天使達の戯れ
すべてが崩壊し、廃虚の様になった世界。遠くには巨大なレイの頭部があり、死海の様に赤い海にはエヴァシリーズが突き立っている。その浜辺には一人の少年と、右手と左目に包帯をまいた少女がならんで横たわっていた。少年が沖の方に目をやると、波の上にレイが立っているのが見えた。しかしその姿は幻の様に、瞬時に消えてしまう。
少年はおもむろに、隣の少女の上に馬乗りになると、か細いすぐに折れてしまいそうな首を絞め始めた。うめき声をあげる少女の表情は変わらない・・・しかし包帯にまかれた右手が少年の頬にふれる。少年は首を絞めるのを止め・・・声もなく泣き始めた・・・やがて、見開かれたままだった少女の目が動き少年を見た・・・そして・・・
「気持ち悪い・・・」
「どいて・・・重いから・・・」
「・・・・・・」
「私の事・・・やるんじゃなかったの・・・やる気もないんだったらどいてくれる」
「・・・・・・」
「なんとかいったらぁ、バカシンジ!」
「・・・・・・!」
「どうしたのよ?」
「いいかげんにしろ!!! 綾波!!!」
「・・・えっ・・・」
「どういうつもりだよ!希望じゃなかったのかよ!・・・アスカを返してよ!・・・みんなを返してよ!」
「碇くん・・・」
「アスカの格好なんかして、なんなんだよ・・・このバケモノ!・・・もう僕を開放してよ!母さんの次は、今度は綾波が僕に付きまとう気かよ!・・・・・・もう嫌だよ!」
「わたしは・・・わたしは・・・」
「アスカぁ!どこにいるんだよぉ、お願いだから僕を助けてよ・・・・・・・・・カヲル君!」
「・・・・・・」
「カヲル君・・・カヲル君・・・どこにいるんだよぉ・・・カヲル君・・・どこだよぉ・・・」
「うるさいわね!黙れこのオナニー野郎!」
「カヲル君・・・カヲル君・・・」
「カヲルなんてどこにもいやしないわよ。タブリスというのは、あんたが望んだあんた自身の理想の姿よ」
「カヲル君・・・いないの・・・・・・どおしてだよ・・・どおして僕を助けに来てくれないんだよぉ・・・」
「あなたは、第十七使徒の力を借りて自分を補完しようとしてたのよ。自分の好きな世界に逃げ込もうとして・・・だけど失敗した。わたしは一部始終を見ていたわ」
「・・・カヲル君・・・・・・」
「結局なにかをはじめようとしては、すぐに自分で止めてしまう・・・壊してしまう」
「アスカぁ・・・」
「愛されてもいない女を自分と同じだと思いこんで・・・勝手につきまとって・・・汚して・・・壊そうとする・・・」
「・・・・・・」
「だから、あなたの望み通りにしてあげたんじゃない・・・カヲルにも会わせてあげた・・・いつでも好きなようにやれる・・・そんな姿になって現れてあげたのに・・・なにが不満なのよ・・・」
「綾波は・・・なにが欲しいんだよ・・・僕にどおして欲しいんだよ」
「アダムは勝手に補完していったわ・・・わたしは今空っぽなのよ・・・やっと一人になれたというのに・・・落着かないの」
「僕に父さんの様になれっていうのかよ」
「そうね・・・あの人はアダムの為に全てを捧げていたわ、彼女の心のすきまを埋める様努力をしていた。あんまり一途だから、アダムは自分がエヴァと一体化したあとリリスを与えたのよ。でもあの人は、アダムだけを愛していた。私をめちゃくちゃにしただけではなく、赤木親子も壊していった。アダムは楽しんでいたわ・・・気が向いたときに私に憑依して、愚かなリリン達を弄んでいた。だけどアダムは最後に誤った、あんなに自分に一途だったあの人を見捨てて、あなたと生きようとしたのよ。そしてあなたに振られた・・・アダムはこれからずっとひとりぼっちで生き続けるのよ。・・・・・・私はそんな間違いはしない!」
「綾波・・・」
「さあ、どおして欲しいの・・・またこの前みたいにみんなに拍手されてみたい・・・」
「もう・・・あれはこりごりだ・・・」
「そう・・・少しは学習しているのね・・・いいわ・・・焦らなくてもいい・・・私はいつだってあなたの望み通りの世界を与えてあげる」
「・・・・・・」
「好きなように念じればいい、自分の描きたい世界を・・・なんどでも書き直しの出来る世界を・・・」
「綾波がそれを望むなら・・・」
「そうよ、これは私の望んでいることなのよ・・・私は一人ぼっちじゃない・・・あなたが世界を望む限り・・・」
「うん・・・」
「楽しみ・・・あなたは今度はどんな世界をみせてくれるの・・・」
「ねえ、レイちゃんだけどさぁ、いまどこを旅してんのかしらね」
「さあね。おそらく今日も元気に自慢の弁で、商売繁盛してんじゃないの」
