近藤勇子さんEXシナリオ
(2002年12月改訂)
作:柴レイ
幕末の武州調布 一人の女の子が道端で子犬を抱えて泣いていた。
「雪ちゃんがぁ・・・雪ちゃんがぁ・・・死んじゃうよぉ・・・・・・ええんええん」
子犬は喧嘩でもしたのか、それとも心無い武士にでも襲われたのか、小さい身体のあちこちに怪我をしてて既にぐったりとしていた。その子犬を女の子は抱きかかえながら必死に助けを呼んでいた。しかし道行く者は、そんな女の子と子犬に目もくれず忙しそうに通り過ぎるだけであった。
「わああああん、雪ちゃん。しっかりしてぇ、元気出してよぉ」
どうすることも出来ずに泣きじゃくる女の子。そんな時だった、女の子の肩が軽く叩かれた。
「ふぇ・・・ぐすぐす」
女の子が振り返ると、そこには同い年くらいの真っ直ぐな黒髪がきれいな、どことなく目つきは鋭かったが、それでも優しそうな表情を浮かべた女の子が立っていた。その女の子は
「これを・・・その子の傷口に・・・人用だけど、多分効くと思う・・・」
そう言って、塗り薬をくれた。泣いていた女の子はそれでも呆然とするだったが
「ほら、どうしたのか・・・とりあえず早く血をとめないと・・・」
「・・・ぐすん・・・ううう」
泣いている女の子から、薬をもっていた黒髪の女の子は子犬を自分の方に抱きかかえた。
「あ?・・・血がついちゃうよ」
「かまわない・・・そら、しみるけど我慢するんだぞ」
子犬はくぅ〜んと弱弱しく鳴いていたが、そのまま薬を傷口におとなしく塗られていた。薬を塗った女の子は 「いい子だ・・・」 と優しそうに呟きながら、今度は持っていた箱から白い布のような物を出して傷口に巻いていった。そして子犬の頭を優しくなでる。するとさっきまで苦しそうにしていた子犬が、気持ちよさそうに目を細めていた。
「大丈夫そうだな・・・まぁ、大騒ぎしたわりにはたいした傷じゃない」
そう微笑んだ。するとポカンとその様を眺めていた泣き顔の女の子が
「ありがとう・・・」
そう嬉しそうに呟いた。目は真っ赤なままだったが、表情はほっとしたように笑顔になっていた。
「たいした事はない・・・」
手当てをしてくれた黒髪の女の子は照れくさそうに笑った。
「薬代・・・払わないと・・・」
「別にいらん、どおせ今日は全然売れなかったんだし」
「でも・・・あのお名前だけでも聞かせて」
すると子犬を抱えた黒髪の女の子は、その子犬を持ち主の女の子に返してあげながら
「わたしか・・・日野の石田散薬の末娘の歳江だ。農家の仕事が苦手なんで、こうやって薬の行商をやってる」
「歳江ちゃん・・・」
「そうだ、お前は?」
子犬を受け取りながら逆に聞かれた女の子は、子犬を抱きしめた後、笑顔で問いかけに答えた。
「あたしは、すぐそこの宮川家の長女、勝子。みんなからは、お勝と呼ばれてるわ」
二人の女の子は、笑顔で自己紹介しつつ、それからしばらく楽しそうに談笑していた。
「その子犬の名前は雪というのか?・・・メスか・・・いい名前だな」
「あたしもそう思う」
「大人しそうだが、これでもオスが好きになると情熱的になるタイプだろうな」
「ふえ?・・・どうしてぇ」
「いや・・・なんとなくだ・・・」
「おかしいんだ、歳江ちゃんは・・・くすくす」
それがやがて京の町で大活躍することになる、新選組の両雄、局長近藤勇子(幼名、宮川勝子)と副長土方歳江の出会いだった。
朝廷と攘夷の為の打ち合わせをする為に京に向かう将軍家茂を護衛するという名目で、将軍より先に京へむかった一般公募の浪士達がいた。そんな彼等を率いていた清河八郎が、京につくやいなや、彼について来た浪士達に向って彼等が驚く宣言をしていた。
「尽忠報国の諸君、これより我等は朝廷の直轄部隊となる!」
