私達を手伝ってくれるって。

 嬉しいわ、霧島さん。よろしくね。・・・・・・ところで、その女の子は?

 ほらっ・・・挨拶なさい。

 アヅサ・・・桐山アヅサ・・・

 えらいわねぇ、ちゃんと名前が言えるんだ。歳はいくつ?

 よんさい・・・

 

 

 

 いい、アヅサ、よく聞きなさい。

 ふわぁ〜い・・・あいた!ぶたないでよぉ。

 真面目に聞きなさい。エヴァというのはね、私達みんなの想いがかけられているの。そしてその想いはアヅサ、あなたへの想いでもあるのよ。私達はあなたが真面目に司令や霧島一尉の要求に答える姿をずっと見てきている。こんな少女が必死に頑張ってるだって姿を見て、報われない割のあわない作業であっても不平不満一つ言わず、心を一つにして各自精一杯やってるのよ。それは素晴らしい事だと思わない?

 別にぃ、わたしは面白いからやってただけよ。でもさ、最近は単調なシンクロ実験ばかりで張り合いないしぃ

 ここまでこれたのはあなたのおかげ。それは感謝してるわ。それはもう言葉にできないくらいにね。

 だったらさぁ〜もうすこしさぁ・・・

 今やっている事は、セカンド、サードのチルドレンの為に大切なデータを残す為のものよ。

 わかってるわよ。あああ〜結局、最初が貧乏くじ引くわけなのよねぇ。

 みんなあなたの努力苦労をわかってる。そしてあなたが成し遂げた事も。私はわかってるつもりよ。アヅサ・・・ネルフのみんなの心の中心に位置してるのは、司令ではない、一尉でもない、もちろん私でもないわ。それはあなたよ。

 わたし?

 そう、アヅサを中心とした絆の中で、私達は一つにまとまって、大切な事をやりとげようとしているの。

 絆・・・

 多分、もうすぐ私の役目は終わるわ。だから・・・この事をネルフの、いえ人類の未来を背負うあなたに・・・

 わかんなぁ〜い。そんなのぉ〜・・・もう頭が痛いよぉ。

 アヅサ・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・

 ・・・・・・ふぅ〜

 アヅサ・・・

 それじゃぁ〜実験始めましょうか。いつでもOKだからね。

 ・・・・・・ありがとう、アヅサ。

 

 

 

暫し、マヤはアヅサとの思い出を心の中で回想していた。生意気でいつも反抗的で、でも最後は全部ノルマをこなしてくれた少女の姿を。そう、かつては24時間中ずっと向き合ってきた少女の姿を。

そんなマヤをアヅサは黙って、見つめていた。彼女はマヤが言葉を発するのをじっと待っていた。

「ガギエルは・・・私のエゴで生まれた・・・」

「そうです。博士のフライングで、本来と違う形で生まれたんです。あの子はどうしたらいいのか自分でも・・・」

「だから殺せというの・・・」

「望まれない誤った生命を無為に存在させるのは罪深い事です」

マヤの声が涙声に変わりつつあるのをアヅサは感じていた。

「ガギエルは私の命みたいなものよ。あの子を殺せと言うのなら、私を殺してよ」

「博士は退場のタイミングを誤ったんです。それが不幸な生命を生んでしまいました」

「私は・・・私は・・・」

アヅサは思わずかけよって、マヤの背中を抱いた。その驚くほどに小さく感じた、でも暖かい背中は嗚咽混じりに震えていた。

「後は、わたし達に任せてください。博士に育ててもらったアヅサを信じて下さい」

アヅサの声も涙声になっていた。やがて、マヤがそっと右手を、アヅサの自分の胸元で結ばれた両掌に添えた。そして小さな声がアヅサに聞こえてきた。

「ガギエルを救ってちょうだいね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽射しは大分傾きかけていた。湖面ではガギエルが所在無さ気に、咆哮を上げていた。

アヅサの乗る初号機がオフェンスの位置に、そしてユウジの乗る弐号機がディフェンスへと配置されていた。湖畔に大きな筒のような物を設置するマヤの姿が、エントリープラグ内のアヅサのモニターに写しだされていた。

