THE REFLEX

作:柴レイ


 

第拾弐話Eve of destruction

 

 

 

 

 

 夕焼けで赤く色づいた砂場で小さな男の子が一人ぼっちで遊んでいた。他には誰の気配も感じられない。

 男の子は一人で黙々と砂山を作っていた。そして砂山がある程度の大きさになり、男の子はそれを満足そうに見た後、砂にまみれた小さな両手のひらでパンパンと固めるように叩いていた。

 ユウジくん・・・ユウジくん・・・

 その声は男の子に向けられた物だった。背中で自分を呼ぶ声に気がついた男の子は、すっと立ちあがり、今まで一生懸命作っていた砂山には目もくれず声の方を向いて駆けて行った。

 少しして残された砂山の前に灰色の上下の作業服を着こんだ数人の男達が現われ、小声で呟きあった後、足で無造作にその砂山を壊していった。男達の腰には、リボルバーが夕焼けに照らされつつも黒く鈍く光っていた。

 ユウジくん、今日でお別れやな。

 長い髪の若い女性が、駆け寄った男の子の頭をなでながら、関西弁の発音で語りかける。気持ちよさそうになでられていた男の子がきょとんとした目をして女性の顔を覗きこんだ。

 お母さんがな、ユウジくんを迎えに来よったんや。よかったなぁ〜

 お母さん・・・

 男の子が不思議そうに呟く。

 そや、お母さんや。ユウジくんがずっと待ち望んどったお母さんやで。

 待ってないよ・・・ボクは、ハルコお姉ちゃんとずっと・・・

 あかん!!

 男の子が言いかけるのを女性は強い口調でさえぎった。そして男の子の両肩に両手を乗せて、自らが屈んで男の子と目の高さを合わせた後、しっかりとした口調で言い聞かせるように

 子供はな、親と一緒に住むべきなんや。親子よりそって生活するもんなんや。

 男の子はそう言われて両目をぎゅっとつむった。

 わかるな・・・ユウジくんは頭のええ、聞き分けのええ男の子やもんな。

 女性は男の子が目をつむったにも関らず、笑顔を作ってそう語りかけた。やがて男の子が両目を開けた。そこには泣き笑いのような表情が浮んでいた。男の子は、涙をこらえるような仕草をしながら、女性にむかって

 迎えに来てくれたお母さんはどこ?

 そう口を開いた。女性はそんな男の子の仕草に、一瞬下を向いたがすぐに笑顔を浮べて

 このホームの応接室や。昨日ユウジくんが一生懸命掃除してくれたピッカピカの応接室や。そこでお母さんが待っとる。ユウジくんに会えるのを楽しみにして待っとるで

 男の子は大袈裟気味に肯いて

 お母さんに会ったら、大きな声で呼んで、そして抱っこしてもらうよ。そうすれば、お母さんは喜んでくれるんだよね。ハルコお姉ちゃん。

 ハルコと呼ばれた女性は、にこっと笑って肯いた後、男の子に

 他のみんなには、お姉ちゃんが伝えておくな。遠足から帰ってきたらな。

 そう答えた。そして男の子を後のドアの方を向かせ、小さな背中をポンと叩いた。

 さよならや・・・お母さんにいっぱい甘えてくるんやで・・・

 最後は涙声になったハルコの声を背中に聞きながら、男の子は一回もふりかえらず、ドアに向かって歩き出して、やがてドアを開けて部屋の外へ出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・

 部屋の外から聞えてくるすすり泣きにユウジは目を覚ました。自分の腰くらいまである大きなベッドからストンと降りて、小さなカーディガンを羽織ってユウジは寝室のドアを軽く開けようとした。

 ドアを開けた先の隣の部屋は、母親アスカの寝室であった。気づかれないようにそっと開ける。そして隣の部屋を覗きこんだ。

 シンジ・・・シンジ・・・

 母親アスカが肩を震わせて泣いていた。昼間はそんな姿を見せたことは一度としてなかった。いつも凛として堂々として、大きな怖い大人達を指図する母親の普段の姿とは違って、酷く弱々しく、まるで自分よりも小さな幼子のように泣きじゃくっていた。

 ユウジはそれをじっと見つめていたが、やがてドアを開けて母親に近づいていった。

 お母さん・・・

 その声に、アスカはビクッとして降りかえった。そしてまだ6歳になったばかりの息子を、涙をふこうともせずに見つめた。そして何か喋ろうとしかけたが

 

 

 

