雨の日と月曜日は


 

 

 

嫌いだと・・・老けこんだみたいな私は一人事を呟いていた。時々全てを投げ出したくなる。なにひとつ上手くいきやしない。だから、ただぶらぶらと手持ちぶたさで不機嫌な顔をして立ちつくしていた。

連休明けの憂鬱な月曜日。降り続いていた冷たい雨はようやく小降りになった。もうまもなくやむだろう。でも身体はすっかり冷えきってしまった。いらいらする。なんでこんなことになったんだろう。金髪に染め上げた髪から雨の雫がこぼれ落ちる。どことなく、濡れた白いタートルネックのセーターが黄色く滲んだように見える。やっぱり値切ったのがいけなかったのかな。それともあのオカマの美容師が手を抜きやがったのか。

落ち目になったと思ってはいけない。仕事の内容が少し変わっただけのことだ。主役をはっていた連続ドラマから急に降板となった。人気もそこそこあったし、演技への評価も上々だった筈だ。それが脚本もかねる監督の度々の誘いを断ったのが原因なのか、それとも助監督がお気に入りのサトミちゃんを協力にプッシュしたのが効いたのか。私は突如ヒロインの座をサトミちゃんに奪われてしまった。予定されていたCMの仕事も急にキャンセルとなる。

それからというもの、好きではなかった三流バラエティの仕事を単発で何度かさせられた後、なんとかレギュラーで回ってきたラジオ番組の生放送中に、ついうかっかり放送事故を起こして、自分のHPの掲示板を散々荒らされた挙句、そのラジオ番組からも追い出された。すっかり私に手を焼いたプロダクションは、それでもなんとか地方ローカル局のレポーターの仕事に私を押し込んだ。一本3万円のギャラで、もはや専属のマネージャーもいない、着る物も撮影現場への足代も全て自腹だ。

負けるもんか。今の私の気持ちはその事だけだ。脱ぐという選択肢もあった。冗談じゃない、私には実力がある。まだ若いのだし、いくらでもやり直しはきくんだ。だから食べる物も着る物もレベルを落とそうとはしなかった。全部自腹であるにも関わらずだ。赤字であろうとかまわない。そういう事でしみったれてしまうと、それが内面から浮き上がってきてしまって、そういうタレントはもう完全にお終いになってしまうからだ。

今日はレポーターの最初の仕事だ。ある地方都市の名家の壮大なお屋敷を訪れて、屋敷の主人をおだてながら様々な話題を拾い上げて15分のコーナーを作り上げる。内容の性格上、普段着ているようなお洒落な服装は出来ない。屋敷の人たちより目立ってはいけないからだ。地味目でありかつ清潔感あふれる装いにしなければ。無地で純白のタートルネックのセーターに紫色のロングスカート。やや地味でオバサン臭いかもしれないがこれくらいでいいだろう。ただそれでも一つだけでも自己主張は欠かしたくなかったので、かつてドラマ降板直前に無理やり短く切られた自慢の黒髪を思い切って金色に染めてみた。

「まだかしら・・・」

雨はやんだ。それでもお屋敷の門の前で私は一人ぽつんと立ちつくしていた。もう待ち合わせの時間から30分も遅れているのに、カメラ担当のサッカー基地外のシバがまだやってこない。屋敷の主人には時間を伝えてあるので、もうこれ以上待たせる訳にはいかないのに。焦りと苛立ちを静める為に、私はマルボロライトの煙草を一本銜えて火をつけようとした。

「悪りぃ!!桐山さん。寝坊しましたぁ!!」

安っぽそうな撮影機材を肩に背負いながら、やっとシバのやつが駆けて来た。両膝が破れたストーンウォッシュのジーンズの上に青いサッカーウエアーを着込み、無精髭とぼさぼさの髪は寝起きのまんまの感じだ。確かに彼は撮影する側でカメラには写らないのだけど、それでもなんとかならないものか。遅れたお詫びを一言おざなりに言った後、昨晩というか今日の朝方まで見てたらしいサッカーの衛星中継の話題を聞きもしないのにべちゃくちゃ喋り始める彼の頭を右手でひっぱ叩いて、私は屋敷の大きな門の横にあるブザーを押した。

