マヤ、心のむこうに


 

「ええ〜!先輩とレイちゃんが同じ屋根の下に!!」

使徒の襲来もめっきりと減り、退屈な日常を送っていたはずの私にとって、衝撃の報せを敬愛してやまない先輩の口から聞かされたのは、常夏の第3新東京市にしては珍しいある寒々とした日の事でした。

「もぅ、いきなり大きな声を出さないでよ」

そんな、おそらく取り乱していたであろう私の姿を見てか、先輩は耳を押さえながら開口一番そう言った後、私をさとすかのように優しく説明をしてくれました。

「まえまえから思っていた事なのよ。14才の女の子がたった一人で生活しているなんて健康管理の面からいって問題ありだし。とにかくあの子は、自分の事は全く主張しないもんだから誰も気がつかなかった事なんだけど、とてもまともな状態では無いわ。シンジ君やアスカも色々とあったけど最近だいぶ落ち着いてきたのは、まがりなりにもミサトの家で家族として生活してきたから。私はあの子のお姉さん代わりが出来たらって・・・」

ううう・・・、そんなのイヤ

先輩の言っている事に間違いはありません。理屈ではよく解るんだけど・・・

でもでも、やっぱり嫌だぁぁぁ!!!

先輩の一番近くにいるのは私のはず、いや私でなければいけません。大体30を越えた、いき遅れの先輩がぁ、家で可愛い女の子と二人っきりになって何か間違いが起きなければ・・・いや起きるに決まっている。ああああ・・・そんなのぉ!そんなのぉ!絶対ダメェ〜!!!」

「あのねぇ、全部聞こえてるんだけど(怒)」

こめかみをヒクヒクさせ、震えるながらそう言った先輩の声は、当然私には聞こえてませんでした。

 

 

 

 

 

絶対に阻止しなければ。

私は気がついたら、レイちゃんの賃貸マンションのドアの前に来ていました。まずピンポンを押してみる、反応なし。ていうか、壊れているみたい。ふと新聞受けを見ると、チラシやダイレクトメールがギッチギチに無造作に差込まれている。

居ないのかな・・・

そう思ったんだけど、無意識の内にドアのノブを回してしまう。

ガチャリ

あっ!開いた

もし不在だったら・・・いけないいけないと思いながらも、私は部屋の中へ一歩踏み出してしまいました。

「あのぉ、伊吹なんだけど・・・綾波さん・・・入るわよ」

そこで私が見たものは、とても中学生の女の子の部屋とは思えない殺風景な部屋。

「・・・・・・」

キョロキョロとまわりを見わたしていた私の目についたのは、机の上に無造作に置かれている眼鏡。

「・・・先輩のかしら?」

本当になんにも無い部屋なんで手持ちぶたさだった私は、なにげにその眼鏡を手にとってかけてみました。

うう・・・、度がきつうい

くらくらします。その時、ガラーと音がしました。

えっ!と眼鏡をかけたまま音のする方を振り返った私の前に現れたのは・・・

度の強い眼鏡ごしにボヤァ〜と浮かぶのは、ショートカットの裸の女の人・・・

「あああ!!!先輩(はぁと)」

夢の様な展開に、私はくらくらしながらも先輩にむかって抱きついていきました。

ばた!

そのまま倒れる二人。その衝撃で外れる眼鏡。視界がはっきりとひらけ、はっと我に返った私の眼に写ったのは、真っ赤な二つの瞳

・・・!

レイちゃん・・・

さっきまでの積極的な行動はどこえやら、そのまま私は固まってしまいました。どれだけの時がたったのでしょう・・・頭の中が真っ白になっていた、そんな私を現実に引き戻したのは

「どいてください」

その声にビクッとして大袈裟に彼女から離れた私は、それでも何と言っていいのかあたふたしていたのですが・・・

「伊吹二尉、なんでしょうか」

「ごごご・・・ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったの、わわわ・・・私にはそんな趣味は」

「・・・・・・」

「ほほほ・・・本当よ信じて」

「・・・・・・」

「あああ・・・先輩にはこの事は、おおお・・・お願い。私が愛しているのは、先・・あわわ・・・」

もはや何を言っているのか、自分でも収集つかなくなっていた私をしりめに、彼女は服を着ると部屋を出て行ってしまいました。しばし呆然としていたのですが、やがて落ち着きを取り戻した私は彼女の後を追いかけたのでした。

 

 

 

 

 