思わぬ清河の宣言に、浪士達はざわめいた。
「文句あるのか。我々は天子様の為に戦うのだ。逆らう奴は、朝敵ぞ!」
すかさず清河は大声で一喝する。ざわめきはおさまりシーンとなった。
「なんか・・・話が違ぁ〜う・・・」
浪士達の中からポツリと呟きがもれた。清河はそれを見逃さない。
「誰だ? 今、不忠な事を言った者は、名を名乗られい!」
威嚇するかのような声で、呟きがもれた方をにらみつける清河。その視線の先には、ぶるぶる震える少女達の姿があった。その中心にいる紫色の髪の少女がその視線に震えながらも
「だって・・・」
そう言いかけたが、清河はその様を見ると、小馬鹿にしたように鼻を鳴らした後
「ふん・・・女か・・・お前みたいなやつは、祇園で遊女にでもなっておればよいのだ」
忌々しそうに呟いた。すると紫色の髪の少女は真っ赤になって俯いたが、側にいた長い黒髪の少女は黙っていなかった。青い髪の女の子やオレンジ色の髪の少年(?)が立ちあがろうとするのをおさえて
「清河!今の発言、近藤を侮辱するのはわたしが許さん。おもてに出ろ!」
と叫んだ。すると清河はにやけた顔のままで笑っていたが、彼の側にいた腕の立ちそうな浪士が立ちあがり、その場で刀を抜こうとした。場が騒然となった。
黒髪の少女、土方歳江はそれにひるまず抜刀する、すると紫色の髪の少女、近藤勇子が声をあげて
「待って、トシちゃん。ここで斬りあいをするのはいけないよ。ここにいるみんなは攘夷の為に集まったんじゃない。あたしは気にしてないわ。ちゃんと発言せずに小声で呟いたのが悪かったのよ」
「しかし、近藤・・・」
「はん、女風情に何がわかる。そもそもここにいるのが場違いではないのか」
なんとか場を治めようとする勇子の努力にもかかわらず、清河は更に挑発的な事を言った。これには、もう土方も、さらに二人についてきてた、原田沙乃、永倉新両名すらも黙ってなかった。
「女風情で悪かったわね。このインチキイカサマ師が」
「このハンマーでぶっ飛ばしてやる」
清河の側に控える浪士も黙ってない。「斬る!」と叫んで、少女達に突進しようとしたが、
「まちな!!」
その時、別の声が場に響いた。その声も女の物だったが、ドスの効いた迫力のあるものだった。その声に場が一発で収まる。振りかぶった清河方の浪士の刀も止まった。
すると、その浪士の喉先に刀の先があとわずかで届こうとしていた。その浪士はごくりとつばを飲む。彼に刀を向けていたのは、丸眼鏡の銀色の髪の美少女、沖田鈴音だった。
「さがりなさい・・・これ以上わたし達に近づくと、あなた達みんな斬ります」
か細い声ながら、その視線は鋭いものだった。その浪士はペタンと後方に尻餅ついた。鈴音だけでない、歳江も原田も永倉もみな鋭い目つきで清河等を睨みすえていた。その少女達の迫力に、他の浪士達も唖然となっていた。しかし清河だけは忌々しそうに
「わしに逆らうのは、天子様に逆らう事と同じだ。斬れる物なら斬ってみよ。お前達は朝敵ぞ」
そうわめいた。それには少女達もぐっと唸る。すると再び先程のドスの効いた声が飛んだ。
「何が朝敵だい。そもそもあんたが天子様の配下というのも疑わしいもんだね。おおかた、あたいらを売って、それで取り入ろうとしてるんじゃないのかい」
その言葉に、それまで表情には冷静さを保っていた清河の顔色がさっと変わった。
「なんだとぉ〜何を言う。誰だ、貴様は?」
「うるせえんだよ!」
わめき出した清河の言葉に対して、さらに大声が飛んだ。浪士達の視線が大声のした方にむけられる。そこには、金髪の赤ら顔の女の姿があった。なんと酒をくらっている様子だった。
「ちっ・・・また女か・・・」
そう清河が舌打ちしたが、するとその女は