音は鳴ったように思う。でも反応がない。ちゃんとアポイントは取ってある。確かに予定の時間を少々遅れてしまったが、それでもまだ怒らせるほどの遅延では無い筈だ。もう一度ブザーを押しつつ、今度はブザーの隣にあるスピーカーのような物に語りかけてみた。

「すみませんー。テレビ○○の桐山ですがー。遠野様いらっしゃいますかー」

「反応ありませんね・・・」

シバが心配そうに呟く。私はそんな筈はないわよと声を荒げ、もう一度ブザーを押そうとしたが

 『あはー、今日おみえになる約束の桐山アヅサさんですね。鍵は開いてますよ』

マイクロホンから声が聞こえてきた。それを聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。

「すみませんー、約束より少し遅れてしまいました。それでは取材と撮影をさせて頂きたいと思うのですが、よろしいですか?」

出来るだけ丁寧に言葉を伝えようとすると、マイクの向こうからくすくすと笑い声が聞こえてきて。

 『どうぞどうぞ、あいにく秋葉お嬢さまはちょっと出かけてますが、まもなくお帰りになります。門は押せば開きますよ。どうぞ屋敷の敷地内に入ってきてくださいな』

「それでは失礼します」

私は後ろで機材を持ち控えるシバに目で合図を送って、二人で大きな門を押し開けて中に入っていった。

今日の訪問先である遠野さんのお屋敷は、異常といっていいほどの広さの敷地を持っていた。ちょっとした撮影所がまるまる入ってしまうぐらいに。木々に囲まれた庭は、すでに庭と言うよりは森みたいで、その森の中心に大きなお屋敷がある。唖然としながらも私はそのお屋敷に向って歩いていった。日本にもこんなブルジョワジーがいたんだなと、心の中で溜息をつく。所詮小市民の生まれである私には想像すらつかない世界だ。芸能界で仮にトップに登りつめたとしても、ここまでのお屋敷を持てるようになるのだろうか。やがて重苦しくそびえ、訪れる者を威圧するかのようなお屋敷の玄関に辿り付いた。するとそんな私たちの背後から声がかかる。

「すみませんね。まだ屋敷の主は戻ってきてないんですよ。ちょっと中庭でおくつろぎしててくれませんか」

さっき門の外でマイク越しに聞いた声だ。私は声のした背後を振り返る。そこには、十代後半くらいの少女が微笑んで立っていた。やや赤っぽい髪を後で大きなリボンで結び着物に割烹着姿の少女は、中庭の掃除中だったのか使い込んだ感じの竹箒を持っていた。ここの使用人なのだろう。とても親しみのもてる感じのする少女だった。その印象的な琥珀色の瞳でじっとこちらを見つめてくる。シバのやつはドギマギしてしまってるようだ。機材がかたかたする音が聞こえてくる。私も同様だった。同性でありながら何故か心を震わされるような不思議な魅力をもった少女だ。

「はじめまして、わたしは琥珀と申します。この屋敷で働かせてもらってます」

「あっ・・・どうもご丁寧に」

「琥珀ちゃんて言うんだね、可愛いなぁー」

「あらぁー」

シバが、にやけた顔で琥珀という少女に語りかける。いきなりちゃんづけ、可愛い等と馴れ馴れしい口調だったのに、少女は変わらぬ笑顔で返答した。私はシバの頭を叩いて、こいつの無作法を詫びた。

「いいんですよ。それに可愛いって言ってもらえて嬉しいです」

「すみません、こやつは後でちゃんと教育しておきますので。ところでお屋敷のご主人様はお出かけなのですね。取材に色々と答えてもらう予定だったのですが・・・」

無事屋敷の敷地に入れたが、肝心の取材の対象の不在に少し不安な気持ちになって、私は琥珀という少女に問い掛けてみた。先程まもなく帰るとか言っていた。ならそれまで取材の準備をかねて、色々とその琥珀さんに聞いてみることにしよう。

