THE REFLEX

作:柴レイ


 

第拾四話Take a look at me now

 

 

 

 

 

「・・・・・・続いて、第九使徒、弐号機・参号機にて殲滅。第十使徒、ネルフ本部への落下前に初号機の陽電子砲発射によって衛星軌道内にて消滅。第十一使徒、マギに侵入試みるも、霧島三佐の迅速な指示により、メルキオール内にて削除」

暗い室内の中、一筋の照明に浮かび上がった岸田カスミ一尉の無機質な朗読が続いてた。それ以外に声も物音も無い。やがて、 「・・・・・・以上です」 の言葉でカスミの読み上げが終わった。

 『第九使徒との戦闘では、初号機は出なかったのですね』

カスミに暗闇の向こう側から声がかかる。カスミの表情が幾分強張った。すると、問いかけにはカスミではなく、隣に立っていたが灯りが届いてないので表情が読み取れないが、それでも毅然とした雰囲気を場にかもしだしていた、司令のアスカが答えた。

「弐号機と参号機パイロットのシンクロ率は十分に上がってきており、戦闘能力も格段の進歩を遂げています。もはやなんの問題もありません。そして初号機については、使徒との白兵戦闘は現在凍結中です」

 『凍結中ですか・・・それは先程でも詳しく述べられた第八使徒の際の・・・』

「そのとおりです」

更なる質問を最後まで言わせずに、アスカは冷徹に肯定の言葉を発した。その言には有無を言わせない迫力があり、場は再び静まった。

「計画は極めて順調に推移しております。次回は皆様を喜ばす報告が出来るでしょう」

アスカはそう言って場を締めた。そして何の閉会の合図もないまま報告会が終了した。その間黙ってファイルを胸に抱きながら立っていたカスミの背中を、アスカはポンと叩いてその場を立ち去ろうとする。カスミも黙って肯きアスカに続こうとしたが

 『惣流司令・・・例の申請の件、国連からも受理されたよ』

不意に二人の背中に言葉が投げかけられた。カスミの身体がピクッと動いた。一方アスカはなんの反応も示さなかった。

「ご苦労様でした、総理」

アスカは振り返る事もなく、そう答える。そして二人は、ドアを開け部屋の外へ出ていった。二人が出ていったのを見届けた後、暗闇の室内に幾人かの言葉が木霊していた。

 

 

 

 『総理、ネオ・ネルフはどうなると思われます?』

 『ふんっ・・・お嬢達のお遊びもそろそろ終わる頃だよ』

 『所詮アスカは神輿に乗っている方がよかったのだ』

 『ああ、ネオ・ネルフは魔女がいたからこそ、ここまでもってきたんだしな』

 『それを自分達で“鉄の処女”をこさえるとは・・・愚かな』

 『もう怖いものなしですかな?』

 『まだだ官房長官、まだあの小娘がいる。魔女っ子がな』

 『では次回の報告の後くらいですかな?』

 『左様・・・御言葉通り、喜ばせてもらおう』

 

 

 

 

カスミはアスカの後をうつむき気味に歩きながら黙って考え事をしていた。その為、アスカが自分を呼ぶ声になかなか気づかないでいた。

「岸田、聞えないの?」

アスカの苛立った大声に、カスミははっと気がついて顔を上げた。即座に

「申し訳ありません、司令。なんでしょうか?」

深々と頭を下げて詫びた後、カスミはアスカの指示を仰いだ。アスカはふぅーっと一息ついた後、カスミを、目を細めて見つめながら

「まぁいいわ。これから私は所用でネルフに帰る前に一ヶ所立ち寄ってくるから、あなたは先に戻ってなさい」

そう優しい口調で語りかけた。そしてカスミの肩を軽く叩いて

「期待してるからね、岸田一尉」

それだけ言って、カスミの前から立ち去った。そして一人残されたカスミは再び物思いに沈んでしたが、やがておもむろに、携帯を取りだし、左手の指で数字のボタンを押し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マナは自分の執務室で一人ノートパソコンの画面を見つめていた。画面には何かレポートらしき文字が羅列してあったが、それを真剣に読む風もなく、マウスで無造作にスクロールさせているだけであった。そんな彼女にドアを叩く音がした。

「誰?」

「カスミです・・・霧島さん、今宜しいでしょうか?」

マナは一瞬その言葉に不信気であったが、少し置いて穏やかな調子で

「いいわよ」

そう答えた。すると執務室のドアが静かに開いた。入ってきたのは、カスミ一人ではなかった。彼女の後方に黒のサングラスをした、黒服の大柄の男が三人いた。マナはそれを見ても全然驚かなかった。むしろ口元に笑みを浮べながら