ジオフロント内、NERV本部の建物が見えてくる前でやっと彼女に追いつきます。日もとっぷりと暮れてました。そこで私は本来の目的を思い出したのでした。

「綾波さん!さっきは本当にごめんね」

「・・・・・・」

「今日は、赤木博士が開発した、新しいインターフェイスの実験の日だったのよね。こんな大切な日に、あんなことをしちゃって。本当にごめんね」

「・・・・・・」

この時私には、レイちゃんと先輩がうまくいかなくなれば・・・何て事を思っていたのかもしれません。

「綾波さん、あの・・・なんとも思わない。こんな夜になって、たった一人で実験を命じられて。シンジ君とアスカちゃんは今ごろもう布団に入る時間よ。まったく赤木博士はいっつも綾波さんにだけ、むりをさせるわよね」

「どうして、そんな事を言うの」

さっきまで黙っていた彼女が背中を向けながら言葉を返してきたので、私はびっくりしながらも言葉を続けます。

「だって、そうじゃない。おかしいわよ。まったく・・・綾波さんばっかりが・・・」

「伊吹二尉・・・」

「えっ!何」

「伊吹二尉は、赤木博士の後輩なんでしょ?」

「・・・そうだけど」

「信じられないのですか、先輩の仕事が?」

不意をつかれる私、でもその時声をついて出たのは・・・

「あっ・・当たり前じゃない、納得いかない事はいっぱいあるわよ。・・・信じられないと思う時だって・・・」

彼女は、その声を聞いて私の方に振り返ります。その瞳はとても寂しそうに見えて、私の胸は締め付けられるような思いがしました。

「私は、信じているわ。・・・どんな時でも・・・私が信じているのは・・・今は、赤木博士だけ」

「・・・・・・」

その一言に、私は打ちのめされてしまいました。続いて襲ってきた自己嫌悪の嵐。再び前をむいて建物の中に入って行った彼女の後ろ姿を見つめながら、呆然と立ちすくむ事しかできませんでした。

 

 

 

 

 

「マヤ!いったい今日はどうしたっていうのよ。大事な実験の日だっていうのに、突然いなくなるし。やっと現れたと思ったら、今度はぼ〜としちゃっているし。お願いだからしっかりしてよ・・・ね!」

本当ならきつく叱られるべきなのに、先輩はもはや普通の状態ではなく見えているんだろう私の事を気遣ってか、優しい言葉をかけてくれます。ああ・・・それなのにさっきの私はなんてこと言ったのだろう。でもそんな気持ちとは裏腹に、先輩に私は自分の中に沸き上がってきた疑問をぶつけてしまいました。

「先輩!今日は新しいインターフェイスの大事な実験なんですよね」

「ええ、そうよ」

「だったら、昔の・・・そう、綾波さんしかいなかった時ならいざしらず、シンジ君もアスカちゃんも立派に活躍しているのに、どうしてこういう実験の時は綾波さんなんですか?どうして彼女だけに?」

「マヤ・・・」

忙しいさなかに突然とんでもない質問をぶつけてきた私に、先輩は嫌な顔を微塵にも見せずにゆっくりと答えてくれました。

「いいマヤ、よく聞いて。あなたの問いはもっともだと思うわ。NERVの中にもそういう風に思っている人は他にもいっぱいいるでしょうね。でもね、やっぱりこういう実験の時はあの子でなければ駄目なのよ。確かに、あなたの言う通り、シンジ君もアスカもよくやってくれているわ。シンクロ率だって二人の方が優秀だし、対使徒戦においても二人の方が実績をあげてるわね。だけど本当の強さを持っているのはレイだと思うの。今は安定してきて、ほとんどEVAは暴走なんかしなくなったけど、かつては本当に危険な・・・それこそ一歩間違えれば、パイロットの命にかかわるような危険な実験を、何度も何度も繰りかえすしかなかった時があったのよ。いくら全人類の未来の為だといっても、あんな小さな女の子一人に危険なことを背負わせて・・・それでもあの子は、一度だって不満を顔に出す事すらなかった・・・ただただ、ひたすら命の・・精神汚染の危険にさらされながらも黙って私達の期待に精一杯答えてくれていたのよ。間違えなく言い切れるわ、あんな事シンジ君やアスカには耐えられない。いや、それが普通なのよ。EVAの立ち上がりからあの子と苦労を共にしてきた私達スタッフはそれをずっと見てきたの。マヤ、あなたもあの事件は覚えているでしょ。碇司令が手に大火傷を負いながらも、レイを助け出したあの時を・・・」