「予定はもちろん承知してたんですけどね。なにせ遠野家の主でありながらも学校に通う女子高生でもありますから秋葉さまは。今日は学校で少しやむをえない用事が出来たらしく・・・」

「えっ!?確かに遠野さんのご主人は、若い女性の方とは聞いていましたが、まさか女子高校生だったとは」

あまり詳しくは事前の調べをしてなかったので、私は驚きをそのまま声に出してしまった。

「あはは、そうなんですよね。これだけの屋敷の主人が女子高生だなんて不思議ですよねー。お気持ちはわかります。でも本当の事なんですよ。ちなみにわたしはその女子高生主人遠野秋葉さま付きの侍女です。ですから秋葉さまの事はわたしになんでも聞いてください」

「そっそうなんですか・・・」

あっけにとられた声しか返せない私を、琥珀さんは楽しくてならないような笑いを浮かべながら見つめていた。

「琥珀ちゃーん」

シバは、カメラの準備をしようともせず、ぼぉーと彼女に見とれてるようだった。私は早く撮影の準備を始めなさいと彼を急き立てた後、用意してあったマイクを握り、さっそく取材を始める事にした。たとえ15分のコーナーだとしても、その3倍いや5倍くらいの時間はカメラを回しておかないといけない。ある程度ここは無駄だとわかっていても後で編集の際に使える場面だったと思える可能性もあるからだ。シバもそのあたりはわきまえていて、手早くハンディタイプのカメラを肩にしょって、笑顔の琥珀さんを映し出した。

「それではお聞きします。これだけの大きなお屋敷のご主人様であられる遠野秋葉さんは、琥珀さんから見て、どのようなお方なんでしょうか?」

そこまで言って、私はマイクを琥珀さんに向けてみた。すると琥珀さんはそのマイクを不意に私から奪い取ると、左手に持ち小指を立てながら大きな声で

「秋葉さまですか!?それはですねー」

「ちょっ・・・ちょっと琥珀さん・・・」

Space Flat!! What unblievable!!

「へっ??宇宙のまっ平ら??」

Are you a Teddy Boy, true?

そこまで叫んで、琥珀さんは大声で笑い転げた。私もシバも唖然として彼女を見ているだけだった。

「以上でーす。秋葉さまの胸をご覧になったら誰でもそう思いますよー。これが秋葉お嬢さまをもっとも簡潔明瞭に表現した言葉かと思います。あはー、安月給でこきつかいやがって、テレビの前の視聴者にそのスペクタクルな胸を見せて茶の間の笑いを提供するといいんですわ」

お屋敷にむかって中指を立ててポーズを決める琥珀さん。再び空には雷の音がして不穏な空気が流れ出した。

 

思えば・・・この次点で私はここから逃げ出すべきだったのだろう・・・

 

 

 

「きゃあああ!!」

突然琥珀さんの悲鳴が聞こえた。驚いて私が彼女の姿を見ようとすると、なにか赤い縄の束のような物が彼女の胴体に何重にも巻き付き、叫びつづける彼女をいつのまにか開いていたお屋敷の扉の中へ引きずり込んでいった。

雷が激しい音を立て、あたりは急に真っ暗になった。雨が再びぽつりぽつりと降り始める。それでも私もシバも何が目の前で起こったのか理解できず、ただその場で立ちつくすだけだった。稲光がする。それに私ははっと我に返った。雨足もどんどん強まってくる。

「何やってるのよ、カメラ機材が濡れちゃうじゃない。早くあのお屋敷に入るわよ」

「やっやですよ。俺・・・俺、もう帰りたいっすよ」

シバはがたがたと震えていた。確かに彼の態度が正しいのだと、私の直感が告げていた。あのお屋敷に入ったら、もう二度とまともに外には出れないような気がする。こういう時の私の直感はいつもズバリと当たっていた。