「用件は何かしら・・・忙しいから手短にお願いね」

そう表情を固くしているカスミに問いかけた。ただその目は厳しい物であった。その視線が針の様にカスミに突き刺さり、彼女は怯んでしまい下を向いてしまう。しばしの沈黙の後、黒服の男達の一人が言葉を発した。

「昨日、連邦警察の施設内に拘留中の三笠氏が自殺しました」

「・・・・・・」

マナの表情が曇る。しかし表情に驚きの色はなく、言葉もなかった。

「浴室で一人手首を切り生き絶えておりましたが、その近くに一枚の写真が落ちていまして」

男が写真を一枚手に持ち、マナの前に差し出した。それをマナは軽く一瞥したがやはり黙っていた。写真には、まだ幼い男の子と女の子の姿が写っていた。

「この子達は、亡くなった三笠氏の御孫さんで、現在はこの街の施設に預けられている。問題なのは、この写真を三笠氏が連邦警察に拘留された時点では彼が持っていなかったという事です」

マナはそれでも黙っている。カスミは表情を隠すように下を向いていた。

「写真には二つの指紋が残されていました。一つは亡くなった三笠氏の物。そしてもう一つは・・・」

「私の物だったと言う訳ね・・・」

マナは淡々とした表情と口調でそう応えた後、座っていた正面の机の引き出しから銃を取りだし、静かに机の上に置いた。そしてネルフのIDカードも続いて側に置いた。

「ご協力感謝致します」

黒服の男は丁寧にマナにむかって敬礼した。そして隣の二人の同じ格好の相棒にむかって

「おい、霧島さんをお連れしろ」

と無愛想に言葉を発した。マナは冷静な表情で静かに席を立った。

「縄目は無用です。霧島三佐・・・いえ、霧島さんは、抵抗の態度を見せていないのですから」

不意にそれまで下を向いて黙っていたカスミが、黒服の男達に向かって言葉を飛ばした。

「心得ております。岸田一尉」

男達も丁寧にカスミの命に同意の答えを返す。するとマナは嬉しそうな表情を浮べ

「助かるわ。手首に痣が残るのは嫌だからね」

そう言った後、カスミの側を横切って男達の隣に辿りついた時、小さく呟いた。

「カスミ・・・今までありがとうね」

カスミは、表情を固くして再びうつむいた。

「あなたのお父さんが、旧ネルフの職員で、2015年の戦自による侵攻の際に殉職した事は知っていたわ。それ以来あなたが戦自を恨み、そしてかつてのネルフという組織の如何わしさを嫌悪してた事もね。侵攻の為の道順を戦自に報告したのは、当時少年兵の諜報部員であった私。ようやく復讐がなった訳ね」

「お願いします」

黒服の男がそう言って、マナがそれ以上喋るのを制した。マナもそれに大人しく従い黙った。そのまま、黒服の男達三人と彼等に四方囲まれたままマナが執務室を退出していった。室内には、カスミ一人が残された。彼女はしばらく唇を噛み締めてずっとその場に立ち尽くしてした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぷるるる・・・ぷるるる・・・

マンションの一室、アヅサはタンクトップに半ズボンのみのラフな格好でベッドに横たわっている。その日は、彼女だけがシンクロ実験を受ける事になっていたが、その予定時間はとうに過ぎていた。

あお向けに寝転がり天井を見上げていたアヅサだったが、おもむろに右手を伸ばす、するとそこにあるうるさく鳴り続ける携帯に手が届いた。寝転がったまま受話器のボタンを押し、右耳にあてた。

 『アヅサ・・・』

「・・・・・・」

受話器の向うから聞えてきたのは、カスミの声だった。やや元気なさそうに聞えた。

 『今日のあなたのシンクロ実験は中止です。部屋でそのまま待機しててください』

「・・・・・・」

 『実は大変な事になりました。まだ公にはなっていないのですけど、明日にはネルフ中が大騒ぎになる筈です。アヅサにだけは、すぐに伝えないといけないことだから・・・いい、気をしっかりして聞いてね』

「・・・・・・」

アヅサは無言でカスミの言葉を聞いていた。

 『霧島三佐が、本日付で作戦部長を更迭され、三佐の階級も剥奪されました。これは国連及び、日本国政府の決定によるもので、惣流司令も了承しました。私は異議を申したてようと思ったんですが、先の三笠氏の自殺に関する嫌疑が三佐にかかっていて、それで全ての職を罷免された上で、連邦警察の尋問を受ける事に・・・』

「・・・・・・」

それでもアヅサは一言も言葉を発しなかった。

 『でも惣流司令の申請で、一時三佐の身柄はネルフに拘束され、私達で独自に取り調べる事になりました。ここしばらくは独房に監禁・・・ただその場所は私には知らされてません。アヅサ?・・・聞いてるの?』