あの時の記憶が蘇って、はっとする私。でも先輩はそんな私の顔を見つめながら、ふっと苦笑いを浮かべながら話を続けました。

「ふふふ・・私、何偽善者ぶっているのかしらね。そう、それなのに本当に汚れている私は、第16使徒との戦いの後に、あの子(達)に酷い事をしたのよ。人として決して許されない事を・・・そもそもあの子にとって私のしてきた事は・・・でも、そんな私をあの子は許してくれた・・・こんな私に心を開いてくれた・・・・・・私にとって今出来る事は・・・決して取り返せるなんてことないんだけど・・・彼女の為になにかをしてあげたい。人として私がやらなければならない事を・・・やらなければならなかった事を・・・・・・ごめんね、マヤ。あなたにこんな事まで聞かせちゃって。でもあなたには私とレイとの事をわかって欲しかったの。私には過ぎた後輩であるあなたにも、レイを・・あの子を、これから守ってあげて欲しいの・・・本当に勝手な言い分よね。酷い先輩よね」

眼を潤ませながら、私に語りかける先輩の顔がだんだんとぼやけてきます。でも、私は誰がなんといおうと、誰よりも大切な先輩にはっきりと答えました。そう、今はっきりと、心から思ったことを

「はい!まかせてください!レイちゃんのことを精一杯守ってみせます!」

「マヤ・・・ありがとう」

「そうだ、今度レイちゃんの引越しの時には必ず手伝わせて下さいね。なんたって、先輩はもう若くないんだから力仕事は私の役目です」

「若くないは余計よ・・・まっいいわ、でも今は実験に集中するのよ」

そう言った先輩の顔には、もういつもの冷静さが戻っていて、やがて各オペレーター達に次々と指示を出していました。私も席につき、準備を始めながら、それでも心の中でつぶやきました。

ほんとうに、ごめんなさい先輩・・・

 

 

 

 

 

実験は無事終了しました。自分の後片付けをテキパキと終わらせた後、足は自然とケージに向かいます。エレベーターを降りると、そこにちょうど制服に着替え終わって更衣室から出てきたばっかりのレイちゃんがいました。

「お疲れ様、レイちゃん。本当にご苦労様。・・・もしよかったら、私の車であなたのおうちまで送ってあげたいんだけど。遅くなっちゃったし、今晩は本当に寒いと思うから」

彼女は、びっくりした表情で私の事を見つめていましたけど、やがて聞き取れないような小さな声で

「ありがとう・・・」

そう言って、私に微笑んでくれました。

キュン!

私の中に、不思議な気持ちが不意に湧きあがってきます。またしても私は固まってしまいました。彼女は今度は私の側から離れず不思議そうな顔で見つめてくれてます。膠着状態の二人。それを破ってくれたのは・・・

「二人とも、何やっているのよ」

「先輩!」

「赤木博士・・・」

「あ、あのう今晩は私が、レイちゃんを家まで送ってあげようと思って」

「そう、それは助かるわ。じゃあマヤ、レイをよろしくね。私は実験の後始末がもう少しかかりそうだから・・・(本当は、あなたの仕事もちゃんと残っているんだけどね)」

「まかせてください!私はレイちゃんのお姉さん代りになるつもりですから」

「あら、レイのお姉さん代わりは・・・」

「先輩!お姉さんというには年が離れすぎてますよ。どっちかというと、先輩はレイちゃんのお母さ・・イヤおばさ・・・」

ゴン!

「いたーい」

先輩にとうとう叩かれる私。身の危険を感じて逃げ惑っていると、不意に聞こえてきました。

「クスッ」

声の方を向くと、また見る事ができました。

あのシンジ君でさえめったに見る事のできない、あの天使の様な微笑みを・・・

 

 

 

 

 


<後書き>

どうも、柴レイです。ここまで我慢して最後まで読んでくれた皆様、本当にありがとうございました。私のデビュー作であるこのお話は、TV版第伍話「レイ、心のむこうに」の題名及びストーリーに、貞本さんEVAの第3巻でのレイちゃんとシンジ君のエピソードのパロディとして作らせてもらいました。これらの話のフアンの方、あるいはマヤちゃんのフアンの方、お怒りの事もあるかと思います。それらの意見は、直接私宛に送ってください。それにしても、普段SSを書いていらっしゃる皆さん方はなんて偉大なのだろうと思いました。


柴レイさん、本当にありがとうございました!!

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