でも再び芸能界で日のあたる場所に帰らないといけないこの私は、こんな所で後退りする訳にはいかないんだ。自分に嘘をついてでも。私は気丈な態度を装って、怯えるシバを急き立てて、お屋敷の中に入っていった。その瞬間外は土砂降りになった。危ないところだ、いくらなんでもあのまま雨に濡れていたら、カメラ機材がダメになったかもしれない。そんな風に他の事をむりやり考えようとしていると

キーーバタン

扉が閉められた。先程の琥珀さんと同じ赤っぽい髪のショートカットの少女が現れて閉めたのだった。着ているものは、着物に割烹着姿の琥珀さんとは違って、どこかアナクロな感じのするメイド服姿だった。

「ようこそ、遠野家へ」

喜怒哀楽が表情に全開していた琥珀さんとは違って、メイド服姿の少女はまるで人形のように奇麗だったがまったくの無表情な面持ちで、そして抑揚の無い調子で言葉を発した。

「あっ・・・どうも、テレビ○○の桐山アヅサです。今日は遠野家の主でいらっしゃる秋葉さまの取材と撮影にお邪魔させて頂きました」

「秋葉さまは、応接室でお待ちです。どうぞ」

少女に誘われるまま、私はまだ怯えているシバを引っ張りながら応接室へと入っていった。

応接室の中央には凛とした雰囲気の長い黒髪のお嬢さまが立っていて、入ってくる私たちをじっと見つめていた。琥珀さんの言ってた通り、女子高生のセーラー服姿だった。帰宅してまもないのだろう。そしてその胸元は・・・・・・見てはいけないと私の中から危険信号が鳴っていた。あえて見ないようにして、そのお嬢さまの顔に視線を向けた。

「この屋敷の主である遠野秋葉です。お待たせしてしまったようですね、申し訳ありません。いえ、最近後輩の女の子が兄さんにちょっかいを出していたので、少々お灸をすえていたもので。それももう片付きました。これであの子もただのヤヲイ娘として青春をまっとうすることでしょう。そんな訳で約束の時間に遅れたことをお詫びいたします」

淡々とした言葉遣いだったが、妙な凄みをどこか感じられた。私はそっそうですかと言葉を返すのみで、何かを話し出そうとするのだが気が動転しているのか言葉がそれ以上出てこない。そんな私を遠野秋葉さんは黙って見ていた。

年齢も性別も関係ない。なんて相手を威圧する威厳をこの女子高校生は持っているのだろう。彼女の背後には、この応接室に案内してくれたメイド服姿の少女が黙って立っている。どうやらここにはこの二人しかいない感じだ。不思議とそう思えた。これだけの大きなそして広いお屋敷だ。まだ他に家族とか働いている者がいてもおかしくないはずだが。

いや違う・・・少なくとももう一人いたはずだ。そう、先程この女主人を嘲笑し、そして突然赤い縄に攫われた琥珀という名の割烹着姿の少女が。

「あっ・・・あのぉー」

「なんでしょうか、桐山さん。ご質問には答えられる範囲内で答えさせていただきますわ」

「さっき・・・中庭で秋葉さん付きだとか言ってた、割烹着・・・

「あーあの泥棒猫ね」

私の問いは途中で遮られた。泥棒猫?・・・秋葉さんは意味不明の比喩を持ち出して、どうやら琥珀さんについて答えてきた。そして口元に歪んだ笑みを浮かべて、顎をすっと上げ、応接室の私から見て右手側の壁の天井付近に顔を向けた。その方向に私も視線を向けると

「!?」

私は絶句した。そこに割烹着姿の琥珀さんが、どこからか伸びている赤い縄に身体を縛られて壁にくくり付けられていた。顔は下にだらんと落ちていて、表情は伺えない。生きているのか死んでいるのかもわからない。

「ひぃー」

シバが悲鳴をあげた。それでも秋葉さんはまるで琥珀さんを虫でも見るかのような目つきで睨んだ後

「兄さんに毎晩夜這いをかけていたのは知っていました。まぁ〜兄さんは奥手で女性の扱いも慣れてない風でしたから、あの泥棒猫で練習させてあげようと見逃してあげていたのに、どうも勘違いしたらしく、二人で屋敷から逃げましょうとか企んでいたみたいですね。それを愚かにもこの翡翠にばらして。ふっ何が策士ですか、とんだお間抜けさん。いい加減私の忍耐にも限界がきましたもので・・・これこの通り」