「いいかげんに落ち着いたらいいのに、アスカちゃんの心配は絶えないわ」
「そんな話をしていると、ひょっこり戻ってきたりしてね。・・・・・・・・・あっ!」
「なによ・・・あっ・・・」
「どうしたんですか・・・あっ!お姉ちゃん!」
「あああ!見つかっちまった。アスカ、しばらくぶりだな」
「レイちゃん、お帰り。今あなたの事を噂してたのよ」
「へっ、どうせろくでもない事云ってたんだろ。おばちゃん」
「誰がおばちゃんよ!失礼な!お姉さんと呼びなさい!」
「五月蝿いわよミサト、無様ね。レイちゃん、お帰り!」
「お〜、猫社長。元気だったか!印刷工場ま〜だつぶれてなかったのか?」
「ななな・・・・・・わわわたしが、こんな役回りなのぉ、冗談じゃないわよ!」
「先輩ぃ・・・先輩は、まだましです。わたしなんて、汚い髭をつけさせられて帝釈天を掃除してんですよぉ」
「お姉ちゃん、失礼よ。おばちゃん達は、婚期を犠牲にしてわたし達を育ててくれたんですからね」
「「・・・アスカぁ!・・・」」
「アスカも云うじゃないか。はぁ〜疲れたのブルニャ〜ゴのつらにションベンとくらぁ。茶くれないか」
「しょうがないわね、お姉ちゃんわぁ。待っててね・・・・・・・・・あっ、いらっしゃい!!!」
「こんにちは、あのぉ・・・草ダンゴ三兄弟が欲しいんですけど・・・・・・あっ、あなたは!」
「あう・・・いつぞやのシンちゃんじゃねえか、奇遇だなぁ」
「あら、お姉ちゃん、お知りあいだったの。(こんな可愛い男の子を・・・)」
「お知りあいもなにも、レイさんには旅の先で持病の癪で苦しんでいた僕を・・・」
「まあまあ、堅いことは抜きだ、あがってくれよ。こぎたねえ店だけどよぉ・・・・・・」
「(お姉ちゃん、またいつもの病気が!結局振られるくせに・・・でも可愛い子よね、なんならこのわたしが・・・)」
「こら、アスカ!考えていることが顔にでているぞ。おまえはとっととシンジ様のために茶をださねえか」
「すみません、あのぉ・・・実は、僕は人を探しているんです。茶色のショートカットの女の子を」
「ににに・・・・・・にゃにを〜!」
「なによこれ・・・」
「これも一つの形かなぁ・・・と思って・・・」
「馬鹿なことさせないでよ。大体全然キャラが違うじゃない。わたしも、弐号機パイロットも」
「それじゃぁ、ウル○ラセ○ンとか、ル○ン三世とか、麻雀放○記・・・・・・」
「いいかげんにしてよ。どこにもLRSがないじゃない。どういうつもりなのよ碇くん。そんなにわたしが嫌!?」
「結局、綾波は僕と一つになる展開がお望みなんだ。だったら最初からそうすればいいじゃないか」
「わたしは・・・・・・そういうつもりじゃぁ・・・・・・」
「そういうつもりもなにも、そういうことだろ。母さんにかわって綾波が一生僕につきまとわりたいんだろ」
「云いたいことは、それだけ」
「どうせ、アスカにもカヲルくんにも、もう会えないんだ。綾波の作った世界の中では、僕に選択肢はないんだ」
「なによ、あなたにわたしの気持ちなんて・・・・・・」
「僕は綾波のことが好きさ、たぶん愛しているんだと思う」
「えっ!」
「でもそれと同じくらい、アスカのことも、カヲルくんのことも、みんなも愛しているんだ。今の僕には、誰か一人をなんて・・・」
「アスカは碇くんのことを愛してはいないわ。カヲルは知らないけど・・・他のみんなだって陰に回ればなにを云っているか・・・」
「かまわないさ」
「かまわないって・・・本当に碇くんのことを愛しているのは、わたしだけなのよ」
「僕を嫌いな人がいるのは、当然だと思う。僕だって嫌いな人はいたし。でもさぁ、僕はまだ、本気で人を憎んだことはない。そうさ、うまく行かないことはいっぱいあるだろうけど、それでも僕は僕のまわりの人みんなを信じていくしかないじゃないか。僕は僕でしかないんだから。アスカは僕を許してはくれないだろう。でも僕はアスカが好きだ。だからどんなことがあっても、許してもらうため精一杯償いをしたい。どおせ振られるなら、償いができた後がいいよ。トウジにも誤りたいし、みんなにも・・・・・・」
「碇くん・・・・・・」
「綾波、ありがとう。君の気持ちは嬉しいよ。でも・・・僕・・・僕、自信がないんだ。今のままの僕じゃ綾波を不幸にしちゃう。みんなを不幸にしてきたんだから、この僕は。だから、変わりたい。僕は変わりたいんだ。勇気のある男になりたい。もう一度みんなに会いたい。元の世界に帰りたい。帰って僕は・・・僕は・・・もう逃げない!絶対に!」
「調子いいこと云ってんじゃないわよ。誰の受け売り。また加持さん・・・・・・」
「綾波ぃ・・・・・・」
