THE REFLEX

作:柴レイ


 

第弐拾壱話 : Save a prayer

 

 

 

 

 

夕陽の空を見上げるのが嫌いになったのはいつからだろうか・・・

霧島マナは、ふとそんな思いが頭によぎっていた。昔は大好きだった。徐々にセピア色に染まる空。そしてそれに街の灯りがゆっくりと溶け合い、パレット上では決して出せない色合いになる。そして灯りが段々と輝きを増すと共に、美しいセピア色は、まるで子供が下手に色を重ねすぎたように濁り始め、群青色から灰色に、そして漆黒の色へと変わっていく。そんな自然の色彩の移り変わりを見るのが大好きだった。

あの時かしらね・・・

第三芦ノ湖湖畔で、自分の写真や持ち物が焼かれていた。焼いているのは一時とはいえ恋した少年と、彼の彼女の座に収まった少女だった。燃やそうと持ちかけたのはその少女であり、それに少年は黙って従った。自分は任務も、そして恋を成就する事も失敗してしまった。その結果が、自分が確かに第三新東京市で生きた証を無造作に焼かれる事だった。それをただ遠くから指をくわえて見るしかなかった。燃え上がる証は煙となって大好きだった夕陽の空に溶け込んでいく。

そして今あの時と同じ場所に、自分を燃やした少女が立っている。しかし少年の姿は無い。少女はたった一人で立ち尽くしている。しかも身体に何も纏わない姿で。自分達に背中を向けて湖を眺めているようだった。少女は何を思っているのだろうか。少年の事か・・・それとも・・・

「霧島さん、どうされたのですか?」

マナよりも、背丈も横幅もかなりある屈強な体躯の男が、自信なさ気に問いかけてきた。彼は一人ではない、自動操縦のライフルを装備した戦略自衛隊員十数名で少女を取り囲んでいるのだ。だから普通に考えたら、なんら怯えを感じる必要は無いのに、彼だけでなくその仲間全員が、裸で佇む少女一人に怯えているのだ。そしてあろうことか、武器も何も持たない丸腰の自分に指示を仰ごうとしている。

酷く滑稽・・・マナは心の中でそう吐き捨てながら、ゆっくりと歩き出した。躊躇うこともなく、また無意味に焦る様子もなく、極自然にまっすぐ裸の少女へ向って歩を進めた。

「・・・・・・」

少女はマナの気配に気づいたようだ。やがてゆっくりと振り返った。そしてその表情は能面の様に何の感情も読み取れない。赤茶色の髪は長く伸ばし放題で、前髪が顔の左半分を覆っていた。そして伺う事の出来る右側の瞳がマナを映し出していた。マナはゆっくりと微笑んでみせる。するとその瞳がすっと曇って、そして開く事の無い様に思えた形のいい少女の唇がゆっくりと動いた。

「あなた・・・誰・・・」

マナはその言葉を聞いて、頬を冷たい物が流れるのを感じた。どこか薄気味悪く思えたからだ。思わず足がすくむ。それでもここで自分が怯えたらなんにもならない。もとより地獄は体験した筈の自分だとマナは自分に言い聞かせ、そして努めて平静な口調で少女の問いかけに応えた。

「霧島マナでーす。エヴァの秘密を探る為に、シンジ君を誘惑しに来た戦略自衛隊のスパイです」

少女はそれを聞いても、表情をまったく変えない。ひょっとして昔の記憶を失っているのかしら。マナは一瞬そう思いかけたが、やがて少女が次の言葉を紡いだので、そうでは無い事に気づく。ただその言葉はマナの想像していたのと違っていた。

「シンジはこの先の洞窟にいるわ。マナの姿を見たら喜ぶかもね。ただし、その隠れてる男達を向わせたら秘密は喋らないかもよ」

嘘!?・・・マナは驚いていた。少女に隊員達は気配を悟られていない筈だ。今でもじっと離れた場所の木や茂みの陰に潜んでいる、そして自分が囮になって少女の注目を引きつけていたというのに。それも全て無駄に終わったと言う事か。

不思議な事に、マナは何処か楽しくなってきた。理由は無い。ただこの目の前の少女が以前と違って酷く魅力的に思えてきたからだ。かつてのような脆く、ひ弱い自称天才少女ではない。これは本物だ。この少女と一緒にいれば色々と面白い体験を出来そうな気がする。そう思えてくると、急に少女の無味乾燥に見えた表情から様々な事が読み取れるようになってきた。