「ほぉ・・・このあたいにもそういう口を叩くのかい。清河よぉ、ずいぶん偉くなったもんじゃない」
「なっなんだと・・・」
「水戸藩の天狗党の一人、この芹沢カモに向かってそういう口を叩けるのかい?・・・とあたいは聞いたんだよ」
「せっ・・・芹沢カモ・・・」
その瞬間、清河の顔色が真っ青になった。まわりの浪士達も再びざわめいた。その様子を見て、ゆっくりとふらつきながら立ちあがる芹沢カモ。やがて彼女の声が響いた。
「いちぬけた。こんなくだらん事やってられるかい。あんたらもこんなイカサマ師なんかについてないで、とっとと江戸にでも帰った方がいいんじゃないの。ここにいてもロクな事ないよ」
さらに場はざわめく。清河達もバツが悪そうに下を向いたままだった。そんな時、
「あたし達は帰らない。ここで最初決めた通りに、将軍様の為に京の治安を守りたいもん」
勇子がそう声を発した。これにはまわりの浪士達も驚いていた。水戸の芹沢の意見に口を挟んだ事に。歳江はうんうんと肯いていた。他の少女達も同様だった。すると芹沢は怒るどころか嬉しそうに
「気に入ったわ、あんた達。それならこのあたいについて追いで。京都でもあたいには宛があるしね」
そう言って、勇子の肩に手を置いて、そして立ちあがらせた。そして「どきな!」と叫んで、勇子を連れてその場から出ていった。もちろん歳江達もそれに続いた。
清河達も、その他の浪士達も黙ってそれを見つめているだけであった。最後に少女達の側にいた一人の男の浪士も静かに立ち上がる。男は人事みたいに
「他のみなさんは芹沢さんの言ったように江戸に帰った方がいいでしょう。それと・・・清河さん」
「なっなんだ・・・」
「いえね・・・気をつけたほうがいいよ、あんたは。特に江戸ではね。少々やりすぎたみたいだ」
そう、山南敬介は人懐っこそうな笑顔で語ると、そのまま芹沢、近藤達の後を追った。
芹沢カモは勇子達を京都守護職、松平けーこに紹介する。そして京の町に幕末の風雲児集団、新選組が結成された。
新選組は、当初京の町の治安を侵すキンノー達を取り締まり、特に池田屋では華々しい活躍をし、その名を轟かせた。しかし、やがて雄藩の薩摩と長州が手を結び、時代は大きく動き出す。
そして既に局中法度で切腹していた総長の山南の紹介で新選組に加わったものの、山南の死後脱隊した伊東甲子が、勇子の誘いに応じてある料亭を訪れ、そこで二人っきりで話をしていた。
「勇子さん、時代はもう変わりつつあるんや。いつまでも徳川様に忠義を立ててると一緒に潰れてまうで」
「そうかしら・・・」
「そうや。大坂城で幕府のお偉いさんと会っとったんやからわかっとる筈や。もう幕府にはこの困難な国政を担う力がのうなっているという事を。それでもまだマシな幕臣の内、小栗はんはまだあがいとるが、勝はんにいたっては、裏で薩摩の吉之助はんとつるんでるみたいやないか。もうあかんで」
「それじゃあ、幕府の代わりに、薩摩や長州の人達が尊皇攘夷をやってくれるというの?」
「それは、うちにもわからん。せやけどな・・・間違いないのは、幕府はもう沈没しかけとるということや」
「そんな・・・」
「とりあえず、わたしらは勝ち馬に乗り続けることやな。確かに正式な武士やったわけでないわたしらがここまで来れたんは、徳川様のおかげやろな。だからって、一緒になって沈む事はないのと違う。今やったら、薩長や。その内、また代わるかもしれへん。そしたらまた考えればええ」
「そんな事あたしには出来ないよ。それにキンノーさん達をいっぱい斬ってきたあたし達を・・・」