「・・・・・・」

 『直ぐに三佐の無実は晴らされると思うわ。それまでは私も頑張るから、みんなで力を合わせて三佐のいない間を乗り切りましょう。アヅサ、あなたが・・・あなただけが頼りよ。こんな時は、苦楽を供にしてきた・・・』

「でっ・・・いつカスミは、三佐に昇進するのかしら」

ピッ

アヅサはようやくそう一言毒づいた後、携帯の受話器を切った。そしてそのまま壁に向かって勢いよく投げつける。壁に当たった携帯は鈍い音をたて、半壊して床に落下した。

寝そべっていたアヅサが上半身を起こす。視線の先には大きな鏡があり、そこに自分の姿が写っていた。

「わたし達を出し抜いたつもりなんでしょうね・・・これもマナの思惑の内とは知らずに・・・」

呟きが漏れる。鏡に写る表情は憮然としていたが、口元は皮肉っぽく歪んでいた。なんの感情も読み取れない、乾いた視線。それが自分を冷笑しているようにも思えた。

ポニーテールに結わいていたリボンは外されていたので、長いストレートの黒髪が肩から胸の辺りまで垂れていた。その髪の先をアヅサは一二本摘んだ。先がちじれ割れている。それをくっつけるように何度も何度も無造作に整えていたが、やがてぎゅっと伸びた髪を束にして掴んだ後、目の前に持ってきた。

「うっとおしいわ・・・」

不機嫌そうに呟く。そして静かに立ちあがり、部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこはだだっ広い墓場だった。多くの墓標が立っていたが、ユウジは迷う事無く二つの墓標に辿りついた。

碇ユイ

碇シンジ

並ぶ二つの墓標にはそれぞれそう碑銘が刻まれていた。ユウジは黙ってその碑銘を交互に見つめていたが、やがてシンジの墓標に近づきしゃがみこんだ。すると彼の視線の先が暗くなる。それは後方から現われた者の影の為だった。影の主は一言も言葉を発しなかったが、ユウジは振り返る事もなく呟いた。

「今日が父さんの命日だってこと・・・」

「命日って事にしてあるだけよ。未だに生死は不明なんだから、便宜上ね」

「だからお婆ちゃんと同じ日にしてるんだ」

「死んでる事にしておかないと色々とやっかいだから」

「その言い方だと、まるでどこかで生きているみたいな言い方だね」

「それはないわ・・・」

「・・・・・・」

「だったらこんな事してないわよ」

「父さんを憎んでいたんでしょ」

「ええ、憎んでいたわ。あのサードインパクトの後、シンジは傷ついた私を思うままに陵辱した」

「・・・・・・だから俺はここにいる」

「心が死んでしまわない様に、シンジは私の身体にすがってきたの。私の気持ちなんておかまいなしにね」

「・・・・・・抵抗しなかったの?」

「抵抗しなかった。最初はしたくても出来なかった。でもシンジが必死に看病してくれたお蔭で体力は徐々に回復していったわ。それこそシンジが私に精を注ぎ込む様にね。・・・・・・気がついたら、全てを受け入れていた」

「自暴自棄になってたの?」

「違うわ、シンジを激しく憎んでいたのに・・・殺したいくらい憎んでいたのに・・・」

「・・・・・・」

「それ以上にシンジをいつのまにか愛していたのよ。その事が自分でも信じられなかったわ」

「俺にはわからない」

「私にもわからないわ。だってその時、シンジも私もあなたと同じくらいの歳だったんだから。シンジは私にすがってきた。そして私はそんなシンジを愛した。多分シンジは私にすがらなかったら発狂していたのでしょう。そして私はシンジを憎み、そして精をそそがれてなければ衰弱して死んでたのかも。シンジはやがて私にユウジを授けてくれた。それに気づいた時、連中が現われて・・・」