「口ばっかで、ほんとうは情けないくせに。なにも変われないくせに」
「僕は・・・僕は・・・」
「勝手にすれば、云っておくけどね・・・あなたには、わたししかいないの。わたしにもあなたしか・・・そういう運命なのよ」
「綾波、お願いだから。僕を・・・・・・」
「もう知らない、バカ!」
「さあ、僕を消してくれ。そうしなければ君らが消えることになる。滅びのときを免れて、未来を与えられる生命体は一つしか選ばれないんだ。そして君は死すべき存在ではない・・・・・・」
(リリス・・・シンジくんのことは、君に任せるよ)
(とっとと死ねば、愚かなタブリス)
「君たちには未来が必要だ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ありがとう。君に会えてうれしかったよ」
永遠にも思える時が、二人の天使と一人の苦悩する少年の前で通り過ぎていった。少年の精神はもはや限界点に達しようとしていた。トリガーを握る手に徐々に力が・・・二人の天使は、すべてを感じていた。そしてその瞬間を受け止めようとしていたが・・・突然レイの中に、シンジの叫び声が飛び込んできた。
(・・・変わりたい。僕は変わりたいんだ。勇気のある男になりたい)
動揺を隠そうともせずに、必死にレイはその声を打ち消そうとした。しかし、それは消えない。
(・・・僕は・・・僕は・・・もう逃げない!絶対に!)
カヲルは寂しそうに微笑みながら、彼女の姿を見つめていた。彼の体に衝撃が走り出す。
「くっ・・・・・・・・・」
碇シンジの精神が限界に達しようとした、そのとき・・・
「やめてぇ!!!」
「「・・・・・・!?」」
初号機が、ケイジに帰還した。ミサトをはじめとする、ネルフ職員のおもだった者みんなが、エースパイロットを出迎える。サードインパクトは、起きなかった。セントラルドグマで計測された、第十七使徒と、謎のもう一つのATフィールドの発生源のゆくえは、不明のままだった。しかし、ネルフの人々には、そんなことはどうでもよかった。一度は全員死を覚悟したのだ。今はただ、自分達を破滅から救い出してくれた少年に感謝する以外になにも考えられなかったのである。ミサトは、シンジに泣きながら抱き着いていた。しかし、みんなから賞賛を浴びるべきエースパイロットが最初に発した言葉は、そこに居た者にとって意外なものであった。
「アスカは・・・アスカはどこにいるの。大丈夫なの・・・ねえ、アスカぁ!」
(そうしなければ、彼女と生き続けたかも知れないからね)
「アスカぁ!アスカぁ!」
シンジの手には、弐号機を破壊した実感が残っていた。それが、アスカにとって致命傷になりかねないことも感じていた。カヲルの言葉も、いっそうそんなシンジの心に突き刺さる。シンジはただ、取り乱すことしかできなかった。
「ここよ、アスカの病室は」
あの日から十日後、碇シンジは、やっと精神科から退院することができた。最初に彼が望んだことは、アスカとの対面である。アスカは生きている・・・だいぶ落ち着きを取り戻しているらしいとの噂話が、彼を回復に導いていたのである。ずっとその様子を診ていた赤木リツコ博士は、シンジの希望をかなえるべく、彼を303号病室へ案内した。そこで、シンジの見たものは・・・・・・
「Who are you ?」
「あ・・・アスカ・・・」
「Get it out in my side・・・・・・ I don't know that everything you said・・・・・・Please don't bother me・・・・・・」
「軽い、記憶障害なの。多分、そのうち思い出すと思うんだけどね」
「どうして、アスカが英語を・・・」
「あの子は、母一人子一人の状態で育ったの。二人っきりの時は日本語で話していたそうよ。やがてキョウコさんは、ドイツ医学界の権威、ツェッペリン博士と結婚した。アスカの後見の為にね。親子でそれからドイツ語を話そうとしたんだけど、キョウコさんはともかくアスカは発音が悪いってよくいじめられたらしいわ。ほかのことでは完璧だったから、なおさらね」
「アスカ・・・」
「キョウコさんは、そんなアスカを残して精神を病んで自殺してしまった。その後アスカの後見人になったのは、ドイツ在住だけどアメリカの有力実業家のラングレーさん。ツェッペリン博士は、当初は母無し子のアスカの面倒をいやいやみてたんだけど、再婚後まもなく親権を手放したわ。ちょうど、アスカが飛び級で大学に入学したころにね。ラングレーさんもその後結婚したんだけど、アスカとは上手くやっていたみたいだったわ。まぁエヴァのパイロット育成費として莫大なお金がドイツ政府から支給されていたしね。でもラングレー夫妻の家庭での言語は英語だった。アスカは、必死になって今度は英語を覚えようとしたみたいだったわ。ラングレー夫妻はドイツ語でいいって云ってたんだけど」