「この激動の時代。そんな細かいことは薩長のお偉いさんは気にしてないって。そもそも長州の志士達を禁門の変で売ったのは薩摩やで。その薩摩と長州が互いの利害の為に手を結んどる。そんなもんや。なんだかてゆうたかて、新選組の戦力は彼等には魅力的や。ここは局長の勇子さんの気持ちひとつで」
「仮にあたしがそう思っても、トシちゃんや他のみんなは納得しないよ。納得させる自信もないし」
「結局土方はんか・・・彼女はあかん。あの女は新選組を私物化して、しかも性質(たち)が悪い事に幕府と一緒に滅びる事に美学を感じとる。あないなアホの道連れなんてごめんや。他の連中はともかく、勇子さんだけは違うやろ。あんたはここで死ぬような人物やない」
「そんなことない、あたしは何も出来ない女に過ぎないわ。トシちゃんには小さい時出会ってから今までずっと、他のみんなにも、死んじゃったカーモさんにも、山南さんにも、ずっとお世話になってきた。みんなに支えられて、あたしは局長としてここまでやってこれたの。だから隊のみんなと一緒でなければいや」
「うちの言う事が理解できへんのか・・・勇子さん。あんたはわかってくれると思ったんやけどな」
「わかってるつもりよ。あたし、甲子ちゃんの事も好きだもん。色んな事を教えてくれるし。だから・・・」
「土方はんがおる新選組だけは勘弁してくれへんか。うちを選ぶか、土方はんを選ぶか・・・」
「・・・・・・あたしを困らせないで。選べないよぉ」
やがて勇子は泣き出した。その様子を見て、伊東は溜息をついて立ちあがった。
「甲子ちゃん・・・」
「近藤はん、これでさよならや」
伊東はそう寂しそうに呟いて、部屋に勇子一人を置いて出ていった。勇子はそのまま一人で部屋で泣いているだけだった。
しばしの時が流れた。再び部屋を訪ねる者がいた。
「甲子ちゃん?」
物音に気づいて勇子は顔を上げたが、その瞬間表情は凍りついた。そこには隊服を血で真っ赤にそめた土方歳江の姿があった。そしてその姿と氷の様に冷たい表情を見た時、勇子は理解していた。何があったのかを
「伊東を・・・斬った・・・」
「トシちゃん、なんで甲子ちゃんを斬ったのぉ・・・」
「わたしの判断でやった。原田達もみんなわたしに従ってくれた」
「そんなぁ・・・」
「死体は油小路にさらした。高台寺の連中がやってきたので、そいつらも斬った」
「まっまさか・・・平ちゃんも・・・」
「とっ・・・当然だ・・・局を脱したものは全て・・・」
一瞬言葉に詰まった歳江。しかし伊東とともに局を出て行ったとはいえ、江戸からの同士だった藤堂平までも刃にかけた事を歳江が告げるや、勇子の感情が爆発した。
「なんて事するのよ、トシちゃん!!局長であるあたしに黙って、勝手な事を。新選組はトシちゃんが勝手に動かすもんじゃないでしょ!!」
「近藤、お前の為にやった事だ。新選組の為に。それが許されないのなら、ここで腹を切る」
「そんな事言ってないでしょ」
泣きながらわめき出す勇子。すると歳江はそんな彼女に抱きついた。
「え?・・・トシちゃん・・・」
「わたしはお前の為にいつでも死ねる。たとえ地獄に落ちてもかまわない。隊のみんなも同じ気持ちだ。平だって武士らしく潔く戦って死んだのだ。でも、伊東のやつはそうではない。あいつはほっとけば、自分の為にわたしらを薩長の連中に売り飛ばすに決まっている」
「そんな事・・・」
「今回は確かにだまし討ちした格好だが、次にお前が伊東の誘いに乗ってのこのこ会いに行ったら、今度は近藤、お前が斬られる番だぞ」
「甲子ちゃんはそんなことしないもん」
「だったら、何故わたし達を裏切って隊を抜けた!!」
そう言って、歳江はさらに勇子の身体を強く抱きしめた。
「初めて会った時から、わたしはお前が好きだった。だからわたしだけはお前を裏切ったりしない。絶対に」
「トシちゃん・・・」