 毎晩毎晩・・・うるさいよ。

 突き放したような息子の声。そこには何の感情も受け取れなかった。アスカは呆然として、絶句していたが、やがて声を荒げて

 子供には関係無いわよ。とっとと部屋に戻って寝てなさい。

 そう毒づいた。薄暗い部屋の明かりの下、母親が息子に言い返した。しかし、息子ユウジはひるまない。淡々とした口調で

 お父さんを見殺しにして、自分だけみんなに誉められて偉くなって、それなのに夜中に寂しくってお父さんを恋しがってるの?・・・かってだよ。

 その瞬間、ユウジにむけて物が飛んだ。ガラス製の灰皿だった。それはユウジの顔の直ぐ側を飛んで、後方の壁に激突した。吸殻がいっぱい入っていたらしく、煙草の灰が壁辺りから舞い上がり、ニコチンのいやな臭いがアスカとユウジの鼻腔をくすぐった。

 うっとおしいから、もう夜中に泣かないでね。

 ユウジは平気な顔で、アスカに呟いた。その時アスカの顔は酷く悲しそうに歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 違う!!

 何が違うの・・・

 俺はそんな事を言ってない!!

 言ったわ・・・

 言ってない!!

 あなたは、アスカの生きる唯一の希望なのに、そんなアスカにそう言ったの・・・

 違う!!

 本心じゃないのに・・・本当はアスカの胸で泣きたかったのに・・・

 違う!!

 アスカにはどうにも出来なかった。碇くんがああなってしまうのを止める術をもたなかった。それをあなたはわかっていた筈なのに・・・それなのに・・・

 違う!!

 アスカがああするしかなかったのは、あなたを守る為よ。そしてそれもわかっていた筈なのに・・・

 違う!!

 あなたは、寂しい気持ち、悲しい気持ち、もどかしくってやるせない気持ちを、弱い立場のアスカを罵倒することで精神の安定をはかっていたのよ・・・

 違うんだぁ!!俺は!!俺は!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、ユウジは意識を取り戻した。真夜中の温泉街の道端、月夜に照らされたその場所には、コオロギの鳴く声だけが響いていた。ふと混濁した意識をさまして正面を見ると、

「ずっと泣いてた・・・」

レイがそう言って、ユウジの左目に小さな右人差し指を伸ばして、まぶたからこぼれる涙の雫をぬぐった。ユウジはそれをなすがままにさせておいたが、やがてレイに向かって語りかけた。

「夢を見てたんだ・・・悲しい夢を・・・」

レイはそんなユウジを赤い瞳で見つめていた。

「母さんのあの顔・・・ずっと忘れていたのに・・・あんなに悲しそうな顔・・・」

レイは黙って聞いていた。ユウジは喋り続けた。

「俺は母さんに酷い事を言ったんだ。そしてそんな自分を許せなかった。でもどうにも出来なかった。だからいつのまにか、すべて母さんの所為だと勝手に理屈ずけていたんだ。それが一番楽だったから。そうすれば自分が悪くないって思えて楽になれたから。それなのに、そんな卑怯な自分に騙されて、俺は母さんを憎んで育ち、やがて家を飛び出した。保育所のハルコ先生に会おうと最初に思った。けど・・・会えなかった。外の世界は地獄だった。綺麗事じゃない、生きていくには力だけが全ての弱肉強食の世界だった。生きていくのに、明日の御飯を得るのに精一杯で、気がついたらなんでもやっていた。マナがあのスラムに来てくれなかったら、俺はいったいどうなっていたんだろう・・・今頃は・・・」

そこまでまくしたてた後、ユウジはふと我に帰り、そして深呼吸して、正面のレイを見つめた。

「ずっと忘れていた大切な事、それを教えてくれたんだね・・・レイちゃん、君が」

そう語りかけたユウジに、レイは小首を右に傾けながら微笑みを作り答えた。ユウジはレイの小さな身体を抱きしめて、そして心からの気持ちをこめて呟いた。

「ありがとう」

レイはユウジに抱かれ、その声を聞いた後、ユウジの耳元に聞えるくらいの小声で呟いた。

「私のお願い・・・聞いてくれる・・・」

ユウジは無言でさらに優しくレイを抱きしめてそれに答えた。

「サンダルフォンを助けて・・・」

レイの呟きにユウジは肯いた。そしてレイの青い髪の毛を指でまさぐっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いよいよ明日決行よ!!」

「わかったわ。ここでの指揮はカスミが執るの?」

「霧島三佐から、先程細かい指示を受けてるから大丈夫よ」

「そう、ところでユウジの方は、どうするの?」

「あくまでアヅサがFWで、ユウジ君はDFだから、それに弐号機にプロテクトしておくからいざとなっても何も出来はしないわ。その辺り霧島三佐の手筈はばっちりだから」

「了解・・・これで、リリスが何を言っても大丈夫ね」

「え?・・・何?リリスって」

「何でも無いわ、まぁ〜明日はわたしに任せて」

「アヅサを信じてるから心配はしてないけど。でも本当にやるのね」

「ええ・・・司令は使徒の子供を捕獲し損なえば地団太踏むでしょうけど、でも司令だってたしか、生け捕りに失敗して惨殺したんじゃない。それはみんな知ってることよ。そんな事よりも、カスミ」