秋葉さんは、琥珀さんに背を向けながら、目を閉じふっと笑みを浮かべた。すると赤い縄が急に消え去り、琥珀さんは応接室の壁の天井付近の高さからまっ逆さまに顔面から落下した。ぐしゃという鈍い音がして、琥珀さんは首を不自然な方向に曲げて崩れ落ち、そのままぴくりとも動かなくなった。

シバは悲鳴をあげ続けていた。止まらなかった。カメラ機材を放り投げ、動かない琥珀さんを見て喚いていた。

「翡翠、静かにさせて」

「はい、秋葉さま」

翡翠と呼ばれた、メイド服姿の少女が音も無く私の横を通り過ぎ、喚き散らすシバの前に歩み寄って、すっと左手の人差し指を彼の顔の前に向けて、ぐるぐると回し始めた。まるでトンボを落とす時のような仕草。しかし、その指先に吸い寄せられるようにシバは呆然と見つめ、そして目をぐるぐる回していった。

「あなたを・・・犯人です・・・」

翡翠さんが何か怪しげな言葉を発する。

「はい、犯人を・・・おいらです・・・」

するとシバはそう呟いて、そのまま仰向けに倒れてしまった。

「ご苦労、翡翠。これでもし今日のことが警察沙汰になったとしても犯人は決まったわね」

私は、それまで呆然となりゆきを眺めていたが、秋葉さんのそのあまりの理不尽な言葉にぶち切れた。

「何を言ってるんですか、あなた達は。自分達が何をやっているのかわかってるんですか?今琥珀さんにやったことは殺人行為ですよ。しかもあろうことかその罪をうちのシバになすりつけようというのですか?ふざけた真似をするのもたいがいにしなさいよ!!」

私は怒気を込めて、驚いた風で私を見る秋葉さんと翡翠さんを罵倒した。逃げるべき・・・いや、こんなの許せない。そりゃ、琥珀さんは先程この女主人の事を侮辱したような事を叫んでいた。だからって、だいたい胸が・・・え!?

思わず私は、遠野秋葉さんの胸を見てしまった。

 

Space Flat!!

 

「ぷっ・・・」

不意に琥珀さんの叫びが蘇ってしまった。思わず俯き、吹き出してしまう。

「ふーん、あなたも殺されたいのね」

しまった、なんという不覚。私は大変な過ちを犯したことに後悔し、そしてなんとか詫びようと恐る恐る顔を上げて正面の秋葉さんを見ようとしたが、目の前の秋葉さんは長い黒髪を真っ赤に染めていた。

逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・逃げなきゃダメだ・・・

前に出演してたドラマの前作に出ていた少年のような呟きが私の頭に渦巻いていた。そうだ、もう何も余計な事を考えてはいけない、ここから逃げなくちゃいけないんだ。

でも身体が動かない。どうしたことだろう、身体が自由にならないのだ。そして何故か体温がどんどん奪われていくような気がする。

「いやだぁーー」

私は泣き叫んだ。しかしその声もやがて出す事が叶わなくなる。

「なんて無様な人、ドラマでも死ぬ役を演じたらしいわね。だったらここでも見事に死んでみせて」

 

 

 

遠野秋葉さんの声はどこか遠い所から聞こえたように思えた

 

 

 

どうして最初に逃げなかったんだろう

 

 

 

自分を今まで信じて生きていた筈だ。だったらその自分の直感を信じるべきだったんだ

 

 

 

さようなら私。生まれ変わってもまた絶対に女優になるわ

 

 

 

「あはー、秋葉さま。アヅサさんは死ぬシーンなんてなかったんですよ。乗っていたロボットが破壊されただけで、彼女の死の描写は画面では出てこなかったんです」

「そっそうなの?琥珀」

「はい、やっぱり秋葉さまも巷で人気のドラマとかはTVで見ないといけませんね。他人から又聞きした情報では真実を見誤ってしまいますよ」

「ふん、私はあんな低俗な特撮ロボット物には興味ありませんもの」

 