最後は涙声になって呟く歳江の背中に、勇子はやがて両手をまわしていた。
「なぁ、近藤・・・芹沢も、山南も、平も・・・みんなわたしが殺した。だがあいつらはみんな潔かった。笑って死んでいったよ。いつかはわたしもあいつらの元へ行く・・・最後まで武士らしく戦って・・・」
「トシちゃん・・・もう泣かないで・・・その時はあたしも一緒にいくからね」
「近藤・・・」
「トシちゃん一人じゃ寂しいでしょ。それにあの世に行ったら、カーモさん達にいじめられちゃうかもしれない。だからあたしがついててあげる。トシちゃんだって、新選組の為に・・・みんなの為に・・・一生懸命だったんだって」
「お前はいいやつだな・・・羨ましいよ・・・わたしはお前みたいな女に生まれたかったよ・・・こんな嫌な女じゃなくって」
「そうかなぁ・・・みんなさ、自分の性分に正直に一生懸命生きるしかないじゃない・・・トシちゃんはトシちゃんの性分で頑張ってるんだし、あたしだってあたしの性分で頑張るしかないんだもん」
歳江は大声で泣き出した、勇子はそんな彼女を固く抱きしめていた。
勇子も歳江も、そして新選組も他のみんなも、激動の時代の中、心は不安でいっぱいだった。もはや何が起きてもおかしくない。そんな何もかもが信じらなくなりつつある世の中で、信じあえる仲間の存在は何事にもかえられないものだった。
たとえそれが破滅にむかっている道だとわかっていても・・・
幕臣勝海舟のすすめで、甲州百万石を条件に甲府城へ向かっていた勇子達は、そこで官軍に敗れ、今は下総流山まで落ち延びていた。京から連れてきた仲間は死傷するか脱走するかでかなりの数が減っていた。そして今や官軍に居場所を発見され完全に包囲されていた。
勇子は徹底抗戦を唱えるみんなの前で、一人で降伏すると語った。もはや戦いに疲れたと。歳江達はそんな勇子を説得しようとしたが、彼女の意思は変わらなかった。やがてあきれたように、彼女一人を残して、みんなその場を去っていった。勇子は一人、俯いたままでいたが、そこに歳江の側にずっとついている島田誠が現われた。
好漢で、隊の為に必死に戦ってきた彼に、勇子は信頼を寄せると共に、ほのかに心を動かされていた。「副長に言われて来ました。みんなを逃がすために囮になるつもりなんでしょ・・・」と語る彼に、勇子は、穏やかに肯定しつつも、でも戦いそのものに疲れた事も正直に認めた。そして弱気な表情と口調で、島田に向かって呟いた。
「あのね・・・もし島田くんがあたしの恋人で、行かないでくれって言われたらきっともっと泣いてたね・・・そして、朝までくよくよ迷ってたと思うな・・・ごめんね、こんなこと言って・・・」
島田はそんな勇子に向かって
「そんな事ないよ、勇子さん。俺・・・俺、勇子さんを一人で行かせたくないよ。行かないでくれよ。俺、勇子さんとこのままさよならするだなんて、そんなの嫌です」
そう叫んだ。すると勇子は・・・しばらく驚いた表情を浮べた後、ゆっくりと微笑んで
「ありがとう、島田くん。その一言でぐらついてた心がやっと決まったわ」
「勇子さん・・・」
「あたしね、これで胸をはって官軍の前に顔を出せるわ。新選組局長近藤勇子としてね」
「そんな・・・降伏したら殺されますよ」
「そんな事わからないわ。官軍の将の有馬さんは薩摩の逸材で、話がわかる人だと聞いてるし」
「むちゃです。有馬が許しても、土佐の板垣や谷は、坂本の仇を取るといきり立ってます。そんな中に勇子さんが一人で行くなんて、火の中に飛び込むようなもんですよ。絶対殺されます」
「もし、死しかないのだとしても、武士として立派に切腹してくる」
「勇子さん、だめだ。死ぬのなら土方さんや僕等といっしょに」