「でも、確かアスカは僕の前では、ドイツのお母さんにドイツ語で・・・」
「ドイツの天才少女が、シンジくんの前で英語を喋ることによって、いらぬ詮索をされるのを嫌がったんじゃないかしら」
「アスカは、わたしの前でも、加持の前でもドイツ語を使おうとはしなかったわね」
「あの子は、天才ではないのよ。本来とっても不器用な女の子。それを信じられないほどの努力をもって、ここまで・・・それこそ命がけの思いで、ここまで上り詰めてきていたのよ。でもどおしても、どんなに努力しても得られない物があった。それこそ彼女の中では、いっぱいね。言葉の問題もその一つ。コンプレックスの塊の中で生きてきたのよ。あの子は」
「むしろ、シンちゃんこそが、天才よね。アスカにはシンちゃんの存在そのものが、むかついたのかもね。アスカには、絶対手に入れることのできないものを持っている。あれでも、実の父親がいるんだしね」
「あれでもはないでしょう、ミサト。あの人はあの人なりに・・・・・・」
「まったく・・・さんざん裏切られて、あんな独房にまで一度は閉じ込められたくせに・・・こりないわねぇ」
「ミサトに、わたしとあの人の事をとやかく云われたくないわよ。だいたいミサトだって!」
「なによぉ・・・わたしがどおかした・・・」
いつのまにか、アスカと関係のないことで喧嘩をはじめた二人を尻目に、シンジはもう一度閉じた303号病室を見つめていた。
「アスカ・・・ごめん・・・ほんとうに・・・ごめん」
「どおして止めたんだい・・・」
「絶えられなかったの・・・碇くんが・・・本当の絶望に落ち込んでしまうことが・・・」
「アダムと思ったものが・・・リリス・・・君の事だと知った時、僕はすべてを理解した。僕の本当の使命を・・・そう・・・君とシンジくんに、僕ら使徒の運命をたくそうと・・・そのことに気づいたんだ。でもその為には、シンジくんが僕の体を無えと返すこと・・・つまり贖罪を果たさなければならない」
「わかっていたわ・・・あの時あなたは、わたしにそれを伝えてくれた」
「贖罪を果たすことによって、シンジくんはサードインパクトの、よりしろとなれる。僕はエヴァシリーズのダミーとなって、そして君はリリスの力を解放することによって、母なるアダムの真の目的が達せられる。シンジくんも第十八使徒として、補完される筈だったんだ」
「そのとおり・・・カヲルの云うとおりなのよ・・・でも・・・」
「でもなんだい、君はあのリリンの願いを叶えようとでも思ったのかい。アダムに既に見放されている、あのリリンを・・・」
「違うわ・・・」
「どう違うんだい。僕は、くだらんゼーレの連中の思うままになるのは、もともとまっぴらだったんだ。育ててくれた恩があってもね。君だってそうじゃなかったのかい。あのリリンは君のことなんて見ちゃいない、アダムの代わりとしか見てなかったじゃないか」
「碇くんを・・・愛してしまったの・・・碇くんにリリンの一人として生きてほしい・・・そしてリリン・・・違う!違う!・・・一人の・・・人間の男の子としての碇くんと、ひとつになりたかったの・・・」
「リリス・・・君は何を云っているのかわかっているのかい?僕たち使徒は単体としてしか存在できない。シンジくんは分裂したリリンの一つでしかないんだぜ。君は本来、未完成の群体のでしかない彼とは、ひとつには・・・」
「誰がそんなことを決めたの。わたし達・・・使徒が単体でしかないなんて、誰が決めたのよ」
「誰って・・・母なるアダムが・・・」
「わたしはそんな命令を受けた覚えはない。わたしはリリスではない。人間・・・綾波レイとして生きているのよ」
「リリス・・・」
「カヲル・・・あなたは人間の男の子・・・渚カヲルでしょ。わたしは、人間の女の子・・・綾波レイ。アダムだって人間・・・碇ユイとしてあの人と一度は恋をし、ひとつになったんでしょ。そして碇くんを人間として生んだ」
「アダムと我々は違う」
「どう違うのよ。確かに生まれ方は違ったのかもしれない。でもわたしは、赤木博士の体も持っている。碇ユイの体だけではなく・・・」
「なんだって!」
「・・・・・・!?」