 

 

なんだろう・・・琥珀さんは死んだ筈では・・・

 

 

 

「それに秋葉さま、志貴さんがお帰りですよ」

「志貴さまぁーお帰りなさいませ」

「ちっ・・・あなた、命拾いしましたわね」

 

 

 

体温が急に戻った。霞んでいった視界が急に開けてくる。落ち着いて辺りを見回すと・・・秋葉さんは、髪も黒色に戻っていて、普通のお嬢さま女子高生に戻っていた。メイド服姿の少女は、応接室の入り口に立つ眼鏡をした高校生くらいの少年の側に嬉しそうに駆け寄っていた。そして割烹着姿の少女は、にこにこと笑顔を浮かべて、秋葉さんの側に控えていた。

今までの事はなんだったんだろう・・・夢を見ていたのか?

いや夢ではない。その証拠にシバが撮影機材の上に目を回して倒れていた。でもむにゃむにゃと 「なんで俊輔のフリーキックをワールドカップで見れないんだぁ〜」 等と寝言を言っていたので大丈夫だろう。高校生の男の子・・・志貴とか名前を呼ばれていたんだっけ、彼はまとわりつくメイド服姿の少女翡翠さんを穏やかにあしらいながら

「秋葉、お客さん?」

と、私を見てそう問い掛けていた。なんか素敵な男の子だ。いかにも好青年といった感じで、しかも仕草に優しさがあふれている。年下なのに、私もぽっと顔を赤らめてしまう程の魅力があった。

「はい、兄さん。今日この屋敷をテレビ局の取材で来られたそうです。私は当初そんな話は聞いてなかったんだけど、琥珀が勝手に申し出を受けたみたいですね」

「あはー、なんか面白そうでしたから」

「はじめまして、今秋葉さんから説明してもらった通り、私はテレビ○○の桐山・・・

「あっ、女優の桐山アヅサさんだ。俺ファンなんですよ!!」

彼は嬉しそうに私に駆け寄ってきた。

俺ファンなんですよ!!

思わず、目頭が熱くなった。辛い事ばっかりだったけど、こうやって私の事をファンだと言ってくれる男の子がいる。会えた事を素直に喜んでくれる男の子がいるんだ。彼の為にも私は頑張らないといけないんだ。

「サインください、アヅサさん」

「ぐしっ・・・はっはい・・・すんすん・・・喜んで」

鼻をすすりながらも、私は彼・・・志貴くんの出した手帳にサインをしてあげていた。

「ったく兄さんは」

「まぁまぁ、秋葉さま。いいじゃないですか」

ジト目で睨む秋葉さんとそれを笑顔で嗜める琥珀さんの前で、私はサインをした後、志貴くんと握手をしてあげた。彼はもうしばらくこの手を洗わないぞと大喜びだった。

「あっ・・・あの、秋葉さま」

不意に翡翠さんが、気まずそうに声を発した。どうしたのと秋葉さんも振り返る。すると志貴くんが急に思い出したように

「そうだ、秋葉。今日は学校のクラスメートを連れてきたんだ」

「えっ?」

秋葉さんの驚いた声。そして志貴くんが、 「さっ、入りなよ」 と声をかけると。居間の外から、一人の少女が入ってきた。

「お邪魔しまぁーす」

秋葉さんの表情が凍る。翡翠さんが俯き身体を震わせた。そして琥珀さんはくすくすと笑っていた。

「弓塚さつきです。志貴くんのガールフレンドでーす。今日ね、学校で公認の仲になっちゃったんだ」

「まっそういう事だ、それでさ、秋葉や翡翠、琥珀さんにも、俺の可愛いさっちんを紹介したくって」

黄色いブレザーを着た、志貴くんと同じくらいの歳の、頭の両端で結んだ髪の毛がとても可愛らしく、くりくりっとした大きな目と、柔らかそうな頬の美少女がそこにいた。弓塚さつきと名乗った少女は、志貴くんの右腕に自らの両腕を絡めて、人目もはばからず甘えていた。照れながらも嬉しそうな志貴くん。さっきの私のとは質の違った喜び方だ。