「何かしら?」

「マナが心配なのよ。今回の事で、ますます立場が微妙になるかもしれないから・・・わたしはユウジの側にいてあげないといけないんだから、カスミがしっかりとマナを助けてあげて」

「わたしに、霧島三佐程の切れる御方の助けがどれだけ出来るか・・・」

「裏切ったら、わたしがタダではおかないからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

壁にかけられた円形の的に、ダーツが一本、また一本と投げられた。ダーツは的確に、的の中央の目印付近にバランスよく命中していく。そしてワザと外してあったかのような真中の赤い円に綺麗な羽飾りのダーツが小気味よく命中すると、パチパチと拍手が聞えてきた。

先程から、ダーツに一人で興じていた老人が拍手の音のするほうをふりかえる。そして自分に拍手する相手を見やった後、静かにチェアーに身体を預けた。

「相変わらず御上手ですね。流石腕は衰えないというところですか?三笠参謀」

拍手をしていたのは、マナだった。連邦警察の施設内の一室。そこでかくまわれてる彼の元に、本来彼に絶対会わせてはいけない筈のマナがすんなりと、その場所に辿りついていた。しかし三笠老人に驚いた素振りも、怯えた素振りもなかった。気だるそうに、身体をチェアーに預けた姿勢のまま、マナの方は向かずに呟いた。

「待っていたよ・・・そろそろかなと思っておった。これでわしも楽になれるのかな・・・」

マナは三笠老人にゆっくりと近づきながら、穏やかな声で

「今日はお話をしに来ただけです。そしてもう二度と顔を出しませんから」

三笠老人はそれを聞いて、苦笑を浮べながら、まるで残念そうに

「今日も楽にしてくれないのか・・・あの時と同じ様に、あくまで意地悪をするんだね。こんな老人に・・・」

「今日で最後ですから・・・後は、参謀のお好きなように」

「わしは、この歳になっても・・・まだ自殺する勇気さえ持てないんだよ。酷な子だよ君は」

そこまで言った三笠の頬に、マナが優しく右手のひらをあてた。そして笑いながら語りかけた。

「今日は最後なんですから、楽しい昔話をしましょう」

そんなマナに三笠はようやく首だけふりかえり、マナの顔を見つめて笑い返して声をかけた。

「この小悪魔め・・・君のほうこそ相変わらずだな・・・」

マナは笑顔のまま無言で頷く。三笠は、彼女の名前を初めて呼んだ。

「何から話そうかのぉ・・・桐山くん・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスカはトウジの胸に抱かれながら、まるで咎める用に呟いた。

「今日は、ヒカリの誕生日なんでしょ。倉田だって待ってる筈よ。それなのにあなたは・・・」

トウジは黙って、天井を見上げていた。

「断ってくれたら、別に無理強いするつもりはなかったわ。それなのに・・・同情してくれるなんて・・・どこまでお人よしなのよ。そんな事だから、昔から損な役回りを演じるんじゃない」

トウジはそんなアスカにむかって小声で、天井を見上げたまま

「ええやんか、ただ抱きおうとるだけやし・・・それ以上はなんもせんのやから」

「肉体的な性交渉があるかないかの問題じゃないわよ。心の問題よ。ヒカリにすまないと思わないの?」

「あいつはわかっとる。すべてな・・・すべて見通していて、それでも許してくれてる」

アスカは、そんなトウジに飽きれたような顔をして、そしてベッドから上半身を起こした。そして形のよい胸をシーツで巻きながら、ボソっと呟いた。

「成る程ね・・・やっぱりピエロは私・・・わかっていたけどさ・・・」

寂しそうに呟くアスカに、トウジはそれでも天井を見上げたままだが

「惣流・・・すまんな・・・」

そう詫びた。しかしアスカはすっと立ちあがり、ベットから降りて、そして床に投げてある、下着を拾いながら

「私は誰にも愛されない・・・そして誰も愛した事がない・・・いままでもそしてこれからも・・・」

歌うような、そんな調子で無理に明るく呟いた。

「違うで・・・惣流。それは違う・・・」

トウジが立ちあがって服を着出したアスカの背中に語りかけた。アスカはピクリとも反応しなかったが

「シンジはお前を愛しとった・・・それにユウジもな・・・お前は愛されてたんや」

トウジはそうアスカに語りかけた。しかしそれまでだった。彼にもそれ以上の言葉は無かった。アスカはそれを聞いても、無言のまま服を着用し終わると、静かに寝室を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我々の人類の為に何か役立ちたいという思いは純粋なものだった」