「どこにいてもあたし達は同じよ。いつどこで死のうと。心が一つであるかぎりね。島田くんならわかってくれるでしょ。だから、あたしを行かせて」
「局長!!」
「トシちゃんの事は、島田くんに任せたわ。お願いね・・・トシちゃんの側にいてあげて・・・」
それでも島田は勇子の言う事をきかず、彼女に詰め寄ろうとしたが、
「新選組局長近藤勇子の命令です。隊士島田誠、土方副長の側に戻りなさい」
毅然とした口調で勇子は語った。島田はその堂々とした勇子の姿にもう逆らう事は出来なかった。そしてすごすごと彼は、部屋を出て歳江の元へ戻っていった。やがて彼の足音が聞こえなくなると、勇子は声を震わせてその場で泣き崩れた。それでも他の者には聞かれないように、その声を必死に押し殺したまま。
「わたしの為だって・・・今までずっと、わたしがあいつの為に頑張ってきたと思っていたのに・・・」
島田の報告を聞いた歳江は、彼を部屋から去らせて一人になると、そう寂しそうに呟いていた。
「憧れなの。小さい頃から武士というものになる事が。強くて、誰にも汚しえない信念を持つ、戦うためにすべてをかけた武士になることが」
「そうだな。武士とはかくあるべきだ。近藤、お前なら、その武士の棟梁になれるはずだ」
歳江は一人で目を潤ませながら呟いていた。
「その為の新選組だ・・・わたしに任せておけ・・・お前の為に最強の集団を作って見せる・・・」
翌朝、勇子は歳江や島田達の前から笑顔で、たった一人で立ち去っていった。
官軍に投降した勇子は、島田の予想通り、板垣や谷達に激しく糾弾され、有馬の助命のかいなく官軍総督府の命によって、武士らしい切腹ではなく、罪人扱いの即斬首と決定が下された。
しかしそれは表向きの発表であった。実は土佐の板垣達は、勇子をただ糾弾するだけではなく、彼女達を甲府城に向わせた勝海舟にも朝敵としての罪をかけようと各策していたのだった。彼等は、勝が薩摩の西郷吉之助と平和裏に江戸無血開城した事に納得できていなかったからだ。それ故に、勇子を通して勝をも追いこもうといていたのだが、そこは薩摩の有馬が承知しなかった。事は、勇子だけの問題ではなく、官軍の中の主導権争いという側面もあったのだ。
やがて勇子を捕らえたまま、官軍は越谷にまで進軍した時、軍を率いていた有馬が総督府の命でさらなる前線に向う為に軍を離れた。その時、勇子の姿が牢から忽然と姿を消したのだった。
「近藤さん、こん先の屯営におる黒田っちゅうのをたずねんしゃい。そいでもうあんたは安全じゃ」
「すみません、有馬さん。こんなあたしの為に・・・」
「よかとよ。それよりもな、ひとつだけあんたに聞きたい事があるんだが」
「何?」
「わしは、近藤さん達、新選組のみんなは誠の武士やとおもっちょる。その局長であったあんたから見てわしら官軍はどう見える・・・」
「えっ??・・・どうって・・・」
「心配はいらん、ここにおるのはあんたとわしだけじゃ。だからあんたの言葉が聞きたい・・・」
「ううん・・・」
「なんでもええ」
「みんなバラバラ・・・気持ちが一つになっていない気がする。みんな迷っているような。だからみんながそれぞれの顔色をうかがっているような・・・」
「・・・・・・」
「あたしたちは、心一つだった。迷いはなかった。トシちゃんを旗頭にみんな一途に戦っていたもん。でもそれなのに、負けたんだけど・・・」
「わしらはな、元々は徳川将軍様への、関ヶ原以来の復讐の念で集まったんじゃ。そして勝つまではその復讐という一つの目的で固まっていた。でも、こうして新しい世の中を作る立場に立たされて、そいでどげんしたらええかわからんようになったんじゃ。その内になんの為に戦ってきたのか?これから誰がどうやってこの日本を導いていけばいいのか?わしら薩摩か・・・長州か・・・あるいは土佐か・・・そればっかりに」