レイは、突然目を覚ました。一瞬自分が、どこにいるのかを理解できない。やがて気がつく。自分が、ある病室のベットから上半身だけ起こしていることを。さっきまで、確か自分はカヲルと話をしていたのではないのか、その記憶がはっきりと残っている。それよりもどうして自分が、ベットで寝ていたのか・・・ベットで寝る前になにがあったのか・・・疑問は、不安へと変わり始め、ふいに震え出した体を自分で抱きかかえようとする。そんな彼女に、声がかかった。とても優しい声で・・・
「大丈夫・・・寒いの・・・」
その声がする方に、とっさに振り向く。瞬時に声の主はわかっていた。でもその姿・・・ベットの近くに座り、自分を見つめているその姿を確認してもレイは最初信じられなかった。彼女の中では、もっとも信じられない人がそこにいたのだから。
「赤木・・・博士・・・」
赤木リツコ博士は、いつもの白衣姿であった。でもその表情は冷静を装っているが、充血した瞳が深い疲労をあらわしていた。もしかして、自分をこの病室に・・・そして目覚めるまで傍にいてくれたのだろうか・・・そんなはずはない。ネルフで最も多忙な人物であり、しかも無駄なことは一切しない彼女が・・・おそらく大変貴重であるはずの時間をさいてまで、自分を看病してくれたとでもいうのか。にわかには信じられないのだが、でも間違いなくリツコは今、傍にいてくれるのだ。自分の身を案じてくれている・・・
「最後の使徒が現れた後、あなたが突然行方不明になったので、みんな必死になって探し回ったのよ。でもどんなに探しても見つからなかった。わたしは、一時的にシンジくんの精神に問題が起こりかけたもんだから、碇司令の判断で独房から出されて、最初は彼を診ていたわ。たいした事にはならずに、一週間程で無事退院できたんだけどね。その後、レイ・・・あなたの捜索に駆り出された。わたしは、理由はなかったんだけど、なんとなくあなたがいるような気がして、セントラルドグマに降りてみたの。ミサトはさんざん探した後だから無駄だと云ってたんだけどね。でも不思議なことに、わたしがヘブンズドアを開いたら・・・驚いたわ。あの白い巨人がきれいさっぱり消えていて、その代わりに倒れているあなたを発見したの。あなたが発見されたのもそうだけど、巨人が消えていた事で、ネルフは大騒ぎになったわ。あの司令と副司令は最初みっともなく取り乱していたけど、その後すっかり落ち込んじゃって、司令室に閉じこもりっきり、ろくな指示もださなくなってしまったわ。ゼーレや国連からも毎日のように、連絡が入るし。もうネルフはしっちゃかめっちゃか。とりあえず、内部的なフォローは日向くんと青葉くんに任せて、MAGIはマヤに、そして煩い外の連中との折衝は、ミサトにすべて背負わせてやったわ。もう何日も酒も飲めない状態じゃない・・・ふふふ」
リツコは丁寧に説明してくれる、でもレイには信じられないことばかりだった。様々なことが・・・でも真っ先に湧き上がってきた疑問・・・それを彼女は口にした・・・
「そんな大変なことが起こっていたのに、博士は・・・なにもなさらなかったんですか・・・まさか、わたしの為に・・・わたしが目を覚ますまで、傍についていてくれたんですか・・・」
リツコは質問に答えてるかわりに、急にレイの前でうつむき震え始めた。そしてレイは信じられない光景を目にすることになる。リツコが震えているだけではなく、すすり泣き始めたのである。レイは呆然とするしかなかった。声もかけられない。今までは、畏怖の感情くらいしか持ったことのない、いつも沈着冷静な、赤木リツコ博士が自分の前で子供みたいにすすり泣いているのだ。そして・・・
「あなたに・・・こんなことをしてあげる・・・資格すらも・・・わたしにはないのよね・・・この汚れている・・・無様なわたしには・・・あなたを・・・シンジくんや・・・アスカや・・・鈴原くんを・・・あんな目にあわせた・・・最低の人でなしのわたしには・・・でも・・・でも・・・あの時ドグマに倒れてるレイの姿を見たとき・・・この病室で死んだように眠っているレイの姿を見たとき・・・わたしにできたことは・・・できたことは・・・レイのそばにいることしか・・・」
「博士・・・」
「ごめんなさい・・・ほんとうにごめんなさい・・・いいえ許してくれなんて思わないわ・・・憎ければわたしを殺せばいい・・・すべての責任は・・・あなた達を・・・レイをこんな目に合わせてきたのは・・・みんなわたしが悪いのよ・・・わたしが・・・このわたしが・・・」
「博士ぇ!」
レイは泣きじゃくるリツコに抱き着いていた。レイも泣き出していた。かたく抱き合う二人、もはやリツコからは言葉はなかった、ただ泣きながらレイの細い体を抱きしめるだけである。レイは、リツコの想いを全身で受け止めながら、叫びはじめた・・・自分に湧き上がった気持ちを、そのままに言葉にして・・・