ユウジはアスカが泣いているように思えた。声は淡々としていた。涙声ではなかった。それでも泣いているように聞えてきた。ユウジはアスカに背中を向けたまま立ちあがる。

「夢を見たんだ・・・いや、見せてもらったのかな・・・」

「どんな夢?」

「母さんが夜中泣いているんだ。父さんの名前を何度も何度も呼びながらね」

「・・・・・・」

「僕はうるさいと言った。母さんは物を投げつけてきた」

「・・・・・・覚えてないわ」

「昔の記憶なのか、それともただの夢だったのかはわからない。ただその夢をみて気がついたんだ。母さんは、父さんを愛していたし、そして僕のことも愛していたって」

「生んだ我が子を愛さない親なんていないわ。それが例え極限状態の男女の営みから生まれたのだとしても」

「でも母さんは僕に冷たかった・・・」

「シンジにも冷たかったしね・・・」

ユウジは振り返ろうとした、しかしアスカが両肩を両手で掴んで、それを制した。ユウジはそんな母の自分にかけられた力を心地よく受けとめていた。

「私は、今自分が何を成すべきかをわかっている。そしてその為だけに生きている。だから迷いはないわ。いつだってシンジの元にいく覚悟は出来ているもの」

「死ぬ気だって事・・・僕を残して・・・」

「死ぬんじゃないわ。迷い無く自分が歩く道筋を知っているだけ、それを歩いて行くだけの事よ」

「僕には歩くべき道はわからない・・・だから側に誰かがいてくれないと」

「多くの人々が、何かに縛られて生きている。過去の呪縛に囚われたまま、それに操られているの。だから何度でも同じ悲喜劇を繰り返しているわ。それは自分が進むべき道をわかっていないから。碇司令もそうだった、ミサトも、リツコも、マヤも、そしてマナまでもね・・・」

「でも僕達は何かにすがらないと生きていけないじゃないか」

「自分で歩く事の出来ない者は、過去にそうやって歩けずに何らかの呪縛に囚われた者に次々に支配されてきたの。そうまるで影のようについてくる物にね。それは悲しい輪廻なのよ」

「どうすれば自分が進むべき道を見つけられるの?」

「ユウジが一番大切に思っている物は何?かけがえのない物と思っているのは」

「大切に思っている物・・・かけがえのない物・・・」

「物ではなく人でもいいわ。あなたが愛する人」

「愛する人・・・」

「サードインパクトが起こる頃まで、私にはそういう物も人もいなかった。だから無意味に生きていて、そして影に操られるまま自分を見失っていったわ。何も得る事も出来ずにね」

「母さん・・・」

「ユウジに弐号機に乗ってもらってるのは、戦う為ではないわ。そんなの桐山か倉田にさせておけばいいのよ。そんな事よりももっと大切なことを、母さんが自分の全てを賭けていた弐号機で感じとって欲しいからなの。確かに再生機だけど、コアはつながっているわ。私のママと私自身の想いがね。それを感じて欲しいシンジと私の血を継いでいるんだから、あなたは私よりはずっと優れている筈よ。私よりも賢明な筈」

ユウジは後からアスカに抱きしめられていた。気がつくと目に涙が浮かんできていて、それがこぼれ落ちないように必死に耐えていたので、ユウジは言葉を発することができないままであった。

抱きしめている右手には一輪の花が握られていた。それがゆっくりと正面のシンジの墓標に置かれた。

 

 

 

「一番大切に思っている・・・愛する人の為に・・・」

 

 

 

アスカはやがてユウジから離れて、そして静かに歩き去って行った。もう制されてなかったが、ユウジは振り返ろうとはしなかった。振りかえって、母の名を呼び駆け出して行こうと何度も思ったが、アスカがそんな女々しい態度を望んでいないと考えたから、自分は男の子だと思ったから。

 

 

 

「僕にとって、一番大切な人・・・愛してる・・・」

 

 

 

ユウジは呟いていた。母が自分に残してくれた言葉の意味を必死に噛み締めていた。何度も反芻していたが、最初からある光景が自分の瞼に浮かび続けていた。

 

 

 

 男の子がみっともなく泣かないでよ

 

 

 

母の前ではなんとか我慢出来たのに、あの時は辺りはばからず大声で泣いていた。感情が高ぶり次から次へとこみあげてくるのを押さえきれなかった。彼女の胸に顔を埋めて感情が爆発するままに泣き続けていた。彼女はそんな自分をいつまでも抱きしめてくれていた。彼女も泣いてくれた。

 

 

 

「ユウジ・・・」

 

 

 

声がかかる、ユウジは声がした方をゆっくりと振り返った。名前を呼ぼうとした、大切な人、かけがえのない人の名を。しかしユウジから言葉は漏れなかった。彼は正面に立って自分を見つめる少女の姿に驚いていたのだ。

マナ?・・・違う・・・マナじゃない・・・

正面に立つ少女は、後で結わいていた長い髪を短く切っていた。きれいな黒髪はストレートヘアではなく、パーマを当てたみたいに跳ねた癖毛になっていた。白いワンピース姿で微笑む少女は、もし髪の色が黒でなく茶色がかっていて、口元のホクロが無ければ、初恋の人、ずっと憧れていた人・・・マナと見間違う所だった。しかし少女はマナではない。

あらためて心を落ちつかせ、そしてユウジは彼女の名前を呼んだ。

 

 

 

「アヅサ・・・」

 

 

 

 

 

第拾伍話に続く

 


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