「おかしいんだ・・・」
「ないごてな・・・」
「官軍のみなさんは、あたしにこう言ったわ。新しい世の中を作っていくのは天子様だって」
「あっ・・・」
「あたし達はいつだってこう思ってきたわ。この日本の国は天子様のもの。そして政(まつりごと)は天子様より徳川将軍様が任されている。あたし達はその将軍様の為に働く・・・戦う・・・」
「・・・・・・」
「あれこれ難しい事ばっかり考え過ぎると肝心な事を忘れてしまうのね。やっぱりトシちゃんが正しかったんだわ。戦う武士は余計な事を考えてはいけない。ただ己が信じる武士道一つだけ思って刀を磨いていけばいいって」
「・・・・・・なんでわしらは勝てたんだろうかなぁ」
官軍内は大騒ぎになった。重罪人近藤勇子を逃がしたとあっては、大変な失態だ。板垣や谷は真っ青になって、勇子を探したが、どうにも発見できないままであった。そんな時、薩摩の平田がタイミングよく提案を出す。彼は有馬派の一人だ。
「捕らえてある、旗本の大久保大和を処刑しましょう。そして彼の正体が、近藤勇子だったと。つまり近藤は大久保の名を語って、逃げのび様としましたが、我々はそれを見抜き、即斬首しましたと」
「なっ・・・なんだと・・・」
「大久保は、我等官軍にはむかったばかりか、捕らえた後も反抗的態度を変えず牢の中で不穏な事をまわりに叫んでいます。ほっておけません。彼を斬首することに異論はないでしょう」
「それはそうだが・・・だがそんな理屈が総督府に通るのか」
「大丈夫。要は、官軍に立てついた新選組局長の首を飛ばしたという事実が肝心なのですから。既に総督府の伊地知参謀より内々に承諾は得てます。それ以外に我々の責任を回避する手はないでしょう」
そう言って平田は笑顔を浮べた。その時、板垣達は気づいた。伊地知も平田や有馬と同じ薩摩出身だ。つまり勝海舟の問題、その先にある西郷吉之助まで話が膨らまぬ様、薩摩が勇子を逃がしたという事に。板垣達は歯ぎしりしたが、されど自分達の責任問題になる事は恐れた為、平田の提案に乗るしかなかった。
勇子はそんな思惑とは無縁だった。ただ彼女は粛々として裁きを待っていたに過ぎなかったから。
こうして新選組局長近藤勇子が、大久保大和の名を語った上で見破られ斬首されたと世間に発表された。その報せを、歳江は会津での戦闘中に聞き、やがて島田達を連れ、函館へと落ち延びて言った。
明治の世になってしばらくの時が流れた。
原田沙乃は上野で戦死し、永倉新や斎藤はじめは生き延びたらしい。土方歳江と彼女についていった島田誠は函館の五稜郭での戦闘で戦死した。
そう、勇子は聞かされていた。彼女は東北のある貧しい村で、もちろん名前を変えて、村の子供達に書道等を教えつつ静かに暮らしていた。せめて生きているらしい永倉達に会いたかったが、命を救ってくれた薩摩系の政府の要人達に、村を離れる事を堅く禁じられていた。
雨が降る日だった。子供達を返した後、勇子は窓から寂しげに外を眺めていた。そんな彼女の目に、雨に打たれながら彼女の家にやってくる一人の男の姿が見えた。その姿を見るや、勇子は雨振る外に向って駆け出していた。そして大声で叫んだ
「島田くん!!」
島田も両手を広げて勇子を迎え入れた。その胸に勇子は飛び込んだ。
数時間後、勇子は自分の家で久しぶりに男の胸に抱かれながら嬉しそうに呟いていた。
「そう・・・トシちゃんも、沙乃ちゃんも生きてるんだ・・・」