「博士のそばにいたい!ずっとずっといっしょにいたい!ひとりはもういや!いや!いやぁ!」
「・・・・・・・・・」
「わたし人間になりたい!人間の女の子になりたい!人間の女の子として、碇くんとひとつになりたい!」
リツコはレイをかたく抱きしめる。レイもリツコを抱きしめる。そして泣きながら繰り返す・・・
「碇くん・・・碇くん・・・碇くん・・・碇くん・・・碇くん・・・」
(母なるアダムよ・・・レイのこの気持ちは間違っているのですか・・・いけないことなのですか・・・)
(カヲル・・・あなたはどうなの・・・シンジのことが好き・・・)
(好きさ・・・大好きだよ・・・僕だってシンジくんと・・・シンジくんと・・・)
(そう・・・よかったわね・・・)
第三芦ノ湖には雪が舞っていた・・・一人の少女がそんな中たたずんでいる。声をかけようとしたシンジに、悲しげな歌声が聞えてきた・・・
The hardest thing I've ever done is keep believing ・・・There's someone in this crazy world for me ・・・
わたしの人生で一番難しいのは、信じ続けること
この狂った世界のどこかに、わたしを愛してくれる人がきっといると
はかない人生を人々は行き来するばかりで
わたしにチャンスが来ても、気づかずにいるかもしれない
「約束なんていやよ、シンプルな関係でいましょう」なんてよく言ったものだけど
自由は、あなたからのさよならを早めただけ
少し時間はかかったけど、簡単に物事がいかないことを学んだわ
わたしには充分すぎる代償を支払って
そうね、わたしは恋をするべきね
そうね、わたしは時間を無駄にしすぎたわ
そうよ、わたしは不完全な世界に完璧を求めている
そしておばかさんなことに、それが見つかると思っているの
そんなわたしのポケットの中は、夢や希望でいっぱいだけど
今夜は何ひとつ、わたしをなぐさめてくれそうにない
朝の4時だというのに目は冴えるばかり、一人として友達の姿もなく
希望にすがりついているばかりのわたし・・・でもわたしは大丈夫よ
そうね、わたしは恋をするべきね
そうね、わたしは時間を無駄にしすぎたわ
そうよ、わたしは不完全な世界に完璧を求めている
そしておばかさんなことに、それが見つかると思っているの
I
know I need to be in love
I know I've wasted too much time
I know I ask perfection of a quite imperfect world
And fool enough to think that's what I'll find
パチパチパチパチパチパチ・・・・・・
シンジはおもわず拍手をしていた、英語の歌詞の意味が完全に理解できたわけではない。でもレイの歌声は、彼の心を確かに捉えていた。シンジは本当に感動していた、心の趣くまま拍手し続けていた。
「碇くん・・・ありがとう・・・」
レイは、シンジに背を向けたまま彼の拍手に応える。
「素敵な歌だったね、綾波。感動したよ。僕のほうこそありがとう」
「赤木博士が、教えてくれたの・・・とっても大好きな歌だって・・・わたしも・・・」
「歌詞の意味はよく解らなかったんだけど、メロディが・・・綾波の歌声が・・・うまく云えないんだけど、素敵だったんで。あのさぁ、どういう意味の歌だったの、綾波は知っているんだろ・・・教えてくれないかなぁ・・・」
「ばか・・・」
「えっ」
レイが急にシンジの方に振り向いて、ぽつりと呟いた。目には涙がうかんでいた・・・シンジにはレイの態度が理解できず、ただうろたえてそわそわすることしか出来なかった。そんなシンジに、レイの言葉が追い討ちをかける。
「あなたなんかに出会わなかればよかった・・・そうしたらこんな想いはしないですんだのに・・・碇くん・・・あなたは本当にひどい人。あなたがわたしにくれたのは・・・悲しい・・・寂しい・・・ことばっかり・・・」
レイの頬を、涙が一筋つたう。シンジにとっては、本来逃げ出したいシチュエーションに違いないはずなんだが、彼は、逃げようなどとは微塵も思わなかった。気がついたらレイに近づいていった。目の前で、涙に暮れている彼女が・・・それが自分のせいだとわかっていても・・・愛しくてたまらなく感じていた。
「ばか・・・大嫌い・・・」
泣きながら呟き続けるレイをシンジは抱きしめる。そして・・・
「碇く・・・・・・・・・」