マヤはテキパキと準備をしながら、側に控えるカスミに色々と指示をしているようだった。そんなマヤの表情は、なにかを悟ったような穏やかなものにアヅサには見えていた。

 『頼むわよ・・・副司令』

マナの声も聞こえてくる。それはアヅサも・・・そしてその場にいる者みんなの思いだった。

マヤは、作戦行動前にみんなにこう言っていた。

「先ずガギエルの動きを止めてみせます。そして絶対零度に凍らせて活動停止にします。ガギエルは将来のネルフにとって貴重なサンプルになるでしょう。ここまで私にやらせて下さい」

その言をマナを始めみんな信じていた。

くううううん・・・

その時であった。それまで不気味な咆哮を続けていた筈のガギエルが、急に自分の最期を悟ったのか悲しげに鳴き出した。それは、聞くものみんなを切ない気持ちにさせるような鳴き声だった。

 『ガギエルぅ!!』

くううううん・・・

突然の叫びにアヅサがはっとした瞬間、モニターに写ったのは、湖に飛びこんでガギエル向かって泳いでいくマヤの姿だった。

「博士!!ダメぇ!!」

アヅサは、モニターに向かって叫んだ。マナの慌てたような声も聞こえてきた。しかし誰にももはやどうする事もできなかった。

すると突然それまで悲しく嘶いていたガギエルが再び大きな咆哮をあげたと思うと。その瞬間湖が爆発したように水飛沫があがり、そして眩しいまでの光りにつつまれた。

「伊吹博士ぇ!!!」

 

ぎやあああああああああす

 

狂ったように吼えるガギエル。もはや湖面には吼え暴れるガギエルの姿だけで、マヤの存在を確認することは不可能になっていた。

 

 

 

「あああああああああ・・・・・・」

 

アヅサは大きく叫びながら、初号機でガギエルにむかって飛びこんでいった。初号機に捕まれながらも激しく暴れるガギエル。それを叩き蹴り上げる初号機。

 

 

 

数分後、激しい二体の格闘の末、やがて初号機が静かに湖面に立ちあがった。その側には、ガギエルが腹を出して湖面に浮かんでいた。もはや咆哮も動きも感じられなかった。

 『目標は完全に沈黙。初号機は処理に成功しました』

南二尉の声が、呆然と弐号機エントリープラグ内で成り行きを見つめていたユウジに届いた。続いて

 『伊吹博士の生存は?』

マナの厳しい声が聞こえてくる。そしてそのマナの問いに一拍おいて

 『不明です』

南二尉の辛そうな声が聞こえた。やがて彼のエントリープラグに少女のすすり泣く声が聞こえてきた。

ユウジは黙ってそのすすり泣きをやりきれない思いで聞いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

湖畔には闇夜が訪れていた・・・昨日ガギエルの姿を照らした月も隠れたまま・・・

そんな暗闇の中、アヅサは一人で、何もなかったかのように静かな湖面を黙って見つめていた。やがて背後から近づく者がいる。彼女はアヅサの背中に軽く手を置いて、優しく呟いた。

「明後日には、司令が戻るわ。そして新しい副司令とサードチルドレンも同じ日に到着する」

「・・・・・・」

「ちょっと予定外の事が起きてしまったけど、まぁ大丈夫だわ。またこれから忙しくなるわよ。問題なしよね」

「何が問題ないんですか?」

「アヅサ、頼りにしてるわよ。エヴァ三体、パイロット三人といっても、結局当分はあなた頼みなんだしね」

「問題ないってどういう意味ですか?」

「えっ!?・・・だから、アヅサさえしっかりしててくれれば・・・」

背中を向けながらきつい調子で呟くアヅサの姿に、マナはやや戸惑いつつ言葉を発しようとしたが・・・そして側にいたユウジもまた静かに二人を見つめていたが

やがて、湖畔にアヅサの叫びが響いた。

 

 

 

「わたし達はいつだって交換のきく、司令や霧島三佐の消耗品ではありません」

 

 

 

 

 

第七話に続く

 


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