少女は実はとても不安な気持ちになっている。それは自らに対してではなく、シンジの事を心配しているのだ。それは、その少女が以前と違ってシンジの事を心から愛しているからなのだろうか。だったら、マナが次に言うべき言葉を考えるのは容易い事だ。少女の不安を取り除いてやればいい。

「碇シンジは、この先の洞窟にいるわ。手筈通り速やかに保護しなさい。但し、決して傷つけてはならないわ。いいわね、かすり傷一つでも負わせたら、軍事法廷にかけるわよ」

マナは大声で、潜んでいる隊員達に告げた。すると弾けたように彼らが、マナと少女が立つ湖畔から数十メートル先の洞窟があるらしい方向へ駆けて行った。少女は顔を微かに動かして、右目だけで彼らを追っていた。

「シンジの方からよほどの手を出さない限り、決して彼らは危害は加えないわよ。まぁこれで、エヴァの秘密を探るのはまた失敗に終わりそうだけどね」

マナはそう軽い口調で心配そうな表情をもはや隠そうともしない少女に語りかけ、そして羽織っていた灰色の上着を脱いで、少女に近づき、その裸身にかけてあげた。少女はその上着を見つめていたが、やがてその瞳に涙が浮かび、そして一滴頬を流れた。

「これからあなたの側にずっとついててあげる。何も心配は無いわ」

少女はまだたどたどしい感情表現であったが、それでもゆっくりとした仕草でマナの胸に顔からもたれかけ、そしてそれをマナが抱きとめると、静かに泣き始めた。マナは少女に優しく囁いてた。

「アスカ・・・もう大丈夫だから・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

発令所へのドアを開ける。マナはそこで見られる状況に一つ溜息をついた。もう慣れた筈なのに、それでも溜息をつかざるを得なかったのだ。かつてそこは活気に満ち満ちていた。各オペレーター達の声が様々に飛び交い、それをまとめて一つの方向に導いてやるのが、作戦部長である自分の役目だった。

エヴァ再生プロジェクト“R計画”の推進。そしてアヅサによってそれが形になったとたんに再来襲しだした使徒。それを迎え撃つ為に、時にはマナがそしてアスカがここで声を荒げた。カスミがそれに応えたように続く。正面の大スクリーンにはエヴァと使徒の激しい戦闘が映し出され、そしてアヅサだけでなく、ユウジやサトミの絶叫が響いたものだ。それはつい昨日の事のように思える。

「霧島代理・・・」

自分の席でつっぷしていた岸田カスミが、マナに気がついて顔を上げ声をかけてきた。その表情には相変わらず生気といったものがない。しかも語りかけたというのに、それから言葉が続かないのだ。つまり何か用があった訳でも、言いたい事がある訳でもないのだろう。ただ無気力に声を出しただけのようだ。彼女の側にいる、他のオペレーターの南や上野にいたっては声すらない。

これじゃあ、サトミちゃんが切れるのも無理ないわね・・・

現在のネルフに残る唯一人のエヴァ操縦者倉田サトミが、先日苛立ちをみせてカスミ達に食ってかかっていたが、彼女の気持ちがマナには痛いほど理解出来る。一人何かを背負ったみたいに焦る仕草を見せる彼女には、この現状は耐えられないものなのだろう。とはいえ、マナにはサトミをなだめる以外に何もしてやれなかったのだが・・・・・・そう昨日までは・・・・・・

マナは視線で各オペレーター達を鋭い目付きで見据える。普通そうすれば彼らはびしっとして緊張感を漂わすものだが、あいにくその素振りもみせようともしない。恐らく襟首をつかんで怒鳴りつけても同様だろう。それでもマナは構わず言葉を彼らに投げかけた。

「銃で撃たれた傷の療養中であり、病室で軟禁中の前司令惣流アスカが昨晩脱走したわ」

彼らの表情が変わる。それでも“このくらいの事では”まだ彼らの弛みきった態度は直らなかったが、次の言葉を聞いても態度を変えずにいられるとは、マナは思っていなかった。

「それと、エヴァ初号機に溶け込んでしまった、アヅサのサルベージに一つの可能性が出てきたわ」

「ほんとですか!?」

「それは間違いないのですか、霧島代理!!」

「アヅサが俺たちの前に帰ってきてくれるんですか!!」

「ええ・・・あくまで可能性の問題だけどね」

彼らの大声にマナは予想通りだと思い、さしたる驚きは示さなかった。そしてマナの襟首をつかんですがってきたカスミが口角泡を飛ばして

「聞かせて下さい、その可能性を!!」

そう叫ぶのを、マナは仕草で嗜めながらゆっくりと話し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「碇ユウジ君・・・」