「はい、もちろんそれは公には内緒の事ですけどね。上野の彰義隊はあっさりと降伏したらしいですし、それで沙乃はまるで源義経みたいに、満州で馬賊の親玉になったとか。土方さんは、函館で戦って死ぬ気だったんですけど、榎本さんに勇子さんが生きていると聞かされて、それでもう一度勇子さんに会えるならと、官軍に降伏する榎本さんに従ったんですよ。なんか戦死したと噂になってましたけどね。考えてみればそういう事は、土方さんには耐えられないくらいの恥だと感じていた筈なんですけど、『近藤にもう一度会えるのなら・・・わたしが一人では死ねないな』と一生懸命我慢しているみたいです。俺は、死なずに済んでよかったです。そして現在土方さんは、横浜の地で、竜の肉を食べさせてくれるらしいお店で名前を偽って働いているとか」
「トシちゃん・・・」
「驚かないで下さい。実はカモちゃんさんも生きていたみたいです。それで今はメリケンの地で大きな牧場を経営してるとか。そして伊東さんに平も斬られたんだけど、これも奇跡的に傷が治って今は京都にいるとか。今回は、上手い事政府で出世した斎藤の尽力で、俺だけでも勇子さんに会う事が出来ました。多分いつの日かみんなで会える日が来ますよ。沙乃は・・・ちょっと難しいかな」
そう言って、島田は微笑みつつ、勇子の身体を抱きしめた。勇子も顔を赤らめながら身を委ねた後、それでも意地悪そうな声で
「でも・・・こうやってあたしを抱いたりしてぇ。後でトシちゃんにわかったら、切腹よぉ」
「え〜大丈夫っすよ。それに俺は土方さんの男ではないんだし。それにもぅずっと会えないままなんですから」
「函館まではいっしょだったんでしょ。その時迄は二人は一つじゃなかったの?」
「昔の事は忘れました。今は男島田、勇子さんを心から愛しております」
「調子いいんだからぁ〜それじゃあ本当にトシちゃんに会ったら、今の台詞を言っていいのね」
「まぁ・・・その事は・・・ほら僕らはもう昔の名前は捨てた身だから、過去の事はきれいさっぱり水に・・・」
慌ててそう取り繕う島田の口を、勇子は笑いながら自分の口で塞いだ。そしてそのまま降りしきる雨の音が、二人の熱い息遣いを闇の中に消していった。
「ここの生徒にね、原くんという賢い男の子がいるのよ。熱心に勉強するし、弁も立つの。将来は立派な政治家になって、最後には国の宰相にまでなるって、頼もしい事を言ってるわ」
「でも今の政府は、薩長土肥の独裁状態だろ。東北から出た者は偉くはなれないよ」
「そんな事はないわ。時代は動き続けている。今ね、あたしはあの時わからなかった山南さんや甲子ちゃんの言ってたことがわかる気がするの。今は薩長土肥の時代なんでしょうけど、かつては源氏と平家の一族が天下を分けあった。永遠に続くと思ってた徳川将軍様の時代も終わった。だからね、あたし達みんなで高い望みを持ち続ければ、必ず時代は変わっていくのよ。もう過去の常識なんてものに縛られるつもりはないわ。あたしは一度死んだ身なんだし。失う物なんてない」
「そうっすね」
「それにね、あたし達は負けただなんて思ってないわ。あたし達は官軍の人達に武士として負けてなかったもん。だからまたあたし達の時代がきっと来る」
「勇子さん」
「島田くん。あたしはね、ここまで色んな人達に支えられてきた。そしてそのおかげで今のあたしがあるの。だから今度はあたしが未来を切り開いていく子供達に色んな事を教えていきたい・・・そんな風に思ってる。それがあたしが生きる事の意味なのよ。そうすれば死んでいった人達にいつの日か会えた時に、胸をはってこう言えるもの」
勇子は自分をいとおしげに見つめている島田にむかって、元気よく叫んだ。
「新選組局長近藤勇子は立派に生きていました!・・・てね」
終わり
柴レイさん、ありがとうございました!!
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