シンジは、レイにキスをした・・・そして抱きしめる両手に力をこめる・・・レイの両手も、シンジの背中に回る・・・そしてレイの両手にも力がこもった・・・二人はそのまま雪の中を、ずっと抱きしめ合いながら、キスを続けていた。それはいつまでも続くかに思えたが・・・
「はい、もうおしまい!いつまでやってんのよ!」
その声にシンジは、ビクッと反応する。あんなに堅く抱き合っていたとは思えないほどの俊敏さで、レイから離れた。うつむき加減ながら、目の前に現れた少女の顔を除きこむ。
アスカは、穏やかな表情をしていた。不思議なくらい冷静に、二人を見詰めていた。逆にレイの方が、真っ赤になってアスカを睨み付ける。
「へ〜、そういう表情が出来るようになったんだ。人形じゃそんな変な顔はしないわよね。ファースト・・・云っておくけど、これでわたし達は『お・あ・い・こ!』なんだからね。同点よ!わたしは絶対負けないんだから、どんな事だってもね。勝負はまだまだこれからよ!」
お得意の・・・左腕を曲げて腰にやり、右手を正面に突き出すポーズで宣言するアスカ。シンジは、自信満々に見える彼女の表情を、どこかで見たような気がしていた。そう、あの第七使徒を倒すため、ユニゾンの特訓をしていた時、夕日にむかって『受けた屈辱は、百倍にして返すのよ!』と力強く宣言していた時の、あのアスカが・・・
「アスカぁ!!!」
シンジは、訳もなく嬉しくなっていた。あの強いアスカが帰ってきてくれたんだ。心からの喜びを体全体で現す、そして今度はアスカの方に近づいていった・・・アスカの表情に、歓喜の笑みが浮かぶ・・・しかし・・・そういう態度は、やはり許される訳はなかった。確かにシンジには、悪気は無い。あくまで自分に素直に行動しているのだが・・・
「碇くん!!!」
レイの赤い瞳が、光った。その瞬間シンジは、急に激しい力を受けて、空中に吹っ飛ばされた。そのまま、どこかの子供が作ったのか、かわいらしい雪だるまに頭からつっこんだ。雪だるまは、突然の衝撃を受けて、こなごなになる。そして、そして崩れた雪の下敷きになるシンジ。
「ヒユー!・・・やるわねぇ・・・こりゃ難敵だわ・・・まあ、そうこなくっちゃ張り合いないけどね」
いかにも嬉しそうに、レイにむかって挑発モードに入るアスカ。レイも今度は、激しい口調でやり返す。
「なにしに来たのよ、弐号機パイロット。碇くんは・・・あなたには、渡さないわ」
「やろってぇの・・・ふん・・・そうね、ここで決着をつけるのもいいんだけど、残念ながら今日は用事があったの。そこのバカシンジにもね。エヴァ初号機、弐号機出動・・・ミサトからの緊急命令よ」
「どういうこと・・・」
「ミサトさんが・・・」
シンジも、雪まみれになりながら起き上がった。アスカの表情が、急に真剣になった。その表情を見て、レイとシンジにも緊張が走る。
「ゼーレの仕業みたいだけど、エヴァシリーズ13体がネルフ本部に向かって進行中だって。司令を代行している、ミサトが第一種戦闘配置を宣言したわ。そしてわたしとシンジに、エヴァシリーズの殲滅の命令もね。」
「エヴァとエヴァが戦うというの・・・」
「わたしにもよく訳がわかんないけど、とにかくわたし達にとってエヴァシリーズは敵対するんでしょ。だったら容赦なく叩き潰すだけよ。無敵のシンジ様、お願いだから覚悟を決めてよね」
「でも、エヴァというからには、まさか僕達と同じ子供達が乗っているんじゃないの」
シンジの脳裏に、第十三使徒との、あの悪夢が蘇る。傷だらけのトウジの姿が・・・シンジの問いかけに、アスカの表情も曇り始めた。しかしその時レイが口を開いた。
「エヴァシリーズには、子供は乗ってはいないわ。ゼーレの開発したダミープラグが挿入されているだけ」
「ほんとうに!・・・綾波・・・」
「なんであんたがそんなことを知ってんのよ」
そうは口にしたものの、シンジとアスカは、レイの自信にあふれた表情を見て、瞬時にレイの言葉を信じる気になれた。アスカの表情に生気が蘇る。はやくも戦闘準備満タンとうい態度で、シンジにむかって叫ぶ。
「そうとなったら、遠慮はなしよ。シンジ、ぼさぼさしないで行くわよ。早くしないと、ミサトより先にわたしがぶっ飛ばすわよ」
「分かったよ、アスカ。行こう!・・・・・・綾波は・・・」
「ちょっと待って、少し・・・後ですぐ行くから・・・必ず追いつくから」
なぜか、二人に背を向けて、湖を見つめ出したレイを、シンジは気になったのか、さらに声をかけようとしたが、アスカの右ストレートが、シンジの頬をかすめる。もちろんわざと外したんだろうが、効果抜群!