三笠が独り言のように語っていた。それをマナは側のイスに座って、黙って聞いていた。

「ネルフのやろうとしている事がロクなもんじゃないことはみんな知っていた。JAを計画したあやつも、同じ気持ちだった。でも、結局どうにもならんかった。ただ指をくわえてるしか出来なかったんだ。その内我々のロボットもおかしくなり、脱走までされて、君が囮になるとまで言ってくれたのに、結局は全てを失ってしまった。まぁ〜君が助かったのが救い・・・」

「そうかしら・・・ずいぶん昔話を美化してくれますね」

「老人の戯言じゃ、勘弁してくれ・・・それに信じてもらいたいとも、もはや思っとらんよ」

不意に口を挟んだマナに、三笠は自重気味な口振りで声を返した。そしてさらに喋り続けた。

「結果的には、君の残した資料を元に、我々は速やかにネルフ施設内に侵攻出来た。人類をカルト的な滅亡思想から救う為に、心を鬼にして任務を遂行しようとした。しかし・・・あの紫のやつが暴れだし、そしてサードインパクト・・・やはり我々にはどうにも出来なかった。ネオ・ゼーレを組織したのは、もう二度とあんな惨事はごめんだと思ったからだよ。その為なら、怪しい古文書にも耳を傾けたし、惣流を支える事にも躊躇はなかった。だが・・・」

「参謀達は、やはり間違っていたのですよ」

「そうだろうな・・・ただこれだけは信じてくれ。我々は自分の虚栄心であんな真似をしていたのではない。命など、当時から惜しいとは思ってなかった。それが死んでいった同胞の為に、生き残った・・・」

「命を捨ててまでなんて後向きな考えだから、見誤るんですよ」

マナがそこで三笠の言を制して、そしてまるで老人に言い聞かすように

「命を粗末にする発想からは、何も生産的な物は生まれません。世の中をよくは出来ません。この命を捧げてもなんて、そんな考えの者には決して世の中を良き方向に導く事は出来ないんですよ。先ずは生きたい、生き延びたい、そしていい暮らしをしたい、いい食べ物を食べたい。その為に頑張る、工夫しようと考える。そこから明るい未来が導かれていくんですよ」

「そうかもしれないな」

「自らの命を疎かにする者が他人を幸せにする事は出来ないんです」

マナは、はっきりと言いきった。そして胸のポケットから一枚の写真を取り出した。そして三笠にそれを見せる。その写真には、可愛い男の子と女の子が写っていた。

「御孫さんは、ネルフが預かっています。心配はありません。私が責任を持って面倒みますから」

三笠はそれを食い入るように見つめた後、軽く笑って

「これで、相田くんの願いは全て消え去ったな。もはや君達を脅かす者はないよ」

三笠のその言葉に、マナは満足そうに肯いて、そして立ちあがった。

「それでは、これで失礼します。参謀・・・御元気で」

そうマナは優しく声を三笠かけて、部屋を出て行こうとした。すると三笠は、写真を持ちながら、マナの背中に声をかけた。

「この写真を残したまま・・・もしわしが命を絶ったら、君の立場は非情に不味くなるぞ」

マナは立ち止まったが、しかしふりかえったり、言葉を返したりはしなかった。

「今、君の身に何かあったら、ネルフは大変な事になるぞ。組織が立ち行かなくなるかもしれん。だからわしに手を出さないのだろ。だったら、この写真を持ち帰るべきではないのかね」

それでもマナは黙って立っている。三笠がはっと気がついたように声をもらした。

「まさか・・・それをも見越しておるのか。組織を自分の手で育てあげ、そして自分無しでは立ち行かないようにまでして、そして身を引く・・・これで組織がガタガタになる。それが君の復讐なのかね

マナはそこまで三笠に言わせておいたが、やがて背中を向けたまま言葉を発した。

「私は死ぬ気ではありませんから・・・生きる為に、幸せになる為に考え行動してます」

三笠は、そんなマナに向かって、必死に声を張り上げた。

「惣流は狂っておる、君は殺されるぞ・・・あの女には、我々みたいな命を粗末に考えておる民衆の思いがバックについておるんじゃ。それは強大な思いがな。それに太刀打ち出来るのか!!」

マナがくるりとふりかえった。そして笑顔で三笠に答えた。

 

 

 

 

 

「生に執着を持つ、私・・・桐山アヅサは負けませんよ・・・決して」

 

 

 

 

 

第拾参話に続く

 


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