自分を呼ぶ声に、ユウジは弾けたように振り返った。その声は、永遠に失われた最愛の少女桐山アヅサの声にそっくりだったからだ。今自分が追われている立場である事も構わずに、ユウジは無防備に両手を宙ぶらりんにして声がした方に叫んだ。

「あっ・・・アヅサなのか!!・・・・・・いや、違う」

しかしその声は、やがて失望に変わる。目の前に少女は確かにいた。しかしその少女は、アヅサとは似ても似つかない姿だった。

背格好は同じくらいだったが、その髪は栗色で赤いカチューシャをかけていた。長さは肩くらいまでのストレート。目は丸くたれ目で、その瞳は赤く、あのレイという少女を思い起こさせた。唇は薄く、もちろん口元にホクロはない。顎は細くて、どことなくその表情はアヅサよりも幼く見えた。

着ている服は少し薄汚れた白色の無地のワンピースだった。足元も使い古されたような汚れた靴。その姿は一見して貧しい身なりにも思えたが、どこかその少女に相応しく見え、しかも不思議と凛々しくも見えた。逆にユウジ自身の方が長い逃亡生活の中、着たきりのあちこち解れ破れた学生服姿でずっとみすぼらしいものであった。

「君は誰だい?」

ユウジは再び緊張感を漂わせその見知らぬ少女に話しかける。問いかけに少女は悪戯っぽい笑みを浮かべるだけで答えなかった。その笑みは、どことなくアヅサに似ているようにも思えた。

「どうして俺の名前を知っているんだ?」

ユウジは益々警戒心をあらわにして身構えながら問いかけた。すると少女はクスクスと笑った後、右手人差し指を顔の前に立てて、楽しそうな表情を浮かべた後

「そうだね、普通初めて相手に会った時はお互いに名前を告げあうのがマナーだよね。ボクだけ君の名前を知っているというのはずるいだろうし。ごめんごめん・・・ボクはね・・・」

どうみてもその少女は男には見えない。でも少女は自分の事をボクと言って、そして楽しそうにユウジを見つめながら名前を告げた。

「ボクは、ナギサという名前だよ。実は君と同じ選ばれた存在。フォースチルドレンさ・・・いや、だったと言うべきなのかな・・・」

「なんだって!?」

「君が弐号機のパイロットを除名されたから。だからボクが霧島代理から呼ばれたんだけど・・・でも、断っちゃった。だって、そんなもんになるよりも、君に会う方が楽しいだろうと思ったから」

ナギサと名乗った少女は、そうユウジに言った後ゆっくりと近づいて来た。そして唖然としているユウジと顔がくっつくくらいの距離に近づいた後、急に・・・ごく自然な仕草で、ユウジに軽くキスをした。

「・・・!!」

驚いて思わず後ずさるユウジ。抵抗する間もなかった。正に彼はナギサに唇を奪われた格好だった。口元を右手で抑えながら呆然と彼女を見つめるだけのユウジを、ナギサは楽しそうに笑いかけながら語りかけた。

「ボクについておいでよ」

「・・・・・・」

「そんなに警戒しないでさぁ、何?君怒ったの?・・・うぐぅ、ほんの挨拶のつもりだったんだよ」

「挨拶って・・・」

「そうだ、何故ボクが君の名前を知っていたのかを教えてあげようか?」

ナギサが次々とユウジに語りかけるのに対して、それにユウジは上手く言葉を返せずにいたが、これにはなんとか

「マナが教えたんだろ・・・」

そう答えた。するとナギサは両目を閉じ、ノンノンと人差し指を左右に振った後

「違うよ。だって霧島代理には手紙で、チルドレンに選ばれたからネルフに来いと言われただけだもん。どうしようかなぁ〜と迷ったんだけどさ、アヅサがやめておきなさい、それよりも君に会う方が大事だって言うから・・・」