「それじゃあ、秋葉。俺たち部屋に向うから。それと、晩御飯はいらないからね。さっき早めだけど、外でさっちんと食べてきたから。しばらく二人っきりになりたいから、部屋には来ないで欲しい。特に翡翠、邪魔しに来るんじゃないぞ。琥珀さんもね!!」

「志貴くん、優しくしてね。さっちん、初めてだから・・・きゃっ」

熱々の二人。私は最近の高校生は進んでるなぁ〜と感心して見ていたが、残された三人は

「志貴さま・・・なんて酷い・・・」

「あはー、志貴さん。すっかりいい気になってますね。どうしましょう、秋葉さま」

「酷いです兄さん・・・うああああん」

二人は泣き崩れ、一人は呆れたように乾いた笑いを浮かべていた。まぁ〜こればっかりはしょうがないか。それよりも肝心の撮影が全然進んでいないんだけど

「・・・・・・ダメか・・・・・・今日は失敗ね」

私は溜息をついて、相変わらず寝ているシバを起こして、立ち去ろうと考えていたが

「ねぇ〜志貴くん。さっき、そこの金髪のおばさんと嬉しそうに握手してたよね、どういう事ぉ?浮気者ぉ〜」

「違うんだ、さっちん。この人はね、女優の桐山アヅサさんと言って・・・

「あ〜あの監督に振られて番組を降板した後、すっかり落ち目のダメタレントね」

えっ・・・今なんつった!?

「ラジオの仕事でも放送事故起こしちゃって、もう芸能界を追放されかかっているんでしょ。まだ性懲りも無く、こんな場末の仕事をこなしてるんだ」

「さっちん、言いすぎだよ」

「ふんだ、どうせもう何やってもだめなんだから、とっとと脱げばいいのよ。それで最後は裏稼業にでも落ちぶれて、忘れた頃に怪しげな宗教団体か悪徳商法の広告塔にでもなって警察にしょっぴかれるか、お薬で身体を壊して病院にでも押し込められて、そのまま芸能界から抹消されるのが落ちよ」

「さっちんーそうかもしれないけどさ、可哀相だよ」

おい・・・

「だっさい格好。いまどき白の無地のタートルネックに紫色のロングスカート。昭和30年代のケバイおばさんルックじゃあるまいし。それに趣味の悪い金髪。あーやだやだ、志貴くん、こんな女に近づいちゃだめよ」

「わかったよ、さっちん」

「さぁー早くぅ、さっちんを食べて。わたしは志貴くんの為に、今日まで女の子を磨いてきたんだよ」

「いっただきまーす。それじゃあ〜またね、アヅサおばさん」

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

雷鳴が再び轟いた。雨音も再び強まる。

 

 

 

「ころ     して     あげ     る」

 

 

 

あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははーーーーー!!!!

 

 

 

遠野志貴と弓塚さつきが、私を見て凍りついていた

 

 

 

そう

 

 

 

こんな屈辱は味わったことがない

 

 

 

こんな恥辱は身に受けたこともない

 

 

 

ーーーだから楽しい

 

 

 

志貴と、このツインテールの死徒風情に、この身を焦がすほどの憤怒をぶつけ、叩きつける時がどれほど気持ちよい事か想像もつかない

 

 

 

壊す。壊す。壊す。少しずつ、一息に、この上なく優しく、痺れるぐらい残酷に、あの命を犯しつくそう

 

 

 

「今、殺してあげるから」

 

 

 

「「「私たちもお供しますわ」」」

 

 

 

この日、私に真祖の姫君の魂が光臨した

 

 

 

くくく・・・やっぱりもうこの屋敷からまともに出る事は出来なかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Hanging around, nothing to do but frown

Rainy days and mondays always get me down

 

 

 

雨の日と月曜日は、いつも憂鬱だった・・・・・・

 

 

 

 

 


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