「行くわよ!」
走り出したアスカの声に弾ける様に、シンジも後を追っかけるように駆け出した。レイは、二人の気配がなくなるまでじっとしていた。そして、あたりに静寂が訪れると空に向かって話し出す。
「いよいよ時が来たのね・・・カヲル」
(ああ・・・最後の戦いさ。だいぶ当初の予定とは、変わったけどね)
「分かっているわよね・・・碇くんと・・・アスカに・・・ネルフのみんなに、絶対危害を加えることはなしよ」
(当然じゃないか。僕がシンジくんに、危害を加える訳がないだろう)
「エヴァ初号機、弐号機を含むエヴァ全機がそろった時・・・」
(くだらん連中の愚かしい企みは、すべて水泡に消えるのさ。ふふん・・・)
「わたし、行くわね。それじゃぁカヲル・・・」
(ああ・・・天使達の戯れ・・・の始まりさ)
レイは駆け出した。シンジとアスカの走り去った方へと。カヲルは、走るレイの背中を見つめていた。彼には、はっきりと見えていた。レイの背中に、眩いばかりに輝く羽がはえているのを・・・
「エヴァ初号機、弐号機ともに順調です。直ちに発進できます。」
発令所内に、伊吹マヤの快活な声が響く。モニターには、自信満々な表情を浮かべるアスカと、うつむきながらしかし、シンクロ率をぐんぐん上昇させるシンジが映っていた。それを見つめる、ミサトの表情に勝利を確信するかのような笑みが浮かんでいた。
「初号機弐号機、発進!」
明確な理由がある訳ではない。しかし、この時ネルフ職員の中に、敗北の予感を感じているものは皆無であった。それだけ、シンジと復活したアスカがみんなの信頼を勝ち得ていたのであろう。というか、負けるという事を、全員が考えもしなかった。ただ勝利のみに心が一つになっていたのである。レイは、残念ながら零号機が消滅していたため、出撃した二人を他のみんなと一緒に見つめているだけであった。しかし、みんなはわかっていた。レイもまた、チルドレンの一人として、ともに戦っていることを。そのレイの後姿を見つめていたリツコが、口を真一文字にむすんで、モニターを見つめていたミサトの横に並んだ。そして、ミサトにしか聞こえないような小声で語り始める。
「この戦いが終わって落ち着いたら、レイをわたしの家に引き取ることにしたわ」
ミサトも小さな声で、応える。
「そう。レイも同意の上なんでしょ」
「もちろん。あの子がわたしを許してくれた。わたしはこれからの人生、あの子の為に生きるって決めたの」
「リツコも家族ごっこの始まりか・・・それにしても、変わったわね・・・あんた」
「独房で少し頭が冷えたみたいね。あなたも、少し入ったらいいんじゃない。酒が止められるわよ・・・」
「いい考えね・・・うん・・・でも、大丈夫なの?」
「大丈夫なのって、なにがよ?」
「レイを引き取るのはいいんだけど、あの子が騒ぎだすんじゃない・・・潔癖症であなたにメロメロの可愛い後輩が・・・」
ミサトとリツコの視線が、正面で必死にシンクロ率の数値を見つめている彼女に注がれた。
「弐号機のシンクロ率も上昇!すごい!・・・アスカが新記録を出しています!」
リツコの表情がほころんだ。
「大丈夫よ・・・わかってくれるわよ。わたしよりもずっと聡明な子なんだから」
「そうだといいんだけどね。反応がいまから楽しみだわ」
そう云い終わると、ミサトの表情が急に引き締まった。いよいよ時が迫ってきたのだ。ネルフ職員全員の集中が極限までに高まる。ついに初号機、弐号機とエヴァシリーズが有視界の距離まで接近!そして・・・
天使達の戯れが始まった・・・・・・・
おわり
<後書き>
ここまで、私の拙作をお読み頂きましてありがとうございました。
心から、御礼申し上げます。
柴レイさん、本当にありがとうございました!!
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