「なんだってえええ!!」

「わぁ・・・びっくりしたぁ・・・」

ユウジが大声を上げた。その勢いにナギサは目を見開き驚いた顔をみせた。しかし口調はそれ程でもなかったが

「今何て言った?アヅサ・・・アヅサに俺に会う方が大事だといつ言われたんだ?アヅサが生きているのか?どこにいるんだ?どこでアヅサにお前は会ったんだ?」

「うぐぅ・・・ボクは、お前じゃないよ。ナギサ・・・ナギサだよ。失礼なやつだな君は」

「そんな事はどうだっていい、アヅサに会わせろ。アヅサはどこだぁ!!」

ユウジは狂ったように叫び、ナギサに掴みかかろうとした。するとナギサは突進してくるユウジをさっとかわす。ユウジは前のめりに倒れそうになったが、両手をついてすんでのところで頭から転ぶのをこらえた。そしてそのついた両手の先に、小さな女の子の赤い靴と両足が見えた。

「え!?・・・まさか・・・」

ユウジはその小さな足を見て、顔を上げる前に呟いた。目の前にいるのが誰だか予想出来たからだ。そしてその予想通りの声が赤い靴を凝視するユウジの後頭部にかけられた。

「そんなにサキエルに会いたいのね・・・」

「リリス、やっぱりボクは喋りすぎたのかなぁ・・・」

「・・・・・・」

「わかってるのならもう少し自重しなさい、ゼルエル・・・」

「だってさ、このボクにナギサという名前をつけるもんだからさぁ、だからあのナルシスホモのお喋りが伝染して・・・」

「そんなの言い訳にもならないわ・・・」

ユウジは顔を上げようとした。が、その瞬間後頭部に鈍い痛みが走って、目の前が真っ暗になり

「アヅサ・・・」

そう一言呟き、そのまま意識を失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

灰色の壁、何も飾られてない殺風景な一室。そこに自分はベッドで一人で寝かされている。外の景色を見る為の、太陽の暖かい陽射しを入れる為の窓も無い。これじゃあ、鉄格子がなくても牢獄と同じね。アスカはそう考えていた。

それでも牢獄と違うと思える所は、定期的に医者と看護婦が現れ、身体中をくまなく検査して何かこそこそと呟きあった後、最後は点滴の袋を替えて立ち去って行くからだ。そして自分は何もない天井を見上げて、眠くなったら眠り、眠るのに疲れたらまた起きる。その繰り返し。だから時間がどれだけ過ぎているのかがまったく分からない。

数週間が過ぎたのだろうか・・・それとももしかしたら数年の時が流れたのか・・・ひょっとしたら、何十年の時が流れてもう自分は老齢にさしかかっているのかもしれない。

「シンジ・・・」

そんな心細い思いにアスカが囚われる時に、きまって口からこぼれるのは彼の名前だった。

 

 

 

あのサードインパクトが起こった時、確か私は弐号機もろとも猛禽類の如きエヴァシリーズに串刺しにされ身体中食い千切られた筈だ。なのに、いつのまにかシンジの心象風景の中に私がいた。裸で騎乗位の体勢でまぐわっていた。

「あんたを見てるといらいらすんのよ」

とてもきもちよかったのに、心は荒んでいて思わずシンジを罵倒していた。

「自分みたいで?・・・」

空ろな表情でシンジがそれに答える。

そしてミサトのマンションのリビングでまた口喧嘩をして、その挙句シンジに首を絞められた。でもそれが現実だったように思えない。全て夢の世界だったように思える。

やがてふと現実を感じられるようになった。首を絞められる感触に目覚めてみるとシンジが私の上に馬乗りになって泣きじゃくっていた。涙だけでなく、鼻水やらよだれもそのままに、だらしなく嗚咽を上げてるシンジを見て、私は最初に思った事を、そのまま口にした。

「気持ち悪い・・・」

その直後、半狂乱状態になったシンジに犯されそうになった。でも抵抗する気力もなかった。ただどうでもいい・・・早く終わっちまえと・・・そう無気力になりながら、プラグスーツを乱暴に破かれ、剥き出しになった胸を触られ、そして下半身の付け根に熱い物を感じた。それでもシンジの顔をみたいとも思わなかったので、横を向いて真っ赤な色の湖を見つめようとしたら・・・

一瞬レイの大きな気味の悪い半分だけの顔が海に突き刺さっているのが見えた。思わず目をぎゅっと閉じた。シンジがうっとうめく声が聞えた。それで再び目を開けた。すると今度は目の前にレイが学校の制服を着て湖面に立っていて、そして私を見つめ、にやりと笑った。

・・・!?

その瞬間大声で喚いていた。それこそ気がふれた様に喚き叫んでいた。そうとうに取り乱したのだろう。気がついた時に看病してくれていたシンジの顔はあちこち痣だらけで見るも酷い状態だったからだ。そして私は酷く衰弱していて一人で起き上がれなくなっていた。

シンジは献身的に私を看病し続けた。そして徐々に体調がよくなり始め、彼の作った食事を食べた時、きまってシンジは私の身体を求めてきた。私は抵抗しなかった。ただ自ら動いてシンジの行為に応えようともしなかった。やがて何度か私の中に自らの精を解き放った後、疲れて身体を重ねながら寝てしまうシンジを、私は優しく頭を撫でたりするようになっていた。

やがて一人で立ち、歩きまわれるようになるまで回復した私は、ふと思い立って、あの忌々しいレイの姿を見た湖を見に行ったのだ。いつのまにか湖面は青くなっていた。やがて陽が沈み、再びあの時みたいに赤くなり始めて嫌な思いに囚われた時、マナが声をかけてきた・・・

 

 

 

「マナ・・・」

アスカは久しぶりに、シンジ以外の名前を呼んだ。するとそれを待っていたかのように、病室のドアが静かに開いて、白衣を着たマナが一人で入ってきた。

「嬉しい報せと・・・残念な報せを持ってきたんだけど、どっちから聞きたい?」

マナはそう意地悪そうな表情と口調でアスカに問いかけてきた。それでもアスカにとってはそんな些細な事はどうでもよかった。何故ならマナを見て・・・その姿は、あの湖畔で出会った時と殆ど変わっていなかった・・・それで時間がさほど流れていない事に気づいたから。

「嬉しい報せだけを聞かせて」

嫌な報せなど聞きたくも無い。アスカはマナに一つの答えだけを求めた。マナは少し肩をすくめて、

「あなたは病室を移る事になりました。身体には一つを除いて、何の異常も検出されなかったから」

「一つを除いて?」

嫌な言い方だ。アスカは不満そうな表情を浮かべて、マナに疑問をぶつけた

「それは病室の移動にも関係があります」

「まわりくどい言い方しないでちゃんと質問に答えなさいよ」

アスカは苛立ちながらマナに言葉でつめよった。するとマナは微笑を浮かべて答えた。

「産婦人科病棟に移動する事になったのよ、アスカ」

それが嬉しい報せなのか・・・そうか・・・私に子供が・・・

「日本国政府から国連まで今大変な騒ぎになっているけどね」

そんな事は今のアスカにとってはどうでもいい事だった。それよりも

「シンジはこの事を知っているの?」

「知っているわ。喜んでいた。・・・・・・でもね」

アスカはふと疑問が浮かんでそれを口にした。マナはそれに答えた。そして、アスカにとって聞き捨てならないことも口にした。

「でもね・・・ってどういう事よ。シンジの身に何かあったの?・・・!?まさか、残念な報せって!?」

胸騒ぎがして、アスカはマナにむかって声を荒げた。

「シンジには決して危害を加えないって、マナ・・・あんたそうあの時言ったわよね。言ったわよね!!」

アスカは身体を起こして、側に来ていたマナにすがりつき叫んだ。マナは辛そうな表情を浮かべて、ポツリとアスカにとって残酷な事を告げた。

「今すぐシンジの身にどうこうという訳ではないわ。ただ・・・アスカと、生まれてくるだろう子供は、二度とシンジに会う事は叶わない・・・」

「どうしてぇ!!、なんでぇ!!」

アスカの悲痛な叫びにマナはそれ以上何も答えてあげられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サトミは学校に久しぶりに戻ってきていた。しかし誰も彼女に近づく者も、声をかけてくる者もいない。以前彼女についてきてたクラスの生徒達も・・・ヒカリを始めとする教師達も・・・誰も・・・

校内の端のほうにある一郭に小さな礼拝堂がある。ひんやりとして物静かで、そこは時が中世から止まったような佇まいをみせていた。

「・・・・・・」

サトミはそこで一人で、正面に並ぶ蝋燭に火を点けていた。灯ったその火がセピア色にサトミの顔を照らしていた。やがてサトミは跪く。胸元に握った両手をもってきて目を閉じ、静かに祈りを捧げていた。

 

 

 

 

 

少女はいったい何に祈りを捧げていたのだろうか・・・・・・

 

 

 

 

 

第弐拾弐話